神木 優

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7/22/2024, 11:03:06 AM

 タイムマシンと聞いて一番最初に思い浮かぶものはなんだろうか? 僕はとある青い色をしたネコ型ロボットを思い浮かべる。未来の子孫が現状を変えるために、主人公の元へやってきて、過去を改変しようとする物語。僕は好きだ。
「それじゃあ三十路手前の君は現状を変えるために小学生の自分に会いに行くのかい?」
 とあるカフェのテラス席。作家志望でフリーターを続けている僕は、営業で外回りをしていた友人とばったり出くわし、他愛もない会話に花を咲かせていた。彼はこのまま直帰で僕と話していても問題はないらしい。
「僕の場合だと、小学生の自分に会ったら、それこそ作家を志すと思うよ」
 僕はカフェオレを一口飲んだ。
「そんな体験をしてしまったら現実に戻ってくることはできないだろう。空想に空想を重ね、妄想を膨らまさせてしまうのが目に見えてしまうよ」
 それを聞いた友人はケラケラと笑っている。
「過去に戻っても現実は変わらないってか? そうかもしれねーな」
 そうは言ってないはずだが、そう聞こえたなら仕方がない。
「そういうお前はタイムマシンがあったらどうするんだよ?」
 投げやりに聞いてみたが、彼は空をちらっと見上げ、考える素振りをして答えた。
「多分……多分だけどな…………自分自身を殺すんじゃないかな? 堕落論の大磯のどこかで心中しようとした学生と娘じゃないけどさ、美しいものを美しいままで終わらせるんじゃないかなって思うのさ。俺の場合、その美しい時期ってのが小学生の頃ってだけでさ、今みたいに心のどこかに必ず不安を抱えて、それに怯えて生きる苦しさを知らないうちに、誰でもいいから殺してくれないかなって思うのよ。俺には自殺する勇気はない」
 そこで彼は真っ黒なコーヒーを一口飲んで続けた。
「でもさ、過去に戻って自動車の一つでも奪い取ってアクセルを全開に踏み込んで小学生に突っ込むことは出来ると思うぜ? だって、過去の俺を殺したら俺も消えてなくなって、罪に問われることはないんだからさ」

7/21/2024, 10:57:10 AM

 作家を目指して早十数年。三十路手前の僕はこの人生の分岐点について色々考えることがある。
 普通に恋人を作って、普通に就職をしていたら、普通の人生が送れたんだろうか? 
 作家ではなく、作家に費やした時間全てを楽器にしたら、そこそこ売れるバンドマンになっていたんだろうか? 
 そんな人生もあったのだろうが、多分作家という茨の道を進むことを選んだ僕に、後悔の二文字はなかった。
 イフの物語を考えることは好きだ。
 あの時ああしていれば、なんて人生で腐る程考える。
 それが僕の小説のネタの大半だ。
 
 そんなことはさておき、今一番欲しいものは何かな? と、散歩中に自称神を名乗る存在に出会う妄想をしたことがある。そう問われたときに、僕はなんて答えるのだろう?
 遊んで暮らしてもお釣りが返ってくるほどお金?
 人を導く事が出来るほどの影響力?
 それとも、死んでしまった友人を生き返らせる?
 不老不死?
 そんなシチュエーション、物語の中だけだよ、と笑う人がいるかもしれないが、現実に起こるやもしれない。
 でも、欲しいものと、急に言われて思いつくわけもなく、卑屈に過ごしてきた人生と、作家になりたいという間で苦悩して、僕はこう答えてしまうのだろう。

「売れない作家になりたいです。作家になれるのであれば、僕は喜んで苦悩の奴隷となりましょう」
 
 

7/21/2024, 12:24:24 AM

 神木優(かみきゆう)という名前。平々凡々な名前。優しい人になりなさい、みたいな由来だったと思う。詳しくは覚えていない。名前なんて人と人を区別するための記号。そんなふうに思っていた。
 そんな痛々しい僕の中学時代。あだ名をつけた女子生徒が一人。彼女は病弱で、もう死んでしまっているのだが、僕を見つけるとパッと笑って、『キユウ君』と読んでいた。
 彼女はどこか世間知らずなところがあって、というか、病院で大半の人生を過ごしているからか、学校に来れたことが嬉しくて、無茶をしていたんだと思う。
 それを端から見ていて、内心ハラハラしていると、彼女は「キユウ君は心配性だな」と、いつも笑っていた。

 僕のことをキユウ君と呼ぶ人はもういない。
 でも、時々お墓に弱音を吐きに行くと、声が聞こえる気がする。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。まったく、キユウ君は心配性だな」

7/20/2024, 1:33:56 AM

 小説を書くにあたってインスピレーションはとても大切だ。同じ時間、同じ場所、同じ毎日を繰り返していたら思考も発想も凝り固まってしまう。
 だから僕はよく散歩をしている。
 新しくできたカフェに入ってみたり、骨董店を眺めてみたり……
 だが、いいアイディアが降ってくることは稀だ。普段はただの散歩で終わってしまう。
 今日の散歩も収穫はなしか……
 そう思い、帰路についた時、ふと視線の先に自動販売機があった。別になんてことはない普通の自動販売機。喉が渇いているわけではないが、商品を眺める。
 黒色の炭酸水。お茶。スポーツドリンク。コーヒー。
 そして下の段、一番左にあるハテナと書かれたドリンク。百円玉を入れてハテナのドリンクを押すとランダムに商品が出てくるらしい。 
 面白そうだ。
 そう思い財布から百円玉を取り出して、硬貨を自動販売機に入れる。ボタンの色が灯ったのでハテナを押した。
 ガコン、と商品が落ちてくる。
 何が出るのか分からない期待と不安の入り交じる中、商品を手にとって不覚にも笑ってしまった。これだから散歩はやめられない。
 冷たくて結露しているおしるこをカバンの中に入れて、僕は帰路についた。

7/18/2024, 11:58:20 AM

 三十路目前にして同窓会があった。
 一次会に興味はない。仲の良かった三、四人で居酒屋の個室を借りてやる二次会。こっちがメインだった。メインのはずだった。
 学生の頃、彼女なんていらねー、とほざいていた友達Aは結婚し、働いたら負けだろ、と言っていた友達Bは有名企業でいい役職にいるらしい。他の輩も学生時代から結構変化があった。
 ただ、僕だけ。僕だけが学生の頃から変わっていない。
 未だに吹聴していた『作家になる』という夢を追いかけ、彼女も作らず、定職にも付かず、なんの資格も取り柄もなく、小説もどきを書き続けている。
 気分は最悪だった。

「おい神木。まだ小説は書いているのか?」
 不意にそんなことを聞かれた。僕は嘘がつけず、書いてる、とだけ答えた。それを聞いた他の輩は羨ましそうな顔を僕に向けた。
「お前に変化がなくてよかったよ」
 誰かがそう言った。他の輩も、うんうんと同じように頷いている。
「俺達はさ、結婚とか就職とか筋トレとか、やらざるを得なかった。周囲から変化しろ、と圧力をかけられて変わっちまった。俺たちだって本当は昔みたいに馬鹿やって、その日暮らしができりゃーそれでよかったのに、どうしょうもなくなって、やりたくないこともやらなきゃいけなくなって、気がついたらこうなってた。
 だからさ、変わってしまった俺達にとって、お前は俺達を過去に戻してくれる大切な友人なのよ。お前まで変わってたら、人間は誰一人として時代の波に逆らえないことになっちまう。だからさ、お前はできるだけそのままでいてほしいのよ」
 酒の席。作家を目指してるお前が丁度いい、と言われてるような気がして素直には喜べなかった。が、嬉しかった。

 ないものねだり。

 僕は心の中で呟き、学生時代のニヒルを演じた笑い方で笑い、でグラスに注がれていたビールを飲んだ。

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