神木 優

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9/3/2024, 11:15:50 AM

「些細なことでも見落としてはいけない」
 師匠はそう言っていた。
「この世界……というより、人生が一冊の小説であるならば、どこに伏線があるかは分からない」
 師匠にこれまで伏線はありましたか? と問う。
「まだ、分からない。もしかしたら、この会話が後の伏線になってるかもしれない」
 そんなことを言っていた。
 師匠の人生が一冊の本だったら読んでみたいです。
 そう告げる。
「僕は一冊の本になんてならない。誰かの物語の脇役が関の山。僕はモブだからね」
 

9/1/2024, 12:20:44 PM

 一年前に死んだ友人からLINEが来た。
 葬式にも出た。
 親族とも話した。
 連絡先は消さなかった。
 LINEには思い出があった。
 時々見返していた。
 ポコタンって着信が鳴った。
 確認してみると死んだ友人からだった。
 僕は怖くてLINEを開くことができないでいる。

8/13/2024, 11:20:14 AM

 7月24日 伯父が家に来た。

夏休みに入ってすぐ、伯父が家に来た。不登校で普通ではない私を投降させるために、お母さんが呼んだのだろう。
伯父の顔は覚えていないくらい昔に会ったきり。正直、誰も私に関わらないでほしい。

  ◇◆◇

 急に妹の恵子に呼び出された。僕にとって姪であるメグちゃんが不登校になったらしい。恵子はお手上げで旦那である誠司君も年頃の娘の接し方が分からない。
 それで、僕のもとに話がやってきた。
 正直、メグちゃんは僕のことを覚えていないだろう。三歳くらいに一度会ったきりだ。
「食事と寝床を用意するからお願い」
 ファミレスで恵子はそう言って頭を下げた。僕は二つ返事で承諾して今に至る。
 今、というのは誠司君と恵子は仕事に行き、開かずの間となっているメグちゃんと部屋は分けているがひとつ屋根の下。どうやって天の岩戸を開けるか考えていた。
 空腹作戦……は天の岩戸が開いたとしても、刺激を与えた貝のように閉じてしまうだろう。トイレ作戦も同様だ。打つ手なし……ではないが天の岩戸に隙間を作る時間は結構かかりそうだ。
 そんなことを思っていると玄関のチャイムが鳴った。
「Y中学校で恵さんの担任をしている北野です。恵さんの夏休みの宿題を持ってきました」
 応答すると、若い、それこそ二十代中盤くらいの男が額に汗を浮かべて立っていた。ご苦労なことだ。
 僕は家に招き入れ、私が寝床として使わさせてもらっている居間に通し、冷蔵庫の中にあった麦茶を出した。
 一通り夏休みの宿題についての説明を何故か僕が受けた後、北野先生はメグちゃんの様子を聞いてきた。
「恵さん、どうですか?」
 どうですか? と聞かれてもこの家に来たばかりで顔すら見ていない。
「声をかけに行ってもいいですか?」
 この教師、どういう心境なのだろうか?
「先生、ちょっと待ってください」
 僕は呼び止めた。
「先生はメグちゃんが不登校になった原因について知ってますか?」
 北野先生から緊張感が伝わってきた。そして、いえ知りません、という回答。
「先生、私は先生のように学がないので分かりませんが、教師というのは図々しい仕事なんですかね? 不登校になった原因は明らか学校です。だって、家に居たくなければ家から出るし、学校に行きたくなければ学校に行かない。そうじゃないですか?」
 北野先生は苦々しい顔をしている。
「別に先生を責めてる訳じゃないですよ。先生はメグちゃんが不登校になった原因を知らない。それなのに学校に来いというのは荒唐無稽だと思います」
 北野先生は何も言わない。
「私も昔は教師を目指してました。勉強もしてましたし、当時先生にどうやったら教師になれるか聞いてもいました。それは何故か? 担任の先生が真摯に向き合ってくれたから。僕もそんなふうになりたいと思ったから」
 北野先生の目をまっすぐに見つめて僕は言った。
「先生、今の貴方にメグちゃんに声をかける資格があると思いますか?」

 玄関から自身を無くした北野先生を見送って天の岩戸を開けるための作戦を練ろうとしたとき、後ろから声をかけられた。
「ありがとう」
 来ているような小さな声。
 中学生になったメグちゃん。三歳の頃より美人になっている……当たり前か。僕の中学時代の同級生と比べて、伯父補正を無しにしても結構可愛い部類に入るだろう。
「聞かれてたのか……」
 僕が頭をポリポリと掻いて誤魔化すとメグちゃんは四十歳半ばの僕を見て不登校の原因を語った。
 曰く、メグちゃんは告白された。学年でも結構なイケメンに。でもフった。それに嫉妬した女子達からのイジメが原因で不登校になったらしい。
「三文小説でも書こうかな?」
 痛々しい笑顔で言うメグちゃん。僕はそっと頭を撫でて、君は悪くない、よく頑張ったと繰り返し、繰り返し言った。最初、なに? とか言っていた天の岩戸はゆっくりと開き、声を出して泣いていた。
 

8/5/2024, 11:01:49 AM

 鐘の音が鳴った。
 ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン。
 不意に目が覚めて音を聞いていると十二回。深夜零時なのだろうか? それにしても迷惑だ。こんな時間に鐘が鳴るなんて、と考えて頭が覚醒し始める。この街に来て早五年。深夜の鐘なんて初めて聞いた。
 昨晩、私は酒も飲めない下戸なのに、無性にイライラして五万円のウイスキーに手を伸ばした。いつも通り分厚いカーテンを閉め、冷房は二十二度。快適な一人の空間を作り出し、酒を飲んだ。不味かった。正直大人はみんな美味しそうに酒を飲んでいたから期待していたが、成人式の日に飲んだ缶チューハイ一本で気持ち悪くなり、嘔吐した過去がある。それでもストレスが溜まると、若気の至りで買った高級なウイスキーを飲んでしまう。まるで、リストカットのように、自傷行為でストレスを発散している。酒を飲んで嘔吐する感覚。吐き出すときに私の中にある黒いモヤモヤも一緒に吐き出している気がする。

 ゴーン。

 十三回目の鐘? 十三時なんてあっただろうか?
 そう思って目覚まし時計に手を伸ばした。そのデジタルな目覚まし時計には十三時一分と表示されている。
 私の頭ははっきりと覚醒した。
 どうやら仕事に遅刻したらしい。
 

7/31/2024, 11:58:14 AM

「メグちゃん、スマホを貸してくれないか?」
 師匠は不意にそんなことを言った。スマホというと、個人情報の塊。今やそのかまぼこ板くらいの物体に、その人そのものの情報が全て詰まっているといっても過言ではない。一般的な女子高生なら、たとえ仲が良くても人に触らせたくはない代物だろう。
「師匠、何に使うんですか?」
 私はそう言いながら親の連絡先しか入っていないスマホをいとも容易く師匠に渡した。
「エゴサだよ。エゴサ。エゴサーチって言うんだっけ? 僕の過去の殺人事件が今どうなっているのか知りたいのさ。人を殺した僕の扱いがね」
 師匠はスマホ……というかインターネットに繋がるものを何一つ持ってない。理由は『依存してしまうから』らしい。青空文庫を永遠に読み続けてしまうみたいだ。
「とりあえず一番上の記事でいいかな…………」
 記事を黙読しているのだろう。気になるところは記事の概要よりも、その記事のコメント。昔は殺人を犯した師匠のことを全員が全員悪だと決めつけていたが、時間が経つに連れ、師匠擁護派や師匠を神格化した宗教、模倣犯まで現れ、顔写真も出てないのに神の代理人なんて呼ばれたりしていた。
「宗教は規模を小さくなったが継続的に活動を続け……また模倣犯を作り出そうとしてる……」
 師匠は、ありがとう、と言いながら、ため息をついてスマホを返してくれた。
 世間に与えた影響は小さくはない。人の噂もなんとやら。師匠の殺人事件も今や過去の負の遺産。
 それでも師匠は私の目の前で息をして、生き続けている。私のために。師匠の本音は分からない。でも、なんとなく分かる。
 俗世にまみれず、自由な人生を過ごしたい。
 だから、一人でいたい。

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