涙の理由……このお題を見たときに、私はパッと物語が思い浮かんだ。それは、墓地の前で泣く男と死んでしまった女。泣くシチュエーションなんて限られてる。それに理由を付けるのであればもっと少ない。
そして、私がパッと思い付くということは他の書き手も思いついている、と考えるのがひねくれ者の私である。ひねくれ者であるが故に物語もひねくれさせねばなるまい。誰も思いつかぬような物語を──
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例えばこんな話はどうだろうか?
男は生活していた。朝起きてご飯を食べスーツに着替え会社に行き少し残業をして家に帰り夕飯を食べ風呂に入り寝る。
普通を体現したかのような男だ。私から見ればつまらない人生だと思うが彼はそれに満足して日々暮らしていた。安定のレール。そこを進んでいれば小さな幸せと小さな不幸しか起こらない。それを知りつつも男は存在していた。
ある日のことだ。男がクビになった。……クビでも、会社が倒産したでも理由は何でもいい。とりあえず男は無職となった。しかし男は前を向いて働いていたときの貯金とアルバイトで次の職を探す。
が、肝心の職が見つからない。アルバイト生活の期間とストレスは増えていくのに貯金と安心は少しずつ、少しずつと減っていった。
限界が近かった頃に同級生と町中でたまたま出会う。その相手には家族がいた。父となった同級生に美人とは言えないが幸せそうに笑う母。その間に父と母両方と手を繋いで歩く子供。
『幸せ』という人を死に至らしめる万力の力で男の心は簡単に折れてしまった。
そして男は最後に首を吊る用のロープを買っていた。目からは涙がこぼれる。理由は分からない。
理想と現実が違っていたから? 違う。
独身だから? 違う。
会社が倒産したから? 違う。
考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えた。
どれくらい? 分からない。目は落ちくぼみ、喉は渇き、肌はボロボロになり、痩せ衰え、それでも考え、死に一歩、また一歩と近づく。
そして、死の一歩手前で気がついた。
いつも安定のレールを用意されてきたことに。
「俺は人生を生きてなかったんだな」と。
彼女と寝転がって星を見ていた。
「あの星とあの星、あの星を繋いで秋の大四辺形」
空を指差して教えてくれる。
が、32.6光年も離れているため、どの星を指差しているのか分からない。
それでも僕は楽しそうに笑いながら教えてくれる彼女の横顔を見て幸せを噛み締めるのだった
同じ毎日を繰り返している。
インスピレーションを求めて散歩。
生きるためにやりたくもないアルバイト。
作家を目指して三十路手前。
私は作家になれないのではないか……
そんな言葉がふと頭を過る日々が増えた。
諦めてしまえば楽になるかもしれない。
でも、輝く舞台を眺め続けて、ゆっくりと心が壊れていく私を見るのも嫌だ。
だから、私はあいも変わらず筆を取る。
きっと明日も、今日と変わらない作家志望の日々を繰り返すのだろう。
いつか、日の目を浴びると信じて……
漫画のような一コマ。
横断歩道に飛び出した子供。
それに突っ込む自動車。
『時よとまれ』
僕はそう願った。
が、自動車が子供にぶつかった衝撃音。
そして、飛び散る血飛沫。
その瞬間は時が止まったようにゆっくりと流れた。
「些細なことでも見落としてはいけない」
師匠はそう言っていた。
「この世界……というより、人生が一冊の小説であるならば、どこに伏線があるかは分からない」
師匠にこれまで伏線はありましたか? と問う。
「まだ、分からない。もしかしたら、この会話が後の伏線になってるかもしれない」
そんなことを言っていた。
師匠の人生が一冊の本だったら読んでみたいです。
そう告げる。
「僕は一冊の本になんてならない。誰かの物語の脇役が関の山。僕はモブだからね」