名前の無い音

Open App
6/20/2022, 10:09:36 AM

『帰り道』


仕事が終わって 会社を出た時は
まだ 曇り空だったのに
最寄りの駅に着いた頃には
しっとりと 雨が降っていた

朝の天気予報で
夜から 雨だと 言っていたから
傘は ちゃんと持って来た

駅を出て ちょうど歩き始めた時
彼から 電話がきた

『もしもし?』
「お疲れ様」
『おつかれ 今……駅でしょ?』
「どうしてわかるの?」
『なんとなくね』

彼が ふふっと笑う
私は彼の ちょっと笑う この声が 好きだ

『今日は 少し疲れた』
「あれ そうなんだ 体調大丈夫?」
『うーん あんまり』
「そっか……無理しないでね」

私は 傘をさしながら ゆっくりと歩く

「なんか ごめんね 何も出来なくて」
『大丈夫だよ』
「私に出来ること 何かある?」
『こうやって繋がっていてくれるだけで 充分だよ』
「……私も ずっと繋がっていたいよ」

彼の事 好きなんだけど
「好き」だけですませたくない
大切で 必要で ホントにホントに……

私は 言葉に詰まってしまった

『ねぇ?』
「……なに?」
『こっちもさ 今 帰りなんだ』
「そうなんだね」
『雨 降ってる?』
「うん」
『こっちも雨だよ ねぇ今 傘さしてるでしょ?』
「もちろん」
『遠隔 相合傘 ってところかな?』

彼がまた ふふっと笑う

「……面白くなーいー!」
『そう?』

でも ちょっとだけ あなたが隣に居るみたい

『家に着くまで もう少し 話せる?』
「もちろん」
『……会いたいね』
「うん……会いたい」

会えない時間は
愛おしさを 育ててくれる

「明日も 雨だといいな」
『どうして?』
「相合傘 したいから」
『そっか でも……』
「なに?」

『晴れたら 手を繋ごうよ』

「……うん!」


大切な人 大切な人
どうか ずっと ずーっと
あなたと繋がっていられますように






6/19/2022, 9:07:29 AM

『夏休みの空』


夏休みが 真ん中よりも過ぎた頃
毎年 親戚が 泊まりに来ていた

「あんた お兄ちゃんなんだから」

そう言われても 年に数回だけの
『お兄ちゃん役』はなかなか厳しい

僕は小4 彼女はひとつ下だった
毎年 夏休みに1週間くらい
親戚のおじさんおばさんと
一緒に 泊まりに来ていた

家は まわりから本家と呼ばれる
昔ながらの風習が残る家

ど田舎だけど 川にも 海にも 近かったし
海水浴場にも 自転車で行ける
ピクニックがてら 山にも登れた
家の裏から 町で一番高い山に登れる
山頂には神社があり
お正月には そこに初詣に行く

今年の夏も 一週間 僕らは
朝から晩まで 止まる事をしらずに
ここぞとばかりに 遊ぶ

「ねえ あとで裏山に登ってみない?」
「いいよ!」
「めちゃめちゃ キレイなとこあるんだ」

昼飯を食べた後 少しのんびりしてから
僕らは 裏山に登った
麦わら帽子と水筒
ちょっとのおやつをリュックに入れて

家の裏山に続く坂を登る
右手に氏神様の祠 立ち止まり一礼
竹林を抜けて 杉林に入る
杉の枝が 真夏の太陽を遮って
少し ひんやりとする

そのまま 坂道を登ると
ぱっと目の前が開けて
牧草地の斜面に出る

「すごい!キレイ!」

そこからは 町を見渡せて
その先に海も見える
水平線が キラキラして見える

「はぁー!ちょっと休憩!」

僕らは 牧草地に座った

「私 いいものあるよ!」

彼女は水筒を入れていた
リュックから シートを出した

「すげー なんでこんなの持ってんの?」
「いつでも おやつ食べられるように!」

僕らは シートに座って お菓子を食べた
僕のチョコはでろんでろんだ 失敗した
彼女が持って来たスナック菓子を
二人で食べる

食べ終わってから 僕は思いっきり
寝転んだ
牧草は二番草が刈り取られた後で
柔らかい草がまた伸びはじめていた

「ひゃー 気持ちいいー!」

両手 両脚を思いっきり伸ばす

「私も するー!」

隣に彼女も寝っ転がる

「気持ちいいー!」

暑い……けど 風が吹くと気持ちいい
伸びはじめた牧草が ソワソワっと
なびいた

「ねぇ 空見てよ」

彼女の声が聞こえる

「空に……落っこちそうになるね」

ぽつりと彼女が呟いた
他のものが何も目に入らない
空だけを見つめていると
自分がまるで浮いているようで
空に 吸い込まれるような

そう……
落っこちていきそうな
そんな感覚になって
体が ブルッと震えた

「うわぁっ!」

僕は飛び起きた

「びっくりするなぁ~もうっ」
「マジで落っこちそうになった!」

まだ寝っ転がっている彼女が
笑いながら見ている
僕はちょっと恥ずかしくなり
照れ隠しに言った

「そうだ!今日はさ 夜に流星群見えるんだよね」

今朝 ニュースで仕入れた情報だ

「知ってるよ!ペルセウス座流星群でしょ」
「ぺル……う…うん!それそれ!」
「見えるかなぁ?」
「見えるよ!庭に寝っ転がって見ようよ」

僕はまた ゴロンと寝っ転がった

空が青い
夏の雲と空の青さは
最高の組み合わせだと思う

「また ここに来たいな……」
「来るといいよ!」

他愛のない話
僕らの夏休み
宿題の事は忘れても
この空の色は忘れないよ


* * * * * *



あれから10年
僕は また牧草地で寝っ転がってみた

空の色
雲の形
そして 青い草の匂い

頭の中が 一瞬タイムスリップする

『空に落っこちそうになる』

実は 彼女に会えたのは
あの夏が最後だった
翌年からは おじさんだけが泊まりにきた
子どもだった僕は 何もわからなかったけど
この歳になれば理解できる

今ごろ何してるんだろうな

いつか あの空に落っこちた頃
もう一回くらい 話してみたいなぁ

夏の風が
あの頃の僕の気持ちの中にあった
鈴の音みたいな気持ちを
また 揺らして 抜けていった

(つづく……?)

6/18/2022, 8:32:31 AM

『珈琲』


1分先も 1秒先も
何が起こるかなんて わからない

予知能力なんか いらないよ
先の事なんか わからなくていい

今 この瞬間を
君と生きてること
繋がっていられること
神様に 感謝しているよ

1秒後に もしかしたら
僕は 全てを失うことになるかもしれない
2分後に もしかしたら
君は 全てを失うことになるかもしれない

そうなる時の事を心配するよりも

今 この瞬間を
幸せに生きようじゃないか

何十年たって
君の隣に僕がいなくても
『あの時は幸せだったな』
って 思い出してもらえるような
そんな 今を作ろうじゃないか

君と 手を繋げる事が
君を 抱きしめられる事が
僕の 今と
僕の 未来を作っているんだ!

……………



……な~んて 言ったら
きっと 『クサイ!』って
一刀両断されるな

僕は
何にも考えていないような顔をしながら

隣でアイスティーを飲んでいる彼女を見る
それに気づいた彼女が顔をあげる

「なに?」
「いや 別に」
(やっぱり 君が好きなんだ)

僕は 照れ隠しにコーヒーを飲んだ

砂糖も入っていないのに
なぜだろう
甘い 甘い 味がした……

6/16/2022, 8:51:35 PM

『傘』


雨の日

出掛けようと思って
玄関の傘立てから傘を取る

いつも使う ビニール傘を引っ張ったら
もう1本 違う傘がついてきた

「あ……」

ずいぶん前からある
女性もののジャンプ傘
水色がベースの グラデーションがきれいな傘

『雨あがりの 虹みたいだね』

確か そんなことを言っていたっけ

取りに来るかもしれないと思って
そのままに してあったんだ

手に取ると
なんとなく あの頃の事を思い出す

幸せだった出来事も そうじゃない出来事も

あの日
そうだ 今日みたいな雨が降っていた

何か大きな原因があったのか
それとも 小さな事が 積み重なって
そんなふうになったのか
今の自分には わからない

でも 彼女は部屋から出ていった

『そういう日』ってのは
なんだか 前触れもなく突然やってきた
あくまでも 僕にとっては 突然……

(元気かな?)

このくらい 思い出しても
罰は当たらないだろう
今 何してるんだろうな
あの頃より 笑ってるといいな

「やばっ 遅刻するわ」

雨の音
現実に引き戻される

君の隣を歩けなくなった僕は
なんとかかんとか 生きてるよ
あれから1年 君は何をしてるの?
僕は 君の傘を見て 思い出したよ
そのくらいは許されるだろ?
いい加減 足踏みばかりは良くないよな
次の1歩を踏み出さなきゃな

「いってきます」

僕は 部屋のドアを開けた

6/16/2022, 9:27:16 AM

『あたたかい手』


何度 死にたいって思ったかわからない
何度も何度も どうやって
消えてやろうかって 考えてた

ムカつく人
いじめる人
興味ない人

学校に行かなくなってから
ありとあらゆる人間が
嫌になっていた

しばらく 家に引きこもっていたけど
わたしはわたしの行きたいところに
行く事にした

* * * * * *

祖父の家は 小さな港町にある
祖父母は 小さな畑と小さな田んぼを作りながら
のんびりと暮らしていた。

わたしは小さい頃から
祖父母の家が好きだった
自分の家より広くて ちょっと暗いけど
畳の部屋があって ゴロゴロ出来る
そしてなにより……うるさくない

「お昼ごはん なに食べる~?」

ばあちゃんが笑顔で聞いてくる

「なんでもいいよ~
あっ わたしが何か作ろうか?」
「あら 何作ってくれるの?
ハイカラなもの作ってくれるの?」

ばあちゃんは 可愛い
母みたいに
『なんで』『どうして』って聞いてこない
『ちゃんとしなさい』『頑張れば出来る』
なんて言ってこない

「お? お昼はなんだか 美味しいものが?」

じいちゃんは 大きい
父みたいに
『最悪だ』『ダメだ』って否定してこない
『おまえはバカだから』『どうせ無駄だ』
なんて言ってこない

わたしは 二人が大好きだ
この家も ここの空気も大好きだ

そして もうひとつ 好きな理由がある
ここの家には『はなれ』があって
そこは じいちゃんの書斎と
作業する部屋がある

じいちゃんの趣味は絵を描くこと
作業部屋には筆が沢山あった

そして 沢山の本が 部屋の回りを
ぐるっと囲む本棚に並んでいた

「なんでも読んで良いぞ」

そう言われてから 少しずつ読んでいる
最初に言われたのは小学生の時
実はマンガも多いし 絵本もある
本当に色々な本がある
物凄く古そうな 戦争の資料の本もある

わたしは こっちに来てから
じいちゃんの書斎に入り浸っていた

いつものように
じいちゃんのお気に入りの
ロッキングチェアを借りて
手当たり次第に本を読んでいると
カラカラとはなれの玄関が開いた

「いるかー?」

小さなお盆に コップがふたつ
じいちゃんが 自家製のトマトジュースを
持ってきてくれた
トマトジュースはヒンヤリしていて
トマトのまんまの味がした

二人でトマトジュースを飲む

「何読んでた?」
「んー?夏目漱石」
「なんと、渋いなぁ 『坊っちゃん 』か?」
「ちがう 『こころ』だよ」
「あぁ…………」

じいちゃんは ゆっくりとトマトジュースを飲み干す

「あのな………」

いつになく 静かなトーンでじいちゃんが
話しかけた

「……あのな 死んだらダメだ」
「え?」

突然の言葉に わたしはドキッとした

「死んだら ダメなんだ……死んだらさ
必ず誰かが 悲しむんだ 悲しいのは ダメだ」
「……う、うん……」

なんとなく 自分の心の中を
のぞかれたような気がして びっくりした
そうか! そういうことか
じいちゃんは この本『こころ』の話をしてるんだ

(わたしのことを言ってるんじゃない……)

そう思ったとき

「おまえもだ……いなくなったら おれは悲しい
ばぁさんも悲しい だがら 死んだらダメだ
逃げだくなったら ここさ来ればいい
なんぼでも 居ていいがらな 逃げでいいんだぞ」
「……」

わたしは残りのトマトジュースを一気に飲んだ

「ほれ 飲んだが?
どれ あっちさ持っていぐから よごさいん」

じいちゃんが 私のコップを回収してお盆に乗せる
そして わしゃわしゃと わたしの頭を撫でた

「なんと めんこい孫だ!」

そういって 部屋を出ていった

頭には じいちゃんの大きくて
温かくて ゴツゴツした手の感触が
残っていた

わたしは途中だった本をひらいたが
あぁ……見えないや
文字がぼやける

先生もKも きっと 誰かが
悲しんだんだよ……

わたしは ひらいた本をそっと閉じて
目をつぶる

(じいちゃん ありがとう 大好きだ)

ロッキングチェアに身を委ねた
もうしばらく このまま揺れていよう

さて……
明日のごはんは 何を作ろうかな

Next