名前の無い音

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『傘』


雨の日

出掛けようと思って
玄関の傘立てから傘を取る

いつも使う ビニール傘を引っ張ったら
もう1本 違う傘がついてきた

「あ……」

ずいぶん前からある
女性もののジャンプ傘
水色がベースの グラデーションがきれいな傘

『雨あがりの 虹みたいだね』

確か そんなことを言っていたっけ

取りに来るかもしれないと思って
そのままに してあったんだ

手に取ると
なんとなく あの頃の事を思い出す

幸せだった出来事も そうじゃない出来事も

あの日
そうだ 今日みたいな雨が降っていた

何か大きな原因があったのか
それとも 小さな事が 積み重なって
そんなふうになったのか
今の自分には わからない

でも 彼女は部屋から出ていった

『そういう日』ってのは
なんだか 前触れもなく突然やってきた
あくまでも 僕にとっては 突然……

(元気かな?)

このくらい 思い出しても
罰は当たらないだろう
今 何してるんだろうな
あの頃より 笑ってるといいな

「やばっ 遅刻するわ」

雨の音
現実に引き戻される

君の隣を歩けなくなった僕は
なんとかかんとか 生きてるよ
あれから1年 君は何をしてるの?
僕は 君の傘を見て 思い出したよ
そのくらいは許されるだろ?
いい加減 足踏みばかりは良くないよな
次の1歩を踏み出さなきゃな

「いってきます」

僕は 部屋のドアを開けた

6/16/2022, 8:51:35 PM