『チョコレート』
今年は何でも流行先取りだ
朝から寒気がして
熱を測って 数字を見たら
ますます寒くなった
ヤバい
久しぶりにヤバい
部屋の天井がグニャリグニャリと
揺れて見える
背中が痛い 頭も喉も痛い
これは アレだ 久しぶりの感覚
AかBか……Cもあるらしいが
とりあえず
もう少し寝たら 病院に行こう
毛布と布団を頭から被り
繭のようにくるまって
しばらく眠った
※※※※※
病院で無事に(?) A判定をもらう
学生時代 あんなに欲しかったA判定
でもこれはあまり嬉しくない方のやつ
薬をもらって
帰りにコンビニへ
一人暮らしはこんな時に困る
とりあえずスポーツドリンク
あとはゼリーと……
ふと 棚のチョコレートが目にはいった
普通の板チョコ 昔からある赤い箱の
食欲は無いけど
なぜか かごに放り込んだ
※※※※※
「……うん ……そう……インフルだった
……うん……とりあえず大丈夫……」
薬を飲んで寝ていると
この タイミングで母親からの電話
なんなんだ?何かの勘が働くのか?
わからん
100回くらい『大丈夫』を繰り返してから
電話を切った
何か飲もうと冷蔵庫を開ける
赤い箱のチョコレートと牛乳……
あぁ
小さい頃
風邪を引いた時に母親が作ってくれた
ホットチョコレート
甘くて 暖かくて
なんだか特別な気持ちになったっけ
「ホットチョコレートか……」
ちょっと考えて ゼリーを取り
冷蔵庫のドアを閉めた
もう少し
元気になったら作ろう
せっかくの思い出の味は
元気な時に 味わいたい
だって 今 作って飲んだらさ……
飲んだらさ……
ふぅ
いかん いかん 久しぶりの熱は
ホームシックも発症させてしまうのか
ぼんやりしながら 口にしたゼリーは
なんだか いつもより 甘くなかった
「インフルめっ……」
こんな時は 寝るに限る
寝よ 寝よ
明日の朝まで寝よう
目が覚めるまで ゆっくり寝よう
「おやすみなさい」
自分しか居ない部屋に
自分の声だけが 静かに響いた
『秋風』
疲れすぎた夏が
気づいたら何処かに行ってしまった
夜
仕事の帰り道
何気なく空を見上げると
半分以上欠けたお月さま
あれ
この前 満月だったはずなのに
もうこんなに欠けちゃったの?
なんだか 意味もなく
寂しくなっちゃうよ
そんなことを ぼんやりと
考えていたら
風に乗って 急に 突然に
秋の匂いが やってきた
(あぁ 久しぶり 元気だった?)
こうやって また1年が過ぎていくんだね
そうやって また 過去が増えていくんだね
もう一度空を見上げる
こどもの頃から変わらない星空
きみたちはまだ元気なのかい?
それとももう既に思い出の中なのかい?
秋が ざわざわっと追い越していく
もう 秋になちゃったんだね
気づかなかったな
秋の匂いを吸い込んで
ゆっくりと深呼吸を ひとつ
明日は上着を一枚増やそうか
夜空の星たちは
キラキラと秋風に揺れていた
『くそったれ』
ぼんやりと 天井をみつめる 午前三時
なにをやってきたのかな とか
これからどうしようかな とか
頭の中には 文字ばかりが並ぶ
未来とか 将来とか
良くわからなかったあの頃の方が
今よりも もっと
理想や夢の傍を 歩いていた気がする
眠れない夜に
いつも考えること
自分が本当にしたいことはなにか
自分の大切なものを失くした時にどうするか
この二つ
「明けない夜はない」って言うけれど
考えても 考えても
答えは出てこない
不安とやるせなさに
押し潰されそうになりながら
毎日 なんとか 息つぎをしている
くそったれが
不安なんだよ
いくつになったって
怖いものは恐いんだ
無理やり
目を閉める
くそが
くそったれが
恐いよ 恐いんだよ
助けて 助けてよ
誰か 手伝ってよ
私の人生を 手伝ってよ……
あぁ 夜が明ける
また こんな世界に朝が来る
くそっ
起きる準備を始めるか
心に 鎧をつけて 武装して
さぁさぁ 今日も生きるんだ
くそったれな こんな世界を
くそったれな こんな人生を
『エレベーター』
恥ずかしさよりも
温かさの方が強くて
「ぬくもり」って
こういうことなんだなって
今さらだけど わかった
くすぐったいような
なんとも言えない感覚が
指先から伝わる
『ずるいよ……』
言葉にしようとしても
口が 言うことをきかない
意味なんて 無いよね?
あなたが 繋いだ この手
意味なんて 無いんだよね?
わたしは どんな顔していたらいいの?
見上げたら
意地悪そうに にやっと笑うあなたが居た
エレベーターの窮屈な箱の中
誰にも見えない 箱の中
繋いだ手に 意味なんてない
わたしは 意味を見つけないように
ただ ただ その
手を
温もりを
記憶する
エレベーターの扉が
開いたら終わる世界を
わたしは ただ ただ
記憶する
『思い出』
土曜日の夕方は憂鬱になる
もう仕事柄 これは仕方がない
僕の一週間が 日曜日から始まるためだ
だから何か 君との予定をいれる日は
いつも金曜日と土曜日が多い気がする
土曜日の夕暮れ
空から見る夕焼けは なんだか少し
寂しくなってしまった
この寂しさは 憂鬱とは違う
とても 懐かしい気がした
******
初めて出会ってから 何年たったんだろう
君も僕もあまり拘らないから
きちんと数えたことはないけど
結構な季節を一緒に過ごしてきた気がする
「観覧車に乗りたい」
珍しく 君が希望を言ったのには少し驚いた
「観覧車?遊園地に行きたいの?」
「違うの ほら ライブハウスとかある
ショッピングモールのところの……」
あぁ あの観覧車か
臨海地区にあるショッピングモール
そこにランドマーク的にある観覧車
僕の記憶の中では 乗ったことはない
だからもちろん
彼女とも乗ったことはないはず
「なんか めずらしいね
まぁいいよ 次の土曜日に行く?」
「ありがとう!嬉しい!」
君の顔が パッと明るくなった
(うれしい)
何年たっても 君の笑顔を見るのは好きだ
久しぶりに土曜日が楽しみになった
******
土曜日のショッピングモールは
いつも混んでいるイメージだった
でも 実際はそうでもない
久しぶりに あれこれ のんびり見ながら
買い物を楽しんだ
夕方になり そろそろ観覧車へ乗りに行こうかと
乗り場の方へ向かうと やけに人が多い
不思議に思って 彼女に聞いてみた
「なんかさ 結構 混んでない?」
「そうだね やっぱり混むよね」
「どうして?そんなに人気?」
この観覧車の下に ライブハウスがあって
良く二人でライブには来ていたけど
そのときは こんなに乗る人は居なかったし
混んでもいなかった
「知らないの?もう無くなるんだよ」
「え?」
「この観覧車ね もうすぐ取り壊しなの」
「そうなんだ! 知らなかった……」
あまりにも 有名で ずっとそこにあって
無くなるなんて 思ってもみなかった
人の列に並ぶ
軽く1時間は待ちそうだ
彼女の方を見ると なんとなく神妙な顔
「どうした?」
声をかけると
君はそのままの顔で 僕を見上げた
「……ちょっと ……寂しい かな……」
「え?なんでさ?」
「……」
何も答えないまま また 前を向いた
僕は上を見上げた
思った以上に 下から見ると迫力がある
観覧車のゴンドラが大きく見えた
列は進み 券売機でチケットを買う
流れ作業のように 乗り口までの列に並ぶ
ゴンドラまでは もうすぐだ
「赤いのに……乗れたらいいな」
ポツリと彼女が言った
「はい お待たせしました~」
スタッフの声に促されて
ゴンドラの前にすすむ
「いってらっしゃい~」
ガコン と音がして
ゴンドラの扉が閉められる
「良かったね 赤いゴンドラじゃん」
「うん!」
まるで子どもみたいに
窓の外をキョロキョロして眺めている
「あ!見て!東京タワー!」
「ホントだ! お!スカイツリーも見えるよ」
二人で キョロキョロしながら
窓の外を眺める
16分間の空中散歩だ
丁度 夕方の時間帯
ビルの間から見える夕日
ゴンドラの中はオレンジ色の光で溢れた
ゆっくりと ゆっくりと
てっぺんまで 僕らを運ぶ
土曜日の夕暮れ
空から見る夕焼けは なんだか少し
寂しくなってしまう
この寂しさは 憂鬱とは違う
とても 懐かしい気がした
「昔ね……」
君の声が ゴンドラの中に響く
「小さい頃に パパと乗ったんだよ」
「へ~ この観覧車?」
「そう 二人で乗ったの それが嬉しくて」
窓の外を眺めながら
ゆっくりと言葉を選んでいる
「また 乗ろうね!って言ったけど
乗れないままになっちゃったなって……」
「そうか 営業終了するんだもんな」
「うん……なんか 寂しくなっちゃって」
そう言って 振り返った君は
オレンジ色の光の中で
ちょっと 涙ぐんでいた
『まもなく頂上です
大パノラマをお楽しみください』
アナウンスが聞こえる
僕は そっと手を伸ばして
君を抱きしめた
「む~!!景色……見えないよっ!」
「あ はい…… ごめんなさい」
僕はあわてて 腕から解放して
君を隣に座らせる
360度のパノラマ
空が近い
「最近 なんか 寂しいっていうか
不安なんだよね」
「なにが?僕がしっかりしてないから?」
「違うよ~」
空は 人間を素直にするんだろうか
「なんか 自分が歳をとると
必ず いつかはそうなるんだけどさ
パパもママも いつかは
いなくなるんだなって思うと 不安なの」
「……そっか……」
「わたし ひとりっこだから
誰もいなくなるのが 怖いんだよね」
『僕がいるよ』……って言いたかったけど
その言葉を飲み込んだ
「観覧車が無くなるのと重なって
寂しくなったんだね そっかそっか」
僕は 小さな子どもにするように
彼女の頭を 優しく撫でた
「いい大人なのにね 恥ずかしい……」
恥ずかしそうに 両手で顔を包み込む
「でもさ 君のご両親にしてみたら
いくつになっても 君は子ども なんだよ」
観覧車は ゆっくりと 僕らを運ぶ
時間も 気持ちも ゆっくりと
「……お父さんに 会いに行こうか」
「え?」
彼女が驚いて 顔を上げる
「ご両親に挨拶に…… 会いに行こう 一緒に」
「……うんっ!!」
思い出の場所が 無くなっても
思い出は無くならない
「今日は 連れてきてくれて ありがとうな」
「なんで?お礼をするのは 私の方だよ」
ゆっくりと ゴンドラが地上に近づいてきた
空中散歩もあと少し
僕は お礼を言った
「なんかさ 思い出の場所を教えてくれて
すごく嬉しかった これからも
昔の思い出の場所教えて」
「……うん 私も知りたい!私にも教えて」
「これからも 二人で いろんな所に行こうな」
「うん!」
ガコンっ と音がして
ゴンドラの扉が開く
それと同時に
「ありがとうございました!」
彼女が 扉を開けたお兄さんに声をかける
「足元気をつけてくださいね
ありがとうございました~」
土曜日の夕暮れ
いつもは 憂鬱になる時間
でも 君と過ごせば また 特別な時間
「ねぇ!お腹空いた!なんか食べよ?」
君が僕に笑顔を見せてくれる
さっきまでの寂しそうな顔からの笑顔
君の笑顔は 破壊的に 可愛いよ
敗けだよ 敗け 僕の敗け 完敗
明日も 明後日も 一年後も 何十年後も
この土曜日の夕暮れを
特別な気持ちで 君と過ごしたい
振り返ると 観覧車はゆっくりと
ゴンドラを空へと運んでいた
思い出を ありがとう……
僕らはこれからも いろんな思い出を
作っていくよ
そして
楽しいことも そうじゃないことも
二人で ちゃんと 乗り越えて見せるからさ
そんなことを思いながら
僕は 彼女の手を握った