名前の無い音

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8/6/2022, 3:25:19 PM

『flowers』


小さい頃の夢はなんだったんだろう

幼稚園の卒園アルバムには
『ケーキ屋さん』って書いてあったけど
たぶん100%自分の意思じゃない

何故なら 同じ組の女子のほとんどが
『ケーキ屋さん』だったからだ

(私が『本当にやりたかったこと』って なんだったのかなぁ?)

あまりやりたくない仕事をこなしつつ
ぼんやり ぼんやり そんなことを考えていた

いつも ぼーっとしてるけど
その日は いつも以上に ぼんやりしていて
書類に押したはんこが逆さまだった
窓から見える夕暮れが待ち遠しい
こんな日は 早く帰りたい

考えても 考えても 答えが出ない
そもそも 考える必要も無いのかもしれない

会社を出て 街の人の流れに合流する
世の中の流れは 思った以上に早い

地下鉄の駅に入ろうとしてやめた

(ちょっと歩こうかな)

乗り換えの駅がある 2駅先まで
歩いてみることにした

回りの歩調よりも
少しゆっくりとしたスピードで歩く
普段は歩かない道
だから 気づかなかった建物も多い

あれ?こんなところに お花屋さん??

水色の木の扉 その脇に黒板の看板
『Flowers ~誰かを笑顔にする花束~』

普段は お花なんて買わないけど……
こんな日だからかな? 気になる
不思議な扉 ドキドキしながら開けてみる

「こんにちは……」
「いらっしゃいませ~」

グレーのエプロンが良くにあう お姉さん
こじんまりとしたお店には
お花やグリーン 鉢植え 観葉植物やリースが
おしゃれに飾られていた

「ちょっと……見ても良いですか?」
「どうぞ どうぞ 1本からでも大丈夫ですからね」

お店の中は 緑の香りがした
その中に ふんわりと 凄く優しい 良い香りがした

どこから? キョロキョロして
その香りの元を探す

「あっ これだ……」

花びらが幾重にも重なりあった大きめな花
まだ咲ききらない花は
丸いフォルムが可愛く見えた

「良い香りでしょう?
優しくふわりと香るのが特徴なんです」

お姉さんがニコニコして説明してくれた

「芍薬(シャクヤク)という花です」
「あ これがシャクヤクなんだ……」

私は全く 花に詳しくない
ヒマワリとかチューリップとかバラならわかるけど
芍薬はわからなかった

「きっと このお花が
今日のあなたのラッキーフラワーですよ」

お姉さんがピンクのシャクヤクを手に取りながら
言う

「ラッキーフラワーなんてあるんですか?」
「私はあると思っています
ほら なんとなく気になるお花とか
ついつい手に取っちゃうお花とか」

確かに 引き寄せられたし
気になった 香りだった

「あなたを 笑顔にしてくれる花 ですよ」

なるほどね そんな考えも素敵だなぁ

「芍薬の花言葉 いっぱいあるんですけど
わたしが好きな芍薬の花言葉は
『必ず来る幸せ』っていうのが一番好きです」
「必ず来る……幸せ」

見えない未来に ただただ焦りと不安
まわりのみんなから 置いていかれる恐怖
得体の知れない大きなモヤモヤに
最近 ずっと包まれていた

「お花 いくつかいただけますか?」
「ありがとうございます ご自宅用に?」
「はい」
「じゃあ 良い香りのする 可愛い感じでね」

お姉さんは手際よく
数本のピンクと白の芍薬をメインに
可愛らしい花束を作ってくれた

「いろんな お花があるんですけど……」

お花を包みながらお姉さんが言う

「みんな好きな花は違うから
気に入るのも人それぞれじゃないですか
色も香りも好みがあるから 」
「そうですね」
「でも やっぱり その人が笑顔になるお花が
一番合ってるっていうか
欲しているお花なんじゃないかなぁって思って」
「あぁ 花束貰うときって 嬉しいから
笑顔になっちゃいますよね」
「必要な人の元に届くんですよ」

そんな会話をしながら花を包んでくれた

「お近くなんですか?」
「あ 会社が近いんです」
「そうなんですね 是非またどうぞ」
「癒されに来ますね」

帰りに もう一度 お店の中を見回した
ディスプレイされている花たちが
『またおいで』と言っているみたいだ

扉を開けて外に出ると
まだかろうじて空に夕焼け色が見えた

「ありがとうございました」

お姉さんの声に背中を押される
振り返りペコリと頭をさげた

私は花束を胸に抱えた
一歩 前に進む
ちょっとだけ背筋が伸びる

自分のために花を買うなんて
ちょっと大人……

とりあえず このまま歩いてみようか
先の事なんか知ってもしょうがない
自分を信じなくてどうすんだよ
未来に向かって
歩いてみようじゃない

私もいつか 誰かを笑顔に出来ること
何かしてみたいなぁ
花を咲かせる flowersか……

……ガラにもないことを思って
「フフフ」と声に出して笑う

通りすぎた人が 一瞬こちらを振り向く

あぁ あなたも芍薬の香りに
振り向いたのですね……

私は そう思うことにして
太陽が今にも沈みそうな
夕暮れの道を 歩いて帰ることにした

7/30/2022, 9:29:45 AM

『生きてる』


神様は たぶん わたしが嫌いなんだ
嫌なことばっかり

ベッドの上
目が覚めてるはずなのに
目が開かない

あぁ……めちゃめちゃ目が腫れてるんだ
そりゃ あれだけ泣いたら
目も開かなくなるくらい腫れるよな

指で 開かなくなった目を
こじ開ける

ぼんやりと 天井が見える

(はぁ 嫌になっちゃうな)

誰もいないけど
口に出してしまうと
誰かに気づかれてしまいそうだから
ぐっと飲み込む

大人は面倒くさい

いつから 自分が『大人』の区分に
入ってしまったのかわからない
成人式からなのか 誕生日からなのか
気づいたら『大人』と呼ばれていた

「大人なんだから」と言われると
あれもこれも 無意識で
我慢しなくちゃいけない気がして
生きにくいったら ありゃしない

幼い頃 想像していた大人は
何でも好きなことが出来て
自由で 楽しくて 完全だった
いつも『ずるいなぁ』って思っていた


昨日の夜 些細なことから
彼と喧嘩になり そのまま別れ話へ

ホントに……
本当に意味がわからない

意味がわからないけど
大人だから
飲み込まなくちゃいけない
大人だから
仕事にも行かなくちゃいけない
大人だから
平気な顔で電車に乗り
平気な顔でコンビニで買い物して
平気な顔で「おはようございます」って
言わなきゃいけない

あー!ヤダヤダ!
大人だってさ 泣きたい時には
大きな声で泣きたいんだよ!

とりあえず 起き上がり
スマホを手に取る

『目の腫れ 治し方』

調べてみる
なるほど 冷やすのか
でも気休め程度か

結局は なんでも時間が解決するのか
時間って凄いな……

なんて
感心してるうちに 電車の時間だ
ヤバイヤバイ

そうだよ
大人はみんな 見栄っ張りなのさ
みんな なんだかんだ 頑張っているんだよ

今日は帰りに ハーゲンダッツを
2個買おう
そして お風呂上がりに食べるんだ

あ 私 神様に嫌われてるからなぁ
売り切れてたらどうしよう
まぁ その時は ガリガリ君でいいか!

私は 腫れた目を冷やすために
タオルを手に取った

今日も 大人を 頑張って生きている
どんな嵐が来ようとも
毎日 大人を 頑張って生きているんだ

7/26/2022, 4:46:38 PM

『誕生日』

ちょっと早く仕事が終わった日
家までの道を ぼんやりと歩いていた

まだまだ日が長い 夕焼けがきれいだ
公園からは 子どもたちの
元気な声が聞こえてくる

ほわりほわりと
シャボン玉の集団が流れていく
誰かが シャボン玉で遊んでいるんだろう
幸せのおすそわけだ

そういえば 今日って
誰かの誕生日だったよなと
それを見て思い出す
ふわっと 頭の中に
懐かしい顔たちが浮かんだ


もう 昔には戻れないけど
確かに 一緒に過ごした時間
あの頃は楽しかったな

バカだったけど
アホだったけど
ただ ただ 楽しかった


『好きなことをやって生きる』って
実は 意外と難しくて
あの頃は 今よりももっと必死で
でも 今よりも もっと充たされていた
そんな気がする

誰かの誕生日だと言えば
集まって飲み
誰かが別れたと言えば
集まって飲み
なにかしら みんな
顔を合わせていた気がする

『縁』なんて言うとおかしいけど
こうやって何年たっても
フッとした瞬間に思い出す


真夜中の公園で
シャボン玉をやろうって言い出したのは
誰だったか

近くのコンビニにある
シャボン玉セットを全部買い占めて
いつものメンバーで 一斉に吹いた

夜のシャボン玉は
公園の街灯に照らされて
ぼんやりと漂ったあと
ゆらり ゆらりと 暗闇にとけていった

割れたのか
割れてないのか
結末は誰もわからない

まぁ そんな最終回があっても
別に誰も気にしないだろう

思い出は 終わりがない
そしてまた
現実にも 終わりはない

「ほら!帰るよ!」
「はーい!」

シャボン玉の子たちの母親だろうか

さて 自分も 帰ろう 帰ろう
それにしても 誕生日が誰だったか
ちっとも思い出せない

(帰ったら あいつに 電話してみるか)

もうすぐ 夕焼けが終わる
ぼんやりした 重い足取りが
少しだけ 軽くなった気がした

7/21/2022, 12:02:11 PM

きらいなもの

つぶあん
シナモン
注射
駐車
歯医者
自分の名前を呼ばれること

自分の名前の音がきらいです
文字の見た目は好きだけど 音が好きじゃない

ごめんなさい お父さん お母さん

今でも 名前を呼ばれると
凄く 嫌な気持ちになってしまう

だから 呼び捨てにする人は苦手
自分も呼び捨てには絶対にしないというか
出来ない

なんでかな
謎なんだよね

7/19/2022, 5:15:22 PM

※ 何日か前のお題を元に書きましたが 熟成させたらメチャメチャ長くなってしまいました 読みにくくてごめんなさい 申し訳ありません※


『恋』


ずっとポツリポツリと
小雨が降り続いていた夜だった

「もう こんな 関係は終わりにしよう……」

彼が 車で送ってくれた同窓会からの帰り道

この信号の先を曲がれば家に着くけれど

最後の信号は赤
車は ゆっくりと停まった

(ついに……言われちゃったな……)

停まった車の中で
私は ギュッと シートベルトを握りしめた


* * * * * *

彼と最初に出会ったのは高校の入学式

入学式と言えば定番の
校門に立て掛けてある「入学式」の看板

私は写真を撮りたい人の列に
両親と一緒に並んでいた

三人で写真を撮ろうと思って
誰かにシャッターを頼もうと思ったら
後に居た人が「撮りますよ?」って
声をかけてくれた

それが彼だった

第一印象は
『柔らかなオーラの人』
優しい笑顔の人だった

校門近くにある桜の木から
散り際の桜が舞っていて
雰囲気は いかにも入学式だった

撮り終わると 今度は私が
彼のカメラのシャッターを押した
桜の花びらが良く舞っていた

真新しい学生服と桜の花
同じようなタイミングの
同じような写真が撮れているはず

カメラを返すときに 彼に言われた

「あ!そう言えば 同じクラスだよね?」
「え?うそ ゴメン 私 全然覚えてない」

昔から 私は人の名前と顔を覚えるのが
最高に苦手だった

「ほんとに?
俺 君の斜め後ろの席なんだけど」
「あ~ ごめんっ! 今!今覚えたよ!!」

同じクラスか……
緊張しすぎて 誰も顔 覚えてないや
同じ学校から来てる子は 別のクラスだし
ちょっと心細かった

彼は 私の斜め後ろの 窓側の席
入学式の一件以来
話しかけやすい存在になった
クラスに居る 唯一の「知り合い」

「なぁなぁ 英語得意?」
「え?うん まぁ 嫌いじゃないけど」
「最初にお願いしときたいんだけどさ……」
「え?」
「……ノート貸してね!」

この人は 簡単に言ってしまえば人懐っこい
誰にでも話しかけるし
凄く話しかけやすい
パーソナルスペースが 物凄く狭い人

クラスにこのタイプが1人いると
全体の空気が和らぐ
うまくクラスをまとめて
タイミング良く 派手に立ち回りたい人に
バトンタッチして スッと裏方にまわる

なんだか 気づいたら
目が離せなくなっていた


うちの学校は小さい
学年2クラスしかないから
クラス替えをしても同じになる確率は高い

彼とは3年間同じクラスだった

なぜか馬が合う
意識しすぎずに 自然体で
思いっきり くだらない事が出来る

最高の友達

そりゃ 思い出も 沢山出来る

2年の終わり
私たちは生徒会役員になった
生徒会長からの直々のご指名で
彼がまず役員になり
そこから
なぜか「英語が出来て 字が綺麗だから」
という理由で私も引っ張られた
なんの意味があるのかわからない

でも
元々 イベント事は嫌いじゃない
だから引き受けることにした

別に
彼と一緒に 出来るからって 訳でも……
ない……ことも……ない

そんなこんなで 生徒会になってからは
めちゃめちゃいろんな事を計画した

3年の体育祭は
「みんなが楽しめる体育祭にしよう!」
スポーツが苦手な人も楽しめる
ほんとにお祭りみたいなイベントに変えた
借りてきた物で着飾る
『借り物ファッションショー』や
本当に食べ終わらないとゴールできない
『パン食べ終わった競争』

でも
締めるところはしっかり押さえて
最後のクラス対抗リレーは
どの学年も先生たちも
めちゃめちゃ盛り上がってた

文化祭もそうだった
全クラス共通の出し物を
『ちぎり絵』にして競った
体育館の壁に でっかいちぎり絵を作る
各クラスに渡されたのは
真っ白い障子紙数本と絵の具
紙を染めて 切り貼りする

紙を……染める?

どのクラスも 無事に済むわけがない
次の日から 何人もの体操着や
制服の白いシャツが カラフルに染まった

そんな ちょっと現実離れした
くだらないけど みんな楽しんで
一生懸命になれるイベントを
企画していった

例えば修学旅行の
全員参加のUNO大会
お土産プレゼント交換会
テスト前の
使わないけどカンニングペーパー作り
テスト問題予想ビンゴ大会……

1個ずつあげたら
キリがない
修学旅行も部活もテストも
大変だったこともあるけど
どっちかといえば
クラスのみんなで笑えてた

そんな雰囲気を作り出していたのは
たぶん……

彼のまわりには いつも
人の笑顔があった 笑い声が聞こえた

そんな毎日の中で 何回か見かけた
彼と『付き合いたい』っていう人たち
彼を好きだという女子は何人もいた

放課後に呼び出されて
なんだか やりきれない顔をして
戻ってくる彼を 何度か見かけた

私は……自分の中にある気持ちに
気づいていたけど
何も切り出せないでいた

違う 違うと
気づかないふりをして
やり過ごした

ある日
学年でも 飛びきり可愛い
人気のある女子から呼び出されたけど
でも 彼は頷かなかったと
風のウワサで聞いた

放課後 生徒会室に行くと
彼が椅子にもたれながらマンガを読んでいた

「ねぇねぇ 聞いたよ?なんで?」
「なにが?」
「頭固いんじゃない?」
「だから なにが!」
「可愛い子ちゃん フッたって」
「あー もう うるさい!うるさい!
俺にはね そーゆーのは似合わないの!」

五月蝿そうに 手をシッシッとふる

「あんまり選り好み 激しいと
誰も捕まえられなくなるかもよ?」
「はーい 忠告 ありがと」

生徒会室には 私たちだけ
なんとなく 特別な時間に感じた

私の口が 勝手に動いた

「仕方ないなぁ……
もしも もしもこのまま10年たって
誰も相手が居なかったら
結婚してあげてもいいよ」

彼が 読んでいたマンガから
顔をあげる

「はい?……なんそれ 本気で言ってる?」
「もちろん!私を貰いたくなかったら
本気で 早く 誰か捕まえなさいよっ」

マンガをそっと閉じて
何か……なんだろう 珍しく
言葉を探しながら 選びながら
真顔で彼が言う

「なんで?………そんなこと言う?」

一瞬 しまった!と思ったけど

「と……友だち だからでしょ?
可愛そうな老後にならないために
言ってるの!老人介護!」

私はいつもの おどけた調子で返した

「はぁ~ もう降参」

ゆっくりと 彼は天をあおいだ
そして 笑いながら

「参りました お前には負けたよ」
「何が?」
「その なんか…… 図太い神経!」
「はぁ??」

そんなことを言いっていると
ガラガラと扉が開いた

「誰かいる? あぁ お疲れ様~」

他の人たちが入ってきた
その場の空気が また前の状態に戻る

(良かった……私のバカ!余計な事を……)

誰も知らない 私の胸のうち
たぶん
どこかで かけ違えた 赤い糸

知られないように 知られないように
そっと蓋をした



受験シーズンを乗り越えたら
あっという間に卒業だ

長いような3年も
人生100年から考えたら あっという間

まだまだ何も知らない子どもなのに
気づいたら18歳で『成人』になっていた

私も彼も 同じ市内の違う大学に
進学が決まった
推薦で早々と決まったので
残りの学校生活はのんびり過ごせた

学校から帰る道が同じになったりして
たまに一緒に帰ることもあったけど
特別何かドキドキすることが
あったわけでもなく……

その中で こんなウワサが流れた
『好きな人の制服の
第二ボタンを貰うと二人幸せになる』
私の母に言わせると
「そんなのは古からある言い伝え」らしい

制服の第二ボタンか……
彼は誰かにあげるんだろうか……

ぼんやりとそんなことを考えていた


卒業式の日
もう この学校に来ないのかと思うと
涙があふれた

なんだかんだ 楽しかったから
沢山の友だちや イベントがあって
本当に楽しすぎたから
そして……彼が居たから
彼の笑顔があったから

彼を探してみる
やっぱり 人気だった
男女問わず 先生にも
みんなに囲まれていた

でも 何かおかしい
あれ?と思って 良く見ると

彼の制服のボタンが全部無い

第二ボタンどころじゃない
全部のボタンがなかった

私は彼に話しかけに行った

「あれ~?もう第二ボタン売り切れ?
残念っ!」
「なんだよ!欲しいならもっと早くこいよ!
知らんけど ブチブチ持ってかれたよ!」

いつもの笑顔だ

「あぁ そうだ 大学行ってもよろしく」
「こちらこそ よろしく」
「みんなで写真撮ろうぜ!」

校門で写真を撮る

あの 入学式の時みたいな桜吹雪はない
でも もうすぐ咲きそうだ

そうだね 制服の第二ボタン
あなたのボタンが欲しかったな
でも……
これで良かったのかもしれないな

私は 泣き笑いみたいな
不思議な表情で 写真に収まった


* * * * * *


あれから7年
気がつけば 25歳を過ぎていた
四半世紀も生きてしまった

ある日
当時の生徒会長から電話が来た

「同窓会を企画しよう」

あの頃の生徒会役員が中心となって
大々的に同窓会をすることになった

高校時代の友だちとは
なんとなく繋がっていた
あの彼とも 適度な距離感で
繋がっていた

今でも同じ大学だった私の友だちと
彼の友だちと一緒に
カラオケだったり ご飯だったり
ずっとあの頃と同じような関係が続いていた

お互いに 彼氏が出来たり
彼女が出来たりもした
その度に 報告の連絡がくる

大学生3年の時
二人ともタイミング良く?悪く?
こっぴどい失恋をした事があった

明け方近くまで
行きつけのお店で 二人で飲んで

「大切にする方法がわからない!」
「大切な存在へのなり方がわからない!」
「幸せにしたかったのに!」
「幸せになりたかったのに!」

と 喚き合ったことがあった

大分飲んで いろんな話をしてるうちに
『あの約束』の話になった

「なぁ あと7年たったら 嫁に貰えるんだろ?」
「誰にも相手にされなくなったらね」

酔いが 口を軽くする
酔っぱらいどうしの 終わりのない会話

「だからもう めんどくさいんだよ!」
「あ~? なにが?
恋愛を面倒くさいで片付けんの?」
「いやいや 俺はね 頑張ってんの!」
「選り好み し過ぎなんだよ~面食いが!」
「違うよ!頑張ってるんだよ!」

彼はそう言うと
コテンッと テーブルに突っ伏した

「30分寝る……」
「はぁ??やだよ!ちょっと!!」

店長が笑いながら声をかける

「いーよ 寝かしとけ
30分たったら 叩き起こすから」

スースーと寝息をたててる顔を見ながら
何も変わってないなと
改めて思う
二人で飲んで 喋ってる時間が
本当に楽しかった

「今が 楽しければ それだけでいいや」

本音が 口からこぼれた瞬間
私は そっと 彼の頭を撫でていた



* * * * * *


同窓会の日

一次会の会場は 高校の最寄駅近くの居酒屋
みんないい大人だ

中には結婚して 子どもが居る人もいた
可愛い子どもの写真を 見せてもらった

何も変わっていないはずなのに
久しぶりに会う友だちは
最初はちょっと別人みたいで
少しだけ よそよそしさもあった

でも

「はい!これは誰でしょうかっ!」

突然 彼が立ち上がり
耳に手を当てながら 首を傾げ
眉間にシワを寄せながら 声色を変える

「ん~ みんなのね~
やる気がね~ 見えないのねっ!」

会場が ざわつく

「あ~!いた!わかる!なんだっけほら!」
「あれだよ!あれ!ほら生物の先生……」
「わかった!!八巻まき!!」
「正解っ!!」

彼が笑顔で 正解者を指差す

「大正解!生物の八巻まき先生でした!
さ 次いきますっ!」

突然始まった 懐かしい先生の
ものまねクイズ大会

微妙なクセや 身振り手振り
特徴的な言葉づかい
懐かしい先生のものまねで
同級生を笑わせた

そして ちょうど場が盛り上がった時に
生徒会長が担任の先生たちを連れて
現れた

「先生たちが来たよ~」

うわぁ~という声と
拍手がまき起こる

「なんだ?なんだ?
ずいぶん盛り上がってるなぁ」

さっきまで 散々ものまねをされていた
本人たちの登場で みんなさらに盛り上がる

気になって 彼を探すと
部屋の隅の方で 元同じクラスのメンバーと
なにやら話している

パッと目が合うと
『よっ!』と手を上げて笑う
私も同じ事をした

その直ぐあとに彼は
何人かの女子に声をかけられて
部屋の外へと連れ去られていった

(別に気になってるわけじゃないけど……)
私は届いたビールに口をつけながら
同じテーブルの子たちと
懐かしい昔ばなしをしてみた
けど……
時間がやけに
ゆっくりと流れていく

いろんなテーブルに行って
懐かしい人と懐かしい話をする

まだ学生をやっている人
しっかり働いてる人
ママの人 パパの人
いろんな「今」の顔がある

でも みんな話し始めると
あの頃の バカ騒ぎしながら
過ごした あっという間の
3年間の時の顔になる

散々喋って
一次会が終わった
二次会にほとんどの人が流れる隙に
私はそっとみんなの輪から抜け出した

(さて 帰るか!)

そっと 店を出ると
外はパラパラと小雨が降っていた

持っていた折りたたみ傘を差して
てくてくと歩き始める

「わっ!!」
「なっ!ビックリする!え?」

後ろから 驚かされる
振り向くと彼が居た

そして
私の折りたたみ傘をスッと持ってくれた

「ひとりでお帰りですか?」
「まぁね 明日も仕事なんだよね」
「そっか 連休じゃないんだね」
「平日休みですけどね」

同じスピードで てくてくと歩く

「てかさ いいの?二次会」
「あぁ俺? 最初から行く予定無いし」
「嘘だぁ」
「ホントだよ 今日車なんだ」
「えー?飲んでないの?」
「飲んでません!」
「……ってことは あれ 全部しらふ?」
「そうですが 何か問題でも?」

彼が笑う

「ねぇ いつまでついてくんのさ」
「え?あぁ だって俺 傘無いし」
「なによ じゃあ駐車場まで送るよ」
「やった!ありがと!じゃあ家まで送るね」
「それは 悪いし いいよ~
歩いて帰るよ ちょうど酔いざましに」
「はぁ?こんな時はにっこり笑って
『ありがとう!』でいいんだよ!」
「あー はいはい わかりました 『ありがとうっ!』」
「俺 ノンアルコールで我慢したんだから
喜んで付き合ってよ」
「はいはい」
「その先だから 行こ」

そのまま 近くの駐車場に向かった
駐車場に着くと 見覚えのある車
車には詳しくないけど
コンパクトSUV というらしい
助手席に乗って シートベルトをしめる

「ちょっとドライブしよ」
「どこ行くの?」
「懐かしい場所めぐり」

そう言うと 彼は車を出した
フロントガラスに ポツポツと
小さな雨粒が付いていた

行き先は 通学路を通り 学校
いつも行っていたコンビニ
いつも行っていたファーストフード店

「昔は ここ セブンだったよね?」
「え?ファミマじゃなかった?」

夜だと なんとなく雰囲気が違う
あの頃 楽しかったな
なんだかんだ いつもつるんでた

「そういえば おまえさ いつもコンビニに
無理やりひっついてきて
俺にたかってたよなぁ?」
「無理やり~?そ そんなことないよ!
25回に1回くらいは私も奢ってたし!
たぶん……」
「いや 記憶に無いわ」
「ひどい~!」

小雨が窓に粒を作る
雨の夜は 景色がキラキラして見える

しばらく学校のまわりを回ってから
私の家の方に向かう

「じゃあ……家まで送るよ」
「うん ありがと」

自分の家までの道のり
あの頃も 思ってたな
一緒に帰れる道程が
もっと もっと 長ければ良いのに

「この 先 曲がるんだっけ」
「そうだよ」

信号が赤に変わる
ゆっくりと車が停まる

この信号の先を曲がれば
家に着いてしまう

「なぁ ……」
「なに?」

やけに 静かなトーンで彼が切り出す
なんとなく 車の中の空気が
ピリッとした

「もう こんな関係は 終わりにしよう」

じっと前を向いたまま 彼が言った

「え? なに?なに?どういうこと?」
「……正直 実はもう 俺 辛いんだ……」

握りしめていたシートベルトに
さらにギュッと 力が入る

彼の視線は 前を向いたままだ

(あぁ 言われた……)

いつか言われると思っていた
ついにこの日が来てしまったんだ

彼の優しさに甘えて
なんとなくいつも 彼の近くに居たけど
やっぱり 私は 目ざわりだったんだな……

「……そっか ごめん…… 私 ここで降り……」
「 違う ダメ!
待って 最後まで話聞いてほしいんだ」

ドアを開けようとする私を 慌てて止める
信号が青に変わる
車をゆっくりとスタートさせた

彼は 私の家の前を通り越して
走り始めた

「実はさ あの約束……
正直 苦しかったんよ……」
「なに?10年後ってやつ?
……ゴメン やだなぁ
そんなに 本気で考えないでよ……」
「……そうじゃない 違うんだよ」
「え?」

車は そのまま走り
近所の 小高い丘の上にある公園についた
がらんとした駐車場の端に
車を停める

「もう『友だちごっこ』は終わりにしよう」
「……そう……ごめん……」

心がひんやりとする
そうだよ いつかこんな日が来ると
思っていたんだ
彼が ゆっくりと私の方を向いた

「……これ」

彼の手から渡されたのは
学生服のボタン

「なに?これ……」
「制服の……第二……ボタン」
「誰のっ??」
「バカ!俺のに決まってんだろ!」
「なんで?今さら?」
「……ずっと 自分で持ってた
本当は……待ってた」

私の 手のひらで ボタンがコロンと動いた

「10年たったら
……おまえ 嫁に貰えるんだろ?」
「え?……」
「まだあと3年くらいあるけど……」
「それ……どういうこと……」
「あーもう!いい加減さ……
気づけよっ 鈍感だなぁ!!」

彼はそう言って笑った

その笑顔が
ガチガチに凍った 今にも割れそうな心を
フワリと包み込む

「……俺と結婚してほしい」
「は?冗談でしょ?やめてよ……」
「冗談でこんなこと言わないよ」
「……な、バカじゃないの?
あんな子どもの約束 真に受けて……」

あぁ ダメだよ
待って 待って 待って……
急にそんなのは 反則だよ……

「俺 怖かったんだ ダメだったらって
本当に大切なもの 失いたくなくてさ ……」

全身が固まる
あぁ ダメだよ ダメだよ
ダメ ダメ ダメ ダメ
もう 何か言葉を 口から出したら
崩れてしまうよ

「ねぇ……もう……」

あぁ
もう 無理だよ……
もう ダメだよ……
ダメだよ もう……

「言っても……良いの?」
「なにを?」

もう……

「ずっと…… 」

私は うわっと泣きながら 彼に抱きついた

「ずっと 好きだった」

彼は そんな わんわん泣いている私の背中に
そっと手を回した

「遅くなって ゴメンな」

優しい 懐かしい
暖かい手が そっと私の頭を撫でた

気がつくと 雨がやんでいた
フロントガラスについた雨粒が
雲間から うっすらと見える月の
光に照らされて キラキラしている

「……雨夜の月……だね」
「ん?なにそれ?」
「辞書引いてみて」
「……あ はい」

でも 違うな
奇跡みたいな出来事はあるんだよ
ほんとに あるんだよ……

* * * * * *


ねぇ 恋をしたのは いつから?

私はね ずっと 同じ気持ちで
過ごしてきたんだよ
大好きだって あなたのそばに居たいって
ずっと 変わらずに 思ってきたんだよ

だから いま 自信持って言うね

「私はあなたが 大好きです」

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