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3/13/2023, 12:38:21 PM

『ずっと隣で』

 痛みは、既にない。撃たれた場所が、ただぼんやりと熱いだけだ。思考はまとまらなくて、彼女との想い出が浮かんでは消えていった。あともう少しも経たないうちに、僕はただの物言わぬ骸となるだろう。戦場で散々見た、あの無惨な死体たちの一部となるのだ。身を立てるために勇んだ結果、あっさり死ぬ。戦場ではよくあることだ。
 自分だけは大丈夫だと、心のどこかで思っていた。そんなことはなかった。人間は意外に頑丈だが、死ぬ時は簡単に死ぬのだ。それを知らなかった、出征前の僕を恨んだ。こうなることを知っていたなら、彼女にあんな言葉はかけなかった。守れるかも分からない約束をするべきではなかったのだ。
 彼女は帰らない僕を待ち続けるのだろうか。どうか忘れてほしいと思った。連絡ひとつ寄越さない僕のことなど見限って、彼女を幸せにしてくれる人を見つけてほしい。たったひとつの約束すらも守れない情けない男のことなど、どうかすっぱり切り捨てて。君が幸せでさえいるのなら、僕は何も思い残すことなどないんだ。どうか世界一幸せになって。僕のことなど思い出す暇もないほど幸せに。
 独りよがりの自己中な願いは、きっと叶わない。分かっている。彼女は僕の帰りを待つだろう。分かっているんだ。青い時代の若さという根拠のない自信は、愛する人に永遠の呪縛を与えてしまった。今あの時に戻れたら、君をこっぴどく振ってしまおう。最後に見るのが泣き顔でも、その先の人生まで縛るよりはずっと良い。あるいは逃げてしまおうか。君の手を引いて、遥か遠くの国まで。君と二人ならきっと、どこでだって幸せだろう。君の隣にいられる、それだけで良かった。それだけで良かったんだ。

2/14/2023, 6:12:31 AM

『待ってて』

---待ってて。絶対帰ってくるから。

 あれから何年、経ったでしょうか。一日千秋の思いで待ち焦がれる時期はとうに過ぎて、あなたのいない日常にもすっかり慣れてしまった。果たしてあなたがあの約束を覚えているかもわからなくて、それでも諦念の中に僅かな期待を捨てられないでいる私を、人は愚かと笑うでしょうね。
 女の盛りはあなたの想い出と共に過ごしたの。俺にしないかって言ってくる男の人もいたわ。今はそんな人もすっかりいなくなって、それでも私はあなたを待っている。貴重な時期を棒に振って、と何度も言われたけれど、私は後悔していない。もしもあなたが帰ってきたら、私と結ばれざるを得ないでしょうね。そうしたら、一途な女の美談の完成だわ。ふふ。はあ。

 ……ほんと、馬鹿みたい。

2/1/2023, 10:01:58 AM

『旅路の果てに』

 長い長い旅だった。探していたものは、ずっとここにあったんだ。

1/30/2023, 2:12:07 PM

『あなたに届けたかった』

 ずっと持っていたら壊れてしまいそうだったから、優しくつつんで、そっとくるんで、胸の奥に大事に仕舞ったの。そうしていたらきっと、いつか綺麗な想い出になってくれるはずだから。
 あなたはずるい。そうして困ったように少し眉を下げて笑うから、そしたら私は許すしか無くなってしまう。もう何度目かも知れないくらい裏切られて、それでもまだこの想いを捨てきれない私は、真正都合のいい女なのでしょうね。それを分かっていて離れられないのは、恋というより呪いに近いのかもしれない。心の奥のやわらかい場所をさらけ出して、何度もあなたに捧げたわ。同じだけのものが返ってくることはなかったけれど、それでも私は満足だった。傷付くことができることさえ嬉しかったの。
 あなたは誰も愛さなかった。それは私も例外じゃない。あなたは誰も愛していなくて、だからあなたは自分は誰からも愛されないと思っていた。小さい頃のあったかい思い出なんてないと、乾いた笑いで泣いていたわ。
 あなたを愛していると、私は何度もささやいた。あなたは笑って同じ言葉を返したけれど、まったく取り合ってくれていない事は明白だった。返された言葉も、薄っぺらいうわべだけの「愛してる」。いつか伝わる日が来ると信じられるほど、いつまでも若くはいられなかった。
 ねえ、確かにあなたを愛していたわ。少しクセのある黒髪も、黒曜石みたいなまるい瞳も。雨の日の子猫を見捨てられない優しさも、存外に怖がりなところも。やわらかく耳に響くテノールも、独りで夜を越えられない弱さも。肩を撫ぜる手が優しいところも、キスをするときに少し目を細めるところも。全部愛していた。だから、あなたを愛したまま、離れたいと思ったの。愛が執着に変わる前に、すべてを仕舞い込んでしまいたかった。断ち切れない呪いは抱えたまま、ゆっくりと消化していくから。それに負けないくらいの強さは身に付けたの。
 あなたはきっと、また別の宿木を見つけるのでしょう。きっとそうして生きていくんだわ。あなたはいつか、私のことなんて忘れてしまうのでしょう。誰もが昨日街ですれ違った人を覚えていないように、私はあなたの世界の通行人になる。そのことにまだこの胸は痛みを訴えるけれど、割り切るってもう決めたの。ただひとつだけ心残りがあるとすれば、あなたを愛した人がいたことを、どうかあなたに伝えたかった。あなたは愛されない人なんかじゃない。ただ人を愛することに、人から愛されることに、ほんの少し臆病なだけ。あなたがそれを自覚するとき、私は傍にいない。あなたの傍には別の誰かがいるのかもしれないし、誰もいないのかもしれない。でも願うなら、いつか一人で夜を越えられるようになってほしい。誰かに寄りかかって生きていくには、この世界は冷たすぎるから。
 じゃあね、さよなら。私の愛しい人。

1/29/2023, 4:12:17 PM

『"I love you."が言えなくて』

 君の瞳に映るのは、いつだって僕じゃなかった。何度も失恋した。いい加減諦めようと思う度、僕はまた君に恋をした。不毛な恋だった。
 小説やマンガ、ドラマに映画。幼馴染同士の恋なんて、そこら中に溢れている。もちろん、作り話が前提だけど。現実で幼馴染といったって、そんなに素敵なものじゃない。確かに幼い頃は毎日のように遊んでいたけど、それだって長くは続かない。中学生にもなれば、中途半端に性を意識し出して疎遠になって、大抵そのまま。朝起こしに来てくれるなんて、都合の良い妄想は所詮フィクションの中だけだ。現実ではまあ、会えば適当に挨拶するくらい。向こうはきっと、僕の気持ちすら知らないだろう。ちっちゃい頃は結婚の約束までしたのにな、なんて、冗談キツイか。
 僕が最初に失恋したのは、中学二年の春だった。君が部活の先輩と付き合い始めたと、クラスの女子が噂話をしているのを聞いた。僕が君への恋を自覚したのは、悲しいことにその時だった。気付いたと同時に終わった恋は、まあ、結構痛かった。
 僕が二度目の恋をしたのは、中学二年の秋だった。公園で泣いてる君を見た。その横顔がどうにも美しくて、僕は恋心を捨て切れずにいたことを悟った。声をかけるほどの勇気はなくて、気づかないフリで立ち去った。その後、君が先輩に振られたことを知った。中学生にありがちな、数ヶ月の恋だったらしい。君があんなに綺麗な涙を向ける、先輩とやらを僕は妬んだ。
 僕が二度目の失恋をしたのは、中学三年の冬だった。校舎裏で告白なんて、ベタな場面を目撃した。恥ずかしそうに頬を染めて、頷く君に失恋を悟った。教室で彼氏と勉強する君を何度か見かけた。胸の奥がチクリと痛んだ。僕は辛い気持ちを紛らわせるように勉強をして、県で一番の進学校に合格した。
 僕が三度目の恋をしたのは、高校二年の夏だった。受験を見据えて参加した、塾の夏期講習に君がいた。久々に顔を合わせて、少し話した。やっぱり好きだと思った。何度も顔を合わせるうちに、ほんの少しだけ昔に戻ったみたいだった。話の流れで、彼氏とはとっくに別れたと聞いた。別の高校に進学したから、あまり長続きしなかったと笑っていた。
 僕が三度目の失恋をしたのは、高校二年の秋だった。夏期講習以降、同じ塾に通うようになった君は、塾講バイトの大学生に恋をした。相談された訳じゃなかったけど、君を見ていればすぐに分かった。受験に向けたクラス別授業になってから君に会う頻度は減ったけど、たまに見る、君が例の大学生に向ける瞳は、僕の胸を酷く刺した。結局、君の恋が実ることはなかった。例の大学生には彼女がいたらしい。
 想うだけで気持ちを伝えもしない僕が失恋を嘆くのも、よく考えればおかしな話だ。現実とフィクションの違いがどうのと語るより、少しは君にアピールでもするべきだなんてことは、とっくのとうに分かっている。公園で泣いている君を見かけた時も、夏期講習で毎日隣で授業を受けていた時も、行動しなかったのは僕だった。だからいつまでも君との距離は縮まらない訳だけれど、「好き」の気持ちを表現するのは、臆病な僕にはとてつもなく勇気のいることで。かれこれ六年想い続けているのも、よく考えれば重すぎる。告白して断られれば、今の薄い繋がりも立ち消えてしまうかもしれない。考えれば考えるほど、土壺に嵌まって抜け出せなくなる。結局、あと一歩を踏み出せないまま。かと言って好きな気持ちを手放すのを許してくれるほど、アフロディーテは甘くなかった。
 四度目の恋は、多分訪れる。相手はきっと君だろう。どうせ逃げられないことは分かりきっているのに、悶々とした気持ちをひとまず押しやって蓋をして、僕は今日もまた見ないフリをし続けている。

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