『あなたに届けたかった』
ずっと持っていたら壊れてしまいそうだったから、優しくつつんで、そっとくるんで、胸の奥に大事に仕舞ったの。そうしていたらきっと、いつか綺麗な想い出になってくれるはずだから。
あなたはずるい。そうして困ったように少し眉を下げて笑うから、そしたら私は許すしか無くなってしまう。もう何度目かも知れないくらい裏切られて、それでもまだこの想いを捨てきれない私は、真正都合のいい女なのでしょうね。それを分かっていて離れられないのは、恋というより呪いに近いのかもしれない。心の奥のやわらかい場所をさらけ出して、何度もあなたに捧げたわ。同じだけのものが返ってくることはなかったけれど、それでも私は満足だった。傷付くことができることさえ嬉しかったの。
あなたは誰も愛さなかった。それは私も例外じゃない。あなたは誰も愛していなくて、だからあなたは自分は誰からも愛されないと思っていた。小さい頃のあったかい思い出なんてないと、乾いた笑いで泣いていたわ。
あなたを愛していると、私は何度もささやいた。あなたは笑って同じ言葉を返したけれど、まったく取り合ってくれていない事は明白だった。返された言葉も、薄っぺらいうわべだけの「愛してる」。いつか伝わる日が来ると信じられるほど、いつまでも若くはいられなかった。
ねえ、確かにあなたを愛していたわ。少しクセのある黒髪も、黒曜石みたいなまるい瞳も。雨の日の子猫を見捨てられない優しさも、存外に怖がりなところも。やわらかく耳に響くテノールも、独りで夜を越えられない弱さも。肩を撫ぜる手が優しいところも、キスをするときに少し目を細めるところも。全部愛していた。だから、あなたを愛したまま、離れたいと思ったの。愛が執着に変わる前に、すべてを仕舞い込んでしまいたかった。断ち切れない呪いは抱えたまま、ゆっくりと消化していくから。それに負けないくらいの強さは身に付けたの。
あなたはきっと、また別の宿木を見つけるのでしょう。きっとそうして生きていくんだわ。あなたはいつか、私のことなんて忘れてしまうのでしょう。誰もが昨日街ですれ違った人を覚えていないように、私はあなたの世界の通行人になる。そのことにまだこの胸は痛みを訴えるけれど、割り切るってもう決めたの。ただひとつだけ心残りがあるとすれば、あなたを愛した人がいたことを、どうかあなたに伝えたかった。あなたは愛されない人なんかじゃない。ただ人を愛することに、人から愛されることに、ほんの少し臆病なだけ。あなたがそれを自覚するとき、私は傍にいない。あなたの傍には別の誰かがいるのかもしれないし、誰もいないのかもしれない。でも願うなら、いつか一人で夜を越えられるようになってほしい。誰かに寄りかかって生きていくには、この世界は冷たすぎるから。
じゃあね、さよなら。私の愛しい人。
1/30/2023, 2:12:07 PM