暗い部屋が、夜を告げていた。
私は、重たい瞼を無理やりこじ開けるように擦る。夜勤明けの体はいつもよりGがかかったように動かなかった。
手でまさぐってみたけれど、リモコンは見当たらず、かわりに汁だけ入ったカップ麺に触れた。
その臭いが強烈で、諦めてマットレスに顔を埋めていると、ときおり鼻を刺した。
アラームが鳴った。
夜通し雨がふり、部屋の空気は冷え切っていて、私は毛布に包まる。ここから出る気は起こらなかった。朝だから暖かくあるべきだろう。
五分後、またそれは鳴動した。ひのひかりが赤く瞼を照らし、眩しかった。
いずれ人は永い眠りにつく。
私は介護職員である。
ひとより多く、その瞬間に立ち会う。
灯火が消えるの見送ったら、谷川さんは、おもむろにポケットからピッチを取り出し、おそらく医者にだろう、話し始めた。「もう、準備しといて」あるいはそう合図していたのかもしれない。
寛太さんは慌ただしく、ご遺体のそばを通り抜けると、すでにフロアの闇に消えていた。
私が夜勤に入りはじめてから、こうしてご利用者の死に目にあうことが一度ならずあった。
寛太さんが黒いバケツを持ってきた。そこに当直ドクターも現れて、つと視線を腕時計に下ろす。
「23時10分、死亡を確認」
時間を遡る
行き着くのはいつも通りの場所
そこは寂れた記憶の中
いま鳴る鼓動になぜか
鬼のように迫りくる影がある
春でもない
夏でもない
気温はあがり、またさがる
春から出発し
夏へ翔る途中
からりと冷たい風が吹く冬の夜だった。男も女も押しなべて重ねて着る衣類が、彼らをモコモコのぬいぐるみに仕立ているような錯覚を覚えた。
なぜだと、かねてからの疑問がふいに蘇ったのは、その女性がする格好を侮蔑の目で見てたからではない。むしろ、流行してるブルゾンを羽織り、首周りをマフラーで巻いて暖を取っているのに、下は漆を塗ったようなショートパンツが月光を反射させるのが寒々しくも魅惑的に映っていた。
一度だけ、随分前まで時を遡ると、自分から女子に声をかけた記憶がある。素足が綺麗に伸びた彼女は、え、と勝手に部屋にあがりこまれた娘のような目でわたし捉えた。
それが軽いトラウマとして、頭に植え付けられていたからか、冷たい風が吹く道路で、わたしはどうしても心を鎮火させようと必死だった。
んー……どうしよ。
あたりを私は見渡す。藤井大丸の七階、その最奥にある店舗がここバーバルである。
京都一と言っていいほどお洒落な空間が広がっている。
そんなところで、迷うなと言う方が無理である。
まるで、美術品が展示されるようにかけられている服。
タンスの肥やしとなったボトムスが頭に浮かぶ。
これなんか合いそうだけど……私は手にとったシャツを鏡で合わせる。
ピンとこない。
店員が近づいてくる。
ご試着承っております、とそのひとは言って去ろうとする。
よし、ここはひとつプロから技術を盗むとしよう。
「こういう白いパンツに合う上をさがしてるんですけど」
カラフルな背中に向かって私は声をかけた。