風を感じて
君は、台風みたいな人だ。
予告もなくやってきて、僕をあっという間に巻き込む。
今日も突然、「海に行きたい」なんて言い出して――
潮風に髪をなびかせながら、笑っている。
振り回されるのは、嫌じゃない。
むしろ、この風の中で君といる時間が、何より好きだ。
砂浜で、僕は君の前に膝をつく。
潮の匂いと、君の香りが混ざり合う。
「僕と結婚して」
一瞬、海風が止まったように感じた。
君は驚いたあと、照れたように笑って――
「喜んで」
その声を包むように、また風が吹き抜けた。
泡になりたい
君は、人間の王子様に恋をした。
僕は反対した。
それでも君は首を振り、ただまっすぐに王子様を想い続けていた。
だから、せめてもの約束として手紙のやりとりをしようと決めた。
やがて君は、魔女と契約を交わした。
繊細で美しい声と引き換えに、陸を歩く脚を得た。
再び会えた時、君は泣いていた。
王子様にはすでに婚約者がいると知ってしまったから。
君は隠していたけど、僕は知っていた。
君が王子様と結ばれなければ、やがて泡となって消えてしまう運命にあることを。
そして、その運命を変えるたったひとつの方法も。
それは、君が王子様を殺すこと。
僕は、ナイフを渡した。
それが君を救う唯一の道だったから。
けれど、次の日。
それまで毎日のように届いていた君からの手紙が、ぴたりと止まった。
その沈黙が、すべてを物語っていた。
君は、王子様を殺せなかった。
僕が好きだった君のその優しさが、君を泡に変えた。
静かに、静かに、僕のいるこの海へと還ってきた。
もし僕が君だったら、迷わず殺してた。
僕も恋をしたら、君の気持ちがわかるのかな?
もしそのときが来たら、僕もきっと、君と同じ泡になりたい。
ぬるい炭酸と無口な君
「恋愛に現を抜かすのは馬鹿のすることだ」
同級生たちと恋愛の話になると、あいつはいつも決まってそう言った。
適当に合わせればいいだけなのに、あいつは馬鹿正直で嘘がつけない。
それに、自分を曲げない信念があった。
放課後の帰り道、あいつが意を決したように言った。
「人を好きになってしまった」
耳を疑った。信じられなかった。嘘だと思った。
――でも、薄々気づいていた。
あいつが下宿先のお嬢さんを好きだということに。
けど、信じたくなかった。
打ち明けたあいつは、晴れ晴れした表情をしていた。
「お前もラムネ飲む?」
途中の駄菓子屋で買ったらしい。
「もうぬるいかもだけど」
考える余裕もなく、ラムネを受け取る。
『……ぬるっ』
俺の言葉に、お前が笑う。
お前、なんか変わったな。
前はもっと無口で無愛想だったろ。
『笑うなよ』
俺が思わず口にした言葉にあいつは固まった。
――俺って最低だな。
けど今だけはお前の笑顔が嫌いだ。
波にさらわれた手紙
あいつに手紙を書いた。
もう、隣にはいないあいつへ。
ずっと好きだった。
ずっと、隣にいてくれると思ってた。
けど、それは間違いだった。
あいつにはあいつの生き方があって、僕には僕の生き方がある。
なんでそんな当たり前のことに気づかなかったんだろう。
あいつの居場所は、僕の隣だと信じてた。
けど、違ったみたいだ。
波打ち際にしゃがみ込み、便箋を瓶に押し込む。
潮の匂いが胸いっぱいに広がる。
手を離した瞬間、瓶は白い飛沫をまとって沖へと滑っていった。
たぶん、お前にはもう届かない。
それでも、もし波の向こうで見つけられたら――
会いに来て。
眩しくて
君が眩しくて、息ができない。
髪も、身体も、心までも――
ぜんぶ真っ白で、綺麗で、まるで光みたいだ。
その光が痛いのに、もっと欲しくなる。
その隣に立つ僕は、影みたいに真っ黒で、
触れたら君を汚してしまうから、息を潜めるしかない。
君はきっと、僕がいなくても笑うんだろう。
……そんなの、嫌だ。
僕をみない君なんて壊してしまいたい。
――でも、壊せない。
だから、せめてこの黒い僕を、刻みつけたい。