僕と一緒に
君がいなくなった。
僕との約束は、忘れたらしい。
君がいないと何もできない。
食事も喉を通らないし、眠ることもできない。
楽しさも哀しさも感じなくなった。
君といたときだけ、僕は感情を持てていた。
僕は君にとって、何だったんだろう。
結局、約束を破って勝手に消えた。
僕は君にとって大した存在じゃなかったんだろう。
君が僕を嫌っても、僕は君を好きだ。
愛している。
……いや、そんな安っぽい言葉で片付けていいのか。
君がいたから僕がいた。僕は君そのものだった。
あの約束を、君は苦笑いしながら受け入れた。
一緒にいくって、言ったくせに。
――嘘つき。
フィルター
君は、完璧な存在だった。
教室の隅にいる僕なんかとは正反対で。
頭が良くて、優しくて、どこか儚い。
神様はいくつもの贈り物を、君だけに与えたんだろう。
初めて同じクラスになった春。
隣の席になった夏。
君が知らない男の人と歩いていた秋。
そして、君が死んだ冬。
――君はただの人間だった。
だって君が死んでも季節は巡る。
最初は泣いていた奴らも、もう君のことを忘れたみたいだ。
君が完璧な人間じゃないってこと、本当は気づいてた。
自分が見たいものだけ見て気づかないふりをしていただけなんだ。
ごめんね。
あいつは、僕が殺すから。
やさしさなんて
君は誰にでも優しい。
その優しさが、僕の胸を締めつける。
吐き気がするほど、苦しい。
お願いだよ。
その優しさは、恋人の僕だけに向けてほしい。
僕には君しかいないんだ。
『僕だけを愛してほしい』
『僕だけを見ていてほしい』
そんな独りよがりな願いが、頭を支配する。
――そうだ、わかった。
『君を閉じ込めてしまえばいいんだ』と。
こんなに簡単なことに、なぜ気づけなかったんだろう。
自分のアイディアに酔いしれながら、君に電話をかける。
『明日、うちに来てほしい。見せたいものがあるんだ』
「―――」
『ありがとう。じゃあ、明日ね』
君が悪いんだ。
僕以外に優しくするから。
君も僕以外なんて、いらないんでしょ?
なら、あいつらに優しさを向ける必要なんてない。
僕だけを見ていて。
風を感じて
君は、台風みたいな人だ。
予告もなくやってきて、僕をあっという間に巻き込む。
今日も突然、「海に行きたい」なんて言い出して――
潮風に髪をなびかせながら、笑っている。
振り回されるのは、嫌じゃない。
むしろ、この風の中で君といる時間が、何より好きだ。
砂浜で、僕は君の前に膝をつく。
潮の匂いと、君の香りが混ざり合う。
「僕と結婚して」
一瞬、海風が止まったように感じた。
君は驚いたあと、照れたように笑って――
「喜んで」
その声を包むように、また風が吹き抜けた。
泡になりたい
君は、人間の王子様に恋をした。
僕は反対した。
それでも君は首を振り、ただまっすぐに王子様を想い続けていた。
だから、せめてもの約束として手紙のやりとりをしようと決めた。
やがて君は、魔女と契約を交わした。
繊細で美しい声と引き換えに、陸を歩く脚を得た。
再び会えた時、君は泣いていた。
王子様にはすでに婚約者がいると知ってしまったから。
君は隠していたけど、僕は知っていた。
君が王子様と結ばれなければ、やがて泡となって消えてしまう運命にあることを。
そして、その運命を変えるたったひとつの方法も。
それは、君が王子様を殺すこと。
僕は、ナイフを渡した。
それが君を救う唯一の道だったから。
けれど、次の日。
それまで毎日のように届いていた君からの手紙が、ぴたりと止まった。
その沈黙が、すべてを物語っていた。
君は、王子様を殺せなかった。
僕が好きだった君のその優しさが、君を泡に変えた。
静かに、静かに、僕のいるこの海へと還ってきた。
もし僕が君だったら、迷わず殺してた。
僕も恋をしたら、君の気持ちがわかるのかな?
もしそのときが来たら、僕もきっと、君と同じ泡になりたい。