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8/3/2025, 5:12:56 PM

ぬるい炭酸と無口な君

「恋愛に現を抜かすのは馬鹿のすることだ」
同級生たちと恋愛の話になると、あいつはいつも決まってそう言った。
適当に合わせればいいだけなのに、あいつは馬鹿正直で嘘がつけない。
それに、自分を曲げない信念があった。

放課後の帰り道、あいつが意を決したように言った。

「人を好きになってしまった」

耳を疑った。信じられなかった。嘘だと思った。
――でも、薄々気づいていた。
あいつが下宿先のお嬢さんを好きだということに。
けど、信じたくなかった。

打ち明けたあいつは、晴れ晴れした表情をしていた。
「お前もラムネ飲む?」
途中の駄菓子屋で買ったらしい。
「もうぬるいかもだけど」

考える余裕もなく、ラムネを受け取る。
『……ぬるっ』
俺の言葉に、お前が笑う。

お前、なんか変わったな。
前はもっと無口で無愛想だったろ。

『笑うなよ』

俺が思わず口にした言葉にあいつは固まった。

『お前が笑うとイライラする』

――俺って最低だな。

けど今だけはお前の笑顔が嫌いだ。

8/2/2025, 11:07:34 PM

波にさらわれた手紙

あいつに手紙を書いた。
もう、隣にはいないあいつへ。

ずっと好きだった。
ずっと、隣にいてくれると思ってた。

けど、それは間違いだった。

あいつにはあいつの生き方があって、僕には僕の生き方がある。
なんでそんな当たり前のことに気づかなかったんだろう。

あいつの居場所は、僕の隣だと信じてた。
けど、違ったみたいだ。

波打ち際にしゃがみ込み、便箋を瓶に押し込む。
潮の匂いが胸いっぱいに広がる。
手を離した瞬間、瓶は白い飛沫をまとって沖へと滑っていった。

たぶん、お前にはもう届かない。
それでも、もし波の向こうで見つけられたら――

会いに来て。

7/31/2025, 10:32:19 PM

眩しくて

君が眩しくて、息ができない。

髪も、身体も、心までも――
ぜんぶ真っ白で、綺麗で、まるで光みたいだ。
その光が痛いのに、もっと欲しくなる。

その隣に立つ僕は、影みたいに真っ黒で、
触れたら君を汚してしまうから、息を潜めるしかない。

君はきっと、僕がいなくても笑うんだろう。
……そんなの、嫌だ。
僕だけを見てくれないなら、君なんて壊してしまいたいくらいだ。

――でも、壊せない。
だから、せめてこの黒い僕を、ずっと君に焼きつけて。

7/14/2025, 9:10:20 PM

隠された真実

僕は君を愛していた。

だから君が恋を否定するたび、僕はそれを否定した。
それが僕の答えだった。

でも、君はあの娘を好きになった。

なんで僕じゃなかったんだろう。
君の一番の理解者は、僕だったはずなのに。

君があの娘を想っていると知ってから、僕は少しずつ変わった。
最初に、あの娘に告白した。
彼女は僕のことをもともと好いていたらしい。素直に喜んで、僕からの告白を受けた。

「僕って最低だな」
そう思ったけれど、止められなかった。

君が誰かと幸せになるのが、ただ怖かった。
それだけだった。

僕とあの娘が付き合い始めたと聞いても、君は笑っていた。
不思議だった。
あの娘が好きなんじゃなかったのか。
違ったのか。
それとも、僕は君にとって――
嫉妬するほどの相手でもなかったのか。

1週間後、君が死んだ。自殺だった。

遺書には、あの娘の名前はなかった。
世話になったことへの礼と、死後の片付けを頼むということ。あと最後に、一行だけ。

「もっと早く死ぬべきだったのに、なぜ今まで生きていたのだろう。」

僕は泣けなかった。
泣く資格も、なかった。

結局、僕は君を追い詰めて殺してしまった。
ただ愛していただけなのに。

あの日から、今日で12年になる。
僕は君のいない世界で生きてきた。
それも今日で終わりだけど

結局、僕は君しか愛せなかった。

7/11/2025, 3:04:59 PM

心だけ、逃避行

――君は、あの娘が好きだったんだね。

恋なんてくだらないもの、一生する気なんてなかった。
僕はただ、精進することが好きだったし、道のためならすべてを捨てるべきだと信じていたから。
だから、恋を肯定する君のことを、どこか可哀想で、馬鹿だなって思っていた。

――それなのに。
今の僕は、恋をしているらしい。
ありえない。本当に、ありえないはずだった。
なのに、君を見るたびに胸が高鳴って、苦しくなる。

「君が好きだ」と言えたら、どんなに楽だっただろう。
もし君と思いが通じ合ったなら、どれほど嬉しかっただろう。

切ない恋を打ち明けたあの日、
君は、僕があの娘を好きなんだと勘違いした。
かつて恋を馬鹿にした僕の言葉を、そっくりそのまま返されたとき――さすがに堪えたよ。

ほんとに、僕はバカだ。
すべてを捧げると決めた「道」があったはずなのに、
君を愛してしまった。

このままじゃ、君への想いが「道」を狂わせる。
その前に、覚悟を決めなければならないと思った。

――君が、あの娘と結婚すると聞いたのは、それから二日後のこと。
奥さんからその話を聞かされたとき、驚くほど冷静だった自分にびっくりした。

けれど。
君とあの娘が目で合図を送りあっていたり、
誰にも見えない場所で会っていたりするのを見るたびに、
僕の心だけが、少しずつ死んでいくのがわかった。

作り笑いが得意になっていった。
嘘をつくのが、上手になっていった。

――恋って、こんなに辛いものだったんだね。

もう、逃げてしまおう。
でもその前に――
せめて君の心に、消えない傷を残していきたい。
君の、たったひとつの傷跡になりたい。

だから今日、僕は覚悟を決めた。
君は今、眠っている。
名前を呼んでも、もう目を覚まさなかった。

さよなら。
愛していました。

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