「 」
そう言って君はフェンスの向こうへ消えた。
覚えてるのは君の笑顔がやけに綺麗だったこと、君が手を握りしめていたこと、僕の声がやけにかすれていたこと。
待って、も、いかないで、も、言葉になることなく、僕は君を見送った。
白い花をフェンスに捧げる。
「またどこかで」
君の最期の言葉に、返せなかった言葉を紡ぎながら
「此処を発つよ」
そういった君の瞳が酷く透明で、言いかけた言葉は音になることなくとけた。
「どうしても、行くの?」
震えた声の問いかけに君は、ひとつ、頷いた。
「どこか、誰も僕を知らないような、そんな場所を目指して、そこを終の住処にする」
静かな声だった。
朝に霞むような、夜に溶けるような、そんな声だった。
「………そう。」
ふう、と知らず詰めていた息を吐く。
命の終わりを探しに行くのなら、もう、止められない。
心の言葉に蓋をして、そっと笑う。
「それならもう、行ってらっしゃいは必要ないか。」
行ってきます、行ってらっしゃい、おかえり、ただいま。
ずっと繰り返したその言葉をこれから先、君に言うことはない。
「うん。じゃあ、行くね」
「うん。元気でね。」
そう言って歩いた君は昇る朝日に溶けた。
行かないで、なんて言葉は言えないまま、君の陰を見つめてた。
「また明日」
小さい頃、繰り返し言っていたその言葉。
あるいは、友達からよく聞いていたその言葉。
明日への約束であり、今日を終わらせるその言葉が昔、怖かった。
僕が友達にそう告げると、その子は少し笑って言った。
「確かに、今日を終わらせる言葉でもあるけども、明日を呼ぶ言葉でもある」
その言葉が当時の僕に勇気をくれた。
だから今日も、そして、きっと明日も告げるのだ。
「また明日」
と。
花弁が風に舞っている。
酷く幻想的なその光景に目を奪われた。
「きれいだ」
ああ、けれど、どうしてか、写真は撮れなかった。
涙が出るほど綺麗なのに、これを残したいと心は叫んでいるのに、体はどうしたって動かない。
「撮らないの?」
隣に立つアイツが俺に言う。
「何でだろうな。撮れねえよ」
俺の返した言葉にあいつは笑う。
「じゃあ俺が撮るかな」
「は?」
「だって勿体ねぇじゃん。こんな綺麗な風景を伝えられねえのはさ。」
「まあ、そうだけど。」
「10年後か、20年後か、もっともっと大人になった時に、酒の肴になりそうな話だしな」
なんて言って、カメラを構えるそいつ。
シャッター音が数度響く空間で、ようやく俺は首から下げたそいつを構える。
カシャ、カシャ
構図を変えて、心のままにシャッターを切る。
フォーカス、シャッター。フォーカス、シャッター。
何度も繰り返し、ようやく満足出来たとカメラを下ろす。
隣にいたはずのそいつは花畑へと駆け出していた。
「そーやって色んな写真を撮って、俺に見せてよ!
俺、お前が撮る写真が好きだから!」
そう言って晴れやかに笑うそいつに
「おう。」
なんて笑って返した、ある夏の日。
気がつけば雨が降っていた。
「いつの間に…」
口から言葉が漏れる。
誰に聞かれることなく溶けると思っていたそれは、しかし耳に入ったようだ。
「2時間前」
後ろを振り返ると、そこにはたくさんの花束を抱えた同期がいた。
「どうせなら快晴の日に送ってやりたかった」
そう言って彼は先程の俺と同じように自分の隊員だった人たちの上に花束を置いていく。
ちゃり、ちゃり、となるドックタグはきっと今までこいつに命を預け、帰れなかった隊員たちのタグ。
「お前、ドックタグどれか分からなさそうだな。」
俺が静かにそういうと、そいつは笑って
「ああ、そうだな」
なんて、返した。
僅か吹いた風に白の花びらがまう。
嗚呼、泣いているのは、空か、俺たちか。