死にたい少年と、その相棒

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4/21/2023, 11:59:52 AM

  /雫

ぽた、ぽた、と雫が垂れる。赤い雫だ。
それが、僕の左手首からとめどなく流れて、一粒ずつ床へ垂れる。
「……痛いなぁ」
右手の包丁を床に落として呟いた。
こんなにも痛いのに、死ねる気配はない。傷口が浅かったのかと思うが、赤に染まった奥には白い神経が見える。これ以上切れば失敗した時に左手を捨てることになる。そうなると更に自殺の成功率が下がる。
「はぁぁあ……また失敗、かな」
大きくため息を吐き出しながら床に寝転んだ。
鼓動に合わせて溢れる赤い血を眺めて、またため息が漏れた。

「……お前、またやってんのか。懲りねぇな」
少しして、彼が帰ってきた。
「懲りてないわけじゃないよ。前回の反省を活かしてるはずなのに、何故か失敗するだけ。ねぇ痛い。どうにかしてよこれ」
笑うと彼は引きつった顔をした。引いているなと思うとそれもおかしかった。
「ねぇ、手当して」
血まみれの左手を差し出すと、彼がそっと手を取ってくれた。

4/20/2023, 12:34:41 PM

  /何もいらない

「俺、お前がいるなら他はなんもいらねぇわ」
「なに、急に。気持ち悪いんだけど」
俺の言葉にアイツは露骨に顔をひきつらせた。らしくない事を言っている自覚はある。だが、その顔がおかしくて思わず笑ってしまう。
「 仲間も、この場所も、家も、俺の幸せも要らねぇ」
口元をひきつらせて硬直する奴を見た。
「手前が生きてるなら、手前の幸せすら、俺は要らねぇな」
「……君、歪んでるね」
「お互い様だろ」
鼻で笑いとばす。コイツの幸せは死ぬ事だから、俺は俺の為にコイツの幸せを奪い取り踏みにじる。

コイツが生きてさえいるなら、俺は何も要らねぇ。
たとえそれら全てが俺のエゴで、誰も幸せにならないものだとしても。

4/19/2023, 11:17:41 PM

  /もしも未来が見れるなら

未来が見えたところで、なんの意味も無い。
未来が見れたうえで過去に戻れるならば、成したいことは沢山あるけれど、過去に戻れないならばもう……。

「これから僕が何をどうしたって、君は帰ってこないもんね」
墓石に話し掛けた。ここに、かつて僕の友人だった彼はいない。もう、この世のどこにもいない。
「僕もね、早く君のところに生きたいのに、アレが邪魔ばっかりするんだ。酷いよねぇ」
笑い、持ってきた酒を墓石の前に置く。君と、よく一緒に飲んでいた酒だ。
もう一緒に飲むことすら出来ない。
「君が僕に生きろなんて言うから、アレが邪魔しに来るんだよ。ほんと、嫌な呪いだ」
サァっと風が吹いた。その風に乗って遠くから、嫌いな彼の声が届く。僕を探しているらしい。
「ふふ、普段は見つけられないくせに、僕が自殺を試すと必ず邪魔しに来るんだよ? 野生の勘ってヤツかな」


「また、気が向いたら来るよ。アレが来ちゃうと一気にうるさくなるからね」
短い墓参りを終えて立ち上がった。

今日は良い天気だから、川にでも飛び込んでみようかな。

4/18/2023, 10:56:47 AM

  /無色の世界

この世界には無色の膜が張られている。
僕と、世界を分ける透明の膜だ。

僕には見えない世界を、みんな見ている。何が見えているのか分からないけれど、その世界はどうやら、とても楽しいらしい。
僕にはとても理解ができない。僕には、世界が酸化して見える。
そんな世界に色と輝きをくれるのが、彼だ。彼といるのは楽しい。彼といると、死のうと思う気持ちが和らぐ。
僕は、それが苦しくて仕方がない。
苦しい生を引き伸ばす意味がわからない。早く死んでしまいたいのに、いつも彼が邪魔をする。
彼は僕に生きる意味を与えようとしているらしい。余計なお世話だと言うのに、時折それに安心感を覚える。

おかしな話だ。
けれど、みんなはこの安心感を幸せと呼ぶのかもしれない。

4/17/2023, 12:21:42 PM

  /桜散る

桜の木の下には死体が埋まっている。
死体を栄養にうつくしい花を咲かせる桜の花の寿命は恐ろしく短い。

「綺麗なのはいいけどこんなにも短いなら、桜の栄養には、なりたくないなぁ」
「また死ぬ事かよ」
舞い散る花びらを楽しむこともしないアイツを見て、相変わらずかと呆れた。
「そもそも、僕が死んでもあんな綺麗な花は咲かないか」
「間違いねぇな」
ただふたりで笑った。
アイツは自殺をどれだけ言ったって辞めないし、俺はそれを否定しない。嫌いあっているくせに、互いにいなくてはならない、唯一無二の存在だとも認めている。
付かず離れずのこの絶妙な距離感が心地良い。

桜が散っていく。
アイツもいつかその命を散らすのだろうか。

「手前といると花見も満足に出来ねぇな」
「君が連れ出したくせに何さ。それ」
「次は夏の花火でも見に連れ出してやろうか?」
「なぁに?デート?」
ふざけたやり取りも冗談なのは半分だけだ。残り半分は、案外俺の本音だったりする。春が終われば夏が来る。夏には花火、秋には紅葉、冬には雪景色。
それらを見させる為に生かす。

アイツが居なきゃ俺の人生がつまらねぇからな。

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