真澄ねむ

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1/25/2025, 6:33:06 PM

終わらない物語を始めよう。それなら、君のいのちはぐるぐると円環のように循環する。いつまででも君はすぐそこに。君は永遠のいのちを得て、ぼくの傍に立つ。

1/25/2025, 6:30:52 PM

 真夜中を過ぎた頃、アルアは遠くで聞こえる怒声で目を覚ました。
 どうせ目覚めるのならば、小鳥のさえずりの方がよかった。がっかりした気分で、彼女はカーテンを少し開けると、隙間から外を覗いた。
 家の周りに人影はなかった。怒声はもう少し遠いところのようだ。
(……よかった。まだ家が見つかってないみたいで)
 アルアは内心胸を撫で下ろす、今度はどんな物音にもわずらわされないように、きちんと耳栓をして二度寝の体勢に入った。
 瞼を閉じると、まなうらには満天の星空が見える。アルアにとって物心ついてからの原初の記憶だ。ちかちかと瞬く星を数えているうちに、いつの間にか眠ってしまっていた。
 しばらくして水平線から太陽が顔を出した。街に人々のざわめきが溢れ出してくる。
 太陽が真上にやってきた頃、ようやくアルアは目を覚ました。
 今日は任務も何もない。簡単に身支度したアルアは、小腹が空いていたので、何かつまもうと階下に向かった。
 もう時刻は正午を回っている。街中は人々で賑わっている頃合いだろう。路地裏の突き当たりにある、家々に囲まれたこの場所には、その賑わいは届かない。いつだって静謐だ。
 リビングに足を踏み入れた彼女は、ソファでぐっすりと眠るアルフレッドを見つけて、溜息をついた。
 また夜明け前にでも帰ってきたのだろう。いつだってそうだ。彼の寝室もアルアと同じく二階にあるが、足音や物音で眠りの浅い彼女を起こさないようにという気づかいに違いない。
(……別にいいって言ってるのに)
 それよりも、どうせ気づかってくれるのならば、賭博で荒稼ぎする癖をやめてほしいものだ。
 彼が知っているのか否かは知らないが、彼と勝負して大金を巻き上げられた強面の人たちが、彼のねぐらを突き止めようとあちこちうろついているのだ。実際に突き止められて、襲撃されたことは何度もある。そのたびに引っ越すはめになるのだ。
 頻繁に引っ越す理由を、アルフレッドに問われたことがあるが、そのときは到底真相を口にすることはできなかった。彼がとても不安定な時期だったからだ。
 アルアはパンを焼き始めた。いい匂いが辺りに漂い始めた頃、床が軋む音がして、アルアは音の方へと振り返った。
「おはようございます」
 パンの匂いに釣られたらしいアルフレッドが、寝ぼけ眼をこすりながら顔を覗かせている。
「もうお昼だって過ぎてるわ」
 アルアはそう言うと、口元を少し緩めた。

1/25/2025, 6:27:51 PM

 黄昏に覆われていた空が、雲が晴れるように徐々に青色に変わっていく。
 その様子を見ていたルヴィリアは、災厄の元凶を斃すのだと旅立ったニェナが、ついにその目的を果たしたのだと悟った。
 それは別にルヴィリアだけでない。まるで世紀末のような様相を呈す空模様に怯えていた人々も一緒だった。空の色が元に戻ったことで、誰が何をしたのかはわからずとも、この災厄の終結を理解した。
 各地の人々は歓喜に湧き、ソーンバルケの街の人々も同様だった。
 喜びを伝えに領主の館へと来る者たちを温かく迎え入れながらも、ルヴィリアは今後のことについて算段していた。せざるを得なかったというのが正しい。
 此度の災厄も、この終わらぬ黄昏の空も、まるで生まれたときから既にあり、幾星霜もこのままだったような気がする。しかし、災厄が始まったのは三年前、空を黄昏が覆い始めたのだってまだ三か月しか経っていない。
 そんな長いとも言えない期間の出来事だったのに、ソーンバルケを含めたあちこちの国が壊滅的な状況にある。堅固な防壁に囲まれた領主直轄の街であったから、ソーンバルケはまだましな方であったが、領地のあちこちにある村落は魔物の襲撃などで被害を受けてしまった。
「――ニェナさんがとうとうやり遂げられたんですね」
 ルヴィリアの傍らでアベラルドが口を開いた。彼はルヴィリアと同じように空を仰いでいた。
「ああ。そのようだ」
 頷いたものの、ルヴィリアは溜息をついた。
 先の内乱で命を落とした父親の跡を継いで、領主となったルヴィリアにはやるべきことが山積みだった。この街の、己が領地の復興が、自分に務まるのだろうか。不安は尽きない。
 彼女の溜息に気づいたアベラルドは、ルヴィリアの方を見やった。
「どうかされましたか?」
 いや、と彼女は首を横に振った。
「これからが始まりなのだと思ってな」
 瞳を閉じれば、今でも美しかった街の姿を思い出せる。歩みは遅くとも、いつかその姿を取り戻してみせる。

1/25/2025, 6:26:59 PM

 トルデニーニャはひと月ぶりの非番に、城下町に出てきていた。ここのところ、研究が大詰めで、ずっと城内に缶詰にされていた。寝て、起きて、研究して、また寝る。その生活を繰り返し続けて、もう三か月は経っている。以前の非番は、疲れ過ぎて、部屋から一歩も出なかった。
 そのせいだろうか。久々に訪れる城下町は、随分と様相が変わっていた。知らないお店がたくさんできている。そこの焼き菓子屋であったり、ここのパン屋であったり、あそこの本屋であったり。その代わり、知っている店がいくつかなくなってしまっているが。
 トルデニーニャの目的は、装備の引き取りと日用品の買い出しだ。すっかり見慣れない風景になった城下町を、あちこち見て回りたい気持ちはあるが、そこまで体力は回復していなかった。
(さて……と)
 彼女が真っ先に向かったのは、鍛冶屋だ。ぼろぼろになってしまった装備一式を預けると、以前に預けていた装備一式を引き取った。裏手の広い庭で、実際に振って確かめる。
「トルデさん、如何ですか?」
「大丈夫そうです」店主の言葉に、彼女は微笑んだ。「いつもありがとうございます」
「こちらこそ、いつもご贔屓にしていただいてありがとうございます」
 それからトルデニーニャは、補修用の道具をいくつか買い込んで、鍛冶屋を後にした。
 ぴかぴかの装備を見ていると、もっと鍛錬を積まねばならないと、いつも気持ちが新たになる。しかし最近は、全然鍛錬できていない。彼女は溜息をついた。道は一日にして成らないし、鍛錬を怠ればすぐに錆びついてしまう。
 このままでは、彼を追い抜くのは当然無理だとしても、彼に追いつくことすら、夢のまた夢だ。
(あ、そうだ)
 せっかく、久々に城下町に訪れたのだから、彼へのお土産でも買っていこう。実用的な物が好みだけど、彼は使うものにこだわりがある。下手なものを渡して、微妙な顔をされるくらいなら、お菓子を買うのが無難だろう。
 城へと戻りがてら、焼き菓子屋に寄って、いくつかマドレーヌを購入し、自分用を選り分けた残りを簡単な包んでもらった。それらを持って、城門をくぐり、城内に入ったところ、目当ての人物とばったり出会った。彼はどうやら訓練帰りだ。
「君、今日非番だったんだ」
「うん。リヴァは訓練だったの?」
「見ての通りだよ」
 素っ気ない彼の言葉に、トルデニーニャは微笑んだ。彼も自分と同じくらい――いや、ややもすると自分より忙しいはずなのに、いつもと変わらない。
 彼女は持っていた小包を彼に渡した。彼は困惑したのか眉根を寄せると、これは何だと言いたげに彼女を見やった。
「あげる。よかったら食べてね」

1/22/2025, 4:52:25 PM

 時刻はもう夜半過ぎ。城内の者は夜勤の者を除いて、皆眠っている。そんな中、アンビはランプを点けてまだ仕事をしていた。署名しなくてはいけない書類が山のように残っているのだ。
 目をしょぼしょぼさせながら、ひたすらペンを動かしていると、目の端に淡い光が映った。
(何かしら?)
 その方向に目をやると、サイドテーブルに広げっ放しだった地図の一角が淡く光っていた。
 まあ、と声に出そうになったのを吞み込んで、アンビは目を真ん丸にした。
(本物だったのね)
 彼女は小さく微笑んだ。
 アンビは二週間ほど前に、航海する幼馴染の背を見送ったばかりだった。彼とは幼い頃に、喧嘩別れのような形で音信不通となっていたところを、十数年ぶりに再会した。しかし、思い出話もそこそこに彼はすぐに発ってしまったのだ。
 ――もう行ってしまうの?
 そう引き留めるアンビに、彼は笑うと言った。
 ――悪いな。海に出るのはどうしても時機っていうのがあるんだ。俺はそれで商売してるから、それを逃すわけにはいかない。
 彼の言うことは尤もで、そう言われると無理に引き留めることはできなかった。いくら世間知らずと時折諫められるアンビでも、それぐらいは弁えている。
 彼は東の海に行くと言った。アンビは東の方向へ行く主要な航路に、いい噂を聞いたことがなく、心配で堪らない。余程不安そうな表情をしていたのだろう。彼が自分に、大丈夫だと笑いかけてくるので、アンビは思わず俯いてしまった。
 ようやく再開した幼馴染と、すぐに別れなくてはならないのであれば、せめて彼の安否を確認できるようにしたい。悩むアンビの脳裏に、つい先日献上された宝物の姿が過ぎった。受け取ったものの、商人の説明の真偽が検証できず、未だに彼女の手元に置かれていた。
 ――ねえ、ジャンナ。
 ――どうした?
 首を傾げる彼に、アンビはあるものを渡した。
 ――これ……。
 受け取った彼は絶句した。それは魔術紋の刻まれた羅針盤だった。同じ魔術紋を刻まれた地図と一組になっており、その羅針盤を持つ者の位置を地図上に映し出す。
 ――こんな高価なもの受け取れない。
 そう言って返そうとする彼の手に、アンビは無理やり羅針盤を握らせた。彼は尚も何かを言いたげだったが、有無を言わせない彼女の圧に屈し、口を開くことはなかった。
 そして、アンビは去っていく彼の背を見送った。
 地図の光はゆっくりと瞬いている。彼女はその光に彼の無事を祈るのだった。

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