真澄ねむ

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 トルデニーニャはひと月ぶりの非番に、城下町に出てきていた。ここのところ、研究が大詰めで、ずっと城内に缶詰にされていた。寝て、起きて、研究して、また寝る。その生活を繰り返し続けて、もう三か月は経っている。以前の非番は、疲れ過ぎて、部屋から一歩も出なかった。
 そのせいだろうか。久々に訪れる城下町は、随分と様相が変わっていた。知らないお店がたくさんできている。そこの焼き菓子屋であったり、ここのパン屋であったり、あそこの本屋であったり。その代わり、知っている店がいくつかなくなってしまっているが。
 トルデニーニャの目的は、装備の引き取りと日用品の買い出しだ。すっかり見慣れない風景になった城下町を、あちこち見て回りたい気持ちはあるが、そこまで体力は回復していなかった。
(さて……と)
 彼女が真っ先に向かったのは、鍛冶屋だ。ぼろぼろになってしまった装備一式を預けると、以前に預けていた装備一式を引き取った。裏手の広い庭で、実際に振って確かめる。
「トルデさん、如何ですか?」
「大丈夫そうです」店主の言葉に、彼女は微笑んだ。「いつもありがとうございます」
「こちらこそ、いつもご贔屓にしていただいてありがとうございます」
 それからトルデニーニャは、補修用の道具をいくつか買い込んで、鍛冶屋を後にした。
 ぴかぴかの装備を見ていると、もっと鍛錬を積まねばならないと、いつも気持ちが新たになる。しかし最近は、全然鍛錬できていない。彼女は溜息をついた。道は一日にして成らないし、鍛錬を怠ればすぐに錆びついてしまう。
 このままでは、彼を追い抜くのは当然無理だとしても、彼に追いつくことすら、夢のまた夢だ。
(あ、そうだ)
 せっかく、久々に城下町に訪れたのだから、彼へのお土産でも買っていこう。実用的な物が好みだけど、彼は使うものにこだわりがある。下手なものを渡して、微妙な顔をされるくらいなら、お菓子を買うのが無難だろう。
 城へと戻りがてら、焼き菓子屋に寄って、いくつかマドレーヌを購入し、自分用を選り分けた残りを簡単な包んでもらった。それらを持って、城門をくぐり、城内に入ったところ、目当ての人物とばったり出会った。彼はどうやら訓練帰りだ。
「君、今日非番だったんだ」
「うん。リヴァは訓練だったの?」
「見ての通りだよ」
 素っ気ない彼の言葉に、トルデニーニャは微笑んだ。彼も自分と同じくらい――いや、ややもすると自分より忙しいはずなのに、いつもと変わらない。
 彼女は持っていた小包を彼に渡した。彼は困惑したのか眉根を寄せると、これは何だと言いたげに彼女を見やった。
「あげる。よかったら食べてね」

1/25/2025, 6:26:59 PM