時刻はもう夜半過ぎ。城内の者は夜勤の者を除いて、皆眠っている。そんな中、アンビはランプを点けてまだ仕事をしていた。署名しなくてはいけない書類が山のように残っているのだ。
目をしょぼしょぼさせながら、ひたすらペンを動かしていると、目の端に淡い光が映った。
(何かしら?)
その方向に目をやると、サイドテーブルに広げっ放しだった地図の一角が淡く光っていた。
まあ、と声に出そうになったのを吞み込んで、アンビは目を真ん丸にした。
(本物だったのね)
彼女は小さく微笑んだ。
アンビは二週間ほど前に、航海する幼馴染の背を見送ったばかりだった。彼とは幼い頃に、喧嘩別れのような形で音信不通となっていたところを、十数年ぶりに再会した。しかし、思い出話もそこそこに彼はすぐに発ってしまったのだ。
――もう行ってしまうの?
そう引き留めるアンビに、彼は笑うと言った。
――悪いな。海に出るのはどうしても時機っていうのがあるんだ。俺はそれで商売してるから、それを逃すわけにはいかない。
彼の言うことは尤もで、そう言われると無理に引き留めることはできなかった。いくら世間知らずと時折諫められるアンビでも、それぐらいは弁えている。
彼は東の海に行くと言った。アンビは東の方向へ行く主要な航路に、いい噂を聞いたことがなく、心配で堪らない。余程不安そうな表情をしていたのだろう。彼が自分に、大丈夫だと笑いかけてくるので、アンビは思わず俯いてしまった。
ようやく再開した幼馴染と、すぐに別れなくてはならないのであれば、せめて彼の安否を確認できるようにしたい。悩むアンビの脳裏に、つい先日献上された宝物の姿が過ぎった。受け取ったものの、商人の説明の真偽が検証できず、未だに彼女の手元に置かれていた。
――ねえ、ジャンナ。
――どうした?
首を傾げる彼に、アンビはあるものを渡した。
――これ……。
受け取った彼は絶句した。それは魔術紋の刻まれた羅針盤だった。同じ魔術紋を刻まれた地図と一組になっており、その羅針盤を持つ者の位置を地図上に映し出す。
――こんな高価なもの受け取れない。
そう言って返そうとする彼の手に、アンビは無理やり羅針盤を握らせた。彼は尚も何かを言いたげだったが、有無を言わせない彼女の圧に屈し、口を開くことはなかった。
そして、アンビは去っていく彼の背を見送った。
地図の光はゆっくりと瞬いている。彼女はその光に彼の無事を祈るのだった。
1/22/2025, 4:52:25 PM