真澄ねむ

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1/8/2025, 2:45:47 PM

 友達と飲み会でオールして、家に戻ってきたのは今朝の五時。すっかり酔いが回っていたので、部屋に着くや否やベッドに倒れ込んでしまった。
 そんな郡司を叩き起こしたのは、ケータイの着メロだった。
(……この音は……)
 寝惚け眼でケータイを探す。頭の回りを探して、ケータイらしき四角を掴む。画面を点けると彼女の名前が表示されている。
(どうしたんだろう……)
 受話器のボタンを押した。もしもしと言いながらスピーカーに耳を当てる。
『あ、もしかして起こしちゃった? ごめんね、郡司くん』
 彼女の涼やかな声が聞こえてくる。彼女は郡司の声の調子で、自分の電話が彼を起こしたことを悟ったらしい。
「いや、いつもなら……起きてる時間だし……」欠伸をこぼしながら、郡司は続けた。「でも……どうしたの? 秋穂サンから連絡くれるなんて、珍しいね」
 電話口の向こうで彼女が口籠もったのがわかった。
『あ、ええとね……何か用事があったわけじゃないの』申し訳なさそうに彼女は言う。『その……なんだか郡司くんの声が聞きたくなっちゃって』
 そう言うと、彼女は照れたように小さく笑った。
 郡司は自分の彼女の可愛さに絶句して、しばらく何も返せなかった。

1/7/2025, 2:45:46 PM

 ウェルス王国北西部に位置する有翼族の里フェアンヴェー。リヴァルシュタインの故郷である。
 フェアンヴェー一の勇士であり、次期族長である彼は、その能力を請われて、ウェルス王城にてフェアンヴェーの名代として勤めていた。
 王城での仕事はとてもつまらない。部族間の融和政策の一環とはいえ、こんな温い環境では鍛錬の意味を成さない。これならば、故郷で暮らし、故郷を護っている方が随分とマシというもの。
 とりあえず、彼は今、一週間の休みを貰い帰郷していた。
 戻ってきたリヴァルシュタインを里長が出迎える。
「おお、リヴァルシュタイン。息災であったか」
「見ての通りですよ、長」
 彼はそう返しながら肩を竦めた。
「王城ではどうじゃ? 不本意な扱いはされておらぬか?」
「不本意な扱いはされてませんが……王城の兵はレベルが低すぎて話になりませんね。鍛錬相手にもならないので困っています」
 リヴァルシュタインはそう言うと溜息をついた。
「強い者もいるにはいますが、ほんの一握りです。こんなことなら里で修行している方がよっぽど有意義ですよ」
「まあ、そう言うな。お前には不向きな役割を与えていることは重々承知している。融和のためじゃ。どうか堪えてくれ」
 リヴァルシュタインは再度溜息をつくと、里長に向き直った。
「ええ、承知しています。……長の考える“融和”が私にできるかどうかは保証しかねますが」 そう言うと、彼は里長の前を辞した。帰る足でフェアンヴェーの中心に建つ物見塔を登っていく。
 塔のてっぺんに来ると、ウェルス北西部が端から端までよく見える。彼は腕を翼に変化させると、欄干を蹴って宙に飛び上がった。
 北部の雪山の方へ向かうつもりではあるが、特に目的地はなかった。
 追い風が吹いている。この調子へどんどんと前へ、遙か遠くへと進んでいきたい。
 どんどんとフェアンヴェーが小さくなっていく。

1/6/2025, 2:53:48 PM

 推薦やらで進路が既に決定しており、のほほんとしているクラスメイトたちを尻目に、直子は毎日死に物狂いで勉強し、とうとう受験日がやってきた。勉強の成果を発揮できたかと問われると、首を傾げざるを得ない。でも、それなりに手応えがあったから、大丈夫なんじゃないかなという期待があった。
 二週間後の合格発表の日、どきどきしながら自分の受験番号を探す。無事に見つけ出して、ほっと息をついた。彼を含めて、のほほんとしたクラスメイトたちは、探すときの不安と恐怖を知らないのだ。羨ましいなと思う。
 まあ、何はともあれ、合格は合格だ。
 直子は立ち上げていたパソコンの電源を切ると、学校に報告するために、部屋着から制服に着替え始めた。なぜかはわからないが、直子の高校は、電話の合格報告だけでは満足しないのだ。
 面倒だなと思いつつ、学校に行く準備を進めていると、インターホンが鳴った。両親は仕事に出ており、家にいるのは自分一人。
 渋々と直子は階下におりると、モニターの電源をつけた。カメラには見慣れた人物――直子の幼馴染みで推薦で早々に進路が決まったのほほん組の一人――が写っていた。
(匠くんだ。……何の用だろ?)
 首を傾げながらも、直子は玄関に向かうと、扉を開けた。
「直子!」直子が扉を開けるや否や、彼が門を開けて中に入ってくる。彼は直子の前に立つと、満面の笑みを浮かべた。「合格おめでとう!」
 虚を衝かれ、目をぱちぱちとさせていた直子だったが、控えめな笑みを浮かべると口を開いた。
「あ……ありがとう」礼を言いつつ、首を傾げた。「何で匠くん、知ってるの?」
 彼は得意げに笑った。
「そりゃ、俺もチェックしたからに決まってるじゃん」
「わたし……受験番号教えたっけ……?」
 ますます困惑する直子をよそに、彼は直子の腕を掴んだ。
「合格したら、学校に報告に行くんだろ? 行こうよ」
 あのね、と直子は彼を睨めつけた。
「そのつもりで、準備してる最中だったの。鞄取ってくるから、ちょっと待ってて」
 そう言って、家の中に戻っていく直子を、彼は愛おしげな眼差しで見送った。
 ああ、四月からも君と一緒で嬉しいよ。

1/5/2025, 2:57:58 PM

 ここのところ、天気が悪い日が続いていた。窓から見える外はホワイトアウトしており、外に出ることもままならない。
 幸いなことに、買い込んだ食料はまだまだ残っている。しばらく、家から出ずに引きこもっていることにしよう。
 マーシャはぱちぱちと薪が爆ぜる暖炉の傍に、ロッキングチェアを移動させ、戸棚から毛糸玉と編み針を取り出した。この二つを以前に触ったのがいつだったのか、もう思い出せないが、編みかけの何かが残っている。
 その編みかけの何かを矯めつ眇めつして悩んだ末、彼女はマフラーを編むことに決めた。特に凝ったことをするつもりはないが、ただ編むだけではつまらない。縄編みで模様をつけて、最後にフリンジをつけよう。
 そうと決めたなら、あとは編むだけ。そして、マーシャは猛然と編み針を動かし始めた。
 どれくらいそうしていたのだろう。手がかじかんできたなと思って辺りを見回すと、いつの間にか薪が燃え切っていた。
 彼女は大きく伸びをすると、立ち上がった。納戸から薪を取ってこなくてはならない。カーディガンを羽織って部屋の外に出た。
 廊下は当然冷え切っている。冷え切った手先に息を吐きかけながら、納戸の方へと歩き出す。
 階段を下りようとしたとき、
「マーシャ」
 階下から声がした。階段の縁から身を乗り出して下を見ると、マルスがこちらを見つめていた。
「マルス? どうかしたの?」
 階上から声をかけると、彼は手招きをした。彼女は困惑して首を傾げたものの、階段を下りていく。
 彼の傍に立つと、小首を傾げた。
「どうかしたの?」
 彼はマーシャの方を見て、にっこりと微笑んだ。ゆっくりと手を挙げて、ある方向を指差す。
「見てごらん」
 彼の指す方向は玄関だ。その方向へ振り向くと――。
 まあ。思わずマーシャは声を漏らすと、玄関から外に飛び出した。
 いつの間にこんな天気になっていたのだろう。外はここ数日の中では珍しいほどの晴天が広がっていた。
「いい冬晴れだな」
「このまま、少し散歩でもしない?」
「ああ、構わないとも」
 輝いた瞳できょろきょろと辺りを見回すマーシャを、彼は愛おしげな眼差しで見つめている。

1/4/2025, 2:49:30 PM

 カーテンの隙間から漏れる陽光が眩しくて、ハイネは目を覚ました。時計を見ると、いつもの時間だ。
 ゆっくりと体を起こすと、いつの間に帰って来ていたのやら、ヴィルヘルムが隣で眠っていた。寝息を立てる彼を起こさないように、ベッドから下りると、カーディガンを羽織って部屋の外へと顔を洗いに出た。
 冬の朝は冷える。震えながら部屋に戻ると、ハイネは着替えを始めた。外出も来客も予定がないので、ゆったりとしたワンピースを手に取った。
 袖に腕を通しているとき、
「おはよう、ハイネちゃん」
 背後から声がした。物音を立てないように気をつけていたつもりだったが、いつの間にか彼も目を覚ましたらしい。
 ハイネは振り返った。
「おはようございます」
 彼女の返事は素っ気ない。
「珍しいですね。いつの間にお帰りになられていたんです?」
 その素っ気なさに動じることなく、ヴィルヘルムは体を起こすと微笑んだ。
「深夜にね。ハイネちゃんを起こさずに済んだみたいで何よりだよ」
 そうですね、と彼女は肩を竦めると、再びカーディガンを羽織った。
「朝食はどうされますか。召し上がられますか?」
「いいのかい?」
「一人分用意するのも二人分用意するのも大して変わりませんから」
 着替えを始めた彼を尻目に、ハイネは部屋を出た。
 少しでも寒さに対抗できるようにと小走りでキッチンに向かうと、手早く調理を始める。冬のいいところは食材が傷みにくいところだが、それ以外にいいと思えるところはない。
 スコーンを焼くために窯に薪を入れるついでに、リビングの暖炉にも薪を入れる。朝食の用意が整う頃には、リビングもほんのりと暖かくなってきた。
「ああ、いい匂いだね」
「用意ができましたよ」
「ありがとう。いただくよ」
 ハイネの言葉に彼は席につくと、フォークを手に取った。ハイネは少し遅れて席につくと、焼いたスコーンを半分に割ってジャムを塗る。食べようと口を開けた瞬間に、ヴィルヘルムが言った。
「ねえ、ハイネちゃん」
「……何ですか?」
「幸せって何だと思う?」
 彼の問いを無視して、ハイネはスコーンを頬張った。バターの風味と濃厚なジャムの取り合わせがとても美味しい。
 さあ、とでも言いたげにハイネは首を傾げた。スコーンを呑み込んで、ハイネは渋々と口を開く。
「幸せかと問われると、首を傾げてしまいますが、それならば不幸せなのかと問われると、違うと感じます」彼女は一旦口を噤んだ。深呼吸をして言葉を続ける。「だから……わたしにとって幸せとは何でもない毎日のことだと……そう思います」
 ハイネはそう言うと、優しい微笑みを浮かべた。

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