私は暫く疲労感を忘れ、宝玉の美しさに驚嘆していた。そして宝玉に触れようと踏み出した瞬間だった。
洞窟奥の影からゆっくりと音もなくフードを被った男が現れた。黒のボロいローブをまとっており、ほぼ暗い岩壁と同化しているようだ。咄嗟に剣を抜こうとしたが、男はなにも言わずナイフをとりだし、飛びかかってきた。
この時、私は疲労感から足捌きが悪く、反撃する態勢を取れず、かろうじて後ずさることで斬撃を回避した。 幸い男との間に少し距離ができたので、私はピタリと止まって、この男を様子を食い入るように見つめた。
男は全身から怒りと苦悩が伺えたが、どこか挑戦的な雰囲気も漂わせている。
震えが全身を走り抜け、自分が身をこわばらせているのを感じていたが恐怖に耐えるべく、ぐっと唇を噛み締めた。それでも剣を抜き、男と対峙することを決めた。
男は抑揚のない静かな口調で言った。
「それでいい」
私は剣を持つ手に力を込め、ゴクリと唾を飲んだ。
盗まれた宝の一つでよいので取って帰れ
王からの命令のもと、休むことなく広大な砂盆を歩き続け、影の中を音もなく進み、遂に宝の隠された洞窟までやって来た。
入り口は横向きになって進まなくてはならないくらい狭かったが、進むにつれて洞窟内は道幅が広くなり、どこかから射している淡い灰色の月光で照らされている。薄明の中、私は用心深く動いていた。
今のところ罠や宝を守る怪物の類いは確認できていない。私はここまでの行程での圧倒的な疲労を意志の力で何とか押し留めていたが、顔や肩にはびっしりと玉の汗が浮かんでいるのがわかっていた。
そろそろ最奥だろうと考えていると、洞窟の奥から光が放出されているのを感じた。足を速めて、奥地に向かった。
光源はすぐに確認できた。
白い宝石のついた首飾り、金でできたカップ類、黄金の冠の中にあってもしっかりと見て取れたのだ。その宝玉は月光を受けて見事な光彩を照り返していたが、天空の星のごとく、自ら光を発してもいた。
今回の学年末テストは、我ながら良くできた。
150人中、41番なので読む人によっては大したこと無いだろう。それでも2学期末は、124番だった僕にとって非常に大きな成長を感じる出来だ。
だが、今回の成績は誰のために何のためなのか、ふと頭をよぎった。
前回は父に呼び出され、こっぴどく叱られたが今回はそうならないだろう。成績が良いと、お小遣いも上がるのは確約されている。結局、父に誉められたいから、お金がほしいから、それとも友人に自慢できるから…。少なくとも自分の将来のためではなかったのは事実だった。
なぜ勉強するのか?
なぜ頑張るのか?
読む人によって答えは違うだろう。
なにかがほしいから、大切な人のため、自分のため…
僕のなかに答えはまだない。でも深く考えずに学校で言われたことだけやるのは何となく嫌だった…頭が熱くなりだした感じだ。
(やめた、シンプルに頑張ろう。)
今は、この勝利を満喫するべく、自室を後にする。
「今日、スーパーでお寿司とすき焼き弁当とカレーライスが安かったんだけどね…」
ここまで聞いた僕は時間をかけてゆっくりと母の方を向いた。母がニヤニヤしながら続けた。
「何買ったと思う?」
声からは、皮肉な響きが感じられる。僕は立ち上がり、母が置いたエコバッグを食い入るように凝視してみたが外側からは判断できない。そこで、自分が今食べたいものを言ってみた。
「そば」
母がケラケラと声をたてて笑った。僕は肩をすくめながら腹のなかでこう思った。
(違うのか、でもさっきの3つではないのが何となくわかる…)
母の顔は、どことなく余裕を感じると同時に挑戦的だった。正解できないと踏んだ僕はあきらめてバッグの中に手を突っ込み中身を漁ってみた。
中には雑貨屋にでも行っていたのか、洗剤や掃除用具でいっぱいだった。僕はつい鼻孔を膨らませ、ぐっとこぶしを握ってしまった。
「今から行くから、食べたいものを言って!」
母の声が弾んでいるのを感じた。
「うん、美味しくできてる!」
味見した母が唸った。
お腹をすかせながら野菜を切り、牛肉を炒めるのは大変だった。今、色とりどりの具材がカレーに包まれて鍋の中で踊っている。台所はカレーの香りで一杯になっており、鍋からフツフツと音がする。切った野菜の大きさは等しくないが、それでもほとんど一人で頑張って作ったのだ。母の声を聞き、僕は一仕事やり終えた達成感に満ちていた。
気づけば僕は空腹を我慢できなくなっていた。
「どれどれ」
僕も母の使った小皿に一口分いれ味見をする。口にいれた瞬間、全身が震えるように感じた。野菜は程よく柔らかくなっており、カレールーと絶妙にマッチしていて口いっぱいにカレーの香りが感じられる。小皿一口分で僕は満足して自然と笑みを浮かべた。