教室中が固唾を飲んでいるようだった。
普段は授業中の先生からの質問にも難なく答えるルナが今日に限って苦戦しているようなのだ。
(どうした、これくらい楽勝だろう…)
俺は戸惑っているように見える彼女を助けたくて今すぐにでも質問に答えたかったが、ゴクリと唾を飲んで我慢した。俺の頭の中では次の考えがぐるぐると回っていた。
俺が先生の質問に何でもないように答え、
(なぜヨシキが答える?さては、あいつ…)
と教室中に思われる危険を含みながらもルナからの好感度を上げたいという欲求が頭を満たしているのだ。なによりこの教室の雰囲気を変えたい、先生にできないなら俺がやってやる。そうするなら慎重に言葉を選び、答える声のトーンも冷静さがなければならない。
依然、教室には沈黙が降りている。先生はヒントを出したいのだろうが、戸惑っているように見えた。そこで俺は大袈裟に芝居がけて、咳払いをした。教室中の注目が、ルナから俺に集まる。立ち上がり口をOのかたちにして答えようとした瞬間、教室の扉が開いき、アツキが入ってきた。
「すいません、遅刻しました。」
教室の隅々まで届くその声に、俺はガックリとうなだれ、涙をこらえようとして、ぎゅっと瞳を閉じた。
その男は裕福な家庭で不自由なく育った。
青年期に差し掛かり、新聞やニュースで多くの子供達が貧困状況にあり、助けを求めていることを知った。
「僕なら救える」
優しい彼は、学校で社会学を学び貧困について学んだ、貧しい子供達を救うために。その後NGOで働きながら、たまの休日には子供に勉強を教えたりとボランティアに励んだ。稼いだお金は全て恵まれない子供達に寄付していた。彼はいつまでたっても貯金が貯まらなかったが満足していた。
数年後、両親が亡くなった。彼に残った財産で貧しい子供達のために学校を建てた。建設だけで終わらず、そこで働く教師達のケア等、学校の存続にも積極的だった。彼は表彰され有名になったが世の中には、まだまだ苦しんでいる子供達がたくさん残っていた。
子供だけではなかった。病気で苦しんでいる人はたくさんいる。特に臓器の提供が足りておらず、多くの疾病患者が亡くなっている。
「僕なら救える」
彼は自分の腎臓を提供した。彼は再び表彰され有名になったが、世の中には、臓器提供を待つ多くの患者がいた。
「僕なら救える」
彼は医師に自分に残っているすべての臓器を提供したいと話した。しかし、医師からは断られた。帰宅した彼は、自分の臓器を全て提供すると手紙に残して自死することを決めた。
(そろそろご飯かな)
宿題も一段落し、居間に行ってみると、コタツで横になっている父がTVを見ているようだった。近づいてみると予想通りの熟睡ぶりだった。
「消しといて!」
キッチンでカレーを作っている母が大声で短く叫んだ。キッチンから居間までかなりの距離がある。僕は肩をすくめた。
(起こすだろ…)
リモコンに手を掛けようとするとそのCMは始まった。
宇宙からの攻撃で大破壊されるニューヨーク、洞窟のなかでドラゴンと戦う原住民の女性、レースでライバルを追い抜こうと必死のマンガキャラクター…
一つ一つの流れる細かい内容は頭に入って来なかったが、そのCMは短時間で視聴者にこれでもかとダイナミックな情報を与えていた。
画面に釘付けになり、全身に衝撃が走っていた。数週間食べていない人にご飯を与えてみるとこんな感じなのだろうか。
CMが終わった瞬間に父のことなど気にせずキッチンに向き直り母に絶叫した。
「プレステ5かっけ~!」
遠目からでも母がカレー作りの手を止め腕組みをしながら僕を睨んでいるのが見えた時、僕は必死で笑みを浮かべて見せた。