SAKU

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7/14/2024, 8:52:40 AM

傷つけばいいのになぁと形の良い頭を見下ろした。
喫茶店の中、チーズケーキと紅茶を、いつものように目の前に並べて、やや猫背気味になりながらたまにゆらりとフォークを動かしていた。
時間帯が混み合うものではないので目の前に断らずに座ると、目線だけはよこしてきたが咎めはなかった。断りを入れると、返事をしなくてはという焦りを覚えるらしいので、内心ほっとしていそうだ。
最近気づいたが、可哀想なほど他人の目を気にしているのはその容姿のせいだろうか。それとも育ってきた環境か。どちらもあり得そうに思えてかぶりを振る。
自分用に持ってきたコーヒーをひとくち飲んで、肘をつく。
意外だったのか二度瞬きをした。
ほら、そんなに自分のことをわかってくれるのに。他の人には緊張する癖、自分が相席するのをなんとも思っていない。
許された距離が嬉しくて、馴染んだ気配が悔しい。
少しは意識してくれてもいいんじゃないかと言えば、めをまぁるくした。
その白い頬に僅かにさした紅に、今のところは満足したとしておこう。

7/13/2024, 9:48:33 AM

ティーカップの取手を無意味になぞって正面に座った相手に小首をかしげて見せた。多少の意地悪くらい許されて然るべきだ、という意思表示。
いや、そもそも互いのことを許す許さないの関係でもないのだけれど。怒りも、悲しみも、苛立ちだって互いに抱くにしても、失望という感情は遠すぎる。
期待も、裏切りも、誤解すらない。ただお互いに有り、許容するだけの関係だ。
この茶葉だとて、自分の好みでだけ淹れたものだけど、関係なんてない。嫌いなら飲まなければいいだけだ。それでも相手も好いているのを知っている。聞いたことはないけれど。
その証拠に、二杯目を手ずからカップへ注いでいた。
常から考えれば、やや粗雑な所作であるのが苛立ちが見て取れて、隠すことなくほくそ笑む。
自分はそれだけの時間待ったのだもの。
何も思われなかったらそれこそ報われない。
肩口で髪の毛を揺らす。見た目がもたらす印象というのは、視覚優位の人間にはとても有効だ。
そう自分は世界に作られたのだから。道化役のストーリーテラー。
もう一人、同じ役目を持っている相手くらい、筋道をめちゃくちゃにして揶揄う程度、可愛いものだろうに。
伏せ目がちに卓上に目を落としている相手は気分を落ち着けているようだ。そんなつまらないことをしなくでくれよ。
行儀悪く足を組んで肘をつく。カツカツ、ティーテーブルの表面を爪先で二回叩いた。
目線が向いたことに、その瞳の強さに背中がゾクゾクと震える。

隠していたからといって自分と相手のこれからは何も変わらないだろうと、事実をそのまま告げる。
そうだけれど、感情は別物だ、と眉を顰めて返された。
それを知っているからずっと言わなかったんだ。ばーか。
満面の笑顔を返してやった。

7/12/2024, 9:22:28 AM

見つめた緑色の画面に、打ち込んだ文字を迷って削除する。
最近までスマートフォンに入れていなかったアプリだが、編入してから初めてインストールしてみた。
以前は講義の連絡やらに多少苦労はしたが、教授からのSMSを利用してもらうことで難を逃れた。個人的に連絡がつくツールは警戒して入れてなかったのだが、少しは安心できる現状、なんの気無しにあいつから連絡つきにくいと言われて。
スタンプ、と呼ばれる気の抜けた猫のイラストにどう返そうかと硬い画面に指を滑らせる。
普段と同じく要件だけなら、よろしくとでも一言打てば良いものだが、なんとなく勿体無い気もしたのだ。新しいノートを下ろすような、親切に足跡をつけるような。
せっかく送ってもらったのだから、イラストで返すかと調べると、送られてきたのは有料で購入するものらしい。支払いをするのにちょっと抵抗も生まれたが、なんとなく使い始めに数百円を惜しむのもどうかと葛藤した。結局、軽い音を立てて購入完了の文字が表示された。
送られてきたのと同じスタンプを送ってみて、既読がついたのを確認して、思わずスクリーンショットを撮ってしまった。

7/11/2024, 10:05:53 AM

頭に鈍痛がある。
別に殴られたとかそのようなことではなかった。記憶がないのには覚えがある、というのは何か矛盾しているが、原因には心当たりがある。
深酒だなぁと何度か同じ目に遭っているので心の内で反省する。そこまで後に残るような体質でもないので、少し鈍く気持ちが悪い、という程度だったが。

身の危険の心配は全くなかった。そもそも前後不覚になるほどの飲酒は、どうせ他に恋人のいる奴らかあいつとしか飲まないので。
音を立てて部屋の扉が開いた。考えていた相手で頭を押さえつつ息を吐く。まぁこいつ以外が来たら恐怖でしかないのだが。
湯気が立つ盆を手に持ち、器用に寝台脇に腰を下ろして卓にそれを置いた。味噌汁と、お茶漬けだろう。飲みすぎた次の日、必ずこれを出されるので慣れたものだ。
つまりは相手が家主とはいえ朝食の用意をしてもらうまで、何度も寝過ごしているのだが。
のそのそ、という擬音が相応しい速度で寝台から起き上がり、朝の挨拶を交わす。顔も洗ってはいないが、そのまま朝食をいただくことにする。
こういうまめなところがモテる要因なんだろうな。
相変わらず起き抜けには勿体無いほどにしたが幸せな味噌汁を啜りつつ、ぼんやり相手を見つめた。

7/9/2024, 11:34:02 PM

眼下に、ぽつぽつと家々の明かりが灯る。まだ橙の残る空の下、同じく赤みを含んだ温かみのある光が増えていくのを、なんとはなしに眺めた。
暖色の灯は心が暖かくなるというのに、ギラギラとした突き刺す街あかりの方が馴染んでしまった。
長くここにいたせいだろう。
帰路に着く人間の道標になる灯火は待っている人があるからだ。自分があの明かりをつけることはあっても、ついている家に帰ることはない。
感傷でもなく事実として。
寒い日に暖かい部屋に帰ることも、暑い日に換気のされた部屋に帰ることも、穏やかな日に食事の用意された部屋に帰ることも、ない。
寂しいわけではないが、そんな経験はきっとずっとできないのは残念かとは思う。別に、家族ごっこがしたいわけでもないけれど。
目を凝らして、人の影が捉えることができるか試してみる。
手すりに肘をついて見慣れた景色を眺める自分に、並ぶ影が夕闇にひとつ。
いなくなればすぐに隣にくる相棒は、話があるわけでも、何をしたいわけでもなく、たぶんおちつかないだけなのだ。
共に部屋を暖めて、一緒に部屋の換気をし、並んで食事の用意をする。
そんな相手はいたなぁと、不思議そうにしている鼻を摘んでやった。

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