仮色

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8/18/2024, 6:04:47 PM

【鏡】

ドッペルゲンガー、って知ってるだろうか。

自分と全く同じ姿形をしたヒトだかモノだか。
一度でも見てしまったら死ぬだとか、二回見てしまったら死ぬだとか、とにかく何回か見てしまうと死ぬと言われている。あとは、自分に成り代わられるとかも言われていたりなんなり。
ま、よくある都市伝説的なやつ。
世界には両手足の指じゃもう足りないにも程があるくらいの人間がいるし、ちょっとくらい自分と姿が同じ人間がいたってしょうがないだろうとは思うけど。
閑話休題。

ドッペルゲンガーに一番近づける物として、鏡が挙げられるような気がする。
そのまんま自身の姿が映し出されるのは何故だかなんて、絶対に科学的に証明はされているだろうが、ロマンってものを忘れちゃあいけない。

鏡。かがみ。

昔は金持ちがたくさん鏡を城の中に置いて財力と権力を示したとか、霊を降ろすために使われているとか、割れた鏡は縁起が悪いとか不吉だとかなんとか。
鏡ってのは案外人間に近くて、そりゃ人間の姿を映すためのものなんだからと言われたらあれだけども。
現代では女子高生の必需品として挙げられたりするのが、鏡。
とっくのとうに日常に溶け込んでしまって、鏡を見つけたからって珍しい鳥でも見つけたかのような反応にはならない。昔は鏡ってのは激レアアイテムみたいな扱いだったのに、これも時代の移り変わりというものか。

便利だよね、鏡。本当に。
でも、鏡も危ないってのは知ってるだろうか。割れたら怪我するよとか、そういうんじゃなく。
急にドッペルゲンガーの話に戻るんだけど、死ぬんだよね。ドッペルゲンガーを見ちゃったら、だけど。
はい、ここで鏡の話に戻ります。鏡って、自分の姿を映し出すんだよ。

似てると思わない?

ドッペルゲンガーの、自分じゃない自分と、鏡の中の、まあ左右反対ではあるけど多分自分。
鏡の中からにょきっと出てきてドッペルゲンガーになったりでもしたら笑い話だけど、出てこないから怖いってもん。
鏡の中の自分が本来の自分とは違う動きをした時、それはもうドッペルゲンガーになると思わない?
まあ、どう思うかはあなた次第ですってやつだけどね。

これは全部、勝手に私が考えたこと。だけど、プラシーボ効果ってやつがある。
知ってる?プラシーボ効果。簡単に言うと、強く思い込んでそれが本当になっちゃう、みたいな。
ドッペルゲンガーに会いたい人、プラシーボ効果って良いかもしれないね。

鏡の前でこれは自分じゃないって強く思い込んで。
それで鏡の中の自分が偶々、天文学的な確率だけど、違う動きをしたら。
それはもうドッペルゲンガーだよ。
鏡の中に引きずり込まれて成り代わられるかもしれないけど、ドッペルゲンガーにどうしても会いたいって人はオススメかな。

あぁ、ごめんごめん。長々と話しすぎたね。
面白かったならいいけど、どうだっただろう。
それじゃ、またいつか。

8/18/2024, 3:25:55 AM

【いつまでも捨てられないもの】

小学校の頃、卒業制作でオルゴールの入った木箱を彫刻したことがある。
一番見える上部分には、修学旅行で見た綺麗なものをずっと覚えていたいと紅葉の葉を彫った。

修学旅行でお城を見にクラス全員で階段を登っている時に、なんとなしにちらりと横見たら紅葉があった。
上から柔らかに陽光が掛かっていて、薄く輝いたようなあの紅い葉は衝撃だった。綺麗だな、なんて陳腐な言葉も出てこずに、後ろの人に気も遣えずに立ち止まってしまった。それだけ綺麗で、この記憶を一生忘れないでいようと脳裏に焼き付ける気概でまじまじと見た光景は、無事に今でもくっきりと思い出すことができる。
特によく思い出すのは、卒業制作の木箱の彫刻を見た時だ。
少し不格好な、それでも当時は一番いい出来だと思った紅葉の彫刻を見た時、ぱあっと鮮明にあのときを思い出すことができる。
木箱の中には、小学生から今までで貰ってきた手紙が詰まっている。
友達から、先輩から、後輩から。全部大切な宝物だ。
オルゴールは木箱を開けた時に鳴るようになっていて、オルゴールが小学校の校歌なもんだから、懐かしさが編み込まれたような箱になっている。

掃除のときにでも偶々見つけて紅葉の光景思い出して、開けて校歌を思い出して。
中には小学校から上の手紙が全部入っている。掃除機なんてそこら辺に置いておいてオルゴール優しい音と共に手紙を覗くと、当時の背格好にでもなった気分だ。


いつまでも捨てられないもの。
小さい頃を思い出す、いっぱいに記憶が詰まったあの木箱。

8/16/2024, 4:49:02 PM

【誇らしさ】

自分に自信を持てと言われると、そんな無茶なと思う。

重ねてきた年数の割にしては、それなりにいい人生を送ってきた気がする。
テストは前日に勉強をしただけで二十位以内には入れたし、ずっと学級委員もしていた。まあまあ仲の良いクラスメイトに印象を聞くと、真面目やら何やらの単語が返ってくる。そしてそれに、大きく反論出来ない自分もいる。

どうやら自分は思っているよりも器用らしいというのは最近気が付いた。
細かいことが得意という技術的な器用さもあるが、対人が案外得意だった。人見知りなくせににこにこ笑顔で口数は絶やさない、なんていう変な器用さも見せていた。自分でから意見やアイデアを出すのも、どちらかと言えば得意な方だった。

自分の、世間一般的に言われる優秀な部分というものが他人に見られてしまった時、どうしようもなく狼狽してしまう自分がいる。
期待されると、それを超えないといけない。
最初はぴょんと頑張れば超えれていたものも、やがては高くなりすぎて届かなくなってしまう。脚力にはどうしても限界がある。努力しても、努力しても超えられない壁というものがある。

百点のテストを取ったことがある。
褒められた、次も頑張ろうと思った。次もやらないといけないというどこか脅迫じみた思いが自分の中に油性で書かれて、消えなくなってしまった。
委員会で先生に頼られた。
頑張ろうと思った、でも、期待という重りが頭にズシンと乗った気がした。それは、その時の自分には抱えきれないほど重かった。

そういったものの積み重ねだった。落胆が怖い。今まで積み重ねてきたものが一つの失敗で全て無しになってしまうのが怖い。
そうなったら、今までの大事に崩れないように気をつけて積み上げてきた人生のピースが欠けてしまうような気がした。

褒められて、認められて、嬉しく思っても、次の日には過去になっている。
崩されるかもしれない、ピースの一つになっているのだ。


誇らしさってなんだろう。
少なくとも私は、自分に誇らしさは持てない。
だって、持ってしまったら怖いから。
壊されるんじゃないかって、壊してしまうんじゃないかって。

8/16/2024, 12:56:45 AM

【夜の海】

ざざ、と波の音が鳴る。

押し寄せては、戻っていって。鼓動のようなその動きに、生きているんだなと直感的に感じる。

潮風が髪を攫う。ついでにスカートの余分な布も持っていってしまう。

海とは、生まれる前にいる母の腹の中にある羊水と似ているらしい。
ちゃぷ、とこちらを必死に巻き込もうとしているかのような波に足先を入れると、冷たい液体の感覚に背筋がぞわりとした。どうやら今更胎児のような安心感は得られないらしい。
少し濡れたらもう全部濡れてしまっても一緒かな、と足をざぶざぶ海の中に埋めていく。服が濡れて体に張り付いたかと思えば、水の中に浮かんで形を感じにくくなった。重くなっていくスカートに、この服装は失敗だったなと一瞬思ったが、腰のあたりまで足を踏み入れた時にはそんな思いは消え失せた。
月明かりだけが頼りで、夜に慣れた目でも少し暗く感じてしまう。塩っ気のある水面は、表面から下は漆黒に染まっていてよく見えない。
この真っ暗な下に数え切れないほどの生き物が住んでいるなんて、素敵な話だ。

遠くで聞こえる小さくなった波の音に、振り返ってどこまで海の中に入り込んでいるのか確認をしたくなったがやめておいた。ぽつんと浮かんでいる三日月がどうにも怖くて、目を離したら食われてしまうような子供の恐怖が薄ら存在している。
目の前に広がっている尾の行方が分からない海面にも失礼な気がして、もうざぶざぶ鳴らなくなった足を進めていく。

次第に首が埋まって、口元が埋まって、流石に一度足を止めた。
でも数秒経ってから直ぐに歩き出して、どんどん顔が侵食されるのを感じる。
強いチャームでも掛けられたかのようなぼんやりした脳みそは、先へ先へと足を進めたがる。それに抵抗することなく進んでいく自分の体に焦りのようなものを感じるが、どこか片隅でゆったり満足している己もいた。

ざざ、とどこかから波の音がする。
しばらくして無音、海の命の音が聞こえてくる。
しょっぱい、とまだ感じられることに少し感謝したと同時に、酷く落胆する。

かえりたい。かえりたい。

少女の頭がとぷんと消えた。
夜の帳が張っている空間では、海の中身を覗き見ることはできない。
あの娘はどこに行ったのかなんて、知らなくたっていいでしょう?

だって、貴方にはひとつも関係のないことなのだから。


この少女の今後の物語は、夜の海だけが知っている。

8/14/2024, 11:06:17 AM

【自転車に乗って】

習慣とは怖いもので、家に誰もいなくても行ってきます、と勝手に口が言ってしまう。強いて言うなら家にでも出掛けることを伝えているのだろうか、と思うが、自分のことなのに明確に分からないのだからどうしようもない。

あ、自転車の鍵持って来るの忘れてた。

触り慣れていない家の鍵を使って、上下を間違えながらやっと鍵を二個全部閉めたというのにまた開けないといけない。先ほど学習した自分の手は、今度こそ一回ですっと鍵を入れることが出来たのがまだ喜ぶべきことだろうか。
がちゃ、と閉めた時とは少しトーンの違う音が鳴って扉が開く。再び踏み入れた家の中はシンとしていて、奥に猫がごろんと寝転がっているのがちらっと見えた。耳が動いているから、多分起きてはいるんだろう。
玄関のすぐ横に置いてある自転車の鍵を取る。こんな見えやすいとこにあるのに度々忘れてしまうのは、私の頭が学習をしてないからなのか。
記憶力が無いってことじゃないとは思うんだけどな、成績が悪い方でもないし。

「じゃ、行ってきまーす」

さっき家に一回言ったのなら今度はと、そこにいる猫に出掛けることを伝える。
再び外に出て、鍵を閉める。先ほどはあった雲が風で吹き飛ばされたのか、太陽の光が肌を焼き付けてきた。やばい、日焼け止め塗ってない。
出来るだけ早く日陰に行ってしまおうと思い、扉を軽く引いて鍵が閉まっていることを確認してから自転車を置いている場所の方に小走りで向かう。お姉ちゃんの自転車が微妙に邪魔なところにあったので、倒さないように気をつけながら退けた。

自分の自転車に近づいて、取ってきた鍵を差し込んで回す。自由になったタイヤを確認して、自転車に乗れる場所まで引っ張り出した。途中お姉ちゃんの自転車にぶつけてしまったが、傷は付いていなそうなので別に気にしないこととする。
ちょっと時間やばいかもな、と思いながらサドルに座った。ジブリみたいに片足をペダルにかけただけで走り出せられればいいが、生憎そんな技術は持ち合わせていない。真似したとて転けて怪我をするだけだろう。

じりじりと太陽光に焼かれる思いをしながら、自転車で走り出した。
風が生温くて、一週間に一回はテレビで見るようになった地球温暖化を肌で感じる。今はまだ我慢すれば活動は出来そうだが、五年後十年後はどうなっているのだろうか。その時にはもう学生じゃないし、自転車に乗ることもあんまり無いだろうから別に気にしなくてもいい気もする。

時間、間に合うかな。ちょっと急ぐか。
座り漕ぎから変更して、立ち漕ぎになる。間に合えばいいな、怒られたくないし。
そんなことを考えながら、ペダルに乗せている足の力を入れた。

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