紅月 琥珀

Open App
3/10/2025, 12:34:26 PM

 それは小さな選択間違い。
 私にとってとても小さな、それでいて他愛のないものだったけれど⋯⋯彼女達にとってはそうではなかったらしい。

 ある日学校に行くと友人達から無視された。それは私にとって青天の霹靂であり、なぜ無視されるのか理由すら分からず困惑する。
 話を聞こうにも相手に無視されるので対処のしようがなく⋯⋯私は一夜にして友人を失った。
 とはいえ、殴られたり恐喝されたりした訳ではないので、気持ちを切り替えていこうと思い⋯⋯更に翌日、それを実行する。
 話しかけても無駄なら、話さなければ良いだけの事。
 嫌な事を直接本人に言える様な間柄では無かったとして、それは本当の意味で友人と言えるのだろうかと昨日1日考えて、出た結論に基づき対応を変えたのだ。
 その日から私は休み時間は好きな事をするようになった。
 それはノートに落書きだったり、気になっていた小説を読んだりと多岐に渡るが―――とても充実した休み時間を過ごせて、別に無理して友人達と過ごす事無いなと改めて思い、この心地の良い時間を堪能する。

 更に1週間が過ぎた頃。元のコミュニティにいた子がこっそりと私に話しかけてきた。
 空き教室に連れて行かれ話された内容は実に下らない事で、本当にそんな事で無視されたのかと呆れてしまい、更に彼女達に対して心が冷めた。
 今更、ごめんと理由を話されて謝られた所で私の心は何の感情も同情も湧き上がってこず、むしろそれをする事で彼女がどうしたいのか理解できずにいる。

 正直な話、あの時彼女の言う通りにしなければ自分がハブられると思ったとか、今更言われてもだから何? って話だし、本当はやりたくなかったって言うならやらなければ良いだけだと思ってしまう。
 そうする事を選んだのはこの子自身なのに、彼女を言い訳に自身を正当化しようとしてるのがもう無理だった。
『悪いんだけど、もう友達でも何でもないよね? そもそも、嫌なとこあったなら私に直接言えばいいのに、そういう手段とって話し合いもしなかったのそっちでしょ。今更謝ってもらう必要無いから気にしなくて良いよ。もうあなた達のことなんてどうでもいいし、何言われてもだから何? としか思えない』
 要件それだけ? そう聞いたけど彼女は、酷く傷付いた様な表情をするだけで何の反応も無かったので、さっさと教室をあとにする。
 潰れた休み時間に少し落胆したけど、次の時間に何をしようかと頭を切り替えて、私は今日も自分らしく生きていく。
 他人に振り回されるよりも、こっちの方が性に合ってると気づけた。そこだけはきっかけをくれた彼女達に感謝している。

 ◇ ◇ ◇

『さっきの何? 最近あの子調子に乗ってるよね。明日から無視しよ』
 グループの中心にいるあの子が、彼女の言動に腹を立てて言われた言葉だった。
 他の子達も結構、鬱憤が溜まってたらしくて同調している。私はそれでも仲を取り持とうとしたけど“なに? あんたあいつの味方すんの?”って言われて怖くなった私は、結局あの子達に従ってしまったのだ。

 それから1週間、彼女の事を気にかけていたけど全く動じていないように見え、私の方が逆に動揺してしまう程⋯⋯普段通りの彼女だった。それどころか私達と一緒にいた時よりも生き生きして見えて、あの子達にバレないようにこっそりと彼女と話をしてみる。
 結果、突き放されたのは私たちの方。
 もう本当に何とも思っていない事が分かるくらい淡白で、少し迷惑そうにされた。
 彼女の最後の言葉を聞いて、酷く胸が痛くなって何も返せなくなった私を置いて、彼女はその場を去っていく。

 あれから1ヶ月経った今でも彼女の言葉が離れなくて、胸に何かが突き刺さるような痛みに襲われている。
 あの子の言う通りにしてしまった事を、ずっと後悔していた。
 そしてもう戻らない⋯⋯ずっと憧れていた彼女と過ごせた日々を思う。
 もしも――――――願いが1つ叶うのなら。
 あの日に戻って、例え自分がいじめられても彼女の手を離さず⋯⋯今も共に居られる未来を掴みたい。
 そんなたらればを思う自分に心底呆れながら、私はこれから1人で行きていくのでしょう。

3/9/2025, 3:02:47 PM

 甘く甘く口一杯に広がる味。
 一口含めばトロリと消えて、私を惑わす魅惑の果実。
 刺激的なその甘さに酔いしれて⋯⋯何度も口に含み続けた。
 いつしかそれは脳内を侵(おか)しはじめて――――――私を奈落の底へと誘った。

 甘く、甘く。どこまでも広がる甘さが好き。
 私の脳が痺れるほどの、深みのある甘さが⋯⋯私は大好きだった。
 咀嚼する度に広がる味わいと誘惑。なくなった後も残る余韻が、私を次へと駆り立てる。
 ダメだとわかっているのに止められない。
 それは欲望という名の毒で、一度飲んでしまえば歯止めが効かなくなる。
 魅惑の果実とはこういうものなのだろうか? と、下らない事を考えながら……今日も私は落ちていく。
 ソコには暗く淀んだ闇が口を開けて『早く落ちろ』と嘲り笑っていた。

 ◇ ◇ ◇

 酷く目覚めの悪い朝だった。不快感に顔を歪ませながら私はベッドから降りる。
 ズキリと痛む腰と怠さの取れない体。まだ残っている彼の感覚に溜め息を吐きながらお風呂へ向かった。
 シャワーを浴びている間も考えているのは彼の事。本当は駄目だとわかっているのに⋯⋯何故かやめられない。
 それはまるで甘いモノを食べている様な、そんな中毒性があった。

 彼は妻子持ちの上司。誘ってきたのは彼の方で、最初こそ断っていたけれど⋯⋯その情熱と、会社の飲み会で泥酔してしまった私は過ちを犯してしまう。
 そこからやめなきゃと思いつつも、ずるずると引き伸ばされて今に至る。
 こんな事してても幸せになんかなれないのに⋯⋯わかっているはずなのに、一度あの背徳感と快楽を知ってしまうと―――どうしても断ち切る事が出来なかった。
 そうして今日も誰にも知られない様に仮面を被り、出社してただのOLとして働く。彼との関係なんて一切匂わせないように、気付かれないように厚い仮面を被り続けて迎えたアフターファイブ。
 やはりと言うべきか⋯⋯彼から呼び出され、会社と私達の家からかなり遠いホテルを指定される。
 前もって夕食を済ませてそこへと向かう道中、今日こそは必ず終わらせる! と意気込みながら目的地へ向かう。彼と合流して直ぐにホテルの一室に連れ込まれ、話を切り出そうとしたが口を塞がれて出来なかった。
 そこからはもう、いつも通り。
 彼のペースに流されて抗えない甘さに決意が失墜し、なすがままに蹂躙される。
 どこまでイっても足りなくて、もっと欲しくて満たされたくて。何度もその甘さに手を伸ばす。
 そうして彼は満足すると、妻子の待つ家に帰っていく。
 決して愛されている訳じゃないと分かっている。ただの欲の捌け口にされている事も。

 それでもやめられないのは――――――この甘美な快楽(はちみつ)が私の脳(あたま)を浸(おか)し、罪悪感(じょうしき)すら背徳感(はちみつづけ)にして私をおかしくするからだ。
 まるで薬のようなそれは、自分の意思では抜け出せなくて。
 どうする事も出来ずに、だだ堕ちていく。

 可哀想な奥さんと子供達。
 最低な彼と同等の私。
 離れたいのに出来なくて、止めたいのにやめられない。
 嗚呼、誰かこの快楽(はちみつ)を食べて⋯⋯私の中から消し去って欲しい。
 そんな馬鹿みたいな事を考えている己を嘲笑しながら、今日も彼の痕跡を体から消そうとシャワー室で奔走するのだった。

3/8/2025, 1:37:22 PM

 そこは片田舎にある町外れの森の中。昼でも光を通さない程深い森の、舗装されていない獣道を、ただひたすらに進んでいくと開けた場所に出る。
 そこには湖と立派な洋館があり、私はその洋館のノッカーを叩くと、開けられた扉の中へと入っていった。

『ようこそおいで下さいました。さぁ、こちらにお座り下さい。あなたのお話をお聞かせ下さい。』
 広いロビーに入ると、まるで私を待っていたかのようにその人は出迎えた。勧められた席に座ると、直ぐに暖かい紅茶とお菓子が出され、話すように促される。
 私は、今日ここに来た経緯をぽつり、ぽつりと話し始めた。

 半年前に気になっていた彼から告白されて付き合っていた事。
 クラスの人達もそれを知って祝福してくれたし、友達は我が事のように喜んでくれてすごく幸せだった。
 デートではエスコートもしてくれるし、買い物だって文句も言わずに付き合ってくれて、私の観たい映画や行きたかった場所も連れて行ってくれる最高の彼氏。
 しかし最近、浮気現場を見てしまい、問い詰めたら酷いことを言われて⋯⋯浮気されてたことも、開き直って馬鹿にされたことも許せなくて別れた―――まではよかったのだ。
 でも⋯⋯これだけ酷いことされたのに、まだ馬鹿みたいに残ってる恋心に悩まされて、上手く眠れなくて困っていた。
 だからこそ、原因である“恋心(モノ)”を取り除いてほしい。
 そう思って、町で噂のサナトリウムを探しにここに来たのだと。

『それはお辛い出来事でしたね。ご安心下さい。あなたのお悩みは私共が解決してみせます。
 さぁ、今回の担当医の所までご案内いたします。こちらへどうぞ。』
 そういうと私の手を取り、吹き抜けの階段を上がって2階、中央の部屋へと案内される。
 コンコンコン、と。控えめなノックの後にどうぞと、声がかかり案内してくれた彼女が扉を開けてくれた。
 手の仕草だけで中へと促され私が会釈して入ると、そこには前髪で片目を隠した少女がおり、椅子に座るようにと言われた。
 私が指示通りに座ると彼女は早速切り出した。
『残った恋心の摘出と伺っている。摘出したらもう2度と同じ人間に好意を抱けなくなるが大丈夫だろうか?
 好意は異性愛だけではなく、親愛などのプラスの感情全てに当てはまる。
 その事を踏まえた上で、この同意書にサインしてくれ。そしたらすぐにでも摘出手術を始める』
 1枚の紙を私の目の前の机に差し出す。
 彼女の説明通りの内容が書かれた同意書であり、最後に摘出したモノは手術代としてもらうため、返せないとも書かれていた。
 私はその事に同意しサインした。
 彼女はそれを確認すると、引き出しの中から取り出したファイルにしまい、壁際に設置されたベッドに横になるように指示する。
 言われた通りに横になると、彼女は不思議な音色の鈴を鳴らした。その音を聞いていると、とても安心して―――最近ちゃんと眠れてなかったからか、少しずつ眠くなってくる。
 そのまま眠気に抗うことなく⋯⋯私はゆっくりと意識を手放した。

 目が覚めると知らない天井が視界に広がっていた。次にとても良い香りが鼻腔をくすぐり、何処か懐かしさと⋯⋯何かを無くしてしまったかのような切なさを感じた。
 そして何よりも、このふわりと香る花の香は―――。
『⋯⋯スイートピー?』
 そう上体を起こしながら呟くと、それに応えるかのように仕切りのカーテンが開けられた。
『よく分かったね。花が好きなの?』
 そう問われて私は頷いた。
 花は見ているだけで元気をもらえる。美しくも健気に咲く姿に、何度も助けられたから。
『そうか、手術は成功したよ。もう君を悩ませるモノは何も無い。安心してお家にお帰り。』
 それから―――と、彼女は小さな花束を私に手渡す。
 それは色取り取りの綺麗なスイートピーの花束だった。
『摘出したモノがとても良質でね。手術代としてもらうには明らかに多すぎる。だから、もう一つ違う手術もしておいたよ。
 君に合う良縁を結んでおいた。この花束はその手術の担当医からの選別だよ。受け取ってあげて』
 正直、そこまでしてもらえるとは思っていなかったけど⋯⋯良縁を結んでもらったのなら良いかと花束を抱え直すと、お礼を言い頭を下げた。
 そうしてロビーで話を聞いてくれた人に見送られながら、私はまた、森の獣道を進み家路につく。

 その次の日から、元彼を見ても何の感情も抱かなくなり、友人達に心底驚かれたが⋯⋯その時に、実は証拠としてボイスレコーダーに録音していた音源を皆に聴かせて、浮気されてたことを暴露してやった。
 その後の彼の末路は言うまでもなく。
 何故か私に助けを求め、復縁要請してきたけど、彼に対して何も思う事は無かった。終始真顔の私に恐怖を感じたのか、彼は2度と私に近づいてくることは無く―――それから数カ月後。
 今、私は友人の紹介で付き合うことになった新しい彼と、幸せに過ごしている。

3/7/2025, 12:03:15 PM

 ラララと歌う彼女に、誰もが癒された。
 金糸雀の様な綺麗な歌声で、のびのびと歌うその姿に⋯⋯誰もが憧れを抱いていたと思ってた。
 それなのに、どうしてこんな事になったんだろう?

 いつも楽しそうに歌っている。
 ラララと歌いながらそのリズムに合わせて、トントンと軽やかなステップを踏み、くるりとターンしたり。彼女は本当に歌が好きなのだと思う程に、楽しそうに歌っていた。
 それなのに、いつからだろう?
 彼女の顔に陰りが見え出したのは。
 ラララと歌うその顔に、いつもの笑顔はなくて⋯⋯とても悲しそうに見える。
 しかし、そこまで仲が良いわけでもない僕が、彼女にどうしたの? なんて聞けるはずもなく⋯⋯何も出来ないまま悶々とした日々を過ごす。

 そうして、僕が話しかけようかと悩んでいたある日―――彼女の喉が潰れた。
 厳密には潰されたというのが正しいらしい。
 綺麗な金糸雀の様な声はしゃがれ声になっていて、彼女はもう⋯⋯あの綺麗な声で歌えなくなっていた。
 あれだけ沢山の人に囲まれていたのに、今の彼女には人が寄り付かなくなっていたのだ。
 1人また1人と、不気味なしゃがれ声で話す、彼女の元から人が消えていく。

 そうして、大好きだった歌も大切だったはずの友人達もなくした彼女は自殺した。
 遺書も残されていたらしいが、僕は内容を知らない。
 それでも、彼女の1ファンとして葬式には出させてもらった。
 羽をもがれた金糸雀の、最後の姿を見ることは出来なかったけど、見送れた事だけでも十分だった。

 それから半年。
 僕は今、ノイローゼになりそうな程に憔悴していた。
 夢で毎日彼女をみるのだ。生前の、いつも楽しそうだった彼女。それだけなら良かった⋯⋯でも、その歌声はあの潰れたしゃがれ声だったのだ。
 段々と夢の中だけじゃなくて、現実でも聞こえてくる。
 この半年間で、彼女を虐めていたらしい人達が次々に自害していた。
 そして今、僕の耳元で⋯⋯ラララと、楽しそうなしゃがれ声が聞こえてくる。
 次は僕なんだと、震える反面⋯⋯何もしていないのにとも思う。
 それでも、相変わらず技量の高さが伺えるその声に⋯⋯何も出来なくてごめんと心の中で謝りながら、己の死を覚悟した。

 ◇ ◇ ◇

 歌詞も何も無い。音を発声しているだけの歌。それなのに皆笑ってくれるから、私も嬉しくてラララとよく歌っていた。
 ただそれだけだったのに、気に入らなかった人達に酷いことをされて⋯⋯私の喉は潰れてしまう。
 ラララと、それでも歌い続けたけど⋯⋯不気味だから歌うなって怒られて、不快そうに顔を歪めながら私を見る人々。
 いつの間にか1人になってた私は、それでも歌い続けた。
 ある日気付いた。たった1人だけの観客に。
 その人は、私のしゃがれ声の歌をずっと聞いていてくれた。
 それが不思議で、ある日彼に問いかけた。
 どうして最後まで聞いてくれるの? と。

『確かに、お世辞にも綺麗とは言えない歌声だけど、あなたの歌は前と同じで、とっても上手だって分かるものだよ』
 そう言って笑った顔が忘れられなくて、でももう⋯⋯綺麗な歌は聴かせて上げられないから。
 最後の歌を彼の為だけに歌った。
 もう少し早く出会っていれば変わったのかな?
 そう思いながらその日、自宅で首を括った。

 酷いことをした人達に報いを。
 最後まで聞いてくれたあなたに、最高の歌を届けるために。
 今も私は彼等の傍で、ラララと笑顔で歌い続ける。

3/6/2025, 12:34:47 PM

 その人は、桜のような人だった。
 いつも控えめで、大人しく⋯⋯けれども芯の強い人。
 常に微笑みを絶やさず、怒った所を見たことなかった。
 そんな彼女は、今私の手の届かない所にいる。

 学生時代の思い出。
 それをふと⋯⋯思い出したのは、桜の香りがふわりと香った気がしたから。
 この時期になると必ず思い出すのは⋯⋯優しく笑いかけてくれる彼女の事。
 彼女と過ごしたあの日々は、暖かで楽しくて⋯⋯それでいて安心するような心地の良いモノで、また、そんな日々が送りたいと思ってしまうようなモノだった。

 ふわりと、風が頬を撫でる。
 それと同時に運んできた桜の香りに、彼女の事を思いながら⋯⋯私は今日という日を過ごしていく。
 きっと彼女の事だから、どんなに辛い道のりでも、笑顔を絶やさず夢を叶えるでしょう。
 遠く離れた異郷の地でも――――――暖かな笑顔で、数多の人々を癒し、幸福を分け与えているのだろう。


Next