紅月 琥珀

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 そこは片田舎にある町外れの森の中。昼でも光を通さない程深い森の、舗装されていない獣道を、ただひたすらに進んでいくと開けた場所に出る。
 そこには湖と立派な洋館があり、私はその洋館のノッカーを叩くと、開けられた扉の中へと入っていった。

『ようこそおいで下さいました。さぁ、こちらにお座り下さい。あなたのお話をお聞かせ下さい。』
 広いロビーに入ると、まるで私を待っていたかのようにその人は出迎えた。勧められた席に座ると、直ぐに暖かい紅茶とお菓子が出され、話すように促される。
 私は、今日ここに来た経緯をぽつり、ぽつりと話し始めた。

 半年前に気になっていた彼から告白されて付き合っていた事。
 クラスの人達もそれを知って祝福してくれたし、友達は我が事のように喜んでくれてすごく幸せだった。
 デートではエスコートもしてくれるし、買い物だって文句も言わずに付き合ってくれて、私の観たい映画や行きたかった場所も連れて行ってくれる最高の彼氏。
 しかし最近、浮気現場を見てしまい、問い詰めたら酷いことを言われて⋯⋯浮気されてたことも、開き直って馬鹿にされたことも許せなくて別れた―――まではよかったのだ。
 でも⋯⋯これだけ酷いことされたのに、まだ馬鹿みたいに残ってる恋心に悩まされて、上手く眠れなくて困っていた。
 だからこそ、原因である“恋心(モノ)”を取り除いてほしい。
 そう思って、町で噂のサナトリウムを探しにここに来たのだと。

『それはお辛い出来事でしたね。ご安心下さい。あなたのお悩みは私共が解決してみせます。
 さぁ、今回の担当医の所までご案内いたします。こちらへどうぞ。』
 そういうと私の手を取り、吹き抜けの階段を上がって2階、中央の部屋へと案内される。
 コンコンコン、と。控えめなノックの後にどうぞと、声がかかり案内してくれた彼女が扉を開けてくれた。
 手の仕草だけで中へと促され私が会釈して入ると、そこには前髪で片目を隠した少女がおり、椅子に座るようにと言われた。
 私が指示通りに座ると彼女は早速切り出した。
『残った恋心の摘出と伺っている。摘出したらもう2度と同じ人間に好意を抱けなくなるが大丈夫だろうか?
 好意は異性愛だけではなく、親愛などのプラスの感情全てに当てはまる。
 その事を踏まえた上で、この同意書にサインしてくれ。そしたらすぐにでも摘出手術を始める』
 1枚の紙を私の目の前の机に差し出す。
 彼女の説明通りの内容が書かれた同意書であり、最後に摘出したモノは手術代としてもらうため、返せないとも書かれていた。
 私はその事に同意しサインした。
 彼女はそれを確認すると、引き出しの中から取り出したファイルにしまい、壁際に設置されたベッドに横になるように指示する。
 言われた通りに横になると、彼女は不思議な音色の鈴を鳴らした。その音を聞いていると、とても安心して―――最近ちゃんと眠れてなかったからか、少しずつ眠くなってくる。
 そのまま眠気に抗うことなく⋯⋯私はゆっくりと意識を手放した。

 目が覚めると知らない天井が視界に広がっていた。次にとても良い香りが鼻腔をくすぐり、何処か懐かしさと⋯⋯何かを無くしてしまったかのような切なさを感じた。
 そして何よりも、このふわりと香る花の香は―――。
『⋯⋯スイートピー?』
 そう上体を起こしながら呟くと、それに応えるかのように仕切りのカーテンが開けられた。
『よく分かったね。花が好きなの?』
 そう問われて私は頷いた。
 花は見ているだけで元気をもらえる。美しくも健気に咲く姿に、何度も助けられたから。
『そうか、手術は成功したよ。もう君を悩ませるモノは何も無い。安心してお家にお帰り。』
 それから―――と、彼女は小さな花束を私に手渡す。
 それは色取り取りの綺麗なスイートピーの花束だった。
『摘出したモノがとても良質でね。手術代としてもらうには明らかに多すぎる。だから、もう一つ違う手術もしておいたよ。
 君に合う良縁を結んでおいた。この花束はその手術の担当医からの選別だよ。受け取ってあげて』
 正直、そこまでしてもらえるとは思っていなかったけど⋯⋯良縁を結んでもらったのなら良いかと花束を抱え直すと、お礼を言い頭を下げた。
 そうしてロビーで話を聞いてくれた人に見送られながら、私はまた、森の獣道を進み家路につく。

 その次の日から、元彼を見ても何の感情も抱かなくなり、友人達に心底驚かれたが⋯⋯その時に、実は証拠としてボイスレコーダーに録音していた音源を皆に聴かせて、浮気されてたことを暴露してやった。
 その後の彼の末路は言うまでもなく。
 何故か私に助けを求め、復縁要請してきたけど、彼に対して何も思う事は無かった。終始真顔の私に恐怖を感じたのか、彼は2度と私に近づいてくることは無く―――それから数カ月後。
 今、私は友人の紹介で付き合うことになった新しい彼と、幸せに過ごしている。

3/8/2025, 1:37:22 PM