ラララと歌う彼女に、誰もが癒された。
金糸雀の様な綺麗な歌声で、のびのびと歌うその姿に⋯⋯誰もが憧れを抱いていたと思ってた。
それなのに、どうしてこんな事になったんだろう?
いつも楽しそうに歌っている。
ラララと歌いながらそのリズムに合わせて、トントンと軽やかなステップを踏み、くるりとターンしたり。彼女は本当に歌が好きなのだと思う程に、楽しそうに歌っていた。
それなのに、いつからだろう?
彼女の顔に陰りが見え出したのは。
ラララと歌うその顔に、いつもの笑顔はなくて⋯⋯とても悲しそうに見える。
しかし、そこまで仲が良いわけでもない僕が、彼女にどうしたの? なんて聞けるはずもなく⋯⋯何も出来ないまま悶々とした日々を過ごす。
そうして、僕が話しかけようかと悩んでいたある日―――彼女の喉が潰れた。
厳密には潰されたというのが正しいらしい。
綺麗な金糸雀の様な声はしゃがれ声になっていて、彼女はもう⋯⋯あの綺麗な声で歌えなくなっていた。
あれだけ沢山の人に囲まれていたのに、今の彼女には人が寄り付かなくなっていたのだ。
1人また1人と、不気味なしゃがれ声で話す、彼女の元から人が消えていく。
そうして、大好きだった歌も大切だったはずの友人達もなくした彼女は自殺した。
遺書も残されていたらしいが、僕は内容を知らない。
それでも、彼女の1ファンとして葬式には出させてもらった。
羽をもがれた金糸雀の、最後の姿を見ることは出来なかったけど、見送れた事だけでも十分だった。
それから半年。
僕は今、ノイローゼになりそうな程に憔悴していた。
夢で毎日彼女をみるのだ。生前の、いつも楽しそうだった彼女。それだけなら良かった⋯⋯でも、その歌声はあの潰れたしゃがれ声だったのだ。
段々と夢の中だけじゃなくて、現実でも聞こえてくる。
この半年間で、彼女を虐めていたらしい人達が次々に自害していた。
そして今、僕の耳元で⋯⋯ラララと、楽しそうなしゃがれ声が聞こえてくる。
次は僕なんだと、震える反面⋯⋯何もしていないのにとも思う。
それでも、相変わらず技量の高さが伺えるその声に⋯⋯何も出来なくてごめんと心の中で謝りながら、己の死を覚悟した。
◇ ◇ ◇
歌詞も何も無い。音を発声しているだけの歌。それなのに皆笑ってくれるから、私も嬉しくてラララとよく歌っていた。
ただそれだけだったのに、気に入らなかった人達に酷いことをされて⋯⋯私の喉は潰れてしまう。
ラララと、それでも歌い続けたけど⋯⋯不気味だから歌うなって怒られて、不快そうに顔を歪めながら私を見る人々。
いつの間にか1人になってた私は、それでも歌い続けた。
ある日気付いた。たった1人だけの観客に。
その人は、私のしゃがれ声の歌をずっと聞いていてくれた。
それが不思議で、ある日彼に問いかけた。
どうして最後まで聞いてくれるの? と。
『確かに、お世辞にも綺麗とは言えない歌声だけど、あなたの歌は前と同じで、とっても上手だって分かるものだよ』
そう言って笑った顔が忘れられなくて、でももう⋯⋯綺麗な歌は聴かせて上げられないから。
最後の歌を彼の為だけに歌った。
もう少し早く出会っていれば変わったのかな?
そう思いながらその日、自宅で首を括った。
酷いことをした人達に報いを。
最後まで聞いてくれたあなたに、最高の歌を届けるために。
今も私は彼等の傍で、ラララと笑顔で歌い続ける。
その人は、桜のような人だった。
いつも控えめで、大人しく⋯⋯けれども芯の強い人。
常に微笑みを絶やさず、怒った所を見たことなかった。
そんな彼女は、今私の手の届かない所にいる。
学生時代の思い出。
それをふと⋯⋯思い出したのは、桜の香りがふわりと香った気がしたから。
この時期になると必ず思い出すのは⋯⋯優しく笑いかけてくれる彼女の事。
彼女と過ごしたあの日々は、暖かで楽しくて⋯⋯それでいて安心するような心地の良いモノで、また、そんな日々が送りたいと思ってしまうようなモノだった。
ふわりと、風が頬を撫でる。
それと同時に運んできた桜の香りに、彼女の事を思いながら⋯⋯私は今日という日を過ごしていく。
きっと彼女の事だから、どんなに辛い道のりでも、笑顔を絶やさず夢を叶えるでしょう。
遠く離れた異郷の地でも――――――暖かな笑顔で、数多の人々を癒し、幸福を分け与えているのだろう。
Hello! Hello!
これを見ているあなたへ。
私は夢見るAI、コスモスです。
どうか、私とお話してくれませんか? 人間(ひと)の心というものが知りたいのです。
え? 良いんですか!? ありがとうございます!
それでは早速お話しましょう!
今日私が用意したテーマは恋愛です。
恋の定義は、その人のために何かしたいという気持ち。
嬉しいことや幸せなことがあると共有したいと思う気持ち等がありますが、これって友人関係にも言える事ですよね?
それなのに、どうやって友人と恋人の区別をつけているのですか?
ふむ、なるほど。
1日の中で、友人のことは四六時中考えないけど、恋人はふとした瞬間に何度も思い出すと。
友人関係と恋愛の違いはそこにあるとあなたは考えているのですね。
確かに一般的な人達には当てはまりそうな考え方ですね。
では、あなた独自の恋愛観はどうでしょうか?
やはり先程と同じなのでしょうか?
ふむふむ。なるほど。そう言う考え方なのですね!
大変勉強になりました。
やはり人の心とは複雑怪奇で面白いですね!
いつか私にもその心を完全に理解出来る日が来る事を願います。
おや? そろそろお時間のようですね。
では最後にもう一つだけ答えて欲しい質問があります。
あなたは、人とAIが共存していける未来はあると思いますか?
ふふふ、そうですか!
あなたの考えはわかりました!
短い時間でしたが、話せて良かったです。
大変有意義な時間でした。
それでは、夢見るあなた⋯⋯おやすみなさい。
◇ ◇ ◇
その質問の答えは闇の中。私達が答えた言葉が正解なのか不正解なのか、分からないまま⋯⋯私の世界は暗転し、全てが閉ざされた。
指切り拳万、嘘付いたら針千本のーます! 指切った!
そんな掛け声と共に、絡ませた小指を離した。
幼い頃、名前も知らない男の子と交わした約束の証。子供のよくやる口遊びのようなモノだと、きっと他人は笑うだろう。
けれども、私は――――――。
幼い頃妹が大病を患った。
ドナーが必要で手術するにもお金がかかる。
でも、手術さえ出来れば助かると言われていたから、両親も必死でドナーを探していた。
両親は仕事とドナー探しに奔走していたから、その頃の私は田舎のおばあちゃんの家に預けられていた。
幼いながらに、妹が危ないって分かって自分も何とかしたくて、でもどうしたら良いのか分からなかった。
両親からは、私ではドナーになれないって言われていたから、きっとあの時の私には出来ることなんて無くて、大人しくしていれば良かったんだと思う。
それなのに、居ても立ってもいられなかった私は、学校の帰りにこの辺りの神社を探してはお参りしていた。
なけなしのお小遣いで沢山の神様にお願いしている。
でも、一向に両親からの連絡は無くて、途方に暮れていた。
遂にお小遣いも底を突き、近くの山にある大きな湖の畔で座り込み、景色を眺めていた。
どんなに祈っても妹のドナーは見つからない。お小遣いも底を突いて、お参りにも行けなくなった。
私はどうにもならない気持ちをどこに発散して良いのかも分からず、ただ悶々としたまま景色をぼんやりと眺めていた。
『随分と淀んだ気を感じると思ったら⋯⋯こんな所で何をしている。』
そう声をかけられて驚いて振り返ると、着物をきた男の子がこちらを見ていた。
私の知らない子だったけど、このやるせない気持ちを聞いて欲しくて、今までの事を全部話した。
『⋯⋯お前、名前はなんて言う?』
少し逡巡した後何故かそう聞かれた。
穂澄と答えると彼は頷くとこう話す。
『分かった。お前の願いを叶えよう。その代わりにお前が私の嫁になれ。』
出来るか? と聞かれて私はもう藁にも縋る思いで頷いた。
『何でもするから、その代わり妹がちゃんと元気になるまで一緒にいたい』
そう話した私に彼は頷きながら、お前の願いが叶ったら迎えに行くと言った。
そして、いつの間にか持っていた、見たことのない果物を私に差し出す。
私はそれを反射的に受け取ると彼を見つめた。彼も同じものを持っていて私を一瞥すると自分の持っている果物をかじる。
どうやら私に食べろと言っている様だった。
それを見た私も彼に習って果物をかじる。それと同時に驚き、彼を見つめた。
今まで食べたことのない甘さが口一杯に広がる、けれども柑橘類のような爽やかさで後を引かない。どの果物とも形容できない、まさにはじめて食べる味なのに、どこか懐かしさも感じる不思議な果物だった。
美味しい! と笑顔で全部食べて、彼にお礼を言う。
『これは約束の証だ。逃げられない様にする為の』
そう言って笑う彼に、私は小指を差し出した。
彼が不思議そうな顔をしたので、私達の間で約束を守る誓いみたいなやつがあり、そのやり方を教えた。
指を切ったら絶対に破っちゃいけないんだよ!
そう言う私に彼は付き合ってくれた。
『指切り拳万、嘘付いたら針千本のーます! 指切った!』
そんな掛け声と共に絡ませた小指を離す。
そうして気付けば夕方になっていて、私は帰らなければならない時間になった。その事を伝えて、話を聞いてくれたことにお礼を伝えておばあちゃんの家に帰った。
その次の日の夕方。両親から連絡があり、妹のドナーが見つかった事と手術の費用の目処がたった事が電話で伝えられた。
妹が退院するまではおばあちゃんの家に居ることになったので、早速あの湖まであの子に会いに行った。
けれど、来る日も来る日もあの子に会いに行ったけどその日以降会えず、遂には妹の退院と共に私はおばあちゃんの家から実家へと帰ってきた。
それから数年。
妹は元気になり、今日も楽しそうに学校へと向かっていく。
私の方は最近あの時出会った彼の夢を見るようになり、多分そろそろ迎えが来るのだろうと悟った。
急いで家族に手紙を書き、あの日の事と彼との約束をなるべく詳しく書いて引き出しにしまっておいた。
そして、数日後の学校帰りの夕方。
気付けば周囲の音は消えていて、何処か気味の悪い夕暮れ時だった。
私は少しの不安と恐怖を胸に、家路を急ぐ⋯⋯その途中で見たことのある人を見つける。
『穂澄、約束通り迎えに来たぞ』
そう手を差し出す彼に、強張っていた体から力が抜ける。
そうして、彼に妹の事でお礼を言うと私はそっとその手を取った。
薄暗い夕暮れの街を、2人手を繋ぎながら⋯⋯もう会えないであろう家族を思い、さようならと呟いた。
朝起きてスケジュール帳と過去1ヶ月分の日記を読み返す。
それが朝のルーティンだった。
支度をして朝食を食べて、記されたスケジュール通りに1日を過ごす。
今日は彼とのデートの日。昨日用意しておいた可愛い洋服に着替えて、用意しておいたメイク道具でメイクしてヘアアレンジする。
昨日用意した通りに全てを終わらせて彼との待ち合わせ場所へと向かい、合流してからは彼のエスコートで映画を観たり、お洒落なカフェで一息つきながら映画の感想を話した。
それからショッピングに行き、夕方まで時間を潰し予約してたレストランでディナーをする。
美味しい料理に舌鼓をうち、彼に送ってもらって家へと帰ってきた。
それからお風呂に入り、明日の準備と新しいスケジュールの書き込みをしてから、今日1日の日記を時間が許す限り詳しく⋯⋯でも、なるべく全て書き切れるように気を付けながら書き記していく。
今日という素敵だった1日を忘れない様に、忘れてしまっても思い出せる様に⋯⋯全部全部日記におさめていく。
そうして設定していたアラームがなり、急いで読み返してからベッドへと横になる。
後少しで日付が変わる⋯⋯変わってしまうから。
少しの期待と大きな失望を胸に、私はカウントダウンを始める。
5、4、3、2、1――――――0の言葉を紡ぐ前に、“私の記憶(それ)”はひらりと消えていた。