『こんにちは、また会いましたね』
そう投げかけた言葉に、その人は一瞥のみで答えた。
いつも通りの反応に肩を竦めると、そのまま話を続ける。
『今回はいつ振りでしょうか。最後に会った日から、また随分とボロボロになりましたね。傷のお加減は如何ですか?』
この言葉にも黙りを貫き、こちらを見向きもしない。
『そろそろ、学びましたか? あなたのやり方では、これからもそうして傷が増えていくばかりです。今回こそは、私の話を聞く気になりましたか?』
そう言い終わるや否や、私の頬に何かが掠める。
手で頬に触れてみると少し痛みを感じ、触れた手を見ると少し血が付いていた。
こちらが状況を確認する前に、その人は私に詰め寄りどこからともなく取り出した刀を抜き一閃。
咄嗟に距離を取ったが少し首を掠めた。
『あぁ、まだ抗うのですね』
そうこぼした私に構わず剣撃を繰り出す彼の人。
私は一つため息を吐くと、こちらも刀を取り出し剣撃をいなす。
金属同士がぶつかり合う音が何度も響いた。それと同時に相手の繰り出す剣撃も激しさを増す。こちらも負けじといなし続けるが、何分相手の方が一撃の速度が早く、また技の種類も豊富でいなすのがやっとなのだ。
こちらからも攻めに転じなければ斬られる。そう分かってはいても攻勢に出れずにいた。
絶え間なく響く金属音と両手に伝わる斬撃の重さに、何度も刀から手が離れそうになっている。それを押し留めながら相手の隙を探す。
しかし、待てども待てどもそんな隙は訪れず、私は既に辟易していた。
その気持ちが一瞬の隙を生み出してしまった。
腹部が熱く痛い。ふと目をやると赤い染みが広がっていく。
『⋯⋯またそうやって私を殺すのですね。いつまでも見ないふりをして、どこまで持つか見ものです。さよならあなた、またお会いしましょう』
痛みと共に広がる赤に、私は抗うことなく膝をつく。
そして―――私の首めがけて振り下ろされた刃を受け入れた。
そうして目覚めた私は、いつもと変わらぬ日々を過ごす。
つまらない日々を淡々と⋯⋯けれど、今までもこれからも同じ日なんて一度もない特別な1日。
有り触れた特別を、今日も過ごしていくのだろう。
『さよならバイバイ、また会う日まで』
そうして私は、先程殺し(わかれ)たもう1人の私に呟くと―――ニヤリと笑った。
私は魔術が好きだった。
学べば学んだだけ様々な術を習得でき、また新たに術を作ることが出来るのが最大の魅力に思える。
それこそひらめきさえあれば、可能性は無限に広がる。そんな魔術が大好きで、これからもずっとこの場所で、それこそ死ぬまで学び続けるのだろうと思っていた。
けれどもそれは、私の一方的な思い込みでしかなかったらしい。
ある日の研究で、私は世界間移動術式の実験に成功した。もうすぐ開かれる魔術学会のレポートのために、ずっと頑張って来た研究がここにきて成功したのだ。
結果として私は無実の罪に問われた。浮足立ってた私は、それをよく思わない人達に嵌められてしまったのだ。
世界は一気に激変した。今までレポートを出す度に称賛されていた私の研究は全て誰かの盗作扱い。
話をしようにも聞いてもらえず、ひどい時には暴力を振るわれた。
だから私はせめてもの意趣返しとして、記者会見を開きそこで全てを話した後⋯⋯世界中に中継が繋がる中で、あの時完成した世界間移動術式でこの世界から逃げ出した。
初めての異世界旅だった。実験の時は試しだったから直ぐに元の世界へ帰ってしまったから、ろくに観光もしていない。だから、そこがどんな世界なのかわからないまま飛んだのだ。
最初に訪れたのはあるウイルスが猛威をふるう世界で、たまたま学んでいた魔導医学の知識でそのウイルスに効く魔法薬を開発―――提供したらとても感謝された。
何なら英雄扱いで凄く萎縮してしまったのを覚えている。
それから魔術のない世界で変な化け物と戦って窮地にたたされた人類を魔導具を使って手助けした時も、救世主と持て囃されてまた萎縮してしまった。
ある時は着いた時点で世界の滅亡まで1ヶ月って所で、私の持つ全ての魔術知識を使って滅びを回避した事もある。
そんな私は今、もう滅びてしまった世界にいた。
そこは文明が滅びてから久しいらしく、まだ建造物などは残っているが、蔦に覆われていたり既に崩れて瓦礫と化していた。
植物は生い茂り、虫たちのパラダイス状態だ。
そんな中でも動物達は強かなもので、元気に駆け回っている。
今降り立ったばかりの終わった世界。
自然豊かと言えば聞こえは良いが、文明の痕跡が残っている世界規模ジャングルと言ったほうがしっくりくる。
建造物があるのなら思念読取りで色々わかりそうだ。
私はこれからどんな歴史(ものがたり)に出会えるのか、心を躍らせながら世界を歩く。
きっとこの先死ぬまでそうするのだろう。
まるで渡り鳥の様に、世界から世界へ。
終わりのない旅路に、好奇心が疼いた。
『さぁて、まずはどこから観てみようかな?』
そう口にしてからジャングルをかき分けて、私は世界を知り記録していく。
三千世界の渡り鳥 気まぐれ日記より
幼い頃から思っていた。
いつか、こんな日が来るのではないかと。
物心ついた頃には、祖父から沢山の事を教えられていた。
勉学は勿論、山での歩き方や遭難した時の知恵に野宿の方法まで。
それから、一般とは呼べない程厳しい体術訓練に剣道と弓道。居合いに抜刀術や棍術まで。おおよそ日常生活を送るのに必要のない事を常にやらされていた。
祖父曰く―――女傑たる者文武を極めよ、と。
だからだろうか? いつかこの学んだ術が活かされる時が来てしまうのではないかと、漠然と思っていた。
その不安感から、弟にも剣術と身体は鍛えておくようにと、日頃から言い聞かせていた。
けれど弟は、私の様にはなれないと。そう言い捨てて離れていった。
それから弟は私とは極力顔を合わせないように過ごしているようで、私が社会人になって一人暮らしをしてからは完全に疎遠となっている。
あの日の私は間違っていたのだと今更ながらに思う。
確かに弟と私は違う人間なのだから、私が耐えられたモノでも弟には合わないかもしれない。それを、強要してしまった事を今でも後悔している。
出来ることなら直接会って謝りたいが、弟が嫌がるだろうとやらずにいた。それすらも間違いだったと知る。
『何してるんですか! 先輩! 早く逃げないと!』
瞳を瞑り呼吸を整えながら、そんなつまらない事を考えていた時だった。
後輩が私の腕を掴み訴えている。
私は静かに瞳を開けて辺りを見回す。
周りには我先にと逃げ惑う人々と、見た事もない大きな結晶。形は宝石のクラスターに似ている。
これが何かは正直分からないが、アレと共に発生した物ならば起死回生の手立てになるかもしれない。
そう思った私は、一か八かその結晶に触れてみる。
もしも、アレを倒せる何かならば⋯⋯どうか私に力を貸して欲しいと思いながら。
その刹那、眩い光が結晶から放たれそれが収束すると一振りの刀となって私の手におさまっていた。
少しだけ抜いてみると、先程触れていた結晶の様な―――けれども鋭く研ぎ澄まされた刀身が露わになる。
これならば、いけるかもしれない。
『⋯⋯必ず守ると誓う。だから此処にいて、私からあまり離れないようにしてほしい。出来る?』
先輩! と、何度も私を呼び続ける後輩に私はそう言う。
真剣に彼女から目を逸らすことなく。
私の言葉に彼女は戸惑いはしたものの、恐怖に震えそうになりながら小さく頷いてくれた。
それを見て私も頷き、“獲物”に向き直ると瞳を閉じて呼吸を整える。
まだ知らない君よ。あなたに出来ぬのなら、出来る私が守ろう。
だからどうか、この危機を生き抜いて欲しい。
そんな願いを込めて、この一刀に全てをかける。
左手には先程の刀を、右手はいつでも抜けるように添え。
獲物の近付く音を頼りに、周りの雑音を少しでも多く排除する。
そして―――目の前に来たその一瞬を逃さず。
私はその獣を切り捨てた。
その子との邂逅は鮮烈だった。
最初に見たのは大きく見開かれた瞳。その直後に、眩いばかりの笑顔で迎えられたのを覚えている。
何よりも私という嫌忌すべきモノを己の意思で呼び出したとその子は言った。
そして―――
『お友達になって下さい!』
願いを問うた私に、花の様な笑顔でそう言った。
彼女は葎(むぐら)と名乗った。大きな瞳の快活な少女で、現世に残る私の話が好きでたまたま古本屋で売っていた本に呼び出し方が書いてあったから試したらしい。
とても危機感のない子だと思ったが、結果として変なモノではなくちゃんと私を呼び出しているので黙っていた。
それから私は彼女の隣に立ち、共に日常を過ごしていく。
朝起きて挨拶を交わし、彼女は身支度を整えると私の伸びっぱなしの髪を整え結き。
朝食を準備して食べ学校へ向かう。友人は居るようだがあまり関係を持ちたくないように見えた。私の時はもっと積極的だった為、少し違和感を覚える。
それでも、彼女は私と話す時は基本的に笑顔を絶やさず幸せそうだった。
そんな毎日がこれからも続くのかと思っていた。
問題が起き始めたのは7日目の夜。父親が帰ってきた時。
酔った父と遭遇した彼女は難癖を付けられ、挙句暴力を振るわれたのだ。
咄嗟に庇ってしまったのがいけなかった。
私は彼女と過ごす内に、自身が嫌忌される存在である事を忘れていたのだ。
父親は顔面蒼白になりながら家を出た。その後に沢山の人と宮司や僧を連れて戻り、私を見た人々が騒然となり葎に詰め寄る。
なぜマガツガミがいるのか。お前が呼び出したのか。
なんて罰当たりな。災いが起こるぞ。
その他にも言っていた気がするが覚えているのはそのくらいで、皆一様に私に対しての嫌忌をあらわにしている。
『勝手に決めつけないで! 私がどんなに辛くて助けを求めても、貴方達は誰一人助けてくれなかった! どんなに痣だらけになっても知らないフリしてたくせに、偉そうに言わないで! カイエンは助けてくれた。災いだって起こってない。私にとっての災いは貴方達の方だ!』
そう言った彼女に彼等は手遅れだと言い放ち、魅入られているだの何だのと言っていた。
それを尻目に彼女は私にこう言った。
『本当はあの時、私は殺してもらう予定だったんだ。この人達と一緒にいるのが嫌で、でも⋯⋯直前で怖くなって咄嗟にあんな事を言ってしまったの。
でも、今は貴方と友達になれて良かったって思うよ。
誰よりも優しい神様、お願い。どうかこの魂を貴女のムクロにしてください』
とても安らかな笑顔で私を見つめる彼女に、今まで感じていた違和感の正体を知る。
ならば、友として⋯⋯私は彼女の魂をもらう事にした。
どうせ、このまま此処に居ても苦しむだけならば私と共に生きて欲しい。話し相手にくらいはなれるから、お前の気が済むまで付き合おうと。
そうして帰った深淵の中。
泥で作った身体に彼女の魂を入れたムクロは、全ての記憶を無くして私のそばに。
幾百の時を共に過ごすも虚ろなまま、あの日の笑顔は拝めなかった。
願わくば、この長い年月の中でいつかあの日の様に笑ってくれる事を。
“日陰者のアイウタ”
どうしてだろう? 時々胸が苦しくなるのは。
思い出さなければいけない事があるのに、それが何か分からない。
ただ―――それは私にとってとても大切なモノだった事だけ覚えていた。
それは一生に一度の晴れ舞台。
空は綺麗に晴れ渡り、雲一つない快晴の日だった。
私が扉をノックすると彼女から返事があり入室する。
彼女は綺麗なドレスを身に纏い、髪も綺麗に纏められて、綺麗なメイクも施されていた。
ずっと隣で見てきたけれど、今までで一番綺麗だと思ってしまった。
『来てくれたの? ここまで来るの大変だったでしょう。』
でも嬉しいと、私を労いながらも嬉しそうにはにかむ彼女に、私もつられて笑ってしまう。
『今日は招待してくれてありがとう。もう、用意してしまってるかもしれないんだけど⋯⋯これを受け取ってほしいの』
そう言って差し出した物を見て、彼女は目を見開いてそれを手に取った。
『⋯⋯覚えててくれたの? とても綺麗に編み込めてる。こんなに素敵な物、作るの大変だったでしょう? 私がもらってしまって良いの?』
そう問いかけてくる彼女に私は頷く。
『貴女にもらってほしいの。今日のお祝いに貴女のためだけに作った物だから』
そう言った私に彼女は嬉しそうに笑うと、ありがとうと言ってくれた。
『本番! 楽しみにしててね!』
そう笑いながら彼女はそれを丁寧に机の上に置いた。それを見届けて、少しだけ話をしていたら時間になったので退室する。
今日という日を祝うために他の参列者と共に、別の場所へと移動するのだ。
そうして最後尾に付くと少し待たされたけど、程なくして始まった。
白を身に纏った男女の入場。壇上には神父の姿があり、その後ろには大きな十字架。
ステンドグラスが光りに照らされて、美しく輝いている。
神父の前で互いに愛を誓い合うその女性の頭には、先程渡した花の帽子。
ピンクのバラ、カスミソウ、ガーベラ、トルコギキョウ、ミモザ、スイートピー、ホワイトスター、アリウム・コワニー、ストックで帽子本体とツバの部分を編み込み。カーネーションとアルストロメリアのアクセントを加えて、斜め後ろの方にコチョウランでヴェールの様相を表現している。
彼女の地域のみに伝わる古い風習を、楽しげに語っていた彼女に―――私から最初で最後の祝福(おくりもの)を。
沢山の意味と祝福を込めて編み上げた花帽子を被り、今、新たに人生を歩もうとする彼女に呟く。
『おめでとう愛し子。この門出に精霊(われら)の祝福とさよならを』
それは一生に一度の晴れ舞台。
空は綺麗に晴れ渡り、雲一つない快晴の日だった。
初めて出来た人の友人。優しい貴女の瞳に、私が映ることはもうないでしょう。
それでも、私は貴女の幸せを願っているから。
暇な時にでも、思い出してね。