「眠りにつく前に」
※二次創作。天と陸
体調不良表現あり
「ありがとうございました!」
「ありがとう!」
「さんきゅーな!また会おうぜ」
眩いスポットライトを浴びながら息を整える。今日はTRIGGERの新曲ライブ。天は観客の歓声に目を細め、舞台裏に降り立った。
と同時に天の膝は力が抜けたようにゆっくりと膝に着く。先ほどまで目立たなかったはずの汗が一気に吹き出る。
まだ、待って……
必死に体に言い聞かせるも熱くなった体は、まるでマリオネットみたいに自由が効かなくなっていた。
「……天?」
「ふーっ……ふーっ……がっ、りゅっ……」
不思議に振り返った二人の顔は悲痛な叫びと共に歪んでゆく。
「熱い……熱か」
「はーっ……はーっ……ごめ、なさ」
「大丈夫。謝らないで。楽、俺は姉鷺さんに知らせてくる。天をお願い」
「ああ」
去っていく龍之介の背を最後に天の意識は楽の腕の中で途切れた――
意識が落ちる直前、陸の名を呼んでいた事を楽は聞き逃さなかった。
☆☆☆☆☆☆
「……ん」
どれほど時間が経っていただろうか。天は重い瞼をゆっくり開けた。
「あ!起きた」
「……え?」
ここはTRIGGERの楽屋。なのに本来ならばいるはずのない声が聞こえ天は思わず声を出した。そう。すぐ隣にはマスク姿の七瀬陸がいたのだ。
「八乙女さんに天にぃが倒れたって聞いて……。あ!八乙女さんたちに教えてあげなきゃ」
「待っ、て」
スマホを手に立ち上がろうとした陸の腕を天は無意識に掴んでいた。
普段なら誰かに見られる恐れ、熱がうつる恐れから陸に冷たい声を浴びせていただろう。
今は……今だけは……
不思議そうに、心配そうに己を見つめる陸を見上げた。
「い、かな、いで」
「……うん。どこにも行かないよ」
何故だが。幼い頃の陸と姿が重なって見えた。
その言葉に安堵したようにするりと掴んでいた手は離れてゆく。
「あのね。八乙女さんからラビチャ来てたよ。もう少し寝ててもいいって」
「そう……」
「眠れない?」
天は頭を縦に振った。まだ体は重く熱い。息も少ししずらい。なのに目を閉じても寝てはくれなかった。
「……陸。陸の、歌、聞きたい」
「いいよ。そうだなあ……。小さい頃、オレが天にぃに歌った歌にしようかな」
その歌のことは天もよく覚えている。陸が悪魔にさらわれるという夢を見、隣で寝ている陸を起こした。その時に陸が寝れなくなった天に歌を送ったのだ。いつもの恩返しとして――
「覚えてるよ……。あれ以来、時々、ボクが眠りにつく前に、歌って、くれた、よね」
「うん。天にぃに必要とされた事が嬉しかったからね」
その回数は片手で数えられるほどだけれど――
陸は息を吸い歌を紡いだ。心地よいメロディが、歌声が、天の耳に届き自然と目は閉ざされてゆく。
歌い終えて陸が天に目を向けると、規則正しい寝息を立て眠りに落ちていた。陸は立ち上がり天の額に触れる。
「ゆっくりおやすみ……天にぃ」
そう呟くと楽屋を後にした。
暑くて大好きなはちみつ入りホットミルクが少し億劫だった季節が過ぎ去って行った頃。夜空は少しばかり早くに黒く染まり、昼間は風が心地よい。
そんな秋晴れの日――
午後は休みだった陸はホットミルクを片手に本を読んでいた。しかし手にしていた物語も後半に差し掛かった時だ。窓からかかる暖かな陽射しに攫われて陸の意識は遠のいていった。
「ただいま帰りま……」
「たでーま……んん!」
学校から帰宅した一織はリビングにいる一人の男を見て、手を環の口を慌てて当てる。
「しっ……。七瀬さんが寝ています」
訴えるようにして環は何度も首を縦に強く振ると、ようやくその手はゆっくりと離れる。
「おー……マジだ。りっくん、寝てる……」
「だから言ったでしょう。ほら、手を洗って部屋へ行ってください」
「へーへー。あ。そーだ。お菓子持ってきてくんね?」
「分かりました」
一織が再びリビングへ足を踏み入れようとした時、環が首だけ動かし一織の背に声を投げる。
「……寝込み襲っちゃえば?」
ニヤリ。そんな効果音が似合う笑みを浮かべた後、一織の返事も待たずに去っていく。
「……そんな事、しませんよ……」
頭に、一瞬、過ぎった思考を横に振り払った。
☆☆☆
「……よく眠る人だな……」
気持ち良さげに眠る陸に静かに微笑む。近くにはホットミルク。膝の上には、読みかけの本が開いた状態で乗っている。
どんな本を読んでいるのだろうか。
半端好奇心でその本に目を向けた時だ。偶然目に映った二文字に先の環の言葉が蘇る。
寝込み、襲っちゃえば――
一織はゴクリと生唾を飲み込んで陸を見つめる。これは襲おうとしたのではない。ただ、規則正しい寝息を立て無防備に眠っている陸につい魔が差したのだ。
自分の心音だけを聞きながら陸の頬に触れる。起きる気配が見られないことをいいことに、ゆっくり顔を近づける。互いの唇が重なり合おうとしたその瞬間、目を開いた陸と目が合う。
「な、な、なせさ」
体温が一気に顔全体まで巡り、勢いよく手が離れる。そうしてゆっくり後退りした……。はずだった。
一織は腕を掴まれ身動きが取れなかった。陸の赤い瞳が一織を捉え、目を離せない。
「ねえ。今何しようとしてたの?」
「あ、う……ちが……」
「一織」
「寝、ている、七瀬さんに、キ、キスを……」
「寝込み襲おうとしたの?」
陸は一度言葉を切ってから、口角を吊り上げた。
「……悪い子」
「っ……」
七瀬陸の、その笑みに、一織の背筋にゾクリと電流が走った。
「ねえ。キスしないの?」
「で、ですが……ッ」
そこで視線を扉へ向ける。自然と陸も後を追うように目線を上げる。
そろそろ誰かが入ってくるかも――
そんな予感が一織の頭を巡らせる。
「あぁ……。早くしないと誰か来るかもしれないね?」
ゴクリと唾を飲むと同時に解ける手。一織は膝を折って再び陸の頬に触れる。
先程とは違う感情の心音が耳をこだまする。
「あ、あの……目、閉じて」
「しょうがないなぁ……」
陸は恥ずかしそうにお願いをする自分の彼氏に自然と口元が緩み、軽く目を閉じる。一織はグッと口を結ぶと意を決して顔を近づける。
「ん」
ふにっと柔らかい唇が触れ、ゆっくり離れていく。
「よくできました」
「えっ?」
身体を起こした陸は離れていく一織の頭を掴み、驚きで開いた唇を塞いだ。
「んっ……?!」
舌が入るわけでもなく、ただただ唇を重ねているだけ。なのに、脳が朧気になってゆく。
「んんっ……ん…ぅ゛…」
息苦しさに陸の肩をトントン叩くと、重なっていた唇が名残惜しそうに離れる。一織は腰が抜けたように床にしりをついた。
「はっ……はっ……」
「息継ぎほんと下手だね、おまえ」
「や、やかましいです」
一織は頬を赤く染めたまま陸を軽く睨む。そこで環が自分を呼ぶ声が聞こえた。
「よ、四葉さんと課題をやる約束をしているので、失礼します」
近くにあったお菓子を手に一織はリビングから去って行った。
扉を閉め一織は触れていた唇に触れる。
課題に集中出来ないじゃないですか……バカ……
りくいお(二次創作)
秋晴れ
涙の理由より和泉兄弟
(二次創作物)
夕飯の支度をしているとリビングでテレビを見ている陸と一織の会話が耳に届いてくる。
「一織ってなんだかんだ優しいよね」
「なんだかんだってなんですか」
「この間だってさ――」
そんな会話を聞きながら三月は少し昔に思いを馳せた。
☆☆☆
あれは三月がまだ小学六年生だった頃――
その日、三月は委員会のため、二年生の一織と一緒に帰ることが出来なかった。起きてきた一織にそのことを伝えると、寂しそうな顔で首を縦に動かしたのを今も覚えている。
「ただいま!母さん!一織〜!」
玄関を開けて明るい声を出した三月に反し、母は少し困った顔をしてリビングから顔を出した。
「おかえり、三月……。その、一織が、ね」
「一織?」
頭の中で首を傾げながら三月はランドセルを置くと辺りを見回す。するとカーテンの隅で丸くなっている小さな背中が目に止まった。耳を澄ますと小さく泣き声が届く。
「帰って来てからずっとこの調子で。なにを聞いても答えたくないのか、首を横に振るばかりなの」
「そっか。母さん。俺が聞いてみる」
店に戻った母を見送った後、一織の背中にそっと手を当て声をかける。
「一織。母さん心配してたぞ。何があったか兄ちゃんにも話せないか?」
すると一織はむくりと体を起こして、真っ赤にした目で三月を見つめた。
「いおりが口に出しても、兄さんは泣きませんか?」
「うん?俺が、泣く?」
もう一度、涙の理由を問いかければ、一織は目に溢れた涙を一筋頬に流して訥々と話し出した。
どうやら帰り道で三月のクラスメイトが話す三月の悪口を聞いてしまったらしい。自分の兄はそんなんじゃないと否定しようとしたものの、【六年生】という圧に負け何も言えなかったと。その事が悔しくてずっと涙が止まらないと。
(ああ……)
三月は心の中で声を漏らす。この子の涙はこんなにも優しいのか。
「一織」
三月は腕をのばして一織の身体を抱き締めた。一織の温かさに堪えきれなかった一筋の涙が頬を伝った。
「……ありがとう」
☆☆☆
「三月もこの時の一織、優しいと思うよね!?」
くるりと振り注ぐ陸の声によって三月は現在へと戻ってくる。
「ちょっ、兄さんを巻き込まないでください」
ガタッと慌てて立ち上がり陸の向けるスマホ画面を見えないように奮闘する一織。
「そうだな……。一織は小さい時から変わらず優しいぞ」
耳まで赤くした顔を逸らす一織を三月は目を細めて口元を緩めた。
力を込めて
【Dear Butterfly】
デパートから流れる歌に自然と耳を傾ける。この歌は壮五にとっても思いれのある曲の一つだ。
好きなものを好きだよって――
自分と同じく好きなものに躊躇っている人に届いてほしい。そう思いながら歌った歌。
ふと下から強い視線を感じて壮五が視線を下ろしていくと中学生ぐらいの少女が目に映る。
胸もとに大きな紫のリボンの着いたレース柄のワンピースを身に纏うその少女はこちらを見つめたまま言葉を発さない。
「えっと……迷子……なのかな?」
壮五も壮五で少し戸惑いつつも、膝を折って目線を合わせて話しかける。 少女は緊張のせいか両手を握り目を伏せて首を横に振った。
どうやら意図してこちらに来たらしい。
「あ、あの……」
「うん?」
少女は握る手に力を込めて今度ははっきりと壮五を見る。
――え?喉仏……?
「ぼ、ぼくは、MEZZOの歌の、おかげで、どうどうとこの格好をすると決めました」
そう言って少女――否少年はショルダーバッグを漁り可愛らしいうさぎのぬいぐるみを取りだした。
「小さい頃から可愛いのが好きで、でもお母さんから男の子はダメって言われて……友達も嫌な顔をするし」
そこで少年は笑みを浮かべ、思い出すように言葉を紡ぐ。
「偶然、街でDear Butterflyを聞いて、好きだって言っていいんだって背中押されたんだ」
遠くで父親らしき人が少年を呼ぶ声がする。少年は後ろを振り向いてからもう一度壮五を見る。
「だから……ありがとう。ずっと言いたかった」
壮五の瞳が揺れ動く。そうしてすぐに浮かんだのは相方の顔。
何故今隣に彼はいないのだろう。直接聞かせてあげたい。
去っていく幼きファンに手を振りながらそんな事を思った。
束の間の休息
静寂の中、教室からはシャーペンの走る音だけが鳴り響く。机に顔を伏せて寝息を立てている者、問題を見直している者……。時計の秒針を刻む音がやけに煩い。
「……そこまで!」
そう聞こえた声により時が止まったかのように音が鳴り止んだ。試験監督の合図に一斉にテスト用紙が回収されていく。
「……んーッ」
緊張を溶かすように小さく伸びをした和泉一織は同じメンバーへ視線を向ける。視線を感じた環はにこやかに手を振り親指を立てた。
「……上出来です」
安堵の息を吐くと小さく笑みを浮かべた。
☆☆☆
「テスト期間しゅーりょー!」
ホームルームが終わると同時に環と悠が一織の席に集う。
「お疲れ」
「お疲れ様です、亥清さん、四葉さん」
そうして三人は上に掲げた片手をそっと重ねた。
「ねえ。この後仕事?」
「いえ。私も四葉さんも今日は休みです」
「どしたん?」
悠は鞄を探るとある一枚のチラシを机に置く。そこにはカラフルな文字で【でかすぎてぴえん!巨大フルーツパフェ!】と。
「でけ〜」
環は写真からでもわかる大きさに思わず声が漏れた。
「たまたま駅で見つけたんだけど」
「アイドルが食べる量超えてますよ、これ」
そこで三人はZOOLの棗巳波が頭によぎったが考えない事とした。
「やっぱ?テスト明けだし、息抜きにいいかなって思ったんだけどなー」
「いおりん的はどうなん?」
「……仕事に支障が出たり兄さんのご飯が食べられなくなったりしたら流石にやばいです」
「オレだってそーちゃんに何されっかわかんねーし」
「逢坂さんなら、もう、環くん。しょうがないなぁ……って終わるんじゃない?」
それを聞いて一織と環は揃って首を横に振る。
「いやまじでそーちゃん怖ぇから。スクリュードライバーと友達だから」
「は?」
「……まあ」
一織はチラシを眺めてぽつりと呟く。環と悠は一織を見つめ次の言葉を待つ。
「たまには、いいんじゃないですか。三人で一つ食べれば案外余裕かもしれませんし」
「いおりんも食べたかったんだな」
「つ、つ、疲れた時は甘いものって言いいますし」
一織はチラシの端をくしゃりとし目線を下げて白々しく早口に話す。
「で?行くの?行かないの?」
悠の問いに一織はカバンを提げて「行きます」と席を立ち上がった。
ほら束の間の休息のはじまりだ――
二次創作物です。昨日の分と合わせて
お題「星座」
間に合わなかつたため。
二次創作物
「はっ……」
悴んだ(かじかんだ)手を暖めるように息を吐くと壮五の目の前は白く染まった。只今の時刻は二十一時。この季節ともなると既に辺りは真っ暗だ。ふと何気なく空を見上げると無数の星が煌めいていた。
「……あれは……北斗七星……おおぐま座の、一部……」
環に教えてもらった星座の名前。冬間は特にはっきり見えるそう。空に指を伸ばしてまっすぐ線をつないでいく。
「……この真ん中から、五つ先の星は……」
「北極星」
後ろから声がひとつ重なった。その声に壮五がバッと振り返れば笑顔を浮かべる環が目に映る。
「そーちゃん、見っけ」
「環く……わっ…っ…!」
壮五が駆け寄るが先に壮五の頬がじんわりと熱が灯る。環が手袋をした手で頬を包み込んだのだ。
「そーちゃんの顔冷めて〜」
「たま、き、くん、どうして、こ、こに」
「ん〜?万ちゃんからここで仕事だって聞いて。そーちゃん、朝マフラーとか忘れてったろ」
そう言われて壮五は朝のことを思い出した。作曲にのめり込むあまり、ついコートだけで来てしまったのだ。
「正直とても寒かったから……助かり、ます」
そこで環は自分のかけているマフラーを外して壮五に巻き付けた。そうして手袋のした手で壮五の片方を掴み指を絡める。
「あったかい?」
「……うん、あったかい」
マフラーのおかげで首元が暖かい他に環が来たから更に身も心も暖かくなったというものも感じられた。繋いだ手からは環の温かな熱が壮五の手に移っていく感覚さえした。
「帰ったら先ずは風呂だな〜」
「……いやだ」
予想外の言葉に環は思わず声を上げる。
「はぁ?!あんたこんな冷え冷えで何言ってんの」
「環くんタイムが先」
「環くんタイムは風呂の後に営業しまーす」
そう言ってのけると隣の男は分かりやすく口を尖らせる。
【環くんタイム】――ある寒い日の夜。毛布にくるまった壮五がソファに座る環に背を預けたことが始まりの甘やかしタイム。環も環で壮五を抱きしめることで疲れを飛ばしていた。時々温かいコーヒーとカフェオレを添えて。しかしこの数分後、壮五は寝てしまうことが多かった。
ふと環は仕事が昼からだと思い出し壮五にある提案をする。
「じゃあ風呂は明日の朝にする?」
「する」
「ん」
そんな会話から数分後、【四葉環、逢坂壮五】と書かれた表札の家にたどり着いた。
「おまたせ。はい、そーちゃん」
「ありがとう」
小さな湯気を立たせた珈琲を受け取り口に運んだ。珈琲が冷えた身体の内側に染み渡っていく感覚に陥った。環も一口飲んで身体を温める。そうして環は自身の太ももをトントン叩いた。
「お、じゃま、します」
「ん」
環の太ももにちょこんと腰を下ろしたと同時に壮五の身体は環によって包み込まれる。
「んっ……あったかい……環くん……」
抱きしめられたその大きな腕をギュッと抱き締め返した。
「今日もお疲れ様な」
「環くん……も……ね」
次第にうつらうつらと瞼が微睡んでいく。
「寝ていーよ」
「いや、だ、たまきく、んと、まだ、おはなし……」
そこで言葉は途切れ聞こえるのは規則正しい寝息。
「……おやすみ」
環は頬に口付けを落とすと毛布こと壮五を連れてリビングを後にした。