ウサギ

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力を込めて

【Dear Butterfly】
 デパートから流れる歌に自然と耳を傾ける。この歌は壮五にとっても思いれのある曲の一つだ。
 好きなものを好きだよって――
 自分と同じく好きなものに躊躇っている人に届いてほしい。そう思いながら歌った歌。
 ふと下から強い視線を感じて壮五が視線を下ろしていくと中学生ぐらいの少女が目に映る。
 胸もとに大きな紫のリボンの着いたレース柄のワンピースを身に纏うその少女はこちらを見つめたまま言葉を発さない。
「えっと……迷子……なのかな?」
 壮五も壮五で少し戸惑いつつも、膝を折って目線を合わせて話しかける。 少女は緊張のせいか両手を握り目を伏せて首を横に振った。
 どうやら意図してこちらに来たらしい。
「あ、あの……」
「うん?」
 少女は握る手に力を込めて今度ははっきりと壮五を見る。
 ――え?喉仏……?
「ぼ、ぼくは、MEZZOの歌の、おかげで、どうどうとこの格好をすると決めました」
 そう言って少女――否少年はショルダーバッグを漁り可愛らしいうさぎのぬいぐるみを取りだした。
「小さい頃から可愛いのが好きで、でもお母さんから男の子はダメって言われて……友達も嫌な顔をするし」
 そこで少年は笑みを浮かべ、思い出すように言葉を紡ぐ。
「偶然、街でDear Butterflyを聞いて、好きだって言っていいんだって背中押されたんだ」
 遠くで父親らしき人が少年を呼ぶ声がする。少年は後ろを振り向いてからもう一度壮五を見る。
「だから……ありがとう。ずっと言いたかった」
 壮五の瞳が揺れ動く。そうしてすぐに浮かんだのは相方の顔。
 何故今隣に彼はいないのだろう。直接聞かせてあげたい。
 去っていく幼きファンに手を振りながらそんな事を思った。

束の間の休息

 静寂の中、教室からはシャーペンの走る音だけが鳴り響く。机に顔を伏せて寝息を立てている者、問題を見直している者……。時計の秒針を刻む音がやけに煩い。
「……そこまで!」
 そう聞こえた声により時が止まったかのように音が鳴り止んだ。試験監督の合図に一斉にテスト用紙が回収されていく。
「……んーッ」
 緊張を溶かすように小さく伸びをした和泉一織は同じメンバーへ視線を向ける。視線を感じた環はにこやかに手を振り親指を立てた。
「……上出来です」
 安堵の息を吐くと小さく笑みを浮かべた。

     ☆☆☆

「テスト期間しゅーりょー!」
 ホームルームが終わると同時に環と悠が一織の席に集う。
「お疲れ」
「お疲れ様です、亥清さん、四葉さん」
 そうして三人は上に掲げた片手をそっと重ねた。
「ねえ。この後仕事?」
「いえ。私も四葉さんも今日は休みです」
「どしたん?」
 悠は鞄を探るとある一枚のチラシを机に置く。そこにはカラフルな文字で【でかすぎてぴえん!巨大フルーツパフェ!】と。
「でけ〜」
 環は写真からでもわかる大きさに思わず声が漏れた。
「たまたま駅で見つけたんだけど」
「アイドルが食べる量超えてますよ、これ」
 そこで三人はZOOLの棗巳波が頭によぎったが考えない事とした。
「やっぱ?テスト明けだし、息抜きにいいかなって思ったんだけどなー」
「いおりん的はどうなん?」
「……仕事に支障が出たり兄さんのご飯が食べられなくなったりしたら流石にやばいです」
「オレだってそーちゃんに何されっかわかんねーし」
「逢坂さんなら、もう、環くん。しょうがないなぁ……って終わるんじゃない?」
 それを聞いて一織と環は揃って首を横に振る。
「いやまじでそーちゃん怖ぇから。スクリュードライバーと友達だから」
「は?」
「……まあ」
 一織はチラシを眺めてぽつりと呟く。環と悠は一織を見つめ次の言葉を待つ。
「たまには、いいんじゃないですか。三人で一つ食べれば案外余裕かもしれませんし」
「いおりんも食べたかったんだな」
「つ、つ、疲れた時は甘いものって言いいますし」
 一織はチラシの端をくしゃりとし目線を下げて白々しく早口に話す。
「で?行くの?行かないの?」
 悠の問いに一織はカバンを提げて「行きます」と席を立ち上がった。
 ほら束の間の休息のはじまりだ――

二次創作物です。昨日の分と合わせて

10/9/2024, 8:11:30 AM