涙の理由より和泉兄弟
(二次創作物)
夕飯の支度をしているとリビングでテレビを見ている陸と一織の会話が耳に届いてくる。
「一織ってなんだかんだ優しいよね」
「なんだかんだってなんですか」
「この間だってさ――」
そんな会話を聞きながら三月は少し昔に思いを馳せた。
☆☆☆
あれは三月がまだ小学六年生だった頃――
その日、三月は委員会のため、二年生の一織と一緒に帰ることが出来なかった。起きてきた一織にそのことを伝えると、寂しそうな顔で首を縦に動かしたのを今も覚えている。
「ただいま!母さん!一織〜!」
玄関を開けて明るい声を出した三月に反し、母は少し困った顔をしてリビングから顔を出した。
「おかえり、三月……。その、一織が、ね」
「一織?」
頭の中で首を傾げながら三月はランドセルを置くと辺りを見回す。するとカーテンの隅で丸くなっている小さな背中が目に止まった。耳を澄ますと小さく泣き声が届く。
「帰って来てからずっとこの調子で。なにを聞いても答えたくないのか、首を横に振るばかりなの」
「そっか。母さん。俺が聞いてみる」
店に戻った母を見送った後、一織の背中にそっと手を当て声をかける。
「一織。母さん心配してたぞ。何があったか兄ちゃんにも話せないか?」
すると一織はむくりと体を起こして、真っ赤にした目で三月を見つめた。
「いおりが口に出しても、兄さんは泣きませんか?」
「うん?俺が、泣く?」
もう一度、涙の理由を問いかければ、一織は目に溢れた涙を一筋頬に流して訥々と話し出した。
どうやら帰り道で三月のクラスメイトが話す三月の悪口を聞いてしまったらしい。自分の兄はそんなんじゃないと否定しようとしたものの、【六年生】という圧に負け何も言えなかったと。その事が悔しくてずっと涙が止まらないと。
(ああ……)
三月は心の中で声を漏らす。この子の涙はこんなにも優しいのか。
「一織」
三月は腕をのばして一織の身体を抱き締めた。一織の温かさに堪えきれなかった一筋の涙が頬を伝った。
「……ありがとう」
☆☆☆
「三月もこの時の一織、優しいと思うよね!?」
くるりと振り注ぐ陸の声によって三月は現在へと戻ってくる。
「ちょっ、兄さんを巻き込まないでください」
ガタッと慌てて立ち上がり陸の向けるスマホ画面を見えないように奮闘する一織。
「そうだな……。一織は小さい時から変わらず優しいぞ」
耳まで赤くした顔を逸らす一織を三月は目を細めて口元を緩めた。
10/11/2024, 12:46:42 PM