暑くて大好きなはちみつ入りホットミルクが少し億劫だった季節が過ぎ去って行った頃。夜空は少しばかり早くに黒く染まり、昼間は風が心地よい。
そんな秋晴れの日――
午後は休みだった陸はホットミルクを片手に本を読んでいた。しかし手にしていた物語も後半に差し掛かった時だ。窓からかかる暖かな陽射しに攫われて陸の意識は遠のいていった。
「ただいま帰りま……」
「たでーま……んん!」
学校から帰宅した一織はリビングにいる一人の男を見て、手を環の口を慌てて当てる。
「しっ……。七瀬さんが寝ています」
訴えるようにして環は何度も首を縦に強く振ると、ようやくその手はゆっくりと離れる。
「おー……マジだ。りっくん、寝てる……」
「だから言ったでしょう。ほら、手を洗って部屋へ行ってください」
「へーへー。あ。そーだ。お菓子持ってきてくんね?」
「分かりました」
一織が再びリビングへ足を踏み入れようとした時、環が首だけ動かし一織の背に声を投げる。
「……寝込み襲っちゃえば?」
ニヤリ。そんな効果音が似合う笑みを浮かべた後、一織の返事も待たずに去っていく。
「……そんな事、しませんよ……」
頭に、一瞬、過ぎった思考を横に振り払った。
☆☆☆
「……よく眠る人だな……」
気持ち良さげに眠る陸に静かに微笑む。近くにはホットミルク。膝の上には、読みかけの本が開いた状態で乗っている。
どんな本を読んでいるのだろうか。
半端好奇心でその本に目を向けた時だ。偶然目に映った二文字に先の環の言葉が蘇る。
寝込み、襲っちゃえば――
一織はゴクリと生唾を飲み込んで陸を見つめる。これは襲おうとしたのではない。ただ、規則正しい寝息を立て無防備に眠っている陸につい魔が差したのだ。
自分の心音だけを聞きながら陸の頬に触れる。起きる気配が見られないことをいいことに、ゆっくり顔を近づける。互いの唇が重なり合おうとしたその瞬間、目を開いた陸と目が合う。
「な、な、なせさ」
体温が一気に顔全体まで巡り、勢いよく手が離れる。そうしてゆっくり後退りした……。はずだった。
一織は腕を掴まれ身動きが取れなかった。陸の赤い瞳が一織を捉え、目を離せない。
「ねえ。今何しようとしてたの?」
「あ、う……ちが……」
「一織」
「寝、ている、七瀬さんに、キ、キスを……」
「寝込み襲おうとしたの?」
陸は一度言葉を切ってから、口角を吊り上げた。
「……悪い子」
「っ……」
七瀬陸の、その笑みに、一織の背筋にゾクリと電流が走った。
「ねえ。キスしないの?」
「で、ですが……ッ」
そこで視線を扉へ向ける。自然と陸も後を追うように目線を上げる。
そろそろ誰かが入ってくるかも――
そんな予感が一織の頭を巡らせる。
「あぁ……。早くしないと誰か来るかもしれないね?」
ゴクリと唾を飲むと同時に解ける手。一織は膝を折って再び陸の頬に触れる。
先程とは違う感情の心音が耳をこだまする。
「あ、あの……目、閉じて」
「しょうがないなぁ……」
陸は恥ずかしそうにお願いをする自分の彼氏に自然と口元が緩み、軽く目を閉じる。一織はグッと口を結ぶと意を決して顔を近づける。
「ん」
ふにっと柔らかい唇が触れ、ゆっくり離れていく。
「よくできました」
「えっ?」
身体を起こした陸は離れていく一織の頭を掴み、驚きで開いた唇を塞いだ。
「んっ……?!」
舌が入るわけでもなく、ただただ唇を重ねているだけ。なのに、脳が朧気になってゆく。
「んんっ……ん…ぅ゛…」
息苦しさに陸の肩をトントン叩くと、重なっていた唇が名残惜しそうに離れる。一織は腰が抜けたように床にしりをついた。
「はっ……はっ……」
「息継ぎほんと下手だね、おまえ」
「や、やかましいです」
一織は頬を赤く染めたまま陸を軽く睨む。そこで環が自分を呼ぶ声が聞こえた。
「よ、四葉さんと課題をやる約束をしているので、失礼します」
近くにあったお菓子を手に一織はリビングから去って行った。
扉を閉め一織は触れていた唇に触れる。
課題に集中出来ないじゃないですか……バカ……
りくいお(二次創作)
秋晴れ
10/20/2024, 3:39:31 AM