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2/6/2024, 7:57:06 PM


声(テーマ 時計の針)

 2020年代に生きるユウキという若者がいた。
 ユウキは21歳で、大学において、大学院に進もうか、社会に出て働こうか、迷っていた。

 迷ったまま、年末年始と時期をずらして実家に帰省した。2月のことた。

 実家の仏壇に線香を上げ、7年前の震災で亡くなった祖父の遺影を拝む。

(大学院に行っても、昨今はそれに見合った就職先があるわけでもない。さっさと働きに出た方がいいかもしれない。ただ、もっと大学で研究もしてみたい。)

 祖父は、かつて大学で教鞭を取り、研究もしていたので、相談してみたかった。
 研究室で崩れた建物の下敷きになってしまった祖父。大学の建物は古く、耐震化していなかった研究棟は脆くも崩れ、地震が夜間であったこともあって救助が遅れ、瓦礫から遺体が発見されたのは、実に震災から1週間後であった。

(じいちゃん。俺、どうしたらいいかな。)

 しかし、仏壇に手を合わせても、自分の頭が少し整理されるだけで、当然、亡くなった祖父と話ができるわけでもない。
 なにかインスピレーションが浮かぶわけでも、天の声が聞こえるわけでもない。
 ユウキは近くの神社に、遅い初詣に行くことにした。



 神社はそこそこ長い歴史があり、移転前を合わせると1000年前からあるらしい。
 しかし、移転したものなので、建物自体はそこまで古いわけでもない。

 平日の昼間のため、神社は誰もいなかった。

 無人の境内でガラガラと本坪鈴(ほんつぼすず)を鳴らし、手を合わせる。

「お願いがあります。」

 ボソッと、ユウキは呟いた。内心だけのつもりが、つい口から出てしまったのだ。

(まあいい。どうせ誰もいない。)

 そして、大学進学か、就職か、迷っていることをまた考える。

 答えは出ない。

(帰るか。)

 5分ほど拝んでいたが、埒が明かないので帰ろうと、境内に背を向けたときだった。

『お願いがあるんじゃないの?言わなきゃわかんないんだけど』

 声が、聞こえた。



 リズは、シミュレーション端末のオペレータだ。
 担当するコンピュータを使用した、シミュレータを操作している。

 大量のシミュレータを構築し、少しずつパラメータを変えて並行稼働させ、どのパラメータにしたらもっともいい結果が出るのか観察するのが目的だ。

 シミュレータは、設定した物理法則とパラメータからコンピュータ内部で計算を繰り返し、内部で一つの世界を構築する。

 しかし、リズ自身は操作といっても細かいことをしているわけではなく、上司の指示に従って何百台も稼働しているコンピュータを操作しているだけだ。コンピュータも仮想化しているため、そんなことをしていても、現実のリズの前には端末が1台あるだけだ。

 この仕事を初めて2年になり、退屈していたリズは、つい魔が差す。

 端末に、シミュレータハック用のソフトを入れたのだ。シミュレータはあくまでシミュレータでしかいないので、本来、パラメータに沿った計算を行うだけだ。しかし、このソフトは、リズと同じようにこの仕事に退屈し、しかし技術が有り余っていたプログラマーが作ったフリーソフトで、端末用のマイクでシミュレータ内部と話ができるようにするものであった。

(えっと、対象の時間を現実と同じにするために、一旦計算サービスを停止して、計算のスピードを「現実と同期」に設定してサービスを再稼働させる。)

 リズはマニュアルを見ながらたどたどしくソフトを入れ、シミュレータの設定を変えていく。

「よし、映った。」

 端末内のウィンドウに、単なる数字ではない「映像」が映る。本来コンピュータ内部で計算している粒子を画像として再構築したのだ。時間を現実と同期したので、内部も同じスピードで時間が流れている。
 これで、シミュレータ内に声を届けたり、内部の音を聞いたりできる。

 映像内でシミュレートされた生物が、よくわからない言葉を喋っている。

(おっと。言語の自動翻訳も設定しないと分からないや。)

 翻訳はフリーソフト側で設定があった。選択するだけであっさり理解できる言葉になる。

「おおー。なんだか感動。」

 リズは数日間、ソフトを入れた世界を眺めて暇を潰していた。

 そして、次の段階として、シミュレータ内部の生物に声をかけてみたのだ。

(「神社」という神様の家に来て、お願いしているんだし、他に生物もいないから邪魔も入らないでしょ。)

 「お願いがあります」と言いつつ、声に出さずに帰ろうとした生物――ユウキにマイク越しに声をかけた。

「お願いがあるんじゃないの?言わなきゃわかんないんだけど」



 周りを見回すユウキに、リズは更に声をかける。

「見回してもいないよ。」

『誰?・・・ですか?』

「神様みたいなものかな?」

 単なるオペレータであるリズは、それでも、シミュレータ内部の生き物ユウキに「神」と名乗った。

『え?マジ?』
「マジマジ」

 ユウキが慌てる姿を見て、リズはちょっと楽しくなってきた。

『え、と。お願いを、叶えてもらえるんですか?』
「まあ、今、暇だし。聞くだけ聞いてみようかな、と。」

 ユウキは改まって境内に向き直ると、言った。

『金ください。一生、働かなくてもいいくらいの大金。』
「え?金?」
『そう。お金です。』

 リズはシミュレータの計算を一旦停止した。これでシミュレータ内の時間は止まる。
 その間にリズは考える。

(シミュレータ内部の金。なんだっけ。検索して・・・。紙幣か。結構精密だな。粒子単位でコピーすればいくらでも出せるけど、これ通し番号が付いてるよね。コピーだと全部同じになっちゃうし、一つずつ変えていくなんて無理。粒子単位のシミュレータ改変なんてできないし。)

 リズは停止を解除した。

「お金は無理。札束、出せるけど、全部同じ札だから、君、偽札作った犯罪者になっちゃうよ。」
『え。・・・神様だからなんとかできないんですか?』
「無理。できることとできないことがあるの。」

『じゃあ、永遠の命とか。ずっと若いままでいたいです。そうだよ。神様に頼むならお金よりこっちだ。』

 また一時停止して考えるリズ。

(細胞分裂を繰り返す生き物を永遠に、とかできるのかな?テロメアとかいうのを操作する?この生物の若い頃のDNAデータを昔の世界から拾ってきて今のこの生物の細胞に入れてみる?いや、それ、粒子単位でどうやって操作するの?こっちはプログラマーでもDNA研究者でもない単なるオペレータだし。ムリムリ。)

 リズはひとしきり考え、また解除する。

「それも無理かな。きみの命は限りあるものとして元々作られている。」

 少し偉そうに言ってみる。

『・・・じゃあ、何ならできるんですか?』
「ていうかさ、さっき「お願いがあります」って言ってたじゃん。金とか永遠の命とかお願いしてたわけ?」

 ユウキはハッとした。

『死んだ祖父と話をさせてください。その、大学卒業後の進路相談がしたいので。』



 リズはサービスを停止した。

(死んだ祖父と話。話かぁ。どうしたらできるかな?)

 ソフトをインストールして、同期しているのはこのシミュレータだけだ。もう一つのシミュレータも同期させて、そちらのシミュレータの時間を、ユウキの祖父が生きている時間まで戻して同時再生し、音声をやり取りさせれば会話もできるだろう。
 しかし、元々暇つぶしのために始めたことだ。そこまでやりたくない。

(もういっそ、時間を戻して再計算して、声をかけなかったことにしようかな。)

 一瞬考える。

(いやいや、我ながら、飽きるのが早すぎでしょ。)

 リズは更に考える。

(このシミュレータを一旦この時間アルファで停止して、時間軸をユウキの祖父が死ぬ前ベータに戻す。私が話しかけ、未来の孫の相談に乗って欲しいと言って、話ができるならまた一旦停止し、アルファでユウキの声を端末で録音し、ベータで再生。その後、返事をアルファまでまた戻し、再生。これを繰り返せば、会話できる、かな?)

「よし。やってみましょう。祖父に話しかけて見て。」

『えっと、じいちゃん。聞こえる?ユウキだよ。』



(ベータ時間)

『突然、失礼します。』

 一人で大学の研究室にいたユウキの祖父――総一朗は、その声に驚いて周囲を見回した。

「・・・誰もいない?」
『突然、失礼します。今ちょっとお時間よろしいですか?』

(といっても、あなたはどんなに忙しくても、あと1時間くらい経つと地震で建物の下敷きになるから関係ないんだけどね。)

 リズにとって、ユウキも総一朗もシミュレータ内部の生物であり、現実ではない。特に関心はなかった。

「あなたは誰だ?」
『神様みたいなものです。未来のあなたの孫が、あなたと話をしたいと言っているので、繋いでみようと思うんですが、協力してくれますか?』
「神様?・・・というか、未来の孫?」

『ユウキという名前の人間です。』
「ユウキか!」

 総一朗は懐疑的であったが、イタズラにしては手が込んでいる。孫の話を大学でしたことはない。ユウキの名前が出てくることに驚いていた。

『ユウキさんは大学を卒業後の進路についてあなたと相談したいそうです。』
「・・・神様がなんでそんなことをしているんだ?」
『暇つぶしみたいなものです。』

 呆れた顔をした総一朗は、一瞬後に目をギラつかせた。

「・・・暇つぶしにワシを億万長者にしたり、若返らせたりして見る気はないか?」
『孫と同じことを言わないでください。どっちも無理です。・・・いいですか?』
「このまま電話と同じようにすればいいんじゃろ。構わんよ。」

 リズは、ユウキの音声を再生した。

『えっと、じいちゃん。聞こえる?ユウキだよ。』
「聞こえる。ユウキか、声が少し大人っぽくなったか。今いくつだ?」

(さあ、ここから大変だ。)

 リズは、ユウキと総一朗の会話を成立させるため、会話を録音してはシミュレータの時間軸をアルファとベータに交互に戻しつつ、録音・再生を繰り返した。

*(アルファ時間視点)

「今は21だよ。あと1年で大学を卒業するんだ。」
『おお。こちらではまだ中学生なのにな。もうそんな歳か。』

 神様と言うには威厳も何もないやり取りだったが、死んだ祖父と話ができていることにユウキは涙が出そうになった。

「じいちゃんは、元気?」
『ああ、元気だ。といっても、こんな時間にまだ働かないといかんのだ。大学勤務も楽ではないな。』

(こんな時間?)

 さらに、さっき祖父は「まだ中学生」と言った。つまり、この祖父は死後の祖父ではなく、過去に生きている祖父ということか、とユウキは思った。

 しばらく、雑談した後、本題に入る。

「それで、実は院に進むか、就職するか迷っていて。」
『お前は、どうしたいんだ。ワシが言うのも何だが、どっちも楽ではないぞ。楽ではないんだから、行きたい方、やりたいことをやるべきだ。』
「でも、就職は昔よりずっと厳しくなっていて、院を出ても働く先がないかもしれない。」
『それは、院に行った分を「取り戻せる」高給を貰える就職先がない、ということだろう。そんなところは、昔から少ない。研究なんてのは、だいたい報われないことが多い。そういう生き方だ。ワシはかなりマシな方で、博士号は取ったが、教授にどころか席も貰えずに細々と外部講師を続けている者もいくらでもいる。』
「じゃあ、就職したほうがいいのかな?」
『就職は、やりたい仕事があるのか?』
「いや、給料がそこそこで、ホワイトなところを探すつもり」
『ホワイト?どんな業種だ?』
「あ、ホワイトってのは、勤務時間とかがきっちりしていて、働きやすい場所って意味だよ。」
『働きやすい、か。やりたいこと、ではないか。』
「まあ、そうだね。」
『最初はそれでもいいが、数年すると、実際に「やりたいこと」であるかどうかを悩み始めると思う。ワシもそうだった。ワシは一旦民間で働いて、その後大学に戻ったのだ。結局、自分の人生、やりたいことがやりたい、とね。』

(じいちゃんも転職してたのか。勝手に大学からそのまま博士になったと思っていた。)

 ユウキは、生前に祖父の話をこんなに聞いたことがあっただろうか、と戻らない時間に、少し胸が狭まるような思いがした。

「そっか。結局、やりたいこと、か。」
『ワシはそう思う。人間いつ死ぬかわからんのだ。我慢して後からやりたいことをやろう、と言い聞かせても、明日があるとは限らない。後悔しても何も得ることはないんだ。』

(話ができて、良かった。)

「じいちゃん、ありがとう。もう一回考え直してみるよ。・・・神様にも感謝しないとね。」
『力になれたら良かった。これがどういうものか分からないが、元気でな。お前が大学生になったら今の話もできるのかな?』

「・・・さあ、どうかな。ところでさ、あの。」

『なんだ?』
 ユウキは、つばを飲み込んだ。声が、少し震える。
「こ、今夜さ。実は、月がすごく珍しい光り方をするみたいなんだ。星空がよく見える場所で、外で写真を撮っておくことをおすすめするよ。」

 リズは時間を停止した。



「! やりやがったアイツ!」

 リズは試しに、そこで会話を終了して、そのままシミュレータを再生してみる。

 総一朗はカメラを用意し、防寒着を着て外に出て、星を探している間に震災が起きたのだ。
 元々、震度の大きさの割に人的被害は大きくなかった地震であった。研究等は崩れたが、外に出ていた祖父は尻もちをついただけで済んだ。

 総一朗は死なないことになった。

 そのまま祖父が生きている状態で時間が進むと、高校生になったユウキは、本来行くはずであった大学ではなく、生きて祖父が教鞭を取っている大学へ進学してしまった。
 歴史はあっさりと変わってしまった。

 そうあると、ユウキは帰省も神社へも来ない。
 リズと話をすることもなくなった。

 ただ、ユウキは、総一朗の記憶にいるのみである。

 ユウキの悩みは、ユウキの存在ごと書き換えられたことになる。

 時計の針を無理やり戻し、更に書き換えた結果であった。

 ユウキは祖父と感動の再会はしない。そもそも死別しなかった事になったから。
 それが幸せかどうかは、分からない。

 総一朗はユウキの在学中に定年退職し、ユウキは大学院に進学したが、博士課程途中で総一朗が認知症になり、面倒を見るために休学することになった。
 それでも、もしユウキに以前の記憶があれば、「こちらの方が幸せだ」と言うかもしれないが、そのユウキはシミュレータの再計算によって消えてしまったのだ。


 見ているリズが、ユウキは満足だろうか、と小さな感傷に浸ることしかなかった。



 そして、リズもそんな感傷はすぐに忘れることになる。

「さて、お愉しみはここまでだ。」
「え。」

 リズの背後から、警備員を連れた上司が現れる。

「端末に変なソフトを入れて、シミュレータで不要な再計算を繰り返していたね。その再計算にもリソースを消費していることは理解しているかな?」

「え、いや、その。」

「まあ、再計算しているのはそのシミュレータだけだから、そこまで影響は大きくない。きみの給料からリソース消費分を差っ引けば、一回目だし、まあ大目に見ようじゃないか。」

「ひ。いや、その。私にも生活が。」

「大丈夫。全額一気にとは言わないから。ただ、しばらくきみの月給が半分になるだけだよ。」

 リズは減給処分となった。


 おしまい

2/5/2024, 10:38:26 PM

テーマ 溢れる気持ち



( 注意)この話は救いがありません。



 あるところに、気が優しくて、愚かで、とても頭の良い博士がいました。

 博士には恋い焦がれている人がおり、彼女にどうやったら自分の気持が伝わるのか考えました。

 博士は幸い、天才だったので、人間から溢れ出た気持ちを近くの人に移し替えるという、ものすごい機械を作りました。
 作ってしまいました。
 致命的なことに。

 できてしまったのです。

 その機械は、空気中に小さな小さな粒子をバラマキ、その粒子は生き物から溢れ出た気持ちを伝える媒介をするという、大変都合の良い働きをしました。


 博士は実験室でスイッチを入れました。
 テストのためです。
 軽い気持ちでした。

 粒子は部屋に満ち、博士からは溢れた恋い焦がれている気持ちが出て、隣りにいた助手からは連日の勤務から早く開放されたいという気持ちが溢れました。

 間の悪いことに、二人はふたりとも気持ちが溢れており、移し替える先はありませんでした。

 溢れた気持ちは同じ部屋にいた博士の飼い猫に入り、飼い猫は突然入ってきた恋の気持ちと仕事が嫌で嫌で仕方がないという気持ちに、あっさり狂ってしまいました。
 猫は恐ろしい叫び声を上げて窓を破り、外に出ました。

 そう、窓を破りました。

 粒子は外に出ていきます。

 博士は、そんな様子を見て少し冷静になり、溢れた気持ちが少し収まりました。
 すると、博士の心に助手の仕事にウンザリとした気持ちが入ってきます。

 仕事が嫌になっていた助手の気持ちは、ちょっとやそっとではまかないきれないほど、溢れていました。


 博士はその気持ちに支配され、指一本動かしたくなくなり、スイッチを切る気がなくなり、そのままソファに寝転がってふて寝を始めました。
 助手はこれ幸いと、その場で寝始めました。


 粒子はどんどん出ていきます。


 牛の屠殺場では、殺される牛の絶望の気持ちが増幅されました。人間たちは絶望に押しつぶされ、精肉どころではなくなりました。

 絶望の苦しみから皆が死を選び始めます。


 産婦人科では、新生児の泣き声とともに、一斉に「 生まれの苦しみ(※)」の感情が溢れ、産婦人科医も看護師もみな、泣き始めました。
 (※ 仏教の四苦八苦の四苦、生老病死の生です。)

 介護施設では、認知症で言葉にできなくなった入居者達の絶望と怒りと悲しみが溢れ、職員を襲い、伝わらない苦しさから、泣いたり怒鳴ったりし始めました。


 本当に想い合って、しかも相思相愛の恋人たちだけは、少しだけ長く幸せでした。二人とも、その気持ちが冷めるまでは。
 片方の気持ちが冷めても、もう片方の溢れた気持ちが入ってきて、気持ちは長続きしたのです。
 ここだけ博士の思惑通りでした。
 さすが天才。


 やがて粒子は地球を覆い尽くし、生き物全体の気持ちが平準化されました。

 一体、世の中はどうなってしまうのでしょうか。


 心なんて、見えすぎるものではありませんね。



 どうですか?
 心が通じ合う世界のシミュレーションです。

 お気に召しましたか?

 いや?ひどい?

 まあ、思うがまま、都合がいいことばかりではないので、そういうこともありますよ。

 おしまい。





 え?結局どうなったかって?

 ひどいっていったのに、知りたいんですか?

 仕方ないですね。

 簡単ですよ。

 距離を取り始めたんですよ。

 気持ちが伝わらないくらいに。

 先程の「 気持ちの平準化」というのは、あくまでも粒子が伝えられる範囲の話です。
 牛の屠殺場の絶望は、屠殺場から十分に距離がある場所には伝わりません。
 間に、媒介となる生き物がいなければ、ですけど。

 だから、人が人と近づかなければ、生き物を介さなければ、そこまでの悲劇は起きません。



 そして、気持ちが伝わらない距離から、生き物を殺して食べる、を繰り返し始めました。

 まあ、少しマシになった程度の地獄ですね。

 地獄を自覚した、というところでしょうか。


 しかし、それで全て解決、とは行きません。
 仲良く手を取り合って生きていた二人も、料理をするときの植物の悲鳴にやられて、心を病みました。

 肉食獣も、獲物を殺したときの獲物の絶望の気持ちにやられてしまい、少しずつ衰弱していきました。
 草食獣も同じです。植物の悲鳴にやられてしまいました。

 世界は絶望に包まれ、水と光合成で成長できる植物たちと、「心」が存在しない小さく単純な生物だけの世界になりました。

 とまあ、こんな感じです。


 救いがない?

 そりゃそうですよ。
 実際にないんですから。

 火山の噴火に救いがありますか?
 世界のルールを変えると、水が低きに流るるが如く、なるようにしかならないのです。


 何?シミュレーションで良かった?

 いやいや、あなた達の世界にも似たようなものがあるじゃないですか

 ほら、ツイッ◯ーとか言う、、、。

2/4/2024, 10:43:18 PM

恋愛無能


私は共感性がない。らしい。

恋愛らしいものも、ほぼしたことがない。

粘膜を交換するキスなんて、ちょっと考えられないくらいハードルが高い。



それでも、少しだけ、ほんの少しだけ親しくなった人がいた。
誤解するなかれ、付き合ってなどいない。
ただ、私としては、他の人より少し多く話をする。それだけの関係だった人だ。

相手は友達も多く、私はその中のひとりだったというだけだろう。

というか、人より多く話をする人だから友人が多く、人より多く話をする人だから、あまり話をしない私から見ると「 話をする人」なだけなのだ。
なんの不思議もない。

論理的だ。筋が通っている。


そして、別の日に、私の行動が、彼女の口から密やかに語られるのをたまたま聞いてしまった私は、密やかにショックをうけたのである。


そのとき私がやったのは1つ。

飲み会の帰り道に一緒になった彼女を、私が二人での飲みに「 誘わなかった」。
単に話をして、分かれ道で分かれた。それだけ。

それが、何故か悪い事のように言われていた。

お付き合いどころか、話をするだけで、影で一挙手一投足が「 複数人に」評価されている。

しまいには、相手はそれで傷ついたと涙ながらに語って別の男に慰めてもらっていた。

理解できなかった。


恋愛って、心の交流であると思っていたのは勘違いだったのか。

私はその時、そっと心の扉を閉め、一つの悟りを得たのである。

1人の人間に多くを期待するべきではない。
他人は自分とは違う。
自分が望むような交流を、相手もしたがっているとは言えないのだ。

高いコミュニケーション能力がない人間が、相手の察する能力で「 わかってもらおう」というのが甘えなのだ。

そしてもう一つ。
相手にとって見れば、私は真実、女を傷つけたワルイヤツなのだ。



そして、何年も経ち、結婚した彼女は今も色んな人と話をしているようだ。

曰く、夫への不満。
曰く、仕事場で同僚に不満がある。

愛想の良い彼女が周囲にこういう伝えることで、彼女の夫や同僚は少しずつ気まずい思いをするのだろう。

とまあ、ここまで彼女の悪口を書いてしまったが、つまり、何が言いたいかと言うと、こんなことを書いている私は、「すっぱいブドウの話をしているキツネ」と同じで、こんなことを繰り返しているから、恋愛無能なのである。

古来から、手を伸ばさないものに得られるものはないのである。
いわんや、欲しがりもしないなら、なおさらである。


というか、つぶやくアプリの愚痴を見ると、そういう人は珍しくないことが分かる。
身内への不満をばらまく人も、それを見て絶望する人も。
両方、珍しくない。

結婚が減り、子どもが減った原因がこんなところにもあった。

いやいや。

それも一緒だ。
できない原因を探しても、それだけでは解決にはならないのだ。
見つけた原因を解決する行動に出なければ。


心も唇も、自分から欲しがり、近づかないと得られるものなどないのである。

「 本当にほしいか?」を考えてしまうと、私のように思考の迷宮に入る。

多分、深く考えてはいけないことなのだろう。

「 ほしいと思ったときが、チャンス。
自分から動き、あとのことは考えてはいけない。
幸せになりたいならね。 」

あれ?何だか高額商品を売りつける詐欺師の語り口みたいになってしまった。

いや、きっと気のせいだろう。

こんなだから、私は恋愛無能なのだ。

そして、今日も夜中までの仕事に出るのだ。

2/4/2024, 10:00:22 AM


放課後対話篇 永年に生きていきたい・・・。


西暦2000年前後の、日本の、学校での、学生の、心の中の話。酷く狭い範囲の話。



埃っぽい、小さな長細い部室。
文芸部の部室だ。
新品で購入したものなど何一つないであろう、中古品でもらってきただろうソファ。同じく中古品だろう本棚に、部員が持ち寄った本が並んでいる。

今日、私のクラスは少し早く授業が終わったので、他の部員が来るまでの1時間ほど、私は、イマジナリーフレンドと哲学的な談義をするのだ。

『別に哲学じゃないよね。単なる欲求だよね。「永遠に生きていたい」とか、漫画の悪役みたい。』

「そうは言っても、人間の寿命は短すぎると思わない?私が生まれてから今までも、コンピュータがすごく発達してきているし、携帯も普及したし、ゲームもどんどんグラフィックとかすごくなってるし。もっと先を見たい、と思ってもいいじゃん。車が空を飛ぶようになるかもしれないし。」

『そういえば、小学校の図書室に「100年前の人が考えた100年後の世界」とかいう本、読んだよね。台風を大砲で消すとか予想しているやつ。』
「ああ、読んだよね。タイトルはうろ覚えだけど。面白かったから覚えてる。」

イマジナリーフレンドの良いところはこういうところだ。
経験をすべて共有しているため、話が早い。

『そこにも車は空を飛ぶってあった気がするけど。まだ車、空飛んでない。』
「・・・つまり?」
『どんなに未来でも無理なんじゃない?いいところヘリコプターでしょ。』



イマジナリーフレンドの反論は続く。
『そもそも、永遠に生きていれば、他の知人・家族は全員寿命で死んでいくんだよ。あなたを知っている人はだれもいなくなる。そんな状態で、一人で生きていたいわけ?』
「知ってるでしょ。私、友達少ないから。家族との関係もそんなに良くない。」

自分で言ってて悲しくなるが、勢いで言ってしまう。
「成績も良くない。今の状態でも十分に孤独だよ。」

『じゃあ、孤独でなくなって、仕事もうまく行って、奥さんと子どもができたら?それでも、奥さんと子どもを見送って、一人だけ生き続けるの?』
遠慮のない意見。
他人に言われたらきっと腸が煮えくり返ってしまう。
できないことを、言われているから。
イマジナリーフレンドだから、落ち着いて話せる。

「それは全く想像できない。・・・幸せな自分を想像できない。」

『火山で埋もれたポンペイの街の落書きにさ、「愛する者は誰でも死んでしまえ」っていうのがあるんだよね。たぶん、今の君と同じような境遇の人じゃないかな?』

ポンペイは、西暦2桁の時に起こった火山の噴火によって、一夜で消滅したと言われている古代ローマ帝国の街だ。
長年閉じ込められていた遺跡から、落書きなどが多く発見されている。

「同じ境遇の人となら、仲良くなれるかも?ってこと?」
『ノー。2,000年前の人も同じ悩みを持っていたし、人間は進化しないってこと。君は人の表情やしぐさから自分への悪意や興味を察知する能力に長けている。だから自分が「嫌われている」と気がついたら自然に離れていく。だから友達がすくない。』

えぐるえぐる。容赦ないイマジナリーフレンド。
『もし、永遠の命が手に入っても、嫌われ続ける自分に嫌気が差して、200年くらいで自殺しそうってこと。』



「厳しい。もう少し優しくしてくれてもいいじゃん。」
『性格を責めているんではなくて、自分の人生の主役になれって言ってんの。人から言われるがままに生きて、その合間にマンガ読んだりゲームしたりするだけの人生じゃなくて。そうしないと、何歳まで生きたって一緒。』
「・・・」
横に置いて直視しないようにしていた現実を目の前に置き直される。他ならない自分自身であるため、走って逃げようが、イマジナリーフレンドからは、逃げられない。

それでも臆病者の私は、話を曲げてしまう。
「それでも、面白いゲームは出てくると思うんだよ。漫画や小説も。もしかしたら新しいメディアによる娯楽も。」
『えー。ゲームのために長生きするってわけ?』
「いいじゃん。ガン◯レみたいなゲームが進化してきたら、AIと友だちになれるかも。そうだ、AIは死なないから、寂しくないかも。」
(ガン◯レード・マーチは少し前に発売されたプレ◯テのゲームだ。AIがNPCを動かしており、NPCに好感度や判断や作業があるのが特徴だった。)
勢いで口から出た話だが、意外に悪くないように思えた。要はドラ◯もんと一緒に歴史を見ていこうっていう感じだ。
うん。悪くないように思う。

小学校の時は好きだったんだ、ドラ◯もん。

『まあ、君がいいならいいけどさ。どうせ永遠の命なんて無理だし。』
あ。今、自分に見捨てられた気がした。



「そういえば、枕草子にも「最近の若い者は・・・」っていう愚痴があったね。」
『言葉を勝手に短くするとかなんとか。』
「そう、それ。で、今も聞くじゃん。」
『よく聞くね。特にうちの授業とか。それが?』
「千年前からずっと言われてて、今からも多分言われ続けると思うんだ。」
『そうだろうね。現代でそれがなくなるとも思えない。』
「そ。それはさ、意味は2つあると思うわけ。」

先輩方のおしゃべりが聞こえてきた。
そろそろ今日のイマジナリーフレンドとの話は終わりだ。

『2つって?』
「一つは、人間は1000年前から変化し続けている。ダーウィン曰く、『最も強いものが生き残るのではない。最も変化に敏感なものが生き残る』。『最近の若い者は』って言われているうちは、人間もきっと生き残るだろうってこと。」
ちょっといいこと言った感を出してみる。どや。

『もう一つは?』
「世界はすべからく、後から生まれてきた者によって変化・革新されていく。つまり、おいて行かれた老齢の個体は常に時代遅れになっていく。だから、嫉妬からあんな愚痴が出る。我々もそうだし、今子どもだったり若者だったりする者も、いつかは置いていかれる。だから置いていかれないように、生きていたいんだよね。」
若い人は、後から生まれたってだけで、相当のチートなのだ。もちろん、環境の差は否定しないけど。

『・・・それはさ、こうも言えるんじゃない?』
イマジナリーフレンドは、チッチッチッと指を揺らしているように思えた(もちろん私の気の所為だ)。
『どんなに生まれてすぐの生き物も、直後にどんどん生き物が生まれてくる世界。だから、自分が主役の時間は、人生においてそんなに長くない。結局は、自分が叫びたいことを叫び、愛や友情が欲しければ伝えるべきだと思うよ。』
「・・・。」

なんだか、イマジナリーフレンドにうまく締められた気がする。


でも、個人的な結論としては、新しいゲームや、友だちになれるAIが出るかもしれないし、やっぱり永遠に生きていたいのだ。
口に出すと狂人なので、イマジナリーフレンド以外には言わないけど。



ギーッと音をたて、建付けの悪い金属製のドアが開く。
「おー、今日も早いね。」
「お疲れ様です。そろそろ原稿締切なので、ちょっと頑張ろうと思って。」
「関心関心。」
文芸部では、私はちょっと生意気で変だけど、基本的には素直ないい子ちゃん後輩なのである。

2/3/2024, 10:06:59 AM

勿忘草



 適齢期を過ぎてからの婚活は、当然苦戦する。
 特に、私のような、まともに女性と付き合ったことがない人間は、ほとんどの相手から「地雷」と見られているのだ。

 なので、最初に会ったときは、なるべく話を途切れさせないように、相手が喋らないならこちらから喋るように努力する。
 日時を決めて落ち合ってから、予約していた店に、二人で少し歩いて向かう。
 今日の人は落ち着いた雰囲気の女性だが、道沿いの花壇に咲いた小さな水色の花を指さした。

「あ、勿忘草ですよ。」
「ワスレナグサ、ですか。名前は聞いたことがあったんですけど、見たのは初めてです。青い花だったんですね。」
「色は色々です。白いのもピンクのもあります。」
「花言葉、知っていますか?」
「あいにくと、知らないです。その辺は疎くて。」
「当ててみてください。」
「・・・では。言葉通り、私を忘れないで、とか。」
「あたりです。まあ、そのまんまですね。」

(なんだか、今日は会話が続いているぞ。)
 彼女は草花と由来に詳しい人だった。

 店に着いて、食事をともにしている間も、気性が穏やかで好ましい人だった。
 だめなのは私の方だった。
 仕事の話ばかりしてしまい、相手の顔が、若干無表情になり、( あ、しまった)と気がつくが、時すでに遅く、その後の顔は愛想笑いだと私にもわかった。

 作り笑いには詳しいんだ、私は。作り笑いには。

 当然、二度目はなかった。



 翌日、選挙準備の仕事をしながら、職場の後輩の谷に、昨日の話をしてしまう。
 谷は、年齢だけ重ねた私と違い、才能に溢れて努力も惜しまない、エース職員だ。後輩だが、すでに職位は並んでおり、もう少ししたら追い越されるだろう。
 数年同じ職場にいるので、割と何でも話す間柄になっていた。

「先輩、バカですね。」
「・・・。」
「仕事の話ばかりするとか、分かってないです。今まで女と付き合ったことないでしょ。」
「・・・。」
「そういうの、女には分かるんスよ。」

 何でも話す間柄故に、遠慮がない。
 私は、黙って手を動かしていた。


 一般的にイメージされづらいが、選挙というものは基本的に激務だ。
 うちの町では、選挙期間中は8:30〜20時まで役場で期日前投票ができる。
 窓口で選挙をしつつ、投票日当日、町6ヶ所の投票所で投票ができるよう、準備をしていく。

 また、投票日は同時に開票日でもあるので、開票の準備もする。
 投票日当日に投票所の運営をする職員への説明、開票事務をする職員への説明も行う。
 立候補者陣営からの質問や、入場券が届かないといった問い合わせ、さらには「 寝たきりの家族の投票を家族ができないのはおかしい」といった制度へのクレーム対応など。なお、選挙制度は法律で決まっているので、制度上の多くのことは、町の役場の職員では逆立ちしてもできることがない。国会議員が法律を変えないと、こちらが法律違反になるのだ。
 説明責任を果たすのみである。

 数限りなく仕事はある。
 土日も期日前投票所は解説するため、自然、この期間はブラックな職場になる。

 今やっているのは「県議会議員選挙」の事前準備で、任期は四年に一回。統一地方選挙だ。

「そういえば、前回選挙の時、先輩の友達が物見市の市議会議員選挙に出てたッスよね。今回も出てます?」
 私が見合いの話に応えなくなったので、谷は話を変えた。

 木倉のことだ。

「あいつは出ない。病気で死んでた。」



 木倉との付き合いは、主に高専5年次の研究室だ。

 高専は中学卒業時から進学できる高等専門学校で、高校と違って5年間ある。
 卒業時には「準学士」つまり短大卒と同じ扱いになる。
 大抵の高専は「工業高等専門学校」とか「商業高等専門学校」とかが前に付き、高校の授業+就職時に必要とされやすい専門的な内容を学ぶことができる、という学校だ。
 学校側も、卒業生の就職先と強く関係ができており、就職先側が求めるスキルを授業に反映するなどして学生を育て、即戦力とまではいかなくても、優秀な専門知識と技能を持った学生として「企業が欲しい人材」にしていく。
 と、ここまではいいことばかり書いたが、物事には裏側も当然ある。
 専門知識が学べるが、入ってくるのは中学校を卒業したばかりの15歳。
 世の中のことなんて全くわかっていない子どもだ。何が言いたいかというと、入ったはいいが、水が合わない人間が入り込むのだ。
 私なんかがモロにそうだった。工業高専に入ったくせに、文系の科目に惹かれ、当然に必要となる理数系の成績は散々であった。今でもお情けで卒業させてもらったと思っている。
 高校と違って5年間である。15歳の子どもが20歳の若者になる期間だ。水があっていないが我慢して卒業するというには、長い。
 生徒会室の窓に貼ってあった「そのまま腐っていくだけなのか」という殴り書きは、そんな停滞感を感じていたのは自分だけではないことを示していたと思う。

 そして、木倉も、成績はどうだったかまでは知らないが、心情的には明らかにそっち側だった。



 高専では、最終学年である5年次に、一年かけて研究をする。大学で言うゼミみたいなものだ。

 それまで授業をしていた教授の研究室を選ぶのだが、当然、人気に違いが出る。そして、研究室への生徒割当数は決まっているからして、学生は、人気の研究室は取り合い、不人気な研究室は避けられた。

 そして、じゃんけんで負け続けた私と木倉は、一番不人気の教授の研究室になった。


 期待されていなかったからか、内容も大した事ない。むしろ教授はほとんど研究室に来なかった。

 ボチボチやっていると、研究は進まない割に与太話だけははずんだ。

 私は、おおむねいつも1人で、教室内では何をやっているか分からない「ワケワカラン奴」という評価だった。
 しかし、皆が知らない漫画を持ってきていくつも回し読みに回したことで、かろうじてクラス内の居場所を得ていた。

 一方の木倉は社交的で、歌がうまく、ダンスをやっていた。クラスでも交友が広い方だ。

 なんだか話が合わなそうだが、木倉が子どもの頃に見た「時◯の旅人」というアニメを私が知っていたことで、よく話をするようになり、研究室の時間はある程度快適な空間となった。

 木倉は三国志が好きだったが、私はそれまで読んだことがなかったので、私は勧められて三国志を読んでみた。
 木倉は横山光輝を勧めてくれたが、何故か私が選んだのは北方◯三の三国志だった。
 しかし、これも結果的には悪くなかった。
 漫画とは違う内容、目線であり、読んだあとは木倉に回し、「呂布が渋くてカッコいい」という話で盛り上がった。

 なお、こんなことばかりしていたので、当然、研究ははかどらなかった。

 卒業後は、私は全くの別業種の大学に編入し、高専とは縁が切れた。



 木倉とも当然縁が切れたが、現代はネット社会だ。
 以前の時代ならそれが今生の別れとなっていたが、実名SNSというものが台頭してきて、以前の縁をつなぎやすくなった。

 特に、私のように学歴においても職歴においても何度か経歴ルートを変えている人間にとっては、業種を変えると知り合いがすべて切り替わるので、昔の知り合いとつながるためには、このような場がありがたかった。

 私は大学を出て社会人になり、一度の転職を経て小さな町役場で働いているとき、SNSに友達申請があった。
 木倉だった。彼はダンス講師となっていた。

(私も彼も、結局工業高専の勉強は活かせなかったかな。)

 一年間、二人で研究室の研究を乗り越えたのだ。名前を覚えてくれていたようで、懐かしい気持ちで友だち登録をした。



 そんな役所勤めも10年を超え、30代半ばになった私は、選挙事務に勤しんでいた。

 統一地方選挙と呼ばれる選挙がある。
 一つの選挙を指すのではなく、四年に一回、4月に日本中の多くの自治体で同時に選挙が行われるときの選挙の総称だ。

 これは、終戦後、日本国憲法の制定から最初の選挙が一斉に行われ、この時に行った選挙が4年毎に任期を迎えるので毎回同じ時期になる、という寸法だ。もちろん、県知事や市長が任期途中で辞任したりして、タイミングがずれるとこの時期から外れることになるが、今でも多くの選挙がこの時期に統一されていた。

 何が言いたいかというと、うちの町で県議会議員選挙の事務をしていたとき、同時に物見市では県議会議員選挙に加えて市議会議員選挙、更には市長選挙もあったのだ。
 物見市の職員はうちとは比べ物にならないくらいブラックであったろう。

 そして、SNSのタイムラインに、木倉の選挙活動が流れてきたのだ。
 物見市で生まれ育って、ダンス講師となっていた木倉は、物見市議会議員選挙に立候補していた。

 心情としては応援したかったが、統一地方選挙だ。同時にこちらでも選挙事務があり、休むこともできなかった。

(頑張れ、木倉。)

 10年以上前の研究室の日を懐かしみ、内心で応援した。


 職場の後輩の谷と選挙事務をしながら、物見市に友人が出ていることを伝えてみる。

「へえ、知り合いが議員になるような年なんスね。」
「最近は議員も若年化しているから。」
「うちの町の議員は高齢者ばっかりっスけど。」
「それは言うな。」

 議員が高齢化すると何が問題なのか。
 議会の改革が進みづらいのだ。
 例えば、タブレットが使えないのでペーパーレス化が進まない。ペーパーレス化が進まないので、資料は全部印刷してホッチキス止めして議員一人分をセットしていく手間がかかる。印刷ミスがあればやり直しだ。

 話が逸れた。

 木倉の立候補者としてのプロフィールを見ると、「読書。北方◯三の歴史ものなど。」と書いてあった。
(まさかあのときの三国志のことじゃないよな?)

 頻繁に昔を懐かしむようになると、要するにおっさんになったということだろう。

 その後、木倉の惜敗を知った。SNSには、悔しさがにじみ出るようなタイムラインが載っており、再出馬を予想させた。



 更に数年。

 SNSを見て、妙なことに気がつく。

 木倉自身の発言は相当昔で止まっていたが、「木倉さんは〇〇さんと〇〇にいます」というタイムラインが流れていたので、活動は続けているのだろうと思っていた。

 しかし、よくよく読むと、そのタイムラインは「木倉先生、見ててください」とか、「子どもが大きくなりましたよ」とか書いているのだ。

 SNSの木倉関係のページを調べてみる。

 この数年の間に病死していた。

 私が木倉のタイムラインと思っていたものは、全て、彼を懐かしみ、心は一緒だ、と思った彼の知人・関係者が投稿したものであった。



 ガンは一般的な病気だ。
 日本人の3人に1人はがんで死ぬとまで言われている。

 しかし、私は、自分は若くはないものの、死が近いとまでは思っていなかったため、衝撃であった。

 そのまま調べて見ると、木倉は、私が伝染病対策として10万円を給付する仕事をしているとき、病院で亡くなっていた。

 「次の選挙のときに部署異動していれば時間が取れるので応援に行こう」と思っていた私の密かな希望は、永遠に叶わなくなった。

 更に調べると、木倉がガンの闘病時に雑誌に寄稿していたことを知り、取り寄せてみた。

『ガンは生活習慣で治せる』『むしろ前より健康になった』『親より早く死ぬ不孝をしたくない』

 そこには、活動的で情熱的なかつての木倉を思わせる文章が踊っていた。

(生きているうちに会えばよかった。)

 後悔しても、もちろんどうしようもない。



 木倉は死んでしまって、もう何をすることもできない。

 一方で、私は生きてはいるが、40代になっても独身で、ブラックな職場環境に追われ、夢を追うどころではない。

 夢。
 そういえば、研究室で就職の話をしたことがあった。
 工業高専の就職は、基本的には夢がない。現実の会社の話だからだ。
 そんな話だけだとうんざりするので、好きだったゲーム会社に入るなんて、夢があっていいよね、といった話もしたことがあった。私はファ◯コムゲーが好きで、木倉はア◯ラスゲーが好きだった。

 もちろん、工業高専で習ったことはゲーム制作とはなんの関係もないので、就職先としては現実味がなかったが、気分転換の話題としては華やかなものだった。

10

 道の途中に咲いている勿忘草を、お墓代わりにして拝んでみる。

 木倉とは学校のみの付き合いだったので、家も墓も知らないので、墓参りにも行くことができないのだ。
(こうして墓標代わりにしていくと、墓の場所も知らない故人が増える度に、大変になりそうだ。)

「あれ、先輩。何してんスか。それ、花っすよ。」
 後ろから後輩の声が聞こえた。我に返る。

「知ってるよ。変だったか?」
「変だったっス。」

 気にするな、後輩。
 私は昔からこういうやつなんだ。そっとしておいてくれ。

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