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放課後対話篇 永年に生きていきたい・・・。


西暦2000年前後の、日本の、学校での、学生の、心の中の話。酷く狭い範囲の話。



埃っぽい、小さな長細い部室。
文芸部の部室だ。
新品で購入したものなど何一つないであろう、中古品でもらってきただろうソファ。同じく中古品だろう本棚に、部員が持ち寄った本が並んでいる。

今日、私のクラスは少し早く授業が終わったので、他の部員が来るまでの1時間ほど、私は、イマジナリーフレンドと哲学的な談義をするのだ。

『別に哲学じゃないよね。単なる欲求だよね。「永遠に生きていたい」とか、漫画の悪役みたい。』

「そうは言っても、人間の寿命は短すぎると思わない?私が生まれてから今までも、コンピュータがすごく発達してきているし、携帯も普及したし、ゲームもどんどんグラフィックとかすごくなってるし。もっと先を見たい、と思ってもいいじゃん。車が空を飛ぶようになるかもしれないし。」

『そういえば、小学校の図書室に「100年前の人が考えた100年後の世界」とかいう本、読んだよね。台風を大砲で消すとか予想しているやつ。』
「ああ、読んだよね。タイトルはうろ覚えだけど。面白かったから覚えてる。」

イマジナリーフレンドの良いところはこういうところだ。
経験をすべて共有しているため、話が早い。

『そこにも車は空を飛ぶってあった気がするけど。まだ車、空飛んでない。』
「・・・つまり?」
『どんなに未来でも無理なんじゃない?いいところヘリコプターでしょ。』



イマジナリーフレンドの反論は続く。
『そもそも、永遠に生きていれば、他の知人・家族は全員寿命で死んでいくんだよ。あなたを知っている人はだれもいなくなる。そんな状態で、一人で生きていたいわけ?』
「知ってるでしょ。私、友達少ないから。家族との関係もそんなに良くない。」

自分で言ってて悲しくなるが、勢いで言ってしまう。
「成績も良くない。今の状態でも十分に孤独だよ。」

『じゃあ、孤独でなくなって、仕事もうまく行って、奥さんと子どもができたら?それでも、奥さんと子どもを見送って、一人だけ生き続けるの?』
遠慮のない意見。
他人に言われたらきっと腸が煮えくり返ってしまう。
できないことを、言われているから。
イマジナリーフレンドだから、落ち着いて話せる。

「それは全く想像できない。・・・幸せな自分を想像できない。」

『火山で埋もれたポンペイの街の落書きにさ、「愛する者は誰でも死んでしまえ」っていうのがあるんだよね。たぶん、今の君と同じような境遇の人じゃないかな?』

ポンペイは、西暦2桁の時に起こった火山の噴火によって、一夜で消滅したと言われている古代ローマ帝国の街だ。
長年閉じ込められていた遺跡から、落書きなどが多く発見されている。

「同じ境遇の人となら、仲良くなれるかも?ってこと?」
『ノー。2,000年前の人も同じ悩みを持っていたし、人間は進化しないってこと。君は人の表情やしぐさから自分への悪意や興味を察知する能力に長けている。だから自分が「嫌われている」と気がついたら自然に離れていく。だから友達がすくない。』

えぐるえぐる。容赦ないイマジナリーフレンド。
『もし、永遠の命が手に入っても、嫌われ続ける自分に嫌気が差して、200年くらいで自殺しそうってこと。』



「厳しい。もう少し優しくしてくれてもいいじゃん。」
『性格を責めているんではなくて、自分の人生の主役になれって言ってんの。人から言われるがままに生きて、その合間にマンガ読んだりゲームしたりするだけの人生じゃなくて。そうしないと、何歳まで生きたって一緒。』
「・・・」
横に置いて直視しないようにしていた現実を目の前に置き直される。他ならない自分自身であるため、走って逃げようが、イマジナリーフレンドからは、逃げられない。

それでも臆病者の私は、話を曲げてしまう。
「それでも、面白いゲームは出てくると思うんだよ。漫画や小説も。もしかしたら新しいメディアによる娯楽も。」
『えー。ゲームのために長生きするってわけ?』
「いいじゃん。ガン◯レみたいなゲームが進化してきたら、AIと友だちになれるかも。そうだ、AIは死なないから、寂しくないかも。」
(ガン◯レード・マーチは少し前に発売されたプレ◯テのゲームだ。AIがNPCを動かしており、NPCに好感度や判断や作業があるのが特徴だった。)
勢いで口から出た話だが、意外に悪くないように思えた。要はドラ◯もんと一緒に歴史を見ていこうっていう感じだ。
うん。悪くないように思う。

小学校の時は好きだったんだ、ドラ◯もん。

『まあ、君がいいならいいけどさ。どうせ永遠の命なんて無理だし。』
あ。今、自分に見捨てられた気がした。



「そういえば、枕草子にも「最近の若い者は・・・」っていう愚痴があったね。」
『言葉を勝手に短くするとかなんとか。』
「そう、それ。で、今も聞くじゃん。」
『よく聞くね。特にうちの授業とか。それが?』
「千年前からずっと言われてて、今からも多分言われ続けると思うんだ。」
『そうだろうね。現代でそれがなくなるとも思えない。』
「そ。それはさ、意味は2つあると思うわけ。」

先輩方のおしゃべりが聞こえてきた。
そろそろ今日のイマジナリーフレンドとの話は終わりだ。

『2つって?』
「一つは、人間は1000年前から変化し続けている。ダーウィン曰く、『最も強いものが生き残るのではない。最も変化に敏感なものが生き残る』。『最近の若い者は』って言われているうちは、人間もきっと生き残るだろうってこと。」
ちょっといいこと言った感を出してみる。どや。

『もう一つは?』
「世界はすべからく、後から生まれてきた者によって変化・革新されていく。つまり、おいて行かれた老齢の個体は常に時代遅れになっていく。だから、嫉妬からあんな愚痴が出る。我々もそうだし、今子どもだったり若者だったりする者も、いつかは置いていかれる。だから置いていかれないように、生きていたいんだよね。」
若い人は、後から生まれたってだけで、相当のチートなのだ。もちろん、環境の差は否定しないけど。

『・・・それはさ、こうも言えるんじゃない?』
イマジナリーフレンドは、チッチッチッと指を揺らしているように思えた(もちろん私の気の所為だ)。
『どんなに生まれてすぐの生き物も、直後にどんどん生き物が生まれてくる世界。だから、自分が主役の時間は、人生においてそんなに長くない。結局は、自分が叫びたいことを叫び、愛や友情が欲しければ伝えるべきだと思うよ。』
「・・・。」

なんだか、イマジナリーフレンドにうまく締められた気がする。


でも、個人的な結論としては、新しいゲームや、友だちになれるAIが出るかもしれないし、やっぱり永遠に生きていたいのだ。
口に出すと狂人なので、イマジナリーフレンド以外には言わないけど。



ギーッと音をたて、建付けの悪い金属製のドアが開く。
「おー、今日も早いね。」
「お疲れ様です。そろそろ原稿締切なので、ちょっと頑張ろうと思って。」
「関心関心。」
文芸部では、私はちょっと生意気で変だけど、基本的には素直ないい子ちゃん後輩なのである。

2/4/2024, 10:00:22 AM