題名『幸運』
(裏テーマ・降り止まない雨)
通り雨に降られて雨宿りをした。
西の空は明るいのですぐに止むと思っていたのに、今見ると黒く暗くなっていた。チェッ、騙された。
だから少し濡れても走って駅の方へ戻った。
今日は体調が悪くて会社を早退した。
駅からバスで15分。そこが私のアパートだ。
なのに歩こうとした。それは仮病だと言うことである。
なかなか、降り止まない雨。
田舎で昼のバスは1時間に1本も走らない。
駅の前にあるコンビニに寄った。
コーヒーを買って窓際にある椅子に座った。
はっとして目覚めたら、目の前にバスが見えた。
慌てたがあとの祭りだ。
15分も寝ていた。コンビニに来るんじゃなかった。
今度は1時間後だ。
雨はまだ降り止まない。
この駅前の道を少し進むと美味しい魚料理メインの定食屋がある。行ってみることにした。
そう、そこでも1時間あるからゆっくりしてたらバスにまた乗り遅れてしまった。
この後の便は事故があり渋滞に巻き込まれて大幅に遅れた。
このあと、雨は止んだけど猛烈な竜巻が発生したらしい。
ニュースで聞いたら、私のアパートを直撃していたらしい。
私の隣のおばあちゃんが犠牲者になっていた。
今日はものすごく運が悪いと思っていたけど、逆に幸運な1日になっていた。
帰りのバスの中で宝くじを買った。
明日の辞表も出すのをやめよう。
運命って奇妙だけど、幸運は生きる勇気になる。
あれ?
そうか、アパートがない!
今夜は私はどこで寝るの?
そうだ荷物が飛ばされたんだ!
最悪だった。
んー、命が助かったので幸運だった?
んー、人生は難しい。
ガクン。
題名『緊張』
(裏テーマ・あの頃の私へ)
あなたは自分が好きですか?
そう聞かれたら、私は大っ嫌いと言うでしょう。
未来が楽しみですか?
絶望しかありません…と答えるでしょう。
でも、何をしても私は緊張する。
緊張とは、自分の能力を過信し結果に執着することで起こる現象です。
つまり私は、自分が大好きで将来に夢見ていて、しかもそれに気づかず反対のことを言っている痛い人間のようです。
私は歌が好きでした。
みんなの前で熱唱したら爆笑された。
「あなたって愉快で楽しいね。友達になって」と言われた。
私は真剣だったのにふざけて下手に歌った振りにした。
「好きです」
そう告白したら、
「マジ?、そのブサイクで?」
そう言われて咄嗟にアニメのキャラクターの名前を言った。その人が大好きなことを知っていたから。
とりあえず話は盛り上がり近づけたけど、失恋した。
そして、少し疑ってはいたけど、私がブサイクなことが不安から確信になった日でもあった。
だって家族も友達も私の顔をいつも可愛いって言うから信じてしまっていた。
それ以外にも色々あった。
特にあの頃の私へ言うなら、家族の言葉は信じるな、世間はかなり嚴しいぞってことかな。
それでも今も何をしても緊張する。
自分に期待するし、期待以上の結果も欲しくなる。
「それでいいんじゃない?」
そんなことを言う人に出会った。
自分を侮辱してイジメて虐待する。一番の加害者は自分ってことが多いんだって言う。
一流のプロデューサーはどんた商品も人もヒットに結びつける自信を持っている。つまり、この世に魅力の無い物は存在しないと言いきった。
駄目なんじゃない。
良さに気づいてないだけと言う。
そう、それが今の私の彼氏。
私を肯定してくれる人。
題名『罪悪感』
(裏テーマ・逃れられない)
誰にも鍵の掛かった引き出しがある。
誰にも見られたくない過去がある。
逃れられない罪もある。
そして、その大事な鍵も失くしてしまってる事がある。
テレビのニュースで知った。
あいつが白昼に街で何人も人を刺して殺したらしい。
小学生だったあいつが、ボサボサ頭で髭まではやした汚らしいオジさんになっていた。
20年も過ぎていた。
ずっと引きこもっていたらしい。
「死にたくて、死刑になりたくて、それに、人生の最後は、凄いこともしてみたくて、やりました。」
そんな供述をしているとネットでは書かれていた。
「ヒーローになりたい。カズやイチローになりたい。有名人になりたい。そしてボランティアもしたい。僕んちみたいな貧しい家でも成功できるって子供が夢見れる存在になりたい。」
一緒に毎日遊んでいたあの頃、そんなことを言ってたね。
俺は金が欲しいから、悪徳弁護士か悪徳医者か悪徳政治家になりたいって言ったら、ぜんぶ悪徳なんだって笑っていたね。でも、
「まじめに生きないとダメだよ」って説教されたっけ。
小学六年の時にイジメが流行った。
そう流行みたいなものだった。
一人一人、順番のように。
俺もやられた。
でも、おまえだけは守ってくれた。
そして、おまえの順番になった。
正義感の強いおまえはことごとく逆らった。
それがクラスメートの反感を買い、不良グループを本気にさせていった。その中にタチの悪いお兄さんがいる男の子がいて、その子を中心にしてイジメがエスカレートしていった。
そしてターゲットは俺にも牙を剥く。
俺におまえをイジメさせたり、殴らせたり、親友の俺を使うことでおまえの心を折ろうとした。
俺が限界に思った頃から、おまえは学校に来なくなった。
心が折れたのか、もしかして俺を守ったのか。
中学生になってからもおまえは学校に来なかった。
1回だけ家に行ったが会いたくないと言われた。
そして、俺は自分の毎日で精一杯になっていった。
人の人生なんて、わからない。
俺は今、ファミリーレストランの店長をしている。
悪徳なんとか?にはなれなくて、貧乏暇無しだ。
鍵の掛かった引き出しは、もう開けれない。
取り返しのつかない過去だから。
恨んでいるんだろうな。
本音は、会うのは怖いし薄気味悪い。
でも、裁判は行きたい。
そこに失くした心の鍵がある気がするから。
そして、引き出しに、忘れてる大事な物が入っていた気がするからだ。
題名『ゲリラ雷雨』
(裏テーマ・また明日)
私には二才年上の兄がいた。
一年前に自殺した。
勤めてた会社の屋上から飛び降りたのだ。
警察は事件として調べていたけれど最終的に自殺として片づけられた。
疑問視されたのは兄のスマホが消えていたこと。遺書がないこと。ポケットに赤ちゃん用の小さな靴下が片方だけ入っていたこと。そして、靴を履いたまま飛び降りていて、事故や自殺にしては死体がビルから離れていたのも突き飛ばされたのではないかと疑われていた。
兄と同棲していた会社の事務の女性も疑われていたけど、仕事中で完璧なアリバイがあった。ただ兄のパソコンが無くなっていて、その女性は二週間前に壊れて処分していたと証言していて疑問に思ってた。
ただ、すべてが疑問だけど仕事で失敗して自殺をほのめかす言動があったという証言も多く、自殺とされた。
実はその前の夜、私は兄と会いお酒を飲んだ。
数カ月ぶりの再会だったけど相変わらず優しい兄だった。
彼氏ができたら紹介しろってうるさかった。
そっちは?って言ったら、話をごまかされた。
別れ際、
「じゃ、また」って言ったら、いつも同じ言葉を返してくるのに、
「また明日」
はっきりとそう言った。
一年が立ち、私は兄の遺品を捨てることにした。
そしてある箱を開いたら、古いスマホが出てきた。消えたスマホの前に使っていたヤツだ。
もうバッテリーは無いと思ったけど電源ボタンを長押しすると起動した。しかもフル充電されていた。パターンパスワードは簡単に解読できた。兄は昔からワンパターンだから。
その中に気になるファイルが保存されていた。
パスワード?
兄や私の誕生日や名前は駄目だった。
まさか、と思いながら「またあした」と入力したら開いた。
自殺は他殺として一気に事件は解決した。
兄は会社の不正を警察に告発しようとして、社長を含む十名の社員によって殺されたのだ。
同棲相手も犯人の仲間になっていた。
人数が多く口裏を合わせて完璧なアリバイが用意できた事件だった。
ポケットの靴下。
それは警察に教えてもらった。
一年前はわからなかったが兄には思いを寄せていた女性がいたらしい。未婚で赤ちゃんを産んで育てていて、兄は一度プロポーズしていて断られていた。高校の同級生でその頃から兄は好きだったみたい。
彼氏の暴力や借金でかなり苦労していたようだけど、兄が相手をしつこく説得して無事に別れることができたみたい。そのあと赤ちゃんが産まれてからプロポーズしたけど、まだ男性への恐怖心が残る彼女は断ったみたい。
会社を告発する勇気が欲しくて、彼女の赤ちゃんの靴下をひとつもらったらしい。
そして、いろいろなことが終わったら、もう一度、彼女にプロポーズしたいと思っていたようだった。
私は後日、兄の話を聞きたくて彼女に会った。
赤ちゃんのイメージだった子供は3才になっていた。
とても元気にファミリーレストランの中を走り回って大変だった。
別れる時、レストランの駐車場で手を振ったら、
「またあした」
元気に子供が叫んだ。
私は青空を見上げた。
たぶん、彼女の口ぐせだね。
私の目だけ、ゲリラ雷雨になった。
題名『激突』
(裏テーマ・透明)
昔、従兄弟の結婚式で叔母さんが会場の裏の出入口のガラス扉の左右を間違えて、開かない右扉にぶつかって顔にたんこぶを作ってみんなに笑われていた。
その数年後、大阪のユニバーサル・スタジオ・ジャパンに遊びに行って側にあるホテルに宿泊した。近くにいろんなレストランがありファーストフード店もコンビニもあった。特に連泊の二日目はホテルに馴れてコンビニに近い、ホテルの玄関と反対側の出入口を利用した。馴れていたのですが財布やホテルのキーカードを持っているか不安になり、また子供たちも寝ていたので置いて出たので急いでいて走っていました。
走りながらバッグの中を調べていたら、
ドーンっ!
バタっ!
俺の視界に星が何個も浮かんでいるように見えた。
永遠に感じた数秒後、なんとなく激突したことは理解できて、そうすると真っ先に思ったのが恥ずかしさです。痛みよりも恥ずかしさが人の優先事項では上でした。
目を開いて裏口に続く長い廊下を振り返りました。誰もいない。裏口の外も見る。人が歩いているけどこちらに気づいていない。
俺は心でガッツポーズをした。
それが分かれば急いで立って、何もなかったように出入口を確かめた。
自動扉は左だった。
俺は右の扉に激突していた。
次に気にしたのは割れてないか?
旅先で高額の賠償なんて俺の人生が終わる。
しかし、ほとんど跡さえ残っていない。心でセーフのゼスチャーをした。
そして左の扉から出た。
俺は買い物をしてからホテルの部屋に戻った。
この時でもまだ思い返すと恥ずかしくなった。
寝る前にシャワーを浴びようと浴室に向かった。浴室の前の洗面台の前で先に歯を磨こうとしてふと鏡に映る自分の顔を見た。
えっ?
額が血だらけだった。
前髪の上を強打してかなり出血していたようだ。
その顔で俺はコンビニやファーストフードへ行っていたと思うとゾッとした。考えてみれば、確かにこの夜は人とよく目が合うとは思った。少し俺の顔がイケてる?と勘違いしたくなるほど。
俺は馬鹿が付くほど楽天家だった。
翌朝も、あの扉から朝食を買いに出入りした。
じっくり朝の明るい中で見れば見るほど、その扉のガラスは『透明』だった。分かっていても無いように見える透明さだった。
もうホテルの掃除の人を褒めるしかない。
そう、思った。
若き日の、失敗談です。