題名『ゲリラ雷雨』
(裏テーマ・また明日)
私には二才年上の兄がいた。
一年前に自殺した。
勤めてた会社の屋上から飛び降りたのだ。
警察は事件として調べていたけれど最終的に自殺として片づけられた。
疑問視されたのは兄のスマホが消えていたこと。遺書がないこと。ポケットに赤ちゃん用の小さな靴下が片方だけ入っていたこと。そして、靴を履いたまま飛び降りていて、事故や自殺にしては死体がビルから離れていたのも突き飛ばされたのではないかと疑われていた。
兄と同棲していた会社の事務の女性も疑われていたけど、仕事中で完璧なアリバイがあった。ただ兄のパソコンが無くなっていて、その女性は二週間前に壊れて処分していたと証言していて疑問に思ってた。
ただ、すべてが疑問だけど仕事で失敗して自殺をほのめかす言動があったという証言も多く、自殺とされた。
実はその前の夜、私は兄と会いお酒を飲んだ。
数カ月ぶりの再会だったけど相変わらず優しい兄だった。
彼氏ができたら紹介しろってうるさかった。
そっちは?って言ったら、話をごまかされた。
別れ際、
「じゃ、また」って言ったら、いつも同じ言葉を返してくるのに、
「また明日」
はっきりとそう言った。
一年が立ち、私は兄の遺品を捨てることにした。
そしてある箱を開いたら、古いスマホが出てきた。消えたスマホの前に使っていたヤツだ。
もうバッテリーは無いと思ったけど電源ボタンを長押しすると起動した。しかもフル充電されていた。パターンパスワードは簡単に解読できた。兄は昔からワンパターンだから。
その中に気になるファイルが保存されていた。
パスワード?
兄や私の誕生日や名前は駄目だった。
まさか、と思いながら「またあした」と入力したら開いた。
自殺は他殺として一気に事件は解決した。
兄は会社の不正を警察に告発しようとして、社長を含む十名の社員によって殺されたのだ。
同棲相手も犯人の仲間になっていた。
人数が多く口裏を合わせて完璧なアリバイが用意できた事件だった。
ポケットの靴下。
それは警察に教えてもらった。
一年前はわからなかったが兄には思いを寄せていた女性がいたらしい。未婚で赤ちゃんを産んで育てていて、兄は一度プロポーズしていて断られていた。高校の同級生でその頃から兄は好きだったみたい。
彼氏の暴力や借金でかなり苦労していたようだけど、兄が相手をしつこく説得して無事に別れることができたみたい。そのあと赤ちゃんが産まれてからプロポーズしたけど、まだ男性への恐怖心が残る彼女は断ったみたい。
会社を告発する勇気が欲しくて、彼女の赤ちゃんの靴下をひとつもらったらしい。
そして、いろいろなことが終わったら、もう一度、彼女にプロポーズしたいと思っていたようだった。
私は後日、兄の話を聞きたくて彼女に会った。
赤ちゃんのイメージだった子供は3才になっていた。
とても元気にファミリーレストランの中を走り回って大変だった。
別れる時、レストランの駐車場で手を振ったら、
「またあした」
元気に子供が叫んだ。
私は青空を見上げた。
たぶん、彼女の口ぐせだね。
私の目だけ、ゲリラ雷雨になった。
5/22/2024, 2:47:45 PM