『ささやき』
最近、この街では連続傷害事件が起きている。
関連性はないと思われていたが、俺は違う見方をしている。
すべての加害者の背後に、共通する人物がいるんだ。
証拠はない。逮捕するのは簡単じゃないことは分かっている。
笹谷輝一郎、ささやきいちろう、47才。フリーター。自称フリーライター。
俺はこいつを囁やきのイチローと呼んでいる。
こいつが加害者に嘘も含めいろいろ言っているんだ。それだけじゃない、被害者にも言っているんだ。要するに、殺し合いさせるように両者を煽って焚きつけていることは確認がとれている。ただ、言葉が絶妙で、教唆の罪で逮捕は出来ないと相談した検事さんは言っていた。
最初の事件は一年前。
とても仲の良いと評判の夫婦だった。
同じ年でマッチングアプリで知り合い結婚して5年目、子供はいなかった。
42才で子供のことは気にしていたと思うが、運命に任せると決めていたそうだ。
夫婦は地域のボランティアにも積極的で、ゴミ拾いの会によく参加をしていて、そこで笹谷に出会ったようだ。
最初は奥さんの方と仲良くなったようだ。
奥さんはドラマ好きで、ネットで海外のドラマをよく観ていたらしいがその話題でうちとけて、ゴミ拾いの会のたびに親密に話をするようになったらしいのだ。旦那さんは優しいがドラマよりもゴルフとか運動が趣味みたいで、そこはそれぞれ休みの日は好きなことをしていたらしい。
問題はここからだ。
少しずつ少しずつ、奥さんに旦那さんの浮気を疑わせるような囁きを始めたようなのだ。全く相手にしなかった奥さんだけど、そこはドラマ好きで、旦那さんの車のナビがゴルフ場ではなく隣町のホテルになっていたり、自分が知らない下着をはいて帰ってきたりして、笹谷の言うことを信じ始めたらしいのだ。
実際は奥さんには内緒で、実は旦那さんは友達の借金を一部だが肩代わりしていたらしい。とても恩のある先輩で見て見ぬふりが出来なかったらしい。
それをよりによって笹谷に相談したらしい。
奥さんや会社にも秘密でホテルのレストランの厨房でアルバイトをしていたんだ、もちろん笹谷の紹介で。下着の件は厨房で働いた帰りに笹谷と銭湯に行き、厨房の料理の匂いを毎回消していたんだが、ある日、下着を盗まれたらしい。そこで急遽、笹谷が買ってきた下着をはいたらしいのだが、どう考えても始めから笹谷が計画して夫婦を引き裂こうとしたように思われる。
その旦那さんの方にも、奥さんはどうも忘れられない彼氏がいるようだと囁いていたようだ。その彼氏が韓国の有名俳優に似ていて、夢中になって観てしまうと話していたと言っていたらしい。
少しずつ少しずつ、夫婦は壊されていっていた。
ある夜、夫はゴルフのクラブで妻を殴り、妻は包丁で夫を刺した。
どちらも重傷だったが命は助かった。しかし、当初は恥ずかしくて両者とも何も話さなかった。黙秘を続けたため、なかなか全貌が見えない事件だった。
こんな事件が一年間に五件。
あいつをどうかしないと、連続傷害事件は続く。
『君と僕』
君と僕。
僕は女で君は妖怪。
二人?で暮らしで半年が過ぎた。
二十歳の成人した女が親と大喧嘩して家を飛び出したのが半年前。
高校で不登校になり、そのまま大学の受験も受けず、バイトもせずに家でゴロゴロ寝るかゲームをするかの生活をしていたら、親がブチギレたのだ。
これでも精神科に行って病名もあって薬も貰ってた。いや親が買っていた。病人のはずなのに親はどこか怠け癖のように思っていたんだと思う。うちの親は頭が古いんだ。
そして、売り言葉に買い言葉で、父親と口喧嘩だけではなく取っ組み合いの大喧嘩をして僕は父親に拳骨で殴られた。
か弱き二十歳の娘を中年の男が本気のグーで殴るって、犯罪だよね?
怒っていいよね?
そのまま家を飛び出して、歩いて繁華街まで行った。
そしたら、優しそうな小太りのオジさんが食事を奢るから一緒に食べないかって誘うから、そのままファミリーレストランまで行ってハンバーグ定食を食べた。
チョコレートパフェも注文してトイレに行ったら、そのオヤジ、その間にパフェに白い粉を振りかけていた。僕はそれを見つけて問いただしたら、かなりヤバい薬物みたいで絶対にその名前は言わなかったけれど、警察に言わない代わりに10万円もくれた。
だから許して、僕は最終の電車に乗った。
終着駅で始発を待って、昔お盆や正月に行っていた母の実家に向かった。
祖父母は亡くなり跡継ぎは一人娘の母だけなので空き家になっていた。
売って処分しろとまわりから急かされていたけど、懐かしい家を処分するのは躊躇いがあるようだった。
10万円はあったが最悪なのがスマホを忘れたことだった。
実家のある田舎の最寄り駅の近くのコンビニで、パンとジュースを買って母の実家にバスで行った。
カギはいつもの植木鉢の下にあった。
玄関を開けて中に入ると、かなりカビくさかった。
僕は家中の窓を開けて、空気を入れ換えた。
客用の布団を見つけてしっかりと干すことにした。
電気も水道も電話も留められていなかったのは幸運だった。
昼過ぎ、少しだけ反省をして、母に電話した。
父は反省もせずに仕事に行ったらしい。
母はさすがに心配で仕事を休んで連絡を待っていたらしい。
「ごめんね、お母さん」
返事よりもすすり泣く声の方が先に聞こえた。
そして、しばらく僕はここに住むことにした。
第一日目の夜。
田舎の夜空は綺麗だった。
思わず田舎の砂利道を散歩した。
そうしたら、お地蔵様があった。
誰かがおむすびと芋の天ぷらをお供えしていた。
つい、夕食を買いに行くのが面倒でお腹が空いていた私は、食べ物に顔が当たるまで近づけた。すると、目の前に、林檎ひとつ分の高さの小人がいた。
「え、え、えっ、えっ、エッーーーーー‼️」
僕は驚いて大声をだした。
小人もびっくりして腰を抜だった
食いしん坊の妖怪は、とにかく食べ物のリクエストが多い。
普通は5才までしか妖怪は見えないのに僕が見えたから、あの晩は妖怪も驚いたようです。
妖怪とか小人って言ってますが、本当は神様らしいです。
でも、人の世話が大好きみたいで、いつも聞いて来るのです。
「なんか、ようかい?」
神様だけど半人前らしいです。
だから何かしたくてたまらないらしいのです。
なんか、ようかい?
半年の間、何度も言うので今日からアダ名は妖怪にします。
そして、君と僕。
あらため、妖怪と僕。
その二人の田舎暮らしの冒険譚は、また今度話します。
長くなったでお休みなさい。
また、あした。
『夢へ!』
僕は歌手になりたい。
そんな夢がある。
進藤奏汰、19才。
とりあえず入れそうな大学に入学したけれど、やりたいことがある訳じゃなかった。親を説得するのが面倒だっただけだ。
だからバイトでお金を稼いで、ボイストレーニングとか歌唱指導の教室に通いたいと思っている。
ただ、本音を言うと、どうしたら歌手になれるのか知らない。
作詞作曲出来る訳じゃない。
ダンスなんて、スキップして歩くのも出来ない運動音痴の僕が出来る訳がない。
アイドルになれるような可愛い顔でもイケメンでもない。
歌が、歌うことが好きだから、それを仕事にしたかった。
能ある鷹は爪を隠す。
僕は人生で、ほとんど人前で歌ったことがない。
学校もコロナで歌う機会がなかったし、マスクをしてるから声を出さなくても誰にもバレない。僕の歌声でみんなを驚かさないために、いつも歌わなかった。
家族の前ではよく歌ってた。
母はいつも褒めてくれて、歌手になれるって子供の頃から何度も言われた。
だから一度だけ、高校の時の進路指導で冗談めかして歌手になりたいと言ったら、歌手で生活出来る人は少ないし、将来が不安だから大学にだけは言ってほしいと懇願されて、それ以来、両親に夢の話をしなくなった。
妹には話したんだけど、なんか変な会話になった。
「ホンキ?、それとも冗談?、からかってる?」
「本当になりたいと言ったら?」
「いいんじゃない?、夢は自由だし」
「じゃ、おまえは賛成なんだね」
「親には言わないで、とりあえず自分の実力を試してみれば?」
「分かった。でも大学でどんな友達が出来るかもわからないから、暫くは様子をみて隠しておきたいと思う。そして、ある飲み会のカラオケで歌って、みんなをアッ!と驚かしたいと思う」
そう、言ったら、
「みんな、驚くよ、きっと」
そう、言っていた。
それがさ、バイトで忙しくて、友達もあまり出来なくて。
話をする友達はいるけど、僕の夢を話したいほど仲良くなった友達はいなかった。歌の練習を始めたらバイトばかりって訳にもいかないと思い、貯金の目標を百万円にしたから、遊びの誘いとかを全部断っていたのも原因だと思う。
そして、実はバイト先で仲良くなった友達数人と、今度カラオケに行くことになった。それで、ついに、僕は神秘のベールを脱ごうと思う。
みんなを僕の歌唱で驚かすんだ。
きっと、その後はアンコールで僕のコンサートになるかもしれない。
それでも、僕は歌ってあげるつもりだ。
そのカラオケをした翌日から、僕はバイトも大学も休んでいる。
妹だけには電話をして、カラオケの店の出来事を話したら、
「でしょーね」
そう言った。分かっていたようだった。
「で、まだ歌手になりたい?」
そんなことを聞いてきた。
「なりたい」
「おっ、メンタル、すご。がんばりな」
「うっせー」
確かに僕の歌声はみんなを驚かした。
みんなを笑顔にした。
僕が歌うほど盛り上がり、僕は大喝采を浴びた。
僕の歌に泣きながら「天才だ」って言ってくれた人もいた。
でも、そのあとに、
「吉本の芸人になる夢でもあるの?」
そんなふうに聞かれたんだ。
「こんなに酷い音痴は生まれて初めて聞いた。すごい!、今年一、笑った、最高だよおまえは」
褒められた。大絶賛された。
僕は、音痴らしい。それもかなり酷いらしい。
それでも、あきらめたくない。歌が大好きだから。
夢へ!
夢へ!
夢へ!
これこそが本当の夢物語。
どん底の地べたから、羽ばたいてやる。
僕は歌手になる。
そして、みんなにも夢を見てもらうんだ。
その努力は惜しまない。
さぁ、行くよ、
夢へ!
『元気かな』
俺は娘を虐待したという罪を着せられて、おまえを、娘を奪われた。
離れ離れに暮らして一年も過ぎた。
会いたい。
俺は赤ちゃんの頃から溺愛した。
この子のためなら何でもすると思った。
例えそれが殺人でも。
仕事から帰ったら思いきり抱きしめて、匂いを嗅ぎまくって嫌がるのを押さえつけてキスをしまくった。
おまえは母親に捨てられた子だったが、俺の愛をいっぱい受けけ止めて、ヤンチャでわ
がままな女に成長した。
油断すると、他の男に色目を使うようになり、俺はほとんど家に閉じ込めるようになった。娘を奪われたくなかった。
そして、娘を監視するため、俺も仕事を辞めて、家に閉じこもった。
お金も無いから買い物にも行けず、食べるものも無くなって、娘と俺はどんどん痩せていった。
ある日、連絡が繋がらないと母の妹である叔母さんが家に来た。
俺は妻と離婚した寂しさの穴を、娘で埋めようとしていると言われた。
それは娘が可哀想で、これは虐待だとも言われた。
このまま娘を俺のそばに置いておくのは俺にも良くないと言われ、娘は叔母さんが育てると言って奪って行った。
あんなに愛していたのに、虐待の罪を着せられ、娘を奪われ、俺は半年ぐらい泣き続けた。
でも、きちんと働いて規則正しい生活が出来るようになったら、娘を返してもいいと言われて、バイトをやってみる決意をした。
そして、娘を奪われてから1年後。
娘と再会できることになった。
数カ月、様子をみて、大丈夫だと思ったら、帰してもいいとまで言われた。
ああ、おまえは、元気かな。
そう思っただけで涙が溢れた。
電車を乗り継いで、叔母の家まで行った、
玄関のドアホンを鳴らした。
おまえの喜ぶ声が聞こえた気がした。
玄関に灯りがつく。
カギを外す音がして、扉がゆっくりと開いた。
僅かな隙間から、おまえが飛び出して来た。
俺は娘を抱きしめた。
娘も暴れるように喜んでくれた。
思わず娘とキスをした。
娘は激しく舌を使う。
俺が恥ずかしくなるほどに。
「フローレンス・マーガレット・ジュリエット・アントワネット・マリリン‼️」
久しぶりに娘の本名を叫んだ。
娘の興奮が最高潮に達して、オシッコを漏らしていた。
いい歳をして、まだ子供のようである。
娘は、マルチーズ犬のまだ4才。
もう少し、私のそばで、一緒に遊んでほしい。
おまえが望むなら、男の子も紹介するけれど、血統書付きのイケメンの金持ち限定で探してやる。
今度の再会は3ヶ月後に決まった。
きっとその時は、おまえを連れて家に帰る。
それからの3ヶ月の間、毎日おまえで頭はいっぱいだった。
「元気かな」
そうつぶやくと、おまえの顔を思い出す。
男も用意する?
イヤだなぁ。
この年でおじいちゃんか?
俺はいつまで、元気かな。
おまえのひ孫のひ孫まで、ずっと元気で暮らせるように、きちんと就職も考えようかな。
さあ、がんがるぞー‼️
『遠い約束』
「ねぇ母さん、今度、またベイスターズが優勝したら、みんなでハワイに行こう?」
「郵便局の定額貯金がひとつ満期がくるから、それで行く?」
「いいねえ、今年の強さは本物だから2年連続もありそうだよ、来年の冬はハワイ旅行になるよ、きっと」
「そう言いながら、また38年もかかったりして〜」
「母さん、そう言う不吉なことは言わないで!」
ベイスターズは去年、日本一になった。
しかし、優勝したわけではない。
あれから今年で27年目。
母さんの言った38年ぶりは前回の優勝した時のインターバル。
それにかなり近づいている。
そして、約束した母さんは去年に亡くなった。
なんて遠い約束を僕はしたんだろうか。
もう、叶うことのない約束になっちまった。
だけど、27年前の約束は無理だけど、一昨年、バウアー投手の入団のニュースを聞いて、ベイスターズに優勝マジックが点灯したら、横浜スタジアムに応援に行こうって約束をした。
その年に母さんの大変な病気が分かったから、何かの目標が欲しかったんだ。
もちろん優勝できず、去年の7月にはなくなつた。だから去年の日本一も知らない。
今年、優勝マジックが点灯したら、遠い横浜まで旅行するつもりだ。
今では入場券を買うのも大変な人気チームになったから、横浜スタジアムには入れないかもしれない。それでも、関内駅で降りて、あの球場のまわりの独特の興奮を感じたいんだ。母の写真と一緒に。
ちなみに僕はベイスターズファンだけど、母さんはジャイアンツファン。なのに、プロ野球を観戦するとベイスターズをいつも応援してた。
「なんで子供の頃から大好きなジャイアンツを応援しないの?」
そんなふうに聞いたことがある。そしたら、
「ちゃんとジャイアンツを応援してるよ。でもね、ベイスターズが勝つと、あんたがめちゃくちゃ大喜びするから、なんか見てるとベイスターズを応援しているの、これって私が悪いの?」
「悪くない。悪くない。応援、ありがとうございます✨」
今年もジャイアンツは強そう。
どっちを応援するのかな。
きっと、ベイスターズだよね。
この優勝マジックが点灯したら横浜スタジアムに応援しに行くという約束が、遠い約束になるまえに、リーグ優勝してほしいな。
「かっとばせー、つつごー!」
【終わり】