旅舟

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『夢へ!』



 僕は歌手になりたい。
 そんな夢がある。

 進藤奏汰、19才。
 とりあえず入れそうな大学に入学したけれど、やりたいことがある訳じゃなかった。親を説得するのが面倒だっただけだ。
 だからバイトでお金を稼いで、ボイストレーニングとか歌唱指導の教室に通いたいと思っている。
  
 ただ、本音を言うと、どうしたら歌手になれるのか知らない。
 作詞作曲出来る訳じゃない。
 ダンスなんて、スキップして歩くのも出来ない運動音痴の僕が出来る訳がない。
 アイドルになれるような可愛い顔でもイケメンでもない。
 歌が、歌うことが好きだから、それを仕事にしたかった。

 能ある鷹は爪を隠す。
 僕は人生で、ほとんど人前で歌ったことがない。

 学校もコロナで歌う機会がなかったし、マスクをしてるから声を出さなくても誰にもバレない。僕の歌声でみんなを驚かさないために、いつも歌わなかった。
 
 家族の前ではよく歌ってた。
 母はいつも褒めてくれて、歌手になれるって子供の頃から何度も言われた。
 だから一度だけ、高校の時の進路指導で冗談めかして歌手になりたいと言ったら、歌手で生活出来る人は少ないし、将来が不安だから大学にだけは言ってほしいと懇願されて、それ以来、両親に夢の話をしなくなった。
 妹には話したんだけど、なんか変な会話になった。
「ホンキ?、それとも冗談?、からかってる?」
「本当になりたいと言ったら?」
「いいんじゃない?、夢は自由だし」
「じゃ、おまえは賛成なんだね」
「親には言わないで、とりあえず自分の実力を試してみれば?」
「分かった。でも大学でどんな友達が出来るかもわからないから、暫くは様子をみて隠しておきたいと思う。そして、ある飲み会のカラオケで歌って、みんなをアッ!と驚かしたいと思う」
 そう、言ったら、
「みんな、驚くよ、きっと」
 そう、言っていた。

 それがさ、バイトで忙しくて、友達もあまり出来なくて。
 話をする友達はいるけど、僕の夢を話したいほど仲良くなった友達はいなかった。歌の練習を始めたらバイトばかりって訳にもいかないと思い、貯金の目標を百万円にしたから、遊びの誘いとかを全部断っていたのも原因だと思う。

 そして、実はバイト先で仲良くなった友達数人と、今度カラオケに行くことになった。それで、ついに、僕は神秘のベールを脱ごうと思う。
 みんなを僕の歌唱で驚かすんだ。
 きっと、その後はアンコールで僕のコンサートになるかもしれない。
 それでも、僕は歌ってあげるつもりだ。


 そのカラオケをした翌日から、僕はバイトも大学も休んでいる。

 妹だけには電話をして、カラオケの店の出来事を話したら、
「でしょーね」
 そう言った。分かっていたようだった。
「で、まだ歌手になりたい?」
 そんなことを聞いてきた。
「なりたい」
「おっ、メンタル、すご。がんばりな」
「うっせー」

 
 確かに僕の歌声はみんなを驚かした。
 みんなを笑顔にした。
 僕が歌うほど盛り上がり、僕は大喝采を浴びた。
 僕の歌に泣きながら「天才だ」って言ってくれた人もいた。
 でも、そのあとに、
「吉本の芸人になる夢でもあるの?」
 そんなふうに聞かれたんだ。
 
「こんなに酷い音痴は生まれて初めて聞いた。すごい!、今年一、笑った、最高だよおまえは」
 褒められた。大絶賛された。


 僕は、音痴らしい。それもかなり酷いらしい。
 それでも、あきらめたくない。歌が大好きだから。

 夢へ!

 夢へ!

 夢へ!

 これこそが本当の夢物語。
 どん底の地べたから、羽ばたいてやる。
 
 僕は歌手になる。
 そして、みんなにも夢を見てもらうんだ。
 その努力は惜しまない。

 さぁ、行くよ、

 夢へ!





 

4/11/2025, 8:56:42 AM