詩『探偵、金内二悲惨の始まるまえ』
(かねないに、ひさん)
(裏テーマ・何もいらない)
何もいらない。
私の息子はいつもこう。
いらない、いらない、何もいらない。
金田一陽燦(きんだいち、はるあき)、15才。
父親似でイケメンで頭脳明晰。
幼い頃から何も言わなくても、して欲しいことをする赤ちゃんだった。私が困った顔を見せるだけで泣きやんだ。特に私の困った顔は効果抜群だった。
保育園に通い出してからは気味が悪いほど大人の心を見抜いていた。
「あの先生は言ってることと感情が違うから気をつけてね」
「あの叔父さんは借金のお願いだから貸したくなかったら話をそらして逃げること」
「あのお兄さんはお母さんのことが好きみたいだよ」
小学生になると大人しくなった。
成績はいつも満点だから、たまに95点だと驚いた。
あるとき息子から聞かれた。
「お母さん、相手がして欲しいことと自分がしたいこと、どっちを優先すべきかなぁ。相手を無視すると1日罪悪感が残って落ち込むけど、気を遣ったり助けてばかりいると疲れる」
そう、疲れたのかもしれない。
長い不登校の時間が来る。
中学生のときに、従兄弟の内二耕助(うちふ、こうすけ)が東京から転校してきて息子に寄り添ってくれて状況が変わった。息子も耕助ちゃんといつも一緒に学校に行くようになった。
まぁ、息子は耕助ちゃんを嫌ってはいたんだけど拒絶はしなかった。意外と名コンビのようだった。
そうそう、耕助ちゃんは息子のことを「ひさん」と呼んでいた。たぶん陽燦(はるあき)を呼びやすいように変えたのでしょう。
私の家はお金がない。
実は義理の祖父母の介護や施設の費用などで貯蓄もほとんど無い。介護のために仕事もあまりできないことも理由の1つ。
息子は幼い頃から手伝ってはくれてた。
そんな家の内情をよく知るから、
「何もいらない」
息子は今日もそう言う。
その息子があるとき、
「何もいらない、こともない」
そう言った。
どうしてもみんなで旅行に行きたいと言うのだ。
こんなわがままは初めてだったので嬉しかった。もちろん費用を考えたら安請け合いはできないけれど、私は絶対に行くと決めていたのでした。家族に相談するまえに。
そして、この旅行が息子を探偵にするキッカケになるのですが、この話はまたの機会にしましょう。
そして息子が旅行をしたいと言った理由は半年後には分かりました。
義理の祖母が亡くなりました。
なんとなく息子は分かっいたようでした。
予感でもなく霊感でもなく、統計学のような日々の変化で、心が感じるようでした。
どんな大人になるのか心配ではありますが、優しくて温かい探偵になると思っています。
詩『恩返し』
(裏テーマ・もしも未来を見えるなら)
「チキショー、チキショー、」
60代の男はホームレスに間違えられそうな薄汚れた上下の服を着ていた。意外とたくましい腕にはスコップがあった。ガサッ、ガサッ、真夜中の山の奥で土を掘っていた。
「そういえば、あのインチキ超能力者め、騙しやがって、あれがケチの付き始めだ!」
それは土曜日のことだった。
いつもの借金取りから逃げて酒場にいた。高齢の母親の年金をくすねてお金はあったのだった。そのまま借金の一部として返済しても良かったのだが焼け石に水だ。明日は競馬で大きなレースがあり、その馬券が買いたかったのだ。
そんな似たような連中も多いこの安酒場は、前祝いとでも言いたげにみんな騒いで明日のレースを予想していた。
そんなとき、男の横に座ってきた小綺麗で少し年上のジェントルマンとでも表現したくなる老紳士がいた。その老紳士は内緒話でもするように耳元で囁いた。
「これは秘密ですが私は超能力があるんです。未来が見えるんです。実はそれで稼いで生活してます。ばれないように少額ずつ賭けるんです」
男はすぐに思った。これは詐欺だ、詐欺師だ。どうやって逃げようか?と。
「ちなみに、もしも未来を見えるなら、明日のレースはどの馬を買うといいんだい?」
信じてなくても知りたくなるのがギャンブル好きだ。
老紳士はすぐに答えず、コップのお酒をグィっと飲み干してから話しだした。
「明日、私はあなたに助けてもらうのでお礼に教えてあげましょう」
そう言うと耳元でぼそぼそと数字を言って店を出て行った。
ぼうと見ていて、はっと我に返った。
「あっ、チキショー、金を払わず出て行きやがった、やられたー」
男は翌日、嘘だと思いながら馬券を買った。飲み代を残して全額賭けた。そして昨日と同じ酒場に行く途中で借金取りに見つかり拘束される。いつもより強引で、怖い目つきの若者と二人だった。どうやら男の親の土地を無理やり奪おうと計画しているようだった。相手が一人になったときに男は隙を見て逃げようとしたが若い方にナイフで脅され揉み合いになり逆に刺してしまう。もう一人は車も置いて逃げてくれた。
「チキショー、人殺しになっちまった」
男は借金取りの男の車で山まで遺体を運んで埋めて、なんとか事件を無かったことにしようとしたのだった。もちろん組織に追われることを考えると早く遠い場所に逃げることも考えたが、警察が事件に気づかなければ組織は事件を表沙汰にしないような気がしたのだ。少なくても時間稼ぎはできると。
ガサッ、ガサッ、ガキッ!
土を掘っていたらスコップが何かに当たった。
2日後の新聞の片隅に小さな記事が出ていた。
20年前に行方不明になっていた資産家の70歳の男の骨が山で発見されたと書かれていた。
さらに小さく無職の男が殺人で自首して逮捕されたと書かれていた。
そう、あのあと、男の馬券は大当たりしていて、その手続きなどを終えてから男は自首したのであった。
詩『土砂降り』
(裏テーマ・無色の世界)
今日は朝から土砂降りだ。時々稲光が空を切り裂き遅れて雷鳴が鳴り響く。まるで人の感情のようだ。喜怒哀楽の刺激を受けてから遅れてその意味がわかることがある。
無色の世界。
人は感情を失うと色を無くすようだ。
あの日からだ。
君が自殺しようとしたことより、その予兆に気づいていたのに知らない振りをしたことより、心の中の君への愛を否定し続けた日々が僕から色を奪った。
大人しい僕は時々いじめにもあった。でもそんなに激しいものじゃなかったから、台風のようにしばらくじっとしていれば通り過ぎていった。
すべてが守り。目立たないように生きてきた。
母のパート先の人で、母が親しくなったおばさんに会ったのは近所のスーパーだった。母の買い物について行った僕は、趣味である料理の材料を探していた。今度はシュークリームに挑戦するつもりだった。
そして、おばさんに会って紹介されて挨拶したときにおばさんの横にいたのが君だった。おばさんの一人娘で、障害者。目がほとんど見えないのだ。歳は僕と同じだった。
僕は生まれて初めて本物の目の見えない障害者に会い、どう接したらいいのか何て声を掛けたらいいのか戸惑ってしまった。
君は無表情で面倒臭いようにぶっきらぼうにして、立て続けに喋りだした。
「お母さん、驚いてドン引きされてる?」
「まぁいいや、この人、イケメン?」
「私の名前は◯◯◯、よろしく」
そう言って手を差し出してきた。慌てて僕も名前を言って挨拶して手を握った。小さくて白いその手は少し冷たかった。でも、とても大切なもののように感じた。
たぶん、もうそのときには好きになっていたと思う。
それからは家族ぐるみの付き合いになっていった。君の家にも何度も行って一緒に食事もした。君が障害者と忘れそうになるくらい普通に付き合えた。そもそも君は数カ月生まれが早いからと僕を子分のようにいつも命令口調で話してきた。でも慣れるとそれが居心地が良くなっていた。意地悪じゃなく、僕への思いやりを感じられたからだ。
出会ってからニ年も過ぎて早生まれの君は就職した。僕は大学の受験のために勉強で忙しくなり、二人はあまり会わなくなった。その頃から君の様子が変わってきた。ある一人の先輩から壮絶ないじめを受けていたことはあとから知った。
僕が大学生活をエンジョイして、君のこともあまり思い出さなくなったある日の朝に、その電話はあった。
「◯◯◯ちゃんが自殺したって…」
母からだった。
それは土砂降りの朝だった。
スマホのLINEに君からのメールが残っていた。
「出会ってから、楽しかったー」
「ありがとうっス」
「好き、じゃないっス」
「じゃ、また?笑」
土砂降りの朝は、いつも君を思う。
どこかで障害者の君を差別していたのかもしれない。君の未来を背負うには若すぎたと言い訳もできるけど、本気で好きになることが怖かったんだ。まだ本気じゃないと思っていたから。
大学を卒業して地元に就職できて故郷に帰ったら、花束を持って君の病院に会いに行くよ。
人生の色を取り戻すために。
そして、プロポーズ?…するために。
詩『ピクニック』
(裏テーマ・桜散る)
私は勉強が苦手というか大嫌いだ。
当然ですが成績も悪くて高校受験も希望校は落ちて最低の滑り止めの高校にギリギリ入った。
「桜散る」
希望校を落ちたときLINEでみんなにそう送ったけど、お花見してたの?…とか、ヤケ食いする?…とか返信してきた友達もいたけど、母だけは既読スルー。返信の言葉が思い浮かばず祖母の話では泣いていたらしい。
私は期待してなかったから、本当に平気だったから遊び半分で「桜散る」って書いたのに、母のせいで悲しくなった。
何かあると食べられなくなる可愛い女の子は多いけど私はヤケ食いするタイプなのです。そのことを知ってるからなのか合格祝いにもう準備していたためかは分かりませんが、落ちは日の夕食はご馳走でした。
就職も全滅して大変だった。
担任の先生と母がタッグを組んでものすごく頑張ってくれたみたいで思いのほか希望に近い会社に就職が決まったときは、三人で抱き合って喜んだ。
初めてできた彼氏と別れた夜は、生まれて初めて食べられなくなった。二日目には母が気づいて心配して、うるさく食事だけは食べてと言うから怒鳴って母を泣かせた。
「お母さんは卵焼き作って」
「私はおむすび作ったから次は唐揚げ」
桜のお花見にみんなで行く予定だっけど、今年は思っより早く桜は散ったとテレビで言ってた。
私は旦那さんに荷物持ちと運転手をさせて、赤ちゃんの娘に哺乳びんでミルクを飲ませながら母と後部座席で桜の名所の公園を探した。
やっぱり、ほとんど散ってた。
「これじぁーお花見じゃなくて、ピクニックだね」
母がそう言うから、
「うるさーい! ピクニック最高!」
そう叫んでやった。
結局、いつも私の一番の味方は母だった。
少し口は悪くて、おせっかいだけど、どんなときも助けてもらっている。今もそうだ。
なかなか、ありがとうって言えないけれど、長生きして欲しいと思いながら卵焼きを食べた。
母の卵焼きの味を今度は覚えて作れるようにがんばろう。みんな歳を取ってゆくから。
あれ?
私、泣いてる?
花粉症だね。(笑)
詩『駅』
(裏テーマ・夢見る心)
私は田舎の駅のホームのベンチ。
百年近くもここにいる。
観光地でもあるのでそれなりに人は来るけれど、少しずつ減ってきてはいる。
春夏秋冬それぞれに楽しみがありますが、新入生や新人さんの初々しい顔が見られる四月が大好きです。
さっきまで大柄なお婆さんが座ってました。
病院の帰りのようで薬を飲んでいました。
かなり心臓が悪そうです。
実は80年前の桜が舞っていた頃に、あのお婆さんは真新しいランドセルを背負って私の上に座っていました。
しくしく泣いてました。
お父さんが戦争で亡くなりお母さんの実家があるこの町に来たようで、お父さんに買ってもらったランドセルを学校以外でもずっと背負っている女の子でした。
私はこの子の将来が気になりました。
思春期になり、二十歳になり、彼氏とデートもして、結婚して、子供が産まれると家族旅行でみんなで私に座ってくれました。
本当に幸せそうで、子供の成長や未来を想像して夢をいっぱい見ているようでした。
あの日までは。
ある年の梅雨の季節に近くの川が増水して氾濫したのです。大災害となり少し高いこの駅までずぶ濡れになりました。私はその後の乗客の話しか知りませんが、たくさんの人が亡くなられたようです。どうも家が水没したり流された人もいたようです。
あの子と家族が心配でどうしているか知りたかったのですが、私はベンチです。ここから離れることはできません。
やっとあの子を見つけて安堵したのは冬でした。
隣町の弟さん夫婦の家に行くようでした。
あれからあの子の家族を一度も見ていません。
駅のベンチの私にも、夢見る心はあります。
何かになれたり出世もありませんが、人の悲しい顔はあまり見たくはありません。
誰かの幸せそうな顔を見たいのです。いっぱい見たいのです。それが私の夢なのです。その幸せそうな顔を見るだけで、私も心から満たされて幸せになれるからです。
酔っぱらいのオジさんに吐かれて汚されると死ぬような思いにもなります。そういう日はよけいに幸せそうな顔を探します。
実は今日、駅を改築する工事が始まります。
私の仕事は終わりました。
撤去されて、トラックに乗せられ、ゴミの集積場に向かう途中、車椅子に座って散歩をしているお婆さんを見かけました。あの子です。
若い女性とその子供らしい幼い男の子が、一生懸命に車椅子を押していました。
どうやら弟さんの孫とひ孫みたいですが、近くに住んで仲良くしてるようでした。
なんだか、嬉しくなって、胸が熱くなりました。
お元気で、さようなら。