詩『土砂降り』
(裏テーマ・無色の世界)
今日は朝から土砂降りだ。時々稲光が空を切り裂き遅れて雷鳴が鳴り響く。まるで人の感情のようだ。喜怒哀楽の刺激を受けてから遅れてその意味がわかることがある。
無色の世界。
人は感情を失うと色を無くすようだ。
あの日からだ。
君が自殺しようとしたことより、その予兆に気づいていたのに知らない振りをしたことより、心の中の君への愛を否定し続けた日々が僕から色を奪った。
大人しい僕は時々いじめにもあった。でもそんなに激しいものじゃなかったから、台風のようにしばらくじっとしていれば通り過ぎていった。
すべてが守り。目立たないように生きてきた。
母のパート先の人で、母が親しくなったおばさんに会ったのは近所のスーパーだった。母の買い物について行った僕は、趣味である料理の材料を探していた。今度はシュークリームに挑戦するつもりだった。
そして、おばさんに会って紹介されて挨拶したときにおばさんの横にいたのが君だった。おばさんの一人娘で、障害者。目がほとんど見えないのだ。歳は僕と同じだった。
僕は生まれて初めて本物の目の見えない障害者に会い、どう接したらいいのか何て声を掛けたらいいのか戸惑ってしまった。
君は無表情で面倒臭いようにぶっきらぼうにして、立て続けに喋りだした。
「お母さん、驚いてドン引きされてる?」
「まぁいいや、この人、イケメン?」
「私の名前は◯◯◯、よろしく」
そう言って手を差し出してきた。慌てて僕も名前を言って挨拶して手を握った。小さくて白いその手は少し冷たかった。でも、とても大切なもののように感じた。
たぶん、もうそのときには好きになっていたと思う。
それからは家族ぐるみの付き合いになっていった。君の家にも何度も行って一緒に食事もした。君が障害者と忘れそうになるくらい普通に付き合えた。そもそも君は数カ月生まれが早いからと僕を子分のようにいつも命令口調で話してきた。でも慣れるとそれが居心地が良くなっていた。意地悪じゃなく、僕への思いやりを感じられたからだ。
出会ってからニ年も過ぎて早生まれの君は就職した。僕は大学の受験のために勉強で忙しくなり、二人はあまり会わなくなった。その頃から君の様子が変わってきた。ある一人の先輩から壮絶ないじめを受けていたことはあとから知った。
僕が大学生活をエンジョイして、君のこともあまり思い出さなくなったある日の朝に、その電話はあった。
「◯◯◯ちゃんが自殺したって…」
母からだった。
それは土砂降りの朝だった。
スマホのLINEに君からのメールが残っていた。
「出会ってから、楽しかったー」
「ありがとうっス」
「好き、じゃないっス」
「じゃ、また?笑」
土砂降りの朝は、いつも君を思う。
どこかで障害者の君を差別していたのかもしれない。君の未来を背負うには若すぎたと言い訳もできるけど、本気で好きになることが怖かったんだ。まだ本気じゃないと思っていたから。
大学を卒業して地元に就職できて故郷に帰ったら、花束を持って君の病院に会いに行くよ。
人生の色を取り戻すために。
そして、プロポーズ?…するために。
4/18/2024, 12:09:22 PM