詩『駅』
(裏テーマ・夢見る心)
私は田舎の駅のホームのベンチ。
百年近くもここにいる。
観光地でもあるのでそれなりに人は来るけれど、少しずつ減ってきてはいる。
春夏秋冬それぞれに楽しみがありますが、新入生や新人さんの初々しい顔が見られる四月が大好きです。
さっきまで大柄なお婆さんが座ってました。
病院の帰りのようで薬を飲んでいました。
かなり心臓が悪そうです。
実は80年前の桜が舞っていた頃に、あのお婆さんは真新しいランドセルを背負って私の上に座っていました。
しくしく泣いてました。
お父さんが戦争で亡くなりお母さんの実家があるこの町に来たようで、お父さんに買ってもらったランドセルを学校以外でもずっと背負っている女の子でした。
私はこの子の将来が気になりました。
思春期になり、二十歳になり、彼氏とデートもして、結婚して、子供が産まれると家族旅行でみんなで私に座ってくれました。
本当に幸せそうで、子供の成長や未来を想像して夢をいっぱい見ているようでした。
あの日までは。
ある年の梅雨の季節に近くの川が増水して氾濫したのです。大災害となり少し高いこの駅までずぶ濡れになりました。私はその後の乗客の話しか知りませんが、たくさんの人が亡くなられたようです。どうも家が水没したり流された人もいたようです。
あの子と家族が心配でどうしているか知りたかったのですが、私はベンチです。ここから離れることはできません。
やっとあの子を見つけて安堵したのは冬でした。
隣町の弟さん夫婦の家に行くようでした。
あれからあの子の家族を一度も見ていません。
駅のベンチの私にも、夢見る心はあります。
何かになれたり出世もありませんが、人の悲しい顔はあまり見たくはありません。
誰かの幸せそうな顔を見たいのです。いっぱい見たいのです。それが私の夢なのです。その幸せそうな顔を見るだけで、私も心から満たされて幸せになれるからです。
酔っぱらいのオジさんに吐かれて汚されると死ぬような思いにもなります。そういう日はよけいに幸せそうな顔を探します。
実は今日、駅を改築する工事が始まります。
私の仕事は終わりました。
撤去されて、トラックに乗せられ、ゴミの集積場に向かう途中、車椅子に座って散歩をしているお婆さんを見かけました。あの子です。
若い女性とその子供らしい幼い男の子が、一生懸命に車椅子を押していました。
どうやら弟さんの孫とひ孫みたいですが、近くに住んで仲良くしてるようでした。
なんだか、嬉しくなって、胸が熱くなりました。
お元気で、さようなら。
4/16/2024, 9:29:26 PM