「僕がここに存在する意味は、何なんだ……」
途方に暮れたように。
独り言のように、青年が呟く。
山間に沈みゆく夕陽を一面に望める広いリビング。
ガラス窓越しに差し込む煤けたオレンジ色の日暮れを浴びる青年を、白いソファーに座った老紳士は目を細くして眺める。
どこか繊細そうな青年と、理知的な老人は雰囲気は異なれど、何か似通ったものがあるように感じられる。
「意味、か」
フム、と。
老人は整えられた髪色と同じく、真っ白な短い顎ひげをひとなでした。
「——あやつは、果たしてそんなことを考えたものか」
傍観的な言葉に、青年はカッと振り返った。
「『僕』は、早逝した『あなた』の子息の遺物から生成されているのですよ?
『あなた』が知り得ない思考回路があって当然でしょう……!」
「それはまさに、その通りだが」
老人は傍らに積み上がった数冊の古いノートをパラパラとめくる。
「『これ』をまともに分析したら、そうなるやもしれんが——
どうにも『これ』には、虚像があるように思える……」
人は、『残るもの』に対して多少盛り込むようだからな、と老人はうっすらと自嘲めいて笑った。
「虚像——ですか」
青年も笑む。
老人と、まったく同じ佇まいで。
「……そんなこと、『僕』を作る前から『あなた』はわかっていたはずだ……」
節が目立つ両手が、ぎゅうと握り拳を作る。
「それなのに何故、『あなた』は『僕』を作ったんだ——何のために」
ギュッと両目をつぶる青年の表情は、苦悩とも、とれた。
手記、書きつけ。
パソコンや携帯電話、さほど多くないソーシャルネットワークからなどの情報。
それなりに量はあるが、一人分の情報にしては少なく、偏りもあるであろう、遺物。
それらを元に。
早くに逝った息子の父親は、青年を生み出し、幾度も調整を重ねた。
『ハハハ……、よく似ているなぁ』
病の縁で。
父親は最後に、そう青年に笑いかけた。
似て、非なるものになると——わかっていながら。
どうして父親は、自分を生成したのだろうか。
その理由が知りたくて。
青年は、父親を真似て。
老紳士を、生成した。
似て非なる、どころか。
似通う点があるのかどうかも、自身では判断つかないと——知りながら。
「どうして、あなたは僕を……」
青年は老人を眼に映しながら、記憶の中の『父親』を見ていた。
老人はやれやれ、と肩を竦めた。
「禅問答のようだな。まあ、納得がいくまで考えたまえ。
私はそんな君を……、いや。
何があってもなくても、ただ君を眺めて過ごすことにするよ」
言って、水の入ったワイングラスを青年に掲げる。
「……多分それが、最も『私』が望んでいたことだろうから」
明日はお休み。
しかも誕生日なのよね、と浮かれて。
前から憧れていたお洒落なケーキ屋さんでカットケーキを幾つか買ってきたの。
冷蔵庫に入れて。
夜はいつも通り、サラダチキンとたっぷりお野菜のスープ。
お肌のお手入れも念入りに。
さ、今夜は早目に寝て。
朝になったらゆっくりウォーキング行って、シャワーして。
ランチ兼ねた贅沢モーニングしながらタブレットで映画見つつ、ケーキ食べるの。
素敵な休日と誕生日になりそう!
……と思っていたのに。
どうして、真夜中に目が覚めちゃったの私!
日が明けたからもう誕生日よね、と冷蔵庫に目が向いちゃって、冷蔵庫の中のケーキの箱まで見える気がしちゃうのは何故なのよ!
ダメよ、我慢するの!
私の中の天使と悪魔も——
……え、何か仲良くテーブルについてフォーク両手に持ってるんですけど!?
真夜中にケーキなんか食べたら美容に大敵、どう考えても悪な行為じゃない!
どうして天使まで『ああもう待ちきれない早く食べましょ』的な顔をしているのよ、おかしいでしょ!
悪魔は悪魔で、『こうして葛藤して待つことにより手は止まらなくなるのだ』と言わんばかりにお皿を何枚もテーブルに並べているし!
そんな何十枚分もさすがに買ってないわよ!
真夜中だから追加で買いに行ったところで買えないのが救いよね——って、そうじゃない!
『でも、食べないことが善ではありませんよね。自らの心に素直になることは、時に心の正しさの体現でもありますから』
『そうそう。自らの欲求に素直に従う至福感は何にも代え難い』
……ああぁ、誰も私の良心の味方はいないじゃない。
勝てっこないわ、こんな誘惑……!!
——善悪。
善だろうが悪だろうが、の意から。
『いずれにせよ。また、とにもかくにも。是が非でも。』
(go○辞書より)
今年こそ流星群、見に行こうよ。
晩秋にさしかかる頃、彼女はよくそう言っていた。
いいね、と返事はするものの。
実際に赴いたことは、未だかつてない。
しし座流星群、ふたご座流星群。
真冬の真夜中に見るそれらは、きっと美しいだろうけれど——
寒さが身に沁みる時期でもあり。
仕事は年末向けて忙殺される時期でもあり。
体調を崩すわけにはいかんと、結局、出掛ける計画すら形になったことがない。
後日、テレビのニュースで映像を眺めるうち。
いつか本当に一緒に行けるのだろうか、と疑問に思うあたり——
未来が見えなくなっているな、などとぼんやり感じる。
彼女が。
この時期、言葉だけでも誘ってくれていたな、と。
そう、思い出す日が来るような気がして。
窓越しの夜空を透かし見る。
流れ星が、見えたなら。
果たして、とっさに——何を願うのか。
自問しながら、微かな星の狭間を眺め続けた。
絨毯の上に伏してバラ撒かれていたカードを、彼はいともたやすくペアにして傍らに捨てていく。
「これとこれ。で……、これはこっちだっただろ」
彼と向き合う、彼より十歳は年下とおぼしき妹たる少女は、ぷぅと頬を膨らましてどんどん少なくなるカードを睨んでいる。
「あー、これはどうだったかな。これか? うわ、マジかよ外した!」
兄は額を押さえて妹を見る。
「残り4枚か〜、もう全部当てられちゃいそうだな」
最後に花を持たせよう——という意図でもあるまいが。
しかし残り枚数を得たところで、兄と妹の当てた枚数の差は歴然で、妹に勝ち目はない。
見るからに悔しげな風情の妹の腹の虫がおさまるはずもなかった。
「お兄ちゃん、ズルい!」
「えぇ……? ズルなんか、してないぞ」
眉を八の字に下げて、弱々しく兄は言う。
友達の家で覚えてきたらしい、トランプゲームの神経衰弱。
同年代数名でやったゲームを妹はとても気に入ったらしく、家でもこうして兄相手に勝負を挑んでくる。
……多少、気を使ってプレイすればそこは鋭く見抜いて『真剣にやって!』と怒るくせに。
真面目にプレイして連勝を重ねてしまえば、これだ。
どうしたものか、と兄は項垂れる。
——しかし。
「もう、お兄ちゃんは最初に2回間違えてからじゃなきゃ、正解をひいちゃダメ!」
全てのカードを伏せて、絨毯の上で洗濯機よろしくグルグルとかき回しながら、妹が宣言した。
「えっ、何だよそのルール」
圧倒的に兄ちゃんが不利じゃん。
そんなのゲームじゃないだろーと抗議すると。
「ここでは私がルールなの!」
妹はぐいと偉そうに顎を引き上げ、胸まで張った。
「……どこでそんなセリフ覚えて来た——兄ちゃんだから許すけど、外で言うなよ絶対」
「お兄ちゃんだから?」
「そう。兄ちゃんだから、お前の我儘発言もできる限りは聞いてやるよ。
それが、兄ちゃんのルールだからな」
でも外では、絶対そういうことを言ってはダメだと念押しする兄の言葉を聞いているのかいないのか。
妹は嬉しそうに、
「そっかー、お兄ちゃんだからいいのかぁ」
……と。
ニコニコ笑って、伏したカードが重ならないよう広げるのだった。
どんよりと、重い雲
ぬるいような
少しだけ冷たいような風に、
滴る雨
四月って、こんな天候だったっけ
あなたの命を連れ去ってしまった
今年の春は
何だか様子がおかしいような気がする
記憶違いかなあ
日常が始まって
あなたがいた日々が
『思い出』に移ろっていくのが
哀しい
雨空は、今日の私の心模様
——『虹の橋』には
雨降り地区が、あるんだって
そんな場所に
ずっといさせちゃいけないと思うけれど
気持ちを変えるのは
とてつもなく、難しいよ
せめて
雨降り地区に、
可愛い傘のアーケードを作ろう
哀しみに同調して
一緒に泣いてくれる優しい子たちが
凍えないよう
サンルーム仕立てな、おうちを建てよう
あなたに捧げた、
咲かないまま終わるかと思った
お花の蕾が
大きく綺麗に咲いていてくれた
まるで、あなたの『お帰り』の
サイレントニャーのようで
私の心にも
晴れ間が差し込んだ
……私も、いつもはのんきな弟分猫も
多分もうしばらく
曇りの日が続いてしまいそうだけれど
どうか、許して
あなたが濡れないよう
素敵な傘とおうちをイメージして届けるから