「期待を裏切るわけにはいかないんだ。周囲からもそうだし、自分へも。今ここで“ただやりたいから”だなんて理由で軽率な選択をしてはいけないんだ。ここまで積み上げてきた努力を一瞬で否定するなんて、自分へあまりに無礼だ」
「んー…俺は優等生くんとは違ってほーんとテキトーに生きてるからさ、そういうのよくわかんないけど…俺は“ただやりたいから”はちゃんとした理由になると思うよ。その想いって欲しくても手に入らない大切なものだよ。大事にして欲しいよ。そんな無下にするような言い方しないでよ。それこそ自分への無礼だよ。その気持ちって生きる糧になるんじゃないの?そういうの全部取り上げたら何の為に生きてるのか分からなくなっちゃわない?」
「…お前には分からない。僕のことなんて。僕はお前とは何もかもが違うんだよ。間違ってはいけない。正しい選択をしなくちゃならない」
「正しい選択って何? 安定した収入と約束された未来、一流企業に勤めるエリート人生。それが優等生くんのあるべき正しい姿ってこと?」
「そうだよ」
「それって、楽しいの?」
「…は?」
「素晴らしいことだとは思うよ。どこへ行ったって社会にそりゃあ高く評価されることだと思う。でも楽しくなきゃ生きる意味無くない?」
「それは……生きる意味以前に…間違って愚かな選択をしたことで野垂れ死んだら元も子もないだろうが」
「まぁ確かにそうだけどさぁ…ちょっとやそっとでそんなことにもならないって。どうにかなるようになってるんだよ」
「適当なこと言うなよ。未来なんてわかりやしないだろ」
「そうだよ。どうにかなるかもわからないけど野垂れ死ぬかもわからないでしょ? 憶測でしかないよ。不安に駆られちゃだめだ」
「……」
「そんなに完璧エリート様であることに固執する必要あるかね。優等生くんが生きる世界は俺には分からないものだろうし、優等生くんが何に縛られているのか分かんない。ただ息苦しそうに見えるよ」
「…」
不安の滲む僕の顔が、目の前の奴の瞳に映る。
「大丈夫さ。たぶん」
いつものどこまでも楽観的で屈託のない笑顔で言う。あまりに曖昧で信頼に値しない言葉。
そもそも見てくれからしてそうだ。校則違反の下品な色の抜けた髪色にピアス。整えられているのを見たことのない寝癖。第一ボタンは留められておらず、首元がはだけている。
「愚かな選択って、漫画家になる選択のこと?」
「え、」
「優等生くん、漫画家さんになりたいんでしょー?」
「…僕はそんなこと一言も言ってない」
「漫画描くの好きじゃん」
「だから、ただ好きとかやりたいからって職業にできるわけじゃないだろ」
「それでも、ほんとは漫画家になりたいんでしょ?」
「っ…しつこい! そもそもお前に関係ないだろ。僕のことに首を突っ込むな…! 余計なお世話なんだよ!!」
「まぁまぁ、落ち着きなよ。大声出して人が来ちゃったらどうするの。俺はいつものことだから別にどーでもいいだろうけどさ、優等生くんが仮病使って保健室でおサボりなんて。バレるわけにはいかないんじゃないの?」
「…誰のせいだと思ってんだよ」
「ごめんね。でも俺、優等生くんの描く漫画好きだからさ。ちょっとムキになっちゃった。結局は優等生くんの人生は優等生くんだけのものだから。周りの大人の期待も外野の言葉も俺の我儘も、それで優等生くんがどうあるべきかだなんて決まることじゃないからさ」
いつもと何ら変わらず、何を考えてんだか何も考えてないんだか分からない。お気楽な様子で、大の字にベットに寝転んで窓を横目で眺める奴の横顔を黙って見つめれば、「今日はお昼寝日和だね」だなんて笑いかけてくるのに、「どんな日だよ」だなんて返す。
…まぁ、確かに
柔らかい日差しが心地良くて、瞼が緩むな。
自分が何を求めているのか分からない。
愛? 金? 友達? 食? 娯楽?
全てが全て疲れる。
日常生活がキツイ。歯磨きも、入浴も、食事も、睡眠も、排便も、起き上がることすら。
共同生活が嫌だ。自分のリズムを他人に介入されて乱されるのが耐えられない。他人のせいで完璧に組み込んだルーティーン通りに事が進まなくなるのが嫌だ。
皮膚に爪をつきたてても何も変わらないのは分かってる。
怒声を荒げたって、物に当たったって、誰かに八つ当たりしたって、何も変わらない。
何が自分をそうするのか分からない。
ただ切羽詰まってる日々に頭痛を抱えるだけ。
悪化して荒んでいくだけの自分が歯痒い。
胃から込み上げて胸をイラつかせる気持ち悪さが心地悪い。
今日何を食べたのか思い出せない。
なんであれが好きだったのか思い出せない。
楽しかったことを思い出せない。
淡く広がる温かい胸の想いなんてのが思い出せない。
笑っていた記憶が薄い。
そもそも記憶自体が全貌が曖昧で危うい。
流れる時に惜しみも感じず。ただどうすれば時間の流れに自分を置かないかに必死になって逃げ惑う。後悔だとか以前に何もないから。
生の消費の仕方に苦しめられて、全てがどうでもいいなんて思いつつ開き直ることはできない。
あちこちが痛む。
暑いのか。寒いのか。眠いのか。寂しいのか。よく分からない。
いつだって連鎖で、終わりなんてなくて、『終わらせてくれない』なんて嘆くけど、終わっていいよと言われたところでそもそも自分に終わる勇気なんて微塵もなかった。
単純に何の為に生きているのか分からない。
生きる為に仕事をする。やりたくないことはやりたくない。でも生きるにはやらなきゃいけない。なんで。何をもって。どうして。そうしてまで。生きなきゃいけないんだろう。
生まれたことが悪い。
幸せになりたいだとか、過去に縋って戻りたいとか、努力もせずただ喚いて望むようなことしてませんよ。
ただ何がいけないなんてことはない。全てが恵まれているし、全てが不幸だ。
何のせいでもないから。でもただこの気持ちはなんだろう。ここに残る気持ちが何であれ、もうさっさと終わらせてしまいたい。静かに瞼を閉じたら、生から逃げられたのならいいのに。
自分の口先に宿る魂が他人の内に浸透していくのが恐ろしい。
誰だって被害者でありながら加害者で、加害者に見えて被害者だったり。真理なんてものが存在するなら犠牲なんて生まれることなかっただろうよ。
雨の音がうるさい夜と、心地よい夜がある。
内で葛藤し合うものが暴れてに暴れて外に溢れ出る。
目の下に隈を作って、顔を蒼白にした。
そうしていくうちに得られるものも何もないのに。
やることはあるのに。
有意義なことをしたいと思いつつも有意義だなんてそもそも存在しない。
歯の色を気にしているうちに歯茎の色は見えなくなってたみたい。
倦怠感と憎しみと虚しさと苛立ちと疲労と眠気。
おやすみなさい。
物語が嫌いなんだよ。
登場人物に起こるできごととか、何を思ってどうするのか。周りの人間にどんな影響を受けて与えるのか。
そういうの疲れるんだよ。
意見を聞かれて述べた僕の思考っていうのはだいたい理解されないどころか伝わらないから、あぁどうせ分かりきってる皆まで言うな。意見なんてもう聞かないでくれよと内心苦笑している。
好きになる理由は理解し難いけど、嫌いになる理由が分からなくもない。
好きになったきっかけが一目惚れだったなら嫌いになったきっかけは相手を知ったからじゃない?
出された料理の一口目を口にいれた時点で問答無用『美味しいよ』って微笑むけど、実際料理の味なんて分からないし
大体美味しいのって空腹時の一口目だけじゃん?
ミシュランなら飽きることない?美味しい?
人は限度を知らないじゃないか。肥え続けてしまうからさ
どうやったって現状に満足できないんだよ。いつだって何にだってそれ以上を求めている。
僕のこと愛してるなら愛してるって言ってごらん。
あぁ…
本当に僕のこと何一つ知らないんだから。ほんとかわいい。
そうやって思うたびに人とまた距離を置く。我ながら哀れで不器用なやつだと思う。
割り切れるといいんだけど、割り切ったところで人と繋がりを持つことへの価値を見出せず終いなんだ。
一時間かけて食べてた一パックの白米のこと嫌いになったんだ。
そういうもんだよ。
僕の言葉はいつだって意図があるんだかないんだか、どっちつかずで遠回しで分かりづらい。
記憶の中で消え去っていっても確かに存在した時を追いかけるのは結構疲れる。
手がかりがないんだもの。
辞める理由に“飽きた”とだけ言えば納得してくれるような世界なら、ちょっと楽なのに。
自分がお腹空いてるのか口が寂しいだけなのか分からない。
何がしたくて何が不安なのかも。
だから一生向き合って考え続けて自分を見つめている。
それが『変わってる』って言われる全てのことに繋がってるのも分かってる。
見えない感情を一生懸命綴る。両手に言葉を乗せて、震える唇でそっと息を吹きかける。けれどどうやったって届かない。風のイタズラなのか、誰にも触れすらできやしない。
文字に起こせないもどかしさを抱える。
生まれた曖昧でどっちつかずで当たり障りない定型文を見て顔を顰めた。捨てる。真っ黒な頭の海の中、暗闇に溶けて手を伸ばしたとて届かなくなってゆく文字たちが揺蕩う。
とぷり
小さな気泡が水面に浮かぶ。
『さよならより先に恐れをなして。』
私に二度と会いたくないと思ってくれってことなのかな
『限りなく白に近い黒でいて。』
何を持ってして言うのか分からない。
横顔やその瞳はどんな姿なのか目立ってはくれない。
全ての物事に必ずしも意味や理由があると思うのはバカだと君は言う。
でもそれは明確に言葉にできないだけであって、確かに何かがあるんだと僕は思うんだ。
これを君に伝えたらなんて言うのかな。
想像もつかないや。
君は君を予測されるのを嫌うだろうし、こう思うことも嫌がるだろうね。
いつだって君は予想外を来るから。極端で曖昧で、情熱的で怠惰で、計画的で奔放で。正しいが存在しない君の存在は誰かを、僕を、救う。
夏の雨は全て梅雨なら、全て梅雨のせいにできるのに。
窓縁に挟んであるのは、チラシで作った紙飛行機。隙間風に吹かれてゆらゆらと不安定だ。そんなのを眺めながらいつだって僕は全てのことをしているし、何もしていない。そう言う僕は思想犯っていう称号を片肩に乗っけている。いつだって煩わしい肩凝りのせいで全身が少しずつ歪んでゆく。
ありがとうと言えばさよならが次いで出る。そんな世界に僕は何を思うのか、分からない。
どうせ一人なのにさ
フィクションを飾って自分を彩る。
何を恥じればいいのか、何を悲しめばいいのかは決めたくない。
明るい空よりも足元の雑草の方が強い。
苦手を苦手のままにしちゃならないだとか、努力をしてみる機会を与えるだとか、そういうの自分で決めちゃダメですか。
常に誰かに足を引っ張られて、もつれて、顔から転げる。進もうとすれば阻んでくる。
それならもう何もしたくないんだ。
嫌なんだ。もう。
人を責めるのも疲れるし、
鮮やかな桜がいつしか嫌になっていた。
純粋な気持ちで何も考えずただそのままの美しさ讃えることできなくなってたんだ。
そんな余裕なんてなくて花弁をむしり取りたくなる衝動に駆られるんだ。
飽きればきっとそっと。
嫌な性格でもいいよきっと治るからなんてさ
受け入れるふりすんのもうやめなよ
上や前を向きなさいなんてさ
下や後ろ見たっていいだろ
明るい未来なんて要らない
そんなのに押し潰されるのは結局は自分自身。
飽きて逃げればその先に何があるの?
責任放棄なんてへっちゃらだ、って。笑って見せてよ。違うでしょ、その顔は。随分と強張ってるけど?
馬鹿で阿呆で屑で無様で滑稽で鈍間で愚図で
憎しみ込めて愛してよ。
君のことだけはちゃんと無視してあげるからさ
沢山の人が住んでるこの体ではさ、混み合ってる訳でもないと思うからさ。
きっとそっと感謝するほどでもないからさ。
完璧な社会秩序の姿を箇条書きで刻む。
枠から外れないように。
失態を犯さないように。
信頼を損なわないように。
身体という身体を隙間無く描き詰めて、黒くなる。
そうだ、本質なんて変わらない。
大人は子供だったんだから、子供だって大人と大差無いことを思う。
目立ちたく無いからと多数のふりする。教室があまりに狭く見える。
“常識”って表紙書かれた生きるマニュアルを、みんな揃って机の上に広げて、先生が教壇に立って読む。
優等生は通る声で述べる模範的答えに自信気だ。
百点満点の道徳の答えを導いて、満足気に頷く先生。
「答えなんてないんだよ」
と言いつつも答えは必ず存在していました。
不正解はありました。間違いはありました。
「それは違うでしょう?」
と諭されるだけなのでした。説得させられて、異物を飲み込んで歪んで。
「そうですね」
「分かりました」
どうにも作る笑みに粘り気のある音がして、全てを洗いたくなる穢れを感じました。
教えなのか洗脳なのか、よく分からなくなってくるんです。
配られたチラシのSOSナンバー。
大きな鼓動の音抱えて電話マークに指吸い込まれた。
ぽつり語れば電話越しに聞こえた溜息。
声に被せてくる素っ気ない相槌。
『誰にでもくる時期だ』と丸め込まれて、
『いつでも君を支えるよ』と言いつつも、
『それは当たり前だから大丈夫だよ』とただ突き放されるだった。
僕ら人間は自分の体面守るのに必死なんだね。
白白しく良い顔してわざとらしく良い姿見せつけて計算して幕に入り込みヒーローを演じて自分の存在価値を自他共に認めさせるのが常なんだね。とても弱いんだね。
そう生きるのがどうであれ、結局は賞賛されるから。
群れだから助け合うわけでもないから。
あまりに綺麗な人には触れられない。優しいわけじゃない、ただ“まだ知らない”それがたまらなく見ていて危なっかしい。
蛇に睨まれる。まるで僕がドブネズミだって言いたいようだね。
聳え立つ校舎には、『悪を正す』って太文字で書かれた布がひらひらと緩やかな春風に広がっていた。
青空のもと、粗末に着こなすスーツとがなるような笑い声が、卑しくてたまらない。教師を名乗るあまりに胡散臭い奴が人望を集めているのを見る限り、僕がただの馬鹿で滑稽な奴なんだろうね。
その掲げられた大層素晴らしいテーマが気に食わない。
どこの誰かの基準に嵌められて、出された「優勢」ってレッテルが、僕の首を締め続けます。
優勢ならば「好きです」と言われ、
劣勢ならば「近寄るな」と言われ。
何を食べたら優勢や劣勢から抜け出せますか?
自分が正しいと信じて疑わないから、タチが悪いんだ。