深々と雪が降り積もる。
大地が白く染まっていく。何もかもすべて、覆い隠していく。
厚い雲に覆われた空を見上げ、白い大地を見下ろす。
微かな吐息もまた、白く染まっていた。
「寒い……」
ふるり、と肩を震わせる。
このままここにいても意味はない。どれだけ待っていても白以外の色は見えず、況してや待ち人の影すら見えない。
もう一度息を吐く。踵を返し、降り積もる白に跡をつけながら歩いていく。
きっとその跡も、すぐに白に覆われてしまうのだろう。
ずっと待っていたのだと、募る思いすら雪は消してしまうのだ。
髪を櫛で梳く従姉妹の手の心地よさに目が細まる。
「ちょっと、みかん食べながら寝ないでよ。寝るなら布団で寝なさい」
手を止めないまま従姉妹に言われ、閉じかけた瞼に力を入れる。
意識しないと、すぐに寝てしまいそうだ。
仕方がないと、心の中で言い訳をする。
暖かい部屋。暖かいこたつ。従姉妹の手の心地よさ。これで寝るなという方が難しい。
みかんを一房口に入れる。酸味と甘さが口の中に広がり、口元が緩む。ふわふわとした気持ちに、益々瞼が閉じていく。
「だから、食べながら寝ないの……ほら、ちゃんと綺麗に結んであげたんだから、起きなさい」
従姉妹の手が離れ、目を開けた。目の前に置かれた卓上の鏡に視線を向ける。
綺麗に結えられた髪。白のリボンが結ばれていることがどこか気恥ずかしいながらも嬉しくて、小さく笑みが浮かんだ。
だがすぐに、笑みは驚きと恐怖に引き攣った。
「どうしたの?」
不思議そうな従姉妹の声に、彼女には見えていないのだと悟る。
きっとこれは、自分にしか見えないのだろう。
白いリボンの不自然に伸びた端の先。自分の背後。
無表情に佇む幼い頃の自分の手首に、リボンは巻き付いていた。
「これ、あげる」
はにかむ幼子の手の中で、美しい瑠璃色の石が光を反射した。
「いいの?」
「うん、とくべつ。みんなにはないしょ」
くすくす笑う幼子が差し出す石に触れ、少女は小さく声を上げた。
暖かい。幼子の手の熱が石に伝わり、まるで小さな生き物のような温もりを感じていた。
「どうしたの?」
首を傾げる幼子の両手を、手のひらの中の石ごと包み込む。子供特有の高い体温を感じながら、少女はほぅ、と吐息を溢す。
「ありがとう。大切にするね」
幼子の黒く大きな瞳に映る自身の不格好な笑みを見ながら、少女はありがとうと繰り返す。
温もりが切ない痛みを孕み出すのを、必死で気づかない振りをした。
ふとした瞬間に浮かぶ、誰かの姿。
記憶の中にはいない。知らないはずなのに、懐かしい。
意識して思い浮かべようとすれば、その途端に掻き消える。忘れよう、気づかないふりをしようとするほどに、姿は濃くなり離れない。
心の片隅にいる、見知らぬ誰か。
霞む消えない面影に、目を伏せ嘆息した。
しんしんと雪が降り積もる。
辺りはすべて白に染まり、どこから来たのか、どこへいくべきなのかも分からない。
ほぅ、と息を吐き出した。その息もまた白く、悴む指の赤が目についた。
「あぁ……」
溢れた声は白が掻き消し、何一つ残らない。
とても静かだ。
雪は降る。指の赤すら、白に染めていく。
唇が震えるが、声は出なかった。
きっと、雪が飲み込んでしまったのだろう。