「これ、あげる」
はにかむ幼子の手の中で、美しい瑠璃色の石が光を反射した。
「いいの?」
「うん、とくべつ。みんなにはないしょ」
くすくす笑う幼子が差し出す石に触れ、少女は小さく声を上げた。
暖かい。幼子の手の熱が石に伝わり、まるで小さな生き物のような温もりを感じていた。
「どうしたの?」
首を傾げる幼子の両手を、手のひらの中の石ごと包み込む。子供特有の高い体温を感じながら、少女はほぅ、と吐息を溢す。
「ありがとう。大切にするね」
幼子の黒く大きな瞳に映る自身の不格好な笑みを見ながら、少女はありがとうと繰り返す。
温もりが切ない痛みを孕み出すのを、必死で気づかない振りをした。
ふとした瞬間に浮かぶ、誰かの姿。
記憶の中にはいない。知らないはずなのに、懐かしい。
意識して思い浮かべようとすれば、その途端に掻き消える。忘れよう、気づかないふりをしようとするほどに、姿は濃くなり離れない。
心の片隅にいる、見知らぬ誰か。
霞む消えない面影に、目を伏せ嘆息した。
しんしんと雪が降り積もる。
辺りはすべて白に染まり、どこから来たのか、どこへいくべきなのかも分からない。
ほぅ、と息を吐き出した。その息もまた白く、悴む指の赤が目についた。
「あぁ……」
溢れた声は白が掻き消し、何一つ残らない。
とても静かだ。
雪は降る。指の赤すら、白に染めていく。
唇が震えるが、声は出なかった。
きっと、雪が飲み込んでしまったのだろう。
夢を見た。
優しく、悲しく、愛おしく、憎らしい。いくつもの感情が混ざり合った、どろどろとした夢を見た。
手を伸ばしてみる。
届かないそれに、密かに安堵した。
届いてはいけないのだ。届いてしまったのなら、その瞬間からそれはただのものとなってしまう。ものとなってしまえば、すぐに興味をなくしてしまうのだろう。
手が届かない。だからこそどうしようもなく惹かれる。
難儀なものだ。自分のことながら呆れてしまう。
馬鹿馬鹿しいと嘆く。
そんな夢を見た。
聞こえるのは、誰かの囁き。
けれど目を開けても辺りは黒一色で、何一つ見えなかった。
「誰か……」
呟いても、返る言葉はない。ただひそひそと囁きが満ちている。
手を伸ばす。触れるものはなく、冷たい宙を掻くだけだった。
一歩、足を踏み出した。見えないことの不安はあるが、このままここに一人きりであるのは、もっと恐ろしいことのように感じていた。
ゆっくりと歩き出す。どこに進んでいるのかは分からない。
何も見えない暗闇の中、僅かな光を求めて彷徨った。