聞こえるのは、誰かの囁き。
けれど目を開けても辺りは黒一色で、何一つ見えなかった。
「誰か……」
呟いても、返る言葉はない。ただひそひそと囁きが満ちている。
手を伸ばす。触れるものはなく、冷たい宙を掻くだけだった。
一歩、足を踏み出した。見えないことの不安はあるが、このままここに一人きりであるのは、もっと恐ろしいことのように感じていた。
ゆっくりと歩き出す。どこに進んでいるのかは分からない。
何も見えない暗闇の中、僅かな光を求めて彷徨った。
きらきら輝く一番星。
あの子のような光に、そっと手を伸ばした。届くはずのない星はどこまでも美しく、目を惹きつけてやまない。
一番星でなくとも構わない。小さな星屑の欠片でもいい。
星になって、あの子の側にいれたのなら。
馬鹿なことを考えてみる。
虚しくなって手を下ろし、力なく目を閉じた。
遠くで鐘が鳴っている。
教会の鐘だろうか。厳かに響く音に、顔を上げて空を見た。
薄い青を滲ませる空から、ふわりと冷たい白が舞い降りてくる。
風花。季節はすっかり冬へと変わってしまった。
鐘が鳴る。澄んだ空気を震わせて、聞き馴染みのない音が響く。
雪と共に風が歌を運んだ気がして、逃げるように家路を急いだ。
スノードームの中で降る雪を見ながら、小さく溜息を吐いた。
窓の外を見る。青く晴れ渡る空のどこにも雪の気配はない。
逆さまにすれば、ドームの中で雪は繰り返し降り続ける。この家も逆さにすれば、雪は降ってくれるだろうか。そんなおかしなことを考えながら、スノードームを机に置いて、ベッドへと倒れ込んだ。
仰向けで見上げた窓の外。逆さまの空には、やはり雪の気配はなかった。
白い月に照らされた道を、無心で駆け抜けていく。
ちらりと一瞥した空には、無数に煌めく星々。今にも落ちてきそうで、ふるりと体を震わせた。
朝はまだ来ない。この道を越えた先にあるのだろう。
足はまだ動く。息苦しさはあるが、我慢できない程ではない。いつまでもここに留まっているよりも、多少無理をしてでも先に進みたい。
きっと、一度でも立ち止まってしまったのなら、二度と走れない気がした。