sairo

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白い月に照らされた道を、無心で駆け抜けていく。
ちらりと一瞥した空には、無数に煌めく星々。今にも落ちてきそうで、ふるりと体を震わせた。
朝はまだ来ない。この道を越えた先にあるのだろう。
足はまだ動く。息苦しさはあるが、我慢できない程ではない。いつまでもここに留まっているよりも、多少無理をしてでも先に進みたい。
きっと一度でも立ち止まってしまったのなら、二度と走れないのだろうから。



「いつまで走るの?」

重い足を引き摺りながらそれでも立ち止まらずに走り続けていれば、何処からか声が聞こえた。
淡々とした、感情が乗らない声音。足を止めずに辺りを見回すが、誰の姿も見つけることはできない。

「どこまで走れば、終わりが来るの?」

声は問う。だが答えることはできない。
いつまでなのか、どこまでなのか。走り続けている自分でさえも分からなかった。
空を見上げる。白い月も無数の星々も、凍り付いたように動いてはいない。
朝は来ない。思い浮かんだそれを否定するように首を振り、足に力を入れた。

「朝は来ない」

だが否定した思いを、声が告げる。無機質な冷たさで、まるで事実だと言わんばかりに朝は来ないと繰り返した。

「朝は……」

否定しようと口を開くが、最後まで言葉にならない。
足が重い。段々と速度が遅くなり、足も上がらなくなってくる。
前へ進めない。足が前にでない。次の一歩が出ず、地に着いたまま僅かにも動かせずに立ち止まる。

止まってしまった。


荒い息を吐きながら、もう一度辺りを見回した。
広い草原。生き物の気配のしない、見知らぬ場所。変わらない夜空。

「朝は来ない」

聞こえた声に、振り返る。

「――あぁ」

呻くような声が漏れた。声と同じく無表情に佇む親友の姿から目を逸らせない。
膝が震え、崩れ落ちる。喘ぐように浅い呼吸を繰り返し、ただ目の前の親友を見上げていた。

「朝は来ない。抱えたものが多すぎて、それが朝を遠ざける」

動けない自分を見下ろして、親友が指をさす。それを目線だけで追いかければ、月明かりに伸びた自分の影を見た。

「抱えた、もの……」

目を見張り、影を凝視する。自分の影でありながら、歪に膨れ蠢くその醜い形。
これが抱えたものだというのだろうか。無数の手が絡みつき、誰かの頭が聞こえない呪詛を叫び続けている。元の自分の形すら分からぬ程に膨れ上がってしまっている。

「置いていって。夜を超えるために、余計なものは切り捨てろ」

親友は告げる。
今もなお膨張し続ける影に近づき、膝をついて手を差し入れた。
ややあって引いた手に握られていたのは、どろどろとした黒い何か。影から取り出された瞬間に、歪な言葉を響かせる。
悲しみ比較して、罵倒する。最後にはお前が代わりになればと願われる。
永遠と続く呪いの言葉を、親友は表情一つ変えずに握り潰した。ぐちゃりと気持ちの悪い音を立て、辺りに静寂が取り戻される。
親友は何度も影に手を差し入れては、黒い何かを引き摺り出し握り潰すのを繰り返す。時折絡みつく黒い腕を引き出しては、腕を振り草原の向こうへ投げ捨てる。
呆然としている間に、自分の影は段々と元の形を取り戻していった。

「これでまた、走れる。夜を越えていける」

最後らしき黒い腕を引き抜いて、親友は呟いた。
こちらを振り返る親友と視線を交わす。無表情の目の奥にかつての穏やかさが見えて、手を強く握りしめた。
親友と目を合わせながら、ゆっくりと立ち上がる。軽くふらつくものの、倒れることはない。
影が元に戻ったからだろうか。体がとても軽く感じられた。

「――ありがとう」

言いたいことはたくさんある。けれど言葉にできたのは、たったそれだけだった。
親友は淡く微笑んだ。途端に込み上げる苦しさを誤魔化すように、周囲を見渡した。
思わず笑いが込み上げる。景色は変わっていないというのに、何故気づかなかったのだろう。

「そういえばここで、何度も星を見上げては夜空を旅するもしもの話を、二人でしていたっけ」

空を見上げれば、昔と変わらない無数の星々が煌めいていた。懐かしい思い出に浸りながら、行くべき場所に視線を巡らせる。
気づけば親友の姿はない。夜空の下、一人きり。
不思議と寂しいとは思わなかった。あるのは、たくさんの夢を語り信じていたあの頃の、星のように煌めく胸の高鳴りだけ。
一つ深呼吸をして、走り出す。いつまで走るのか、どこが終わりなのかは、やはり分からない。
終わりはないのかもしれない。思い出の夜空を越えて朝を迎えても、その先が続いている限り走り続けるのだろう。

白い月が照らす道を、無心で駆け抜けていく。
足はもう止まらない。立ち止まりたくなるような、体の重さはどこにもない。

「頑張って」

声が聞こえた気がした。
小さく笑みを浮かべ、答えの代わりに走る速度を上げ夜空の下を駆けていった。





駅のベンチに座って列車を待ちながら、震え続けるスマホに視線を落とし、眉を顰める。
着信とメールの多さに辟易する。溜息を吐いてスマホの電源を落とし、バックの中にねじ込んだ。
後で新しいものに買い替えよう。密かに決意して、遠くに見えた列車に気づき、立ち上がる。

どこに行くかは決めていない。けれど今なら、どこへだって行ける気がした。
ふと夜空を走る列車を親友と語り合ったことを思い出す。夜空を越えた先に何があるのかを想像し、二人で笑い合っていた。
ふっと笑みが溢れ落ちる。行き先を決めず終点まで向かう自分を親友が知れば、あの時のように想像を膨らませ笑ってくれるだろうか。そんなことを思いながら列車に乗り込んだ。
体が軽い。見知らぬ場所に行く不安はなく、あるのは煌めく期待だけ。

幼い頃のような無邪気さで、夜空を越えた先に見える景色を待ち望んでいた。



20251211 『夜空を越えて』

12/12/2025, 9:42:46 AM