次に目が覚めた時、日はすでに高く昇っているようであった。
ベッドから抜け出し、カーテンを開ける。明るい日差しに少女は目を細め、深く息をした。
無事に朝を迎えられた。その事実が何よりも少女を安心させた。
「――準備、しなきゃ」
呟いて、少女は窓に背を向ける。頭の中で予定を組み立てながら、身支度を整えるため部屋を出た。
少女が居間へ下りると、すでに仕事へと出たのか両親の姿はなく、祖母が一人椅子に座り微睡んでいた。
祖母の横を通り過ぎ、台所へ足を踏み入れる。昨日見た悪夢が尾を引いているのか、食欲はない。
それでも何か口にしなければと、食パン一枚をトースターにかける。冷蔵庫から冷えた麦茶を取り出してコップに注ぎ、一息に飲み干した。
意識していなかっただけで、喉は渇いていたらしい。空のコップに麦茶を注ぎ足し、焼き上がったパンを皿に乗せて居間へと向かった。
居間ではまだ、祖母がゆらゆらと微睡んでいる。年のせいか最近は会話も難しくなってきている彼女だが、この家については誰よりも詳しい。特に家の守り神については、少女も幼い頃に祖母から聞かされた事があった。
――先祖を助け、この地まで導いたとされる守り神。
幼い頃に聞かされた物語であった故、少女はその話の殆どを覚えてはいない。だが何故かその守り神が気になり、食パンを麦茶で流し込んでから、祖母へと向き直った。
「ねぇ、おばあちゃん。この家の守り神様って…誰なの?」
祖母は答えない。
少女は一つ息を吐き。空になった皿とコップを持って、立ち上がった。
「――たら、……さ…せ」
小さな囁く声が聞こえた。少女は足を止め振り返る。
祖母は変わらず俯いている。しかしぽそぽそとした何かを語る声は続いていた。
「どうしたの?何、おばあちゃん」
祖母へと近づく。先ほどよりは聞こえるようになった声は、だが何を言っているかまでは分からない。皿とコップを机に置き、少女は身を屈めて祖母の口元へと耳を寄せた。
「夜道で迷ったなら、北の星さ探せ。北の星は動かんからの」
眉を寄せる。何が言いたいのだろうか。
言葉の真意を尋ねようと、少女は祖母へと視線を向け。
静かに見つめる祖母と、目が合った。
「おばあ、ちゃん?」
「燈里《あかり》。夜道で迷ったなら、北の星さ探せ。燈里を導いてくれるべな。んだども」
真剣なその眼差しに、少女は何も言えずに息を呑む。祖母の痩せた手が少女の頬を撫で、忠告する。
「トウゲン様にゃ、気ぃつけぇ。望み過ぎたら、持ってかれるけぇの」
トウゲン様、と祖母は言った。
それは少女の家に代々奉られている、神の名だった。
「それって、どういう」
「気ぃつけぇ、燈里」
忠告を繰り返し、祖母の目は虚ろに閉じていく。
細い呼吸は弱いながらも規則正しく、寝入ってしまった事を示していた。
「おばあちゃん」
どこか途方に暮れる気持ちで、少女は身を起こす。
これ以上は何を聞いても答えはもらえないだろう。仕方がないと諦めて、少女は洗い物を手に台所へと向かった。
洗い終えた皿とコップを片付け、少女は何度目かの溜息を吐く。
考えるのは、先ほどの祖母の言葉だ。
北の星。導き。トウゲン様。手がかりを求めて祖母に尋ねたというのに、逆に分からない事が増えてしまった。
やはり、先生に尋ねるしかないだろう。昨日の放課後に見せてもらった資料だけでも、頼めば貸してもらえるかもしれない。
緩く頭を振って意識を切り替える。分からない事ばかりではあるが、出来る事は少ない。ならば先ずは出来る事から始めなければ。
学校は休みではあるが、おそらく先生は学校にいるだろう。出かけるための準備をするため、少女は台所を出て――。
「――え?」
まるで電気が落ちるように、目を塞がれるように。
目の前が暗くなる。
「え。何、何が…?」
慌てて振り返る。だが視界に広がるのは闇ばかりで、台所も居間も、少女が知る場所もものも何一つ見当たらなかった。
鼻腔を擽る湿った土の匂いが、ここが外だと伝えている。暗がりに慣れてきた目が、周囲の鬱蒼と生い茂る木々を捉えて、少女はふるりと体を震わせた。
暗い。目が慣れてきてはいるが、殆ど見えはしない。灯りがないからとはいえ何かがおかしいと、少女は空を見上げて気づく。
暗い夜空には、月がなかった。
朔の夜だ。頼りになるのは、無数に煌めく星明かりのみ。
――夜道で迷ったのなら、北の星さ探せ。
不意に、祖母の言葉を思い出す。
夜空で動かない北の星。方角すら分からない今、動かない星を探すなど出来るはずもない。そうは思えど他に頼る当てもなく、少女は必死で空を見上げて星を探す。
「――あれ?」
視界の隅。暗い道の先で何かの灯りが見えた気がした。
視線を戻し、辺りを見渡す。ある一点、ぼんやりとした小さな丸い灯りが見えていた。
そろり、と足を動かす。踏み出す先に、茂る草や岩などの障害物は感じられない。転ばぬようにゆっくりとした足取りで、少女は灯りの下へと歩き出した。
近づくにつれ、それは提灯の灯りである事に気づく。
誰かが提灯を手に、道に佇んでいる。それが誰であるのか、不安に竦む足を動かして、少女は提灯を持つ誰かの元へと歩いて行く。
「――先生」
「あぁ、やっぱりか」
見知った顔が見えて、安堵からか少女はその場に崩れ落ちた。今更ながらに恐怖が込み上げて、立ち上がる事など出来そうにはない。漏れ出る嗚咽を噛み殺して、少女は涙で滲む視界で彼を見上げた。
「どうして、ここに?なんで、私…」
「夢を見ただろう?この村の過去の夢だ。そして西の奴の声を聞いてしまっただろう?」
「この、村…?」
涙を拭い、少女は彼の背後に視線を向ける。小さな提灯の灯りだけでは、はっきりとは見えないが、朽ちた家らしき物の残骸が見て取れた。
「ここは宮代が今まで見てきた、村だった場所だ…どうする?」
「どうって。何が…」
困惑しながら、少女は彼を見る。何も分からないのだと、静かに首を振った。
「逃げるか、進むか…逃げた所で、時間稼ぎにしかならないし、終わる事もない。運良く逃げられても、他の誰かが選ばれるだけだ」
ひゅっと、悲鳴が喉に張り付いた。昨日見たあの小さな子供の目が脳裏を過ぎる。
「――進むとしたら?」
「怖い目にはあうだろうし、運が悪ければ取り込まれるが、終わらせる事が出来る」
膝をついて、彼は少女を見据える。笑みを浮かべた、それでいて強い目が、少女の選択を待っていた。
「私が取り込まれそうになったら、先生は助けてくれますか?」
「宮代がそれを望むなら、先生は助けよう」
昨日と同じ答え。少女は目を閉じ、深く呼吸をした。
目を開ける。真っ直ぐに彼を見つめて。
「お願いします。その時は、助けてください」
彼に、望んだ。
20250420 『星明かり』
どこか遠く。祭囃子の笛の音が聞こえた。
賑やかな子供達の声。楽しげな談笑。
今宵も繰り返される悪夢に、少女は密やかに嘆息した。
目を開けた。視界に広がる、祭の光景。
ぼんやりと、闇夜を照らす提灯の灯り。様々な種類の出店。行き交う人々。
「――え?」
違和感に眉を潜めた。見続けている悪夢と唯一、だが明らかに異なるそれに、少女は困惑し辺りを見渡した。
――祭を楽しむ人の姿が影になっている。
まるで影絵でも見ているような。現実味の薄い光景は、少女を益々不安にさせる。
視線を落とし、自身の姿を見下ろした。
他の影とは異なり、手足や衣服に色彩はある。少女だけが、影ではない。
影の人々が集う中、少女だけが異質だった。
不安で立ち尽くす少女の横を、小さな影が過ぎていく。跳ねるような足取りで、奥の方へと駆け抜けていく。
その先に何があるのか。
考えるより先に、少女の足は動き出す。得体の知れない不安に突き動かされ、影を追って駆け出した。
軽やかな笛や太鼓の音色。
舞台上で奏でられる音に合わせ、演者が舞う。
だがやはり、奏者も演者も他と変わらず影の姿だ。着けている面ですら影に変わり、少女は困惑と不安に足を止めた。
視線を巡らせ、先ほどの影を探す。
舞台の前。いくつもの大きな影に紛れて、あの小さな影が舞台を見上げているのが見えた。
影を掻き分け、舞台に近づいていく。何故こんなにも、あの小さな影が気になるのか、少女にも分からない。だが見ない振りは、とても怖ろしい事のような気がしていた。
不意に、空から何かが影へと降ってくる。ふわり、ひらりと舞い降りるそれは、桜の花びらのようであった。
薄紅とは程遠い、深紅の花びら。それが本当は何であるか、少女は知っていた。
放課後の図書室。少女から落ち、少女の先生が拾い上げ握り潰した。黒くて赤い、花びら。
だが色が違う。放課後に見た赤と、影に降ったその赤では、明らかに色の濃さが異なっている。
それが何故かを考えて。少女は思わず息を呑んだ。
それは、血の色。
それは、祭で選ばれた者の行く末であり、人が望み山が応え続けた業の色。
はっとして、影を見る。気づけば小さな影は舞台へ上がっていた。その先を理解して、少女は止めるために舞台へと上がる。
刹那、視界が歪む。目眩にも似た感覚に、耐えきれず少女は目を閉じて。
次に目を開けた時。そこは舞台の上ではなく。
狭く暗い室内へと変わっていた。
「――ここ、は?」
軽く頭を振り、少女は辺りを見渡した。
出口が、ない。否、見えないといった方が正確か。灯りのない室内は、何があるのかさえ分からない。
僅かに見えるのは、四方の壁。
そしてはっきりと見える、それぞれの壁に取り付けられた、翁面。
かたり、と音がした。
視線を巡らせる。ある翁面を視界に移し、少女はひっと、小さく悲鳴を溢した。
面の目が開いた。虚ろな隙間から、鋭い眼差しが覗く。
かた、かたり、と翁面が揺れる。徐に宙に浮かび上がり、少女の元へと近づいていく。
怯えて後退る少女の視界が、蹲る小さな影を捉えた。少女の傍らにいたらしい影は微動だにせず、近づく翁面にも反応を示さない。
少女の足が止まる。翁面が近づく恐怖よりもなお怖ろしい予感に、少女の手が影へと伸びるが、それより早く翁面が影へと近づいた。
小さな影の目の前で、翁面は止まる。鋭い眼差しが、見定めるように影を見つめ、口を開いた。
「此度は西が頂く…豊穣の約束に応えよう。すべては人間の望むままに」
無感情な声音。聞き覚えのある、記憶にない声が少女の鼓膜を震わせる。
ぞわり、と背筋を駆け上がったのは本能的な恐怖か。少女は無意識の内に、一歩後退った。
闇が蠢く。翁面から何か得体の知れないモノが溢れてくるのを、目を逸らす事も出来ずに少女はただ見ていた。
「――ひ…ぁ、あ……」
溢れ広がる影より昏い闇が、蹲る影を覆っていく。それはどこか蜘蛛が獲物を捕食するようにも、木の根が養分を吸い上げているようにも見えた。
呆然と見つめる少女の視線の先で、小さな影が僅かに揺らいだ。黒が剥がれ落ちるように、花開くように色彩が浮かび、小さな影は年端もいかぬ子供の姿へと変わっていく。
「っ!待って」
慌てて手を伸ばすも、闇に阻まれ届く事はない。見ている事しか出来ない少女の前で、影だった子供が闇に飲まれて行くその瞬間に。
子供の無感情な目が、少女の泣きそうに歪んだ目を見つめた。
「ど、して…なんでっ」
崩れ落ちた少女の言葉に、答えは返らない。
子供を飲み込んだ闇は暫し動きを止め、蠢きながら再び翁面へと戻っていく。開けたその場所には、もう誰もいない。
涙で滲む視界で、溢れた闇を収めた翁面が静かに元の壁へと戻っていくのを、少女は唇を噛みながら睨み付けた。
ふと、床に何かが落ちている事に気づく。
乱暴に目元を拭い、視線を向ける。子供が蹲っていたその場所に、赤が落ちていた。
祭で影に降ったそれよりも、色を濃く赤くして。
一枚の花びらが、落ちていた。
泣きながら、目が覚めた。
まだ暗い室内に、一瞬息が止まる。涙を拭い見上げる天井が見慣れた自室のものである事に気づき、少女は安堵の息を吐いた。
ゆっくりと起き上がる。震える肩を抱きながら、夢の内容を思い返し、目を伏せた。
あれは、過去の祭だった。少女が今まで夢で見続けていたものよりも遙か過去の祭。祭で山の妖が一人を選び、村はその一人を捧げる事で山からの恵みを受け取る。夢で見たのはその過去の記憶だった。
はぁ、と深く溜息を吐く。少女の脳裏にはまだあの子供の目が焼き付き離れない。
何もかもを諦めた、何も感じていないかのような虚ろな目。あの村では祭で選ばれた者が捧げられるのが当然だと、そう示しているかのような目だった。
焼き付く目を忘れようと頭を振って、少女は顔を上げる。何気なく、そのまま上を見た。
「――っ!」
花びらが舞っていた。たった一枚。少女の元へと舞い降りてくる。
引き攣った悲鳴が喉を震わせる。恐怖で動けない少女を嘲笑うかのように、殊更ゆっくりと花びらは降って。
少女の目の前。不自然に花びらは動きを止めた。
ぴし、と微かな音がする。よく見れば、花びらに霜が降りていた。霜が広がり、花びらを凍らせていき。
ぱりん、と。
儚い音を立て、花びらは中心から粉々に砕け、跡形もなく消えていった。
――祭はもう始まっている。
先生の言葉を思い出した。確かに祭は始まり、もう止める事は出来ないのだろう。
始まったのならば、終わらせなければいけない。止めるのではなく、終わらせる。
少女の脳裏を焼く子供の最後を、あの翁面を思い出す。
見ているだけでも恐怖で体が震えるほどであった。あの恐怖が今度は見るだけでなく、いずれ実際に身に起こるのだろう。その前に動かなくてはいけない。
少女はカーテンに覆われた窓へと視線を向ける。まだ夜明けは遠い。
一つ深呼吸をする。落ち着きを取り戻した自身の鼓動を感じながら、少女は再びベッドに横になった。
――朝が来たら、先生に会いに行こう。
少女には祭を終わらせるための知識はない。だがかつて山の妖の一人だったという先生ならば、何か知っている事があるかもしれない。
目を閉じる。目覚めた後の予定を考えながら、もう一度眠りにつく。
今度は、あの祭の夢を見る事はなかった。
20250419 『影絵』
「珍しいな。宮代《みやしろ》が調べ物なんて」
夕暮れの図書室で、資料に埋もれるようにして彼女はいた。
「先生」
「どうした?困り事か」
眉を下げか細い声を出す彼女に、言い知れぬ不安を覚えて歩み寄る。彼女の纏う雰囲気からは決して楽観視出来ぬ状況だろうと察せられたが、努めて明るく振る舞った。
さりげなく彼女の座る机の上に積み上がる書物を一瞥する。どうやらこの周辺の古い伝承などを、調べていたらしい。特に今は廃れた祭に関しての資料が多い。
「ここの歴史を調べてるのか。それほど詳しいって訳でもないが、先生も一応ここの生まれだからな。何を調べているか教えてくれれば、答えられるかもしれないな」
「先生」
不安に彷徨う目が机の上の資料を見、こちらを見る。これ以上不安がらせないようにと笑ってみせれば、彼女は少しだけ落ち着いたようだ。深く息を吐き、先生、と小さな声が呼んだ。
「例えば、ですが。見た事聞いた事のないものを、はっきりと知覚出来る事って…例えば、ですけど。そんな事はあると思いますか?」
「既視感《デジャビュ》の事か?」
彼女は静かに首を振る。泣きそうに目を伏せて、手がスカートに皺が寄るほど強く握り締められる。
机の上の資料に視線を向けた。彼女は答えが欲しい訳ではない。否定するだけに足るものが欲しかったのだろう。
吐き出した溜息を、椅子を引く音で誤魔化して。
音を立てて椅子に座り、彼女を正面から見据えた。
「宮代」
「はい、先生」
答えはするが、顔は伏せられたまま。何かを怖れる彼女を今は気にせず、語りかけた
「話せるなら聞いてやる。解決は約束出来んが、それでもいいならな」
びくり。彼女の肩が震えた。
恐る恐るといったように、彼女は顔を上げる。怯えと不安を濃く宿した眼で縋るように見つめながら、言葉を探しつつ、彼女は口を開く。
「夢を…見るんです。お祭りの夢。夜に、笛とかのお囃子が聞こえていて。提灯が並んでて。出店もあって…桜が綺麗でした。満開の桜。風に花びらが舞って。面を付けた人たちに降り注ぐみたいに…」
そこで彼女は一度口を噤む。夢の内容を思い返しているのか。視線が宙を彷徨い、何かに気づいたかのようにこちらに視線を向けず、再び語り出した。
「そう。そうだ。舞台があって、その上で面をつけた人たちが演奏したり、踊ったりして…それで。わたしは、わたしも」
かたかたと小刻みに体が震え出す。ひゅっと、呼吸が乱れていくのを見て、立ち上がり彼女の目を手で覆った。
「もういい。大体分かった。夢で見た祭が本当にあったのか、それともただの夢なのかが、知りたい訳だな」
力なく頷く彼女の目から手を離す。
変わらず怯えや不安が色濃い目をしているが、落ち着いているようだ。椅子に座り直し、彼女に視線を向けた。
「これだけ、聞かせてくれ。舞台の上の奴らは、どんな面をしてた?」
「えっと…動物、だった気がします。狐とか、狸とか。そんな感じのお面」
「人間の面はなかったか?例えば、翁。女。男」
彼女の視線が上を向く。記憶を辿るようにして、あぁ、とか細い声があがった。
「あった。気がします。確か、翁の面が。四人、舞台の隅で、見ていた」
思わず重苦しい溜息が漏れた。
肩を震わせ口を噤む彼女に、すまん、と一言添えてから、席を立ち司書室へと向かう。棚の奥、仕舞い込まれていた書物を取り出し、彼女の元へと戻った。
「何ですか、それ」
「昔滅んだ、ある村の記録だ」
封を解き、頁を捲る。目的の頁を開いて、彼女へと差し出した。
「ぁ…そんな、の」
「宮代が見たのは、これだな」
手書きで描かれた、舞台の上の神楽の様子。
そしてその隣に描かれた、小さな社の内部。その四方には翁の面が取り付けられていた。
「この村ではな、山からの恵みを受けて生きてきたんだ。恵みを受ける代わりに、春先に人間は祭を行う。集まった者の中から山は一人選び、印として黒に近い赤の花びらを授ける。そしてその印を受けた者を山へとかえす」
「かえ、す?」
「要は生け贄って事だ」
ひっ、と押し殺した悲鳴が漏れる。いっそ目を逸らしてしまえばいいだろうに。だがそれも怖ろしいのだろう。彼女は怯えながらも、その目は書物の文字を辿り続けていた。
「選ばれた者は山奥の社に連れて行かれたきり、戻る事はない。そうする事で、村は山から恵みをもらう事が出来るんだ」
「そんな…ひどい」
「仕方がないのさ。何せ昔の話だ。今よりもずっと貧しかった頃の話だ。毎年、一人を犠牲にする事で村は生き延びてこれたんだ…だが宮代の言うように、酷いと思う奴もいる。特に選ばれた者に近しかった者とかは」
頁を捲る。
「その年に選ばれた娘には、恋人がいてな。そいつがこっそりと、娘に護符を持たせたんだ。人ならざるモノから姿を、気配を隠す護符だ。恋人の言いつけを守って娘は、一晩声を上げずに社の中で過ごして。早朝、待っていた恋人と共に村を逃げ出した。娘は戻らないから、村の者は娘を山へとかえしたと思っている。だが、山はまだ娘をもらっていない…どうなったと思う?」
「どう、って…村が、滅んだ」
「最終的にはそうだな。村と山とが交わしていたのは一種の契約だ。違えれば、相当の代償が伴う…恵みを受けられず、村からは出られずに。村は静かにゆっくりと死んでいったって訳だ」
「っ、先生!」
書物を閉じながら、声を上げる彼女に視線を向ける。先ほどとは違う明らかな警戒を浮かべて、彼女は立ち上がり後退った。
「どうした?」
「なんで…なんで、そんなに詳しいんですか…?」
あぁ、と思わず声が漏れた。
確かに、少しばかり詳しく語ってしまったようだ。苦笑して、肩を竦めてみせた。
「なんでって。そりゃあ…先生はあの当時の、選ぶ側だったからなあ」
恐怖に引き攣る彼女に大丈夫だと、笑って手招いた。しかしさらに開いてしまった距離に、仕方がないかと頬を掻く。
「大丈夫だって。今はこの通り、ただの先生だし…というか、あの山のモノは皆、消えて何もいないはずなんだがな」
「……いない?」
「そう。村が滅んだって事はつまり、山の妖を認識する者がいなくなったって事だからな。人間がいなけりゃ、妖もいなくなる。影みたいなもんだって、思ってくれていい」
「でも…でも、先生、は?」
彼女が疑問に思うのも当然か。仕方がないとはいえ、あからさまに警戒を露わにする彼女に眉が下がる。
「先生はなあ、あれだ。別枠だな。村から逃げてった娘と恋人がいただろ?あの恋人に護符を渡したのが先生って訳」
「なんで。選んでるのに…意味、分からない」
「選ぶってもな。大抵は南や西の奴らが選ぶ訳で、先生は見ている方が多かったしな」
閉じた書物をもう一度開き、頁を捲る。先ほどの四方に翁の面が取り付けられた社の絵を彼女に見せ、言葉を探しながら説明を続けた。
「あの山で、恵みの代わりに一人を選んでいたのが、この翁の面らだ。東西南北、それぞれ季節があってな。人間がどの季節の恵みが欲しいかによって、その年に誰が選ぶのかが決まる。南は夏、西は秋の恵みを与えていたから、必然と奴らが選ぶのが多くなる」
「じゃ、あ。先生、は…?」
「先生はな、北の面だった。冬の恵みなんて、殆どないだろう?だからという訳でもないが、娘の恋人の望みに応えたんだよ」
暇を持て余していた故の、ほんのきまぐれだ。そのきまぐれの結果村は滅び、山の妖は消えたのは、予想もしていなかったが。
況してや村を出たあの人間によって、認識を歪められながらも己が在るなど、想像も出来なかった。
「先生」
微かな声が呼ぶ。首を傾げてみせると、彼女は泣くように瞳を揺らしこちらを見つめた。
恐怖に乱れた呼吸を整えて、徐に口を開く。
「先生は…人、なんですか?」
確かめるような、縋るような声音だった。
ゆるく首を振る。彼女が息を呑む音がやけに大きく聞こえた気がした。
「うんにゃ。先生は、妖だよ…ただ昔とちょっと変わって、とある家の守り神みたいになっちまったがな」
「それって…」
「先生の事は、取りあえずおいといて、だ」
音を立てて書物を閉じる。
彼女が立ち上がった際に落ちたのであろう、椅子に落ちた花びらを拾い上げて彼女に差し出した。
それは、黒のようにも見える赤い色をしていた。
「宮代。このままだと、おまえが見る夢に引き摺られて、あの山に連れて行かれるだろう。とっくに村は滅び、社も朽ちてなくなってしまっているが、それでもこうして選ばれている…今すぐ、選べ」
「選ぶって、何、を?」
「諦めるか、足掻くか。祭はもう始まっている。一度終わったはずの物語が、再び紡がれようとしているんだ。だから主人公である宮代は、どうするか決めなきゃなんない」
彼女の目を見て、告げる。
どこかで理解していたのだろう。彼女は怯えながらも逃げ出さず、視線を逸らす事もなく考えていた。
彼女の足が、一歩前に出る。開いた距離を縮めるように、ゆっくりと歩み寄る。
少し前とは異なる、決意を宿した眼をして彼女は口を開いた。
「私が望んだら、先生は助けてくれますか?」
静かに、はっきりとした声音。
笑って頷き、手のひらの上の花びらを握りつぶす。
「宮代が望むんならな。先生が助けてやろう」
開いた手には、花びらはすでになく。
改めて、彼女に手を差し伸べる。
その手を取り、彼女はお願いします、と頭を下げた。
20250418 『物語の始まり』
険しい山の奥深く。巌《いわお》に坐し、妖が一人禅を組む。
静かだ。鳥の囀りも木々の騒めく音も、まるで妖に倣うかの如く響きはしない。
音を立てずに、風が過ぎていく。妖の髪を結袈裟《ゆいげさ》を揺らす風は、だが妖の意識を逸らす事は叶わず。くるり、と円を描いて、諦めたように風は空高くに吹き抜けていった。
かさり。草を掻き分ける、小さな音。黒い外套を纏った幼子が一人、草の隙間から顔を覗かせる。無言で巌の上の妖を見上げた。
微かに妖の気配が揺らぐ。長鼻の赤い翁の面越しに、幼子を一瞥し。
だがそれも一瞬。揺らいだ気配は凪ぎ、妖は黙したままそこにただ在った。
気配が揺らぐ。短く息を吐いて、妖は錫杖を手に音もなく立ち上がった。
とん、と一本歯下駄で巌を蹴り、軽やかに地に降り立つ。地に座り妖を真似て禅を組んでいた幼子は、しゃんと鳴る涼やかな錫杖の音にはっとして顔を上げた。
「――きたのか」
静かな声が問いかける。妖の面越しに視線を交わしながら、幼子は無言で頷き答えた。
暫し目を合わせ。不意に妖は幼子に背を向け、歩き出す。幼子はそれを止める事はせず。少し遅れて、後を追うように歩き出した。
山奥で修行に明け暮れる妖の元に幼子が訪れてから、一月が経とうとしていた。
――見ているだけであるならば、咎めはしない。
物珍しげに、様子を伺うように妖を見る幼子に、妖は一言だけ告げ、それ以来こうして奇妙な関係が続いていた。
幼子は何も言わない。静かに妖の修行の様を見て、次第にそれを真似るようになっていた。
どうするべきか。
過ぎる思いに、妖は頭を振る。雑念を払うように錫杖を鳴らし。僅かばかり足を速めた。
とさり。
背後の小さな音に、妖は足を止める。妖に追いつこうと急ぎ足になっていた幼子が、足を取られ転んだようであった。
泣き声一つなく、ゆっくりとだが立ち上がる。痛めたのであろう片足を引き摺りながら妖の元まで歩み寄り、少し距離を取って立ち止まった。
しゃん、と錫杖が鳴る。徐に振り向いて、妖は幼子を見据えた。
「何故、訪れる」
幼子の真意を問う声が、静寂に包まれた周囲に凜として響く。
僅かな逡巡の後、幼子は真っ直ぐに妖を見上げて答えた。
「つよく、なりたいから。ひとりでも飛べるように」
纏っていた外套の紐を解く。するりと落ちた外套の下から現れたのは、白の片翼だった。
最初から欠けていたのか、奪われたのか。妖には分からない。徒に詮索する必要も感じない。
静かに幼子に歩み寄る。擦りむき傷になった膝や手のひらと痛めた右の足首を見て、妖は幼子を抱き上げた。
錫杖を地に差し、その手を幼子の傷に翳す。暖かな光が傷を包み、後には傷跡一つ残ってはいない。
「すごい」
驚く幼子を一瞥し同じように痛めた足首も治すと、妖は幼子を抱いたまま空を見上げた。
風が妖の周りで渦を巻く。ばさり、と翼が広がるような音が聞こえ、幼子は辺りを見渡した。
何もいない。少なくとも、幼子の見える限りでは、音に見合うだけの大きな翼を持つものはいなかった。
幼子の髪を背の翼を揺すりながら、風が纏わり付く。もう一度羽ばたく音が聞こえ、風が強く吹き抜けて。
気づけば、妖に抱かれたまま幼子は空を飛んでいた。
見下ろす大地は遙か遠く。見上げる空もまた果てがなく、輝く陽はさらに遠い。
連なる稜線を見ながら、幼子は目を細めた。
それは景色の美しさに見入っているようにも、泣くのを耐えているようにも見えた。
「風を読む事だ。声を聴き流れゆく様を見定めれば、片翼であろうと飛ぶのは容易い」
妖の言葉を肯定するかの如く、風が過ぎていく。ばさり、と見えない翼の音と共に、ゆっくりと下りていく。
そうして地に降り立って、幼子は妖の腕から下りると目に不安と期待を乗せて妖に尋ねた。
「どうやって」
何をすれば風を読む事が出来るのか。今まで妖の真似事をしていただけの幼子には、その方法が分からない。
煌めく目を見返して、妖は一つ息を吐く。膝をつき、己の顔を覆う面に手を伸ばした。
「致し方なし。未だ修行途中の未熟者の手解きで良いならば、貴殿に伝えよう」
面を外し、幼子と視線を合わせ問いかける。
迷いのない目をして、幼子は丁寧に頭を下げた。
「お願いします」
微笑みを携えて、外した面を幼子の頭に被せ妖は立ち上がる。
錫杖を持ち、幼子に手を差し伸べた。
「行くか」
妖の手に幼子は手を重ね、歩き出す。幼子の歩幅に合わせ、静かにゆっくりと。
繋いだ手に視線を向けて、そして妖を見上げる。面はなくとも表情の読めぬ妖を幼子は暫し見つめ、迷いながら口を開いた。
「どこに行くの?」
答えがもらえるかは分からない。そも聞いても良い事なのかと僅かな不安を浮かべる幼子に、妖は穏やかな表情を浮かべ答えた。
「護摩行をする」
「ごまぎょう?」
「炎によって煩悩や業を焼き払い、心願成就を目指すものだ。何か願いはあるか」
願い。繰り返す幼子は、妖から視線を逸らす。視線を彷徨わせ、言葉を探して立ち止まった。
それに合わせ妖も足を止める。言葉なく待ち続ける妖に縋るように視線を向け。
繋いだ手に僅かに力を込めて、幼子は呟いた。
「はんぶんに、会いたい。はねのもう半分…半身に、会いたい」
か細い声に頷いて、妖は再び幼子を連れ歩き出す。
静かな、それでいて熱く狂おしい心の内を幼子の中に感じ取り、妖は強く錫杖を鳴らす。
しゃん、と涼やかで澄んだ音が、辺りに響く。
風が舞う。木々を揺すり、音を立てる。どこか遠くで、鳥の鳴く声が聞こえた。
幼子の始まりを祝福するかのように。
20250417 『静かな情熱』
風に乗って届いた微かな声に、足を止めた。
耳を澄ます。周囲の雑音に掻き消されてしまいそうなほど小さな声は、大切な彼の声だ。
彼が困っている。助けを求めるその声音に、目を細め駆け出した。
「――えっと…何、してるの?」
目の前の光景に首を傾げ、問いかける。
どうなっているのだろう。何故彼は、元の雀の姿でリボンに絡まり、藻掻いているのだろうか。
「丁度良かった。助けて!プレゼントにリボンを巻こうとしたら絡まっちゃったの」
ばさばさと、翼を動かし、彼が懇願する。
無暗に動かしては余計に絡んでしまうだろうに。そうは思うが口にも、表情にも出さず、絡まる赤いリボンに手をかけた。
おとなしくなった彼の頭を指先で一撫でして、リボンを解いていく。然程複雑に絡んでいなかったようで、少しすれば簡単にリボンは解けていった。
「ありがと。偶然通りがかってくれなかったら、ぐるぐる巻きになる所だったよ」
人の姿をとって、安堵の息を滲ませる彼に、違う、と小さく呟いた。
「違う?もしかして、何か用事があったの?」
首を振る。
違う。偶然でも、用事があった訳でもない。
「声がしたから。君の…困っているようだったから」
大切で、大好きな彼の声がしたから。
祖先に猫がいた自分の耳は、確かに他の人よりも良く聞こえる。遠く離れた小さな声も、聞く事が出来る。
でも違うのだ。知らない遠くの声など、形の持たないただの雑音でしかない。他ならぬ彼の声だから、どんなに遠くの声でも、すぐに気づく事が出来るのだ。
そうは思っても、言葉として形にする事は出来ず。
怖がられたりしないだろうか。重いと嫌がられないだろうか。
いつもこうだ。考えて、怖くなって、言葉にするのを諦めてしまう。
今の彼との関係も、彼が何度も思いを告げてくれたからこそだ。彼が途中で諦めてしまったら、こんなに近くにいる事なんて出来なかっただろう。
臆病な自分に嫌気が差す。軽く唇を噛んで、俯いた。
「えっと、その」
戸惑う彼の声がする。気にしないで、と取り繕うとする言葉は、続く彼のどこか浮ついた声音に行き場を失い、解けて消えていく。
「それって。期待、してもいいのかな」
息を呑む。顔を上げて彼を見れば、頬や耳を赤くした彼が、煌めく目をしてこちらを見ていた。
「僕、だからだって。僕の声がしたから、来てもらえたんだって、期待してもいい?」
「――うん」
彼はいつも気づいてほしい時に、ちゃんと気づいてほしい言葉をくれる。考えすぎて、何も言えなくなってしまう自分を根気強く待って、手を差し伸べてくれるのだ。
小さく頷いて、一つ呼吸をする。彼の目を見て、口を開いた。
「遠くにいてもね、声ははっきり聞こえる。他の声は全然気にもならないけれど、君の声は違う。どんなに遠くたって、何をしていたって…君は特別、だから」
思っている事を、言葉として形にしていく。目の前の彼の頬が益々赤くなっているけれど、きっと自分も同じなのだろう。
顔が熱い。鼓動が早くて苦しくなる。
けれどその痛みが、何よりも愛おしい。
「だからね――」
「ちょっ、ちょっと待って!ごめんね。でも少し待ってね」
さらに続けようとした言葉は、彼の手によって塞がれる。言われた通りに待てば、それに気づいて彼は数歩離れた。
ごそごそと何かを探し。そして目的のものを見つけたらしい彼は、深呼吸を一つしてそれを差し出した。
「これ、あげる」
「ありがとう?」
反射的に受け取って、促されて中身を見る。
チケットが二枚。密かに気にしていた、デザートビュッフェのチケットだった。
「いつも助けてもらってるから、たまにはかっこいい所を見せたくて。今度一緒に行かない?」
「いいの?これ…本当に、いい、の?」
チケットを胸に抱き、何度も確かめる。
本当にもらってもいいのか。本当に一緒に行ってくれるのか。
繰り返す自分に、彼は笑っていいよ、と囁いた。
「プレゼントは建前。僕が可愛い彼女とデートがしたいだけだから、ね」
「嬉しい。ありがとう」
「どういたしまして」
嬉しくて、幸せで。笑ってお礼を言えば、彼も笑って答えてくれる。その微笑みに、胸の鼓動が大きく跳ねた。
彼が好きだ。優しくて暖かな彼のすべてが大好きだ。
顔だけでなく、全身が熱を持ちだした気がした。その甘い熱に浮かされて、何も考えずに思った事を口にする。
「大好き。君が好き。優しい所も、格好いい所も。それからちょっとドジで可愛い所も。全部大好き」
「――ぅ、え!?え、えっと、待って!僕も…いや、僕の方が好きだからねっ!」
真っ赤になって叫ぶ彼に、くすくす笑いが漏れる。
何だかふわふわして良い気分だ。このまま手を繋いでもいいだろうか。
笑いながら彼の手を見て。その視界の隅で、解いてそのままにしていた赤いリボンが風に揺らいでいるのが見えた。
視線を向ける。目を細め、動きを見定めて――。
「――ひゃぁ!」
気がつけば、側にいたはずの彼はおらず。手には赤いリボンが握られて。
「きょ、今日も。元気だ、ね」
「――ごめん」
空を見上げれば、雀の姿に戻った彼が、忙しなく辺りを旋回していた。
はぁ、と溜息を吐く。またやってしまった。
「気をつけてはいるんだけど。何だか最近、前よりも動くものを見ると落ち着かなくて」
「そ、それって…僕のせい?」
「違う。と、思いたいけど…どうだろう?」
遠い祖先の猫の血は、今日も変わらず彼との相性を最悪にしている。
好きの気持ちだけでは乗り越えられないものがあるなど、彼に出会う前は物語の中だけだと思っていたのに。
眉を下げ、手にしたリボンを風に流す。揺らぎながら遠くに流れて行くリボンに、疼く衝動を抑えながら彼を見た。
「とりあえず、手を繋ごっか。その方が落ち着くって、前に言ってたもんね」
「――ありがとう。ごめん」
人の姿をとった彼と手を繋ぐ。こんな形で手を繋ぎたかった訳ではないのに、と後悔しながら彼について歩き出す。
「どこか、カフェに寄ろう。甘い物食べたら、もっと落ち着くよ」
励ます彼の声は、変わらず優しい。
それに益々落ち込む自分に気づいて、彼は立ち止まった。
「大丈夫。大丈夫だからね」
いい子いい子、と頭を撫でられる。その手の温かさに、少しずつ沈んでいた気分が浮上していく。
目を細め、喉を鳴らして彼の手に擦り寄って。
「大好き」
「僕の方が好きだよ」
彼と目を合わせ、笑い合った。
20250416 『遠くの声』