sairo

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3/18/2025, 2:07:54 PM

「今度の週末、これに行かない?」

そう言って差し出された雑誌に目を落とす。

――『この春おすすめ。スイーツバイキング特集!』

カラフルなポップで書かれたタイトル。綺麗で美味しそうなケーキの数々。
目を瞬いても、変わらない。彼に化かされている訳ではないらしい。

「えっと…こういうの、食べて大丈夫?」
「狐は雑食だから、多分大丈夫。ボクのお姉ちゃんもよく行ってたし」
「――そ、そっか」

雑誌を見る振りをしながら、さっきまではなかったはずの彼のしっぽを見る。ゆらゆらと落ちつきなく揺れているのは、不安からだろうか。
雑誌から顔を上げて彼を見る。いいよ、と頷けば、嬉しそうに破顔した。て雑誌を鞄に戻した。
雑誌がなくなった事で、彼との間の隙間が露わになる。ふさふさとした彼のしっぽ、一本分。たったそれだけの距離が何故か遠い。

「これからどうする?街にでも出てみようか」

いつもならばこのまま草原でのんびりするだろうに。今日の彼は随分と様子が違う。
いや、今日だけではない。少し前――正確には彼との関係が変わってから少し後に、彼は人の生活に興味を示すようになった。
彼が人について知ってくれる事は、とても嬉しい。でもそのせいで、彼との距離が広がって行くのが、それ以上に寂しかった。

「――いい。今日は暖かいし、このままゆっくりしたいな」

曖昧に笑って、空を見上げる。以前の、まだ大切な友達でいられた頃の時には、寄り添いながら雲が何に見えるかを話して笑い合っていたはずなのに。
あれからずっと、手を繋いでいない。好き、の一言が出てこない。
少しだけ乱れた呼吸と熱くなる目元を誤魔化すように、深く呼吸をした。
ふと、風に乗って、目の前を白い花びらが流れていく。くるり、ふわり、と舞う姿を、ぼんやりと眺め。惹かれるようにして、手を伸ばした。
花びらに触れる、その一瞬前。同じように手を伸ばしていたらしい彼の手に触れた。

「っ、ご、ごめんね!」

思わず、後退る。彼との隙間がしっぽ一本分から、狐の姿の彼、一人分に広がってしまったけれど、今は気にしてなどいられない。
熱い。触れた指先から伝った熱が全身に回って、くらくらする。鼓動が忙しなく踊り出し、じわりと視界が滲み出す。
何なのだろう、これは。わたしは、一体どうしてしまったのだろうか。

「――大丈夫?」
「だ、大丈夫。花びらを見てて、気づいてなかったの。本当にごめんね」

わたしは何故、謝っているのだろう。前は触れただけで謝ることなんてなかったのに。
彼が距離を詰めてくれないからだろうか。前のように偶然を笑い合って、そのまま――。
そこまで考えて、硬直する。笑いすぎて狐の姿に戻ってしまった彼とじゃれ合っていた事を思い出して、全身がさらに熱くなる。

「――ひゃあぁぁ!」
「えっ、ちょっと!本当に、大丈夫なの?」

大丈夫ではない。もう、大丈夫ではなくなってしまった。
心臓が煩い。煩くて、痛くて。これ以上は耐えられないと、さらに距離を取るため腰を浮かして。

――風が、吹き抜けた。

逃げようとする体を押し止めて。彼との距離を縮めるように、強く体を押す。倒れないようにと足に力を入れるけれど、許さないとばかりにさらに風は強さを増して。
とん、と。背中を押されるような錯覚を覚えたのも束の間。

「きゃぁ!」
「うわっ!」

彼との距離が、なくなった。


「ぅ、ごめん。今、」
「ちょっと待って。ちょっとだけ、このままでいて」

彼の上に乗り上げてしまった格好に、慌てて身を起こそうとするも、彼に手を掴まれて動けない。
彼が近い。さっきはあれだけ距離がある事が寂しかったはずなのに、今は早く離れたいと思ってしまう。
それでいて、前と同じ距離にとても嬉しくなってしまうのだから、もうどうすれば良いのか分からない。

「少しだけ、話してもいい、かな」
「………いい、よ」

話したいという彼に、このままで、と尋ねるかを迷い。結局何も言えずに頷いて、くらり、と揺れる視界の中で、彼の話を待った。

「この前ね、ボクのお姉ちゃんがお嫁さんに行ったんだ。その前の日に話をして。キミと、こ、恋人、に、なった話もして」

途中、不自然につかえた彼に、少しだけ落ち着く。彼を見れば、耳まで真っ赤になっていて。触れている所から、彼の心臓の忙しない鼓動が感じられて。
意識しているのはわたしだけでない事に、気づいた。

「その時に、お姉ちゃんが言ってたんだ。相手に合わせろって。狐と人間は、いろいろと違うから、まずは相手を知る事から始めなさいって…だからたくさん勉強して、距離感とか態度とか、人間に合わせてみた、んだけど」

へにゃり、と彼の髪の間から飛び出た耳が、力なく垂れる。眉を下げながら笑う彼は、ごめんね、と小さく呟いた。

「やっぱり、この距離がいい。関係はさ、友達、から、こ、恋、人に、なったけどさ…えと、駄目かな?」

駄目じゃない。その一言を言おうと口を開き。けれどもうまく声が出ずに、乱れる呼吸を誤魔化すように軽く活きを吐いて、馬鹿、と囁いた。

「馬鹿じゃないし。嫌なら、別に我慢出来るから」
「そう、じゃ、なくてっ!」

どうして彼は気づいてくれないのだろう。相手を知る所から始めると言われたのに、どうして。
彼を睨む。赤いだろう顔で睨まれても怖くはないだろうけれど、精一杯の不満を表す事は出来ているはずだ。

「相手を知るなら、まず、わたしに言って。全部、わたしに聞いてよっ!」

半ば叫ぶように伝えれば、彼はあ、と小さく呟いて。さらに顔を赤くして、わたしの大好きなお日様のような笑顔を浮かべた。

「じゃあ、教えて?どうすれば、キミに喜んでもらえるの?今、一番欲しいものは?」

問われて、言葉に詰まる。聞いてと言ったのはわたしだ。訊かれたのなら答えなければ。
視線を彷徨わせながらも、覚悟を決める。彼から欲しいものは、結局は一つだけだ。
息を吸う。声が小さくなってしまうのは、許してほしい。

「――わたしの事、どう思っているのか、教えてほしい」


言葉でも。態度でも。伝えて欲しい。
か細い声で答えれば、彼は掴んでいたままの手を引いた。
強く抱きしめられる。急な事に混乱するわたしの耳元でくすくす笑いながら、彼は一言囁いた。

――大好き。と。





「ああ、もう。何なんだ、まったく」

珍しく感情を露わにしながら戻ってきた彼女に、思わず飛び上がる。

「ど、どうしたの?」
「どうしたもこうも。間怠っこくて、もだもだする…やっぱり、もっと強く押せばよかった」
「え?本当に、何があったの?」

聞いても彼女は答えない。こちらには気づいてもいないのかもしれない。
少しだけ、寂しくなる。それでも、そんな気持ちを彼女に伝えられなくて、力なく尾を垂らした。
こんな時は寝てしまうのが一番だ。しばらくすれば彼女も落ち着くだろうと、座り込んで。

「ねえ。私達、親友だよね?」

突然の問いかけに、尾を膨らませて飛び上がった。

「私達、親友だよね。前にそう言ったもんね」
「――う、うん。わたしたち、親友。大親友!」

笑顔で顔を近づける彼女に、慌てて頷き肯定した。
本当に、何があったのだろう。こんな彼女は初めてだ。

「じゃあ、これから一緒にうどん屋さんに行こう。だしのきいたお揚げが食べたいんだよね、私」

行こう、と誘いの形を取ってはいるが、疑問形ですらない。けれど否定する訳にもいかず、必死に首を縦に振って彼女に答えた。

「なら早く行こう。口の中が見えない砂糖でじゃりじゃりしてて、気持ちが悪いんだ」
「えっ!?大丈夫なの、それ。うどん屋さんじゃなくて、お医者さんに行くべきじゃ」
「気分を変えれば、元に戻るから大丈夫…ほら行こう」

そう言って、有無を言わさず抱き上げられる。足早に歩く彼女に焦って、腕をぺちぺち叩いた。
狸の姿のままで、うどん屋へは行けない。

「下ろしてっ。まず人間にならないと」
「近くに行ったら下ろすから。それまで大好きな親友を堪能させて。お願い」
「!?え、あ。だ、大、好き…!」

思わず尾が揺れる。

「あ、あの、ね!わた、わたしもっ」
「知ってる」

毛並みに顔を埋めながら、彼女は目を細めた。
全部、知られている。それは分かっているけれど、それはそれ。ちゃんと言葉にしたい。

「わたしも。大好きだから!」

必死に叫んで、彼女に擦り寄った。



20250318 『大好き』

3/17/2025, 1:59:12 PM

燻る一筋の煙を前に、青年は静かに手を合わせて目を閉じる。
多く想う事があるのか。口元を僅かに緩め、黙祷を捧げる青年はしばらく経過してもそのままだ。
不意に、気まぐれな風が青年の髪を揺らす。戯れるように、慰めるように吹き抜けるその風の心地良さに、ようやく青年は目を開けた。
目を細め、笑う。まるで泣いているようにも見える笑みを湛えて手を伸ばし、目の前の墓石を優しく撫で上げた。

「分かったよ。もう行くから…またな」

呟いて、静かに墓石から離れる。手桶と、仏花を包んでいた紙を手にして、ゆっくりと去って行く。


深い悲しみを纏ったその背を見送って、目を伏せた。





「どうした?やけに元気がないな」
「――別に」

聞こえた男の声に、視線も向けずに一言だけ返す。

「別に、って様子じゃねぇな」
「何もない。何も出来なかったから、何もない」

何もなかった、と繰り返す。見上げたままの空に、一筋流れた星を認めて眉を寄せた。
あの星は、きっと何も応える事が出来ずにただ消えていくのだろう。今も聞こえ続けている、切実な願いや思いは叶う事のないまま、涙と共に落ちていくのだろう。
役立たず、と八つ当たりのような感情に、歯を食いしばる。誰かに当たるしか出来ない自分が、何より醜く役に立たないモノのように思えた。


「馬鹿か。いつまで引き摺ってんだ」

呆れた声と共に頭を軽く叩かれる。叩いた手はそのまま髪を無造作に掻き回し、そこでようやく男に視線を向けた。

「別に、引き摺ってない」
「引き摺ってんだろうが。今日もわざわざ様子を見にいったんだろ?」

風から話を聞いたのだろう。男は態とらしく溜息を吐きながらも、その眼は咎めるように鋭く自分を射竦める。それを睨み返しながらも、握り締めた手が僅かに震え出す。

「言ったはずだ。望み、願われるもの全てに。応える事は出来ねぇって」
「だけどっ!」

静かな言葉に、叫ぶように言葉を返す。風が宥めるように周囲を吹き抜けていくが、一度言葉にしてしまえば止められなかった。

「俺が。俺がもう少し早く、願う声の元へ行けたなら!もっと早く声に応えていれば、助けられたかもしれないのにっ!俺が、」
「いい加減にしろ」

静かな、けれど強い響きを纏った声。思わず肩が跳ねて、口籠もる。

「餓鬼が。偉そうに囀るなよ。早く応えていれば助けられた?笑わせるな。飛ぶ事を覚えたばかりの餓鬼にゃ、何も出来ねぇ。精々が何も出来ない己の無力さに、泣くくらいだろうさ」

男の目に侮蔑が滲む。容赦ない言葉の刃に逸らしたくなる目を、頬の内側を強く噛んで必死に耐えた。
分かっている。自分に出来る事などほんの僅かだという事は。それでも、もしもを考えて止まらなくなる。あの時こうしていれば。選択肢を間違えなければ。早く行動出来ていれば。

――もっと早く飛べたなら。

「驕るなよ。俺らに出来るのは限られた事だけだ。人間の運命や生死に関与できると思うな」
「――分かってる」
「分かってねぇよ。俺らはただ、切っ掛けを与えてやるだけだ。深く関わろうとすんじゃねぇ」
「分かってるって」

父と空を飛びたいと願った子の、蝕む病を取り除いたように。
家族に心配をかけぬように、大切なモノと共に歩いていけるように願った子の、目を奪う呪いを解いたように。
願いの最初の部分を応えるだけ。そんな事、初めから知っている。
耐えきれなくなって俯けば、抱き寄せられて背を撫でられる。宥めるような、慰めるようなその温かさと優しさに強く目を閉じ、血の味がするほどに強く頬の内側を噛みしめた。

「まったく…あの人間の願いに、ちゃんと応えられただろうに。あれが最良だった。俺もそうしたさ」

――いなくなった妹に、もう一度逢いたい。

それがあの青年の願いだった。願った時にはすでに遅く。体を家族の元へと返し、刹那の夢の逢瀬を与える事しか出来なかった。
あれからずっと、青年は時間を作っては墓前に足を運んでいる。そしてその夜には必ず星空に向けて、ありがとう、と呟くのだ。
それが酷く苦しい。感情を押さえ込んだ感謝の言葉に、押しつぶされてしまいそうになる。
ひゅっと、呼吸が乱れる。目を閉じても込み上げる熱さに、手のひらに爪を立てながら男の肩口に顔を押し当てた。

「人間の願いなんざ、叶わねぇのが殆どだ。叶わねぇから人間は夢を見て、努力をする。その合間の囁きに、気まぐれに応えてやるくらいが丁度いいのさ」
「でも。そんな、の」
「相変わらず真面目だねぇ。風に愛されるだけの事はある…ほら、いい加減泣いちまえ。申し訳なさとか、そんなん気にしてんな」

男の手が一層優しく頭を撫でる。乱れる呼吸と、一筋だけ流れてしまった滴に男は苦笑して。
頭を撫でる手を止め、耳を塞いだ。

「今は何も聞くな。泣きたい時くらい、好きに泣け」
「――っう。ふっ、く…ぁぁあっ!」

耐えきれなかった涙につられ、声を上げて只管に泣く。
肩口が濡れていく事を厭わずに、男は耳を塞ぎ続ける。
しゃくり上げる度に、呼吸が苦しくなる。それでも止める事など出来ず、段々と意識がぼやけていく。
苦しい。眠い。疲れた。
泣き疲れ、穏やかさにも似た凪いだ気持ちで男に凭れ。そこでようやく手を離された。
たくさんの願う声が聞こえ出す。けれどそれは遠く、はっきりと聞き取る事が難しい。

「取りあえず、もう寝ろ。何にも考えず、酒に強くなるような叶わん夢でも見て、やな事全部忘れちまえ」

男の声だけははっきりと聞こえる。何だそれは、と反論したいが、枯れてしまった声はもう吐息しか出せはしなかった。
馬鹿、と心の中だけで悪態を吐く。抱きかかえられ、再び頭を撫でられて、意識が沈んでいく。

――叶わぬ夢なら、とっくに見てる。

男に追いつきたいと、その隣と飛びたいと。
その夢に向けて足掻き続けている事に、男はいつ気づくのだろう。



20250317 『叶わぬ夢』

3/16/2025, 2:35:44 PM

甘い香りが鼻腔を擽り、目が覚めた。
何の香りだろうか。体を起こし辺りを見回す。

「……木?」

目を擦る。何度か瞬きをしてみるが、目の前の景色は変わらない。
木だ。見渡す限りの背の高い木々に、混乱して立ち上がる。
見覚えのない場所だ。寝る前の記憶を思い返しても、ここに来た覚えはない。
ぐるりと辺りを見ながら、徐に頬を抓る。僅かに感じる痛みに眉を寄せ、溜息を吐いた。
どうやら、夢ではないらしい。
目線を下ろし、地面を見る。細々と続く踏み固められた獣道が二本。ここに来た記憶が全くないため、どちらが家に帰れる道なのかは分からない。
肩を落とし、もう一度溜息を吐いて。
ふと、甘い匂いがしている事に気づく。

「何?花の、香り…?」

人工的な甘味料の匂いではない自然の匂いに、一歩だけ足を進め。立ち止まり、悩む。
この匂いの先が、帰り道だとは限らない。

「……ま、いいか。どっちかには行かないといけなかったし」

もう一本の獣道を見て、匂いのする方の獣道に視線を戻し、苦笑する。
違うとしても、その時は戻ればいい。そう楽観的な思考で、深く考えずに匂いを辿り歩き出した。





道の先。開けた場所にその巨木はあった。
方々に伸ばした枝には青々とした葉が茂り。不思議な色をした花が、風に楽しげに揺れている。

――楽しげに声を上げて笑いながら、揺れていた。

息を呑む。立ち止まる足が、来た道を戻るべきかを逡巡した。
この先に進んだとして、家に辿り着く事はないだろう。
戻るべきだ。そう思っても、足は僅かにも動く事なく、視線は咲く花から逸らす事が出来ない。


「どうされました」

柔らかな女性の声。近づく足音に、ようやく視線を下ろす。

「ご気分が優れないのでしょうか」

薄紅色の着物を着た、憂いタ表情の美しい女性と目が合った。


「だ、大丈夫です。ちょっと道に迷ったというか、見た事がない花に驚いたというか」

しどろもどろになりながら伝えれば、女性はああ、と得心した表情で頷き、背後の木を仰ぎ見る。
風が吹いて花を揺らす度に笑い声が響き、それにつられたのか女性がふふ、と微かに笑った。

「元は海の向こうの大陸の種のようです。海を漂いここへ流れ着いたのを、時折世話していたのですが…どうやらここの土と相性が良く、立派に育ちましたね」
「そう、ですか」
「近くでご覧になられますか」

振り返り尋ねる女性に、いやとは言えず。曖昧に笑みを浮かべて頷いた。
歩き出す女性の、少し後ろについて歩く。近づく程に強くなる匂いに、何とも言えない気持ちで何気なく木を見上げた。

――目が、合った。

よく見れば、それは花ではなかった。いや、花なのかもしれないが、それは人の頭によく似ていた。
黒い目が瞬きもせずに、こちらを見下ろしている。思わず立ち止まってその目を見返していれば、視界の隅で、揺れるいくつもの人の花が、くるりと向きを変えこちらを見ていた。

「え…誰?」
「誰、とは適切ではありません。人間の頭部によく似ていますが、これはただの花です」

女性曰くのただの花は、自身が声をかけられたと思ったのか、声を上げて笑い出す。

「花って、笑うんですね」
「楽しくて嬉しいのでしょう。ここを訪れるものは殆どおりませんから」
「――そう、ですか」

嬉しいのか、と花を見上げて呟けば、さらに花は声を上げて笑い。
からから、きゃらきゃら、と。笑う度に大きく揺れて。
その揺れに耐えきれなくなったのか。ぷつん、と小さく音を立てて、花が地面へと落ちていく。

「あ、落ちた」
「笑いすぎると萎んで、落ちてしまうのです」

淡々と説明しながら、女性は落ちた花の元へと近づいて行く。身を屈め、花を手にするとこちらを見つめ微笑んだ。

「こちらへどうぞ」

促され、微かに息を吐いてから女性の元へと歩みを進める。微笑む女性から花だったものを手渡されて、反射で受け取り眉を寄せた。

「あの…これ、は…?」
「差し上げます。これがあれば家路も見つかる事でしょう」
「それ、って。どういう意味。ですか?」

花に視線を向けながら呟く。木に咲いていたとは思えぬほど黒く小さな丸い物体の扱いに、どうすれば良いのか分からずさらに眉が寄った。

「悩み、迷っているのでしょう。焦るから帰り道が分からぬのです。落ちた花ではありますが、迷いを取り除く事くらいは出来るでしょう」
「…悩み、迷う」

呟く言葉に、頭の中で心当たりが腰に手を当てて嘆息する。細部まではっきりと思い出せるそれには、苦笑するしかない。
思い出してしまった。ずっと悩んでいた。不確定な明日に迷い、未来の別れに怖がってもいた。
家に帰りたくない訳ではないのに一向に焦る事がないのも、こうして寄り道を拒まないのも、その心当たりのせいなのか。

「食すと良いでしょう。そうすればすぐに戻れます」
「食べるの、これ?…本当に大丈夫?」
「はい。害はありません」

そう言われてしまえば、仕方がない。恐る恐る花だった黒い塊に、口を付ける。
さく、と。柔らかな口当たり。瞬間に広がる甘くて苦い味。蜂蜜とバターと、黒く焦げたパンケーキの味。
思わず目を見開いた。
この味を知っている。懐かしさに視界が滲み出す。
忘れていた味だ。けれど忘れられない味でもある。
家族が皆いなくなって、一人きりで必死に生きていた子供の頃。失いたくなくて、別れが怖くて新しく関係を築こうともせず、一人で籠もっていた時に。
頑なな自分のため、彼が風呂場から初めて出て見よう見まねで作ってくれた――。

「ごきげんよう。お気を付けて」

女性の声を遠くに聞きながら、夢中で食べる。甘さと苦さに混じり、しょっぱさを感じながら、只管に食べ続けていた。





「おい。いつまで寝ているんだ!」

べしん、と鈍い衝動に、目が覚める。
慌てて飛び起きれば、眉間に皺を寄せぞうきんを片手に持った彼の不機嫌な目と視線が合った。

「さっさと起きないか。とっくに日は昇りきっているぞ!」
「あ、ごめん」

反射的に謝罪して、急いで布団から出る。
布団をしまおうとするが、そのの前に彼に布団を取られてしまった。

「え?ちょっと」
「今日は天気がいいからな」

どうやら布団を干すようだ。

「さっさと着替えて、顔を洗ってこい。そのみっともない泣き顔を見て、屋敷のやつらがまた煩くなるぞ」

こちらに視線を向けずにそれだけを告げ、彼は布団と共に部屋を出る。
一人残され。徐に頬に触れれば、冷たく湿った涙の跡が指先を僅かに濡らし、訳もなく肩が微かに震えた。

「泣い、てる?」

何か悪い夢でも見ただろうか。思い出そうとしても、うまく思い出す事が出来ない。
目尻を少し乱暴に擦り、意識を切り替えるように首を振る。思い出せないのなら、そのまま忘れてしまうのが一番だろう。
ふと、どこからか甘い香りがした。
庭からだろうか。花のような瑞々しい甘い香りに誘われて、急いで着替えを済ませて部屋を出る。
洗面所へと向かいながら、目を細めて香りを辿る。優しく仄かな香りに、無意識に笑みを浮かべて。

「春が、近いのかな」

今頃、庭で布団を干しているであろう彼を思う。いつの間にか自分よりも家事が得意になってしまった彼に、花を贈るのはどうかと考えて、まだ早いかと一人笑う。
それよりも早く準備を整えて、彼を手伝うのがいいだろう。久しぶりに昼食を作るのも悪くない。
花の香りに酔ってしまったのか。今日はいつもより素直になれそうだ。

「さ。顔を洗わないと」

呟いて、駆け出した。どこからか廊下は走らない、と誰かの怒る声をごめん、と返しつつ、それでも速度を緩める事はせず。
今日のこれからに期待を膨らませ、花の香りと共に廊下を駆け抜けた。



20250316 『花の香りと共に』

3/15/2025, 2:11:12 PM

つきり、と胸に痛みが走る。
視線の先。親友とクラスメイトの彼が話している。
ただそれだけ。いつもの光景だ。
けれど胸は相変わらず、小さな痛みを訴え続ける。ざわざわと心が落ち着かなくなる。

「どうしたの?」

私の視線に気づいたのか、親友が不思議そうに声をかける。それに作った笑顔で何もないよ、と答えながら、横目で彼を見た。
無気力で気怠さで細まる目は、親友を見ている。その目に胸の痛みが増した。

「本当に大丈夫?保健室、一緒に行く?」
「どうした?調子でも悪いのか」

僅かに寄った眉と、いつもよりも口数が少ない事を心配する親友を見て、彼もこちらに近づいてくる。距離が縮まる程にざわつく心を隠すように、きつく彼を睨み付けた。

「別に大丈夫だから。あんたを見て、ちょっと嫌な事を思い出しただけよ」
「なんだよ、それ」

訝しげに眉を潜める彼から視線を逸らし、立ち上がる。

「え。どこ行くの?もうすぐ授業、始まるよ」
「保健室、行ってくる。やっぱり調子が悪いみたい」

着いてこようとする親友を手だけで制して、教室を出る。
しばらくして鳴り響くチャイムで誤魔化すように、小さく溜息を吐いた。
失敗した。素直にそう思った。





落ち着かない。
親友が彼と一緒にいる姿を見る度に、心がざわついている。引っ込み思案で、私以外に友達を作れなかった親友が、相手が誰であれ交友関係を広げるのはいい事だ。頭では分かっていても、心がそれに疑問を突きつける。

「最近、何か変だよ?悩み事があるなら、私、聞くけど」

怖ず怖ずと声をかける親友が、眉を下げて声をかける。心の底から私を心配する様子に、ごめん、とだけ告げて、首を振った。
言える訳がない。言葉にして、形を持ってしまう事がとても怖い。

「どうした?」

親友を追って近づく彼に視線を向ける。
普段とは異なり、どこか鋭い目をして私を見る彼に、心がざわつき出す。
ざわざわと、落ち着かない。この目は嫌だ。
心の内を全部見透かすような、真っ直ぐな視線が怖い。
彼から逃げるように親友を見た。変わらず心配そうに眉を下げて、口を開き――。

唇の端がぐにゃり、と歪んだ。

「え?」

目を瞬く。
その僅かな時間で、親友の顔は元に戻っていた。

「どうしたの?」
「今。唇、が」

困惑する親友から視線を逸らし、胸に手を当てる。
今のは何だったのだろう。不自然に歪む唇が目に焼き付いて離れない。
一つ深呼吸をする。それでも心は落ち着かない。
逆にさらにざわついて、煩いほどだ。

「唇、ね」
「私、何か変だった?もしかして、何かついてる?」
「そうじゃねえよ。何もついてねぇから、そんなこすんな」

彼と親友の会話を聞きながら、けれど二人の顔を見るのが怖くて教室内を見渡した。
それぞれ楽しそうに会話を楽しんでいる。
それなのに、ちらちらとこちらを気にするように視線を向けてくる。ひそひそと何かを話すクラスメイトに、心が大きくざわついた。

――嫌だ。ここにいたくない。

込み上げる思いに、立ち上がる。それに何かを言いかける親友を気にせず、教室の外へと飛び出した。





屋上に一人。
授業終わりのチャイムを聞きながら、膝を抱えて蹲る。
一人になっても、心が落ち着かない。ざわついて、苦しくてしかたがなかった。
どうしたんだろう。自分が分からなくなってくる。
最初は親友と彼が話していた事に対して、心がざわついていただけだった。それなのに今は、見るもの、聞く音すべてに心がざわつく。
クラスメイトの姿も。噂話をする声も。屋上からの景色も。チャイムの音ですらも。

――何かがおかしい。

耳を塞いで、きつく目を閉じる。
怖い。うまく言葉に出来ないけれど、違うのだ。
ここは違う。私のいたい世界ではない。


「こんなとこにいたのかよ」

耳を塞ぐ手を取られ、聞こえた声に目を開けて顔を上げる。
彼の感情の読めない目が、私を見下ろしていた。

「っ、離してっ!」

腕を振り解き、後ろに下がる。座っていたままの体制では、それほど距離は開かなかったけれど、彼は無理にその距離を縮めようとはしなかった。
ただ私を見ている。静かに見定めている。
彼の背後。気づけば親友が凪いだ目をして、私を見ていた。
親友だけではない。クラスメイトや教師達が、無言で私を見ている。無表情ないくつもの視線が、突き刺さる。
心がざわつく。違和感が大きくなっていく。

「――」

親友が何かを言っている。けれど何を言っているのかが分からない。
違和感しかない、その言葉。昔流行った、音声を逆再生しているかのようで。
耳を塞ぎたくなるけれど、彼の目がそれを許さない。たくさんの視線の中で、彼だけが強い意志を持って私を射竦める。

「ぃ、や。やめて。私を、見ないで」

彼から目を逸らせない。耳を塞ぐ事が出来ない。

「見ないで。お願い」

ぐにゃり、と。視界の隅で、クラスメイトや教師達の顔が歪む。どろり、と絵の具が混じり合うように溶けて、目が、鼻がなくなり。唇がなくなって、輪郭だけになっていく。
その輪郭もぼやけていく。皆の輪郭がぼやけ、複数が一つの塊になってしまう。
まるで失敗した絵を塗りつぶしていくように。作った作品を壊して行くように。
歪んで、崩れて。
彼と親友だけを残して。
すべてが壊れてなくなっていく。


心がざわつく。目を逸らし続けていた違和感を突きつけられる。

――ここは、私の欲しかった世界じゃない。


「止めてよ。どうして」
「もう、十分だろ」

彼の静かな声に、唇を噛みしめた。返す言葉を思いつかず、嫌々と首を振って答える。

「いい加減にしてくれ。面倒なのは嫌いなんだ」
「じゃあ、放っておいてよ!」

必死に叫ぶ。後退る背がフェンスに辺り、小さく音を立てた。逃げ場がない事に焦り、さらに声を張り上げる。

「私。私、ちゃんと出来てたでしょ?記憶の通りに私を演じ切れていたでしょ?だからこのままでいさせてよ!」
「何言ってんだ。出来てないからこうなってんだろうが…まあいいや。面倒だし、このままさようならって事で…さっさと出て行ってくれ」

彼が一歩だけ距離を縮めた。いつの間にか手にしていた透明な石を私に投げて――。

ぶつり、と。意識が暗転した。





「おい。大丈夫か?」
「――たぶん。くらくらするけど」
「一応、保健室で見てもらった方が良いかな」


放課後の屋上。
頭を抑え呻く少女に、少年は手を差し出す。その背後でもう一人の少女は泣きそうに様子を伺いながら、立ち上がる少女と少年に声をかけた。

「大丈夫。大分落ち着いてきたから」
「まあ、保健室に行った所で意味はないしな」
「変な感じ…何がどうなってんの?」

立ち上がり、目の前の二人を見ながら眉を寄せ呻く。それにおろおろとしながら彼女を支えようと少女は寄り添い手を繋いだ。

「何がって、あれだよ…乗っ取り?」
「何それ?私、体を乗っ取られたって事?」

乗っ取りの言葉に顔を顰め、寄り添う少女の頭を繋いでいない方の手で撫でる。

「そういう事だな。隣のクラスで女子が一人、数日前から昏睡状態らしいぜ。ついでに、今は使われていない空き教室で、呪いの痕跡も見つかってる」

そう言って少年は、どこからか取り出した紙切れをひらひらと振ってみせた。揺れる紙には、黒や赤で何かの記号やら文字やらが書き連ねてあるらしかった。
はあ、と彼女は溜息を吐く。少女の頭を撫でる手を止めないまま、なんで、と疑問を口にした。

「さあ?それは本人に聞かないと分からないな」
「戻って良かった。このままだったら、どうしようかと思って…とっても怖かった」
「ごめんね。心配かけた」

繋ぐ手に少しだけ力を込める少女に優しく声をかけ。大丈夫だよ、と頭を撫で続けていれば、少女の強張った表情が次第に安堵したように笑みを浮かべる。
それに笑みを返してから、少年に視線を移し、睨み付けた。

「あんたのせいな気がするわ。ほんと、迷惑かけないでよね」
「え。助けたのに、なんで俺、怒られてんの?」
「あんたが底なしの馬鹿だからじゃない?」
「ひでぇ。こんな事なら、ほっときゃよかった。どうせ何もしなくても、剥がれていっただろうし」

疲れたように嘆息する少年に、どういう意味かと目線だけで尋ねる。少女も気になるようで、少年へと視線を向けた。
二人の視線を受けて、少年は肩を竦め。

「だって、いくら記憶があろうと、それを元にその体の持ち主になりきろうと、魂が違うんだから。体に合う魂は、一つだけ。適合しない臓器を移植した所で拒絶反応が出るように、体に拒絶されて入り込んだ魂は結局弾かれるだけだ」

だから中身の入れ替えなんて、意味ないんだよな。と。
手にした紙を握りつぶし、心底疲れたように少年は息を吐いた。



20250315 『心のざわめき』

3/14/2025, 1:28:05 PM

過ぎる風を追うように、空を仰ぐ。
澄んだ青に思いを馳せ、されど記憶の一欠片も胸の内にはない。
これではただのままごとだ。口の端を歪め自嘲し空から視線を逸らすと、静かに目を伏せた。


「今日は、ここにいたのか」
「はい…何かありましたか」

かけられた声に、緩慢に答え視線を向ける。

「いや。何もないが、お前の姿が見えたものでな」
「そうですか」

近づく大男の眉が僅かに下がる。己の態度を気にして、何かあったか、と訪ねる男に首を振る事で否を返した。
何かがあった訳ではない。何もないから、すべてに興味が薄れていく。
それを察したのか、男は苦笑しその大きな手で頭を無造作に撫で回す。男の手に合わせ揺れ動く視界に軽く酔いながら、身を捩りどうにかして男から僅かに距離を取った。

「撫で過ぎです」
「すまん、すまん。お前があまりにも悄気ているのでつい、な…まだ、思い出せるものはないのか」
「……はい」

すみません、と声には出さず呟く。世話になっている屋敷の主人である男は、己の記憶に関して謝罪する事を厭う。
己の記憶の有無が、男ら屋敷のモノを煩わせているわけではない。何度も男に言われた事だ。自身に謝罪が出来ぬ苦痛から逃れる手段とするな、とも。

「また余計な事を考えているな。お前が考えるべき事は一つだけだろうに」

優しくも厳しい男の言葉に、何も言葉を返せず俯いた。
考えるべき事。己の記憶を求める、その理由の根源。

――彼に、逢いたい。

それが誰なのか、記憶のない己には知りようがない。その姿や声だけではなく、彼が人か妖かすらも分からない。
ただ逢いたい。衝動にも似たこの想いに焦がれ、記憶のない己自身を責め立てる。
己が誰であるのか知るよりも、彼を知る事が己には大切だった。

「――彼は誰なのでしょう。どこに行けば逢えるのでしょうか」
「さてな。俺の屋敷の前で倒れていたお前の他には誰もいなかった。正月に集まったモノらに尋ねてもお前を知るモノはおらず、探し人を見つけようがなかったからな」
「すみません」
「言っているだろう。謝るな。手間を取っている訳ではない。お前の探し人の情報を探るのも、屋敷でのお前の働きに対する正当な対価だ」
「…はい」

それ以上何も言葉は出ず。
男の視線から逃れるように、もう一度空を仰ぐ。吹き抜ける風が頬を撫で、慰めのように高く舞い上がる。


――彼は、風と陽に似ている。

何故か、そんな気がした。理由はない。思い出すものもなく、故にこれは焦がれるあまり、己の妄想が形を取ったものである気すらした。
それでも――。

「どうした?」

男の声がどこか遠い。代わりにあどけない幼子のような、年若い少年のような。或いは穏やかな青年のような、愛しさを覚える声が鼓膜の奥で響き出す。

――好きです、――。

柔らかなその響きに、気づけば頬を熱い滴が伝って落ちた。

「何か思い出したのか?」
「――いいえ…いいえ。何も。思い出してはいません。けれど響いてくる。彼の声を、私は知っている」

縁《えにし》を結ばずとも己の元に辿り着く、彼を知っている。真っ直ぐなその眼を、愛しいと口にする声を、暖かなその腕の温もりを、記憶になくとも覚えている。

「不思議です。私は私に関する記憶を何一つ有していないのに。その虚ろから彼が溢れてくる」
「覚えていなくとも、残るものがあるのだろうな。噂で聞いた事がある。ここより遙か北の地で、人間の子が我らのようなモノの眷属として新たな名を与えられた。名により、人間としての過去をなくしたはずの子が、かつての過去を辿るような行動を取る事がある、と」

なくした過去を辿る。そんな事が本当に。
それならば、記憶をなくした己も辿れるだろうか。

「残るものがあるならば、お前はここを出た方が良いな」
「しかし…私、は」
「ここらのモノはお前を知らなかった。ならば北か南か…遠くへ行くのが、記憶を戻すのに必要となるだろう。どちらに行くかは、お前に残るもの次第だ」
「残る、もの」

呟いて、男に視線を向ける。蕩々と流れる涙で滲む視界で、男が柔らかく笑みを浮かべたように見えた。
近づいて腕を伸ばし、頭を撫でられる。先ほどのような力強さはない、幼子をあやすような優しさに、さらに涙が込み上げ男の胸に縋り着いた。

「ありがとう、ございます。本当に、今まで」
「気にするな。こちらこそ助かった。お前がいたから、正月の神事で必要とするモノらに必要な言葉を届ける事が出来た」

無骨な手が涙を拭い、己の体を抱き上げる。
屋敷へと戻るのだろう。静かな足取りに男の優しさが感じられ、肩口に額を預けながら、ありがとう、と小さく繰り返した。

「宴を開こうか。お前の門出を祝わせてくれ」

穏やかな声が告げる。それに頷き答え、顔を上げて周囲を見渡した。
過ぎる木々に、彼の姿を探す。吹き抜ける風の音に彼の声を求め、耳を澄ませた。
彼に逢いたい。記憶にない、彼に。

「時には遊びに来い。いつでも歓迎しよう」
「はい――彼に、逢えたなら、きっと。彼と共に」

その時を想い、微笑んで。高く昇る陽に手をかざす。

――虚ろな己を満たす、愛し君。君を探し、旅に出る。

旅の果てに必ず逢えると信じ、陽を捉えるように強く手を握った。



20250314 『君を探して』

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