sairo

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5/23/2024, 1:40:01 PM

膝を抱えて蹲る。

今日は一人。この秘密基地の中で一人きり。

風邪をひいたのだと聞いた。
熱が出て、寝込んでしまっているのだと。
だから、このまま待っていても誰もこない。

さて、これから何をしようか。
一人でも出来る事がいい。いつもよりも遠くへ冒険にでも出ようか。それとも、風邪に効く薬草でも探しに行こうか。
いっそ、鬼灯様に会いに行こうか。

ぐるぐると今日の予定を考えながら、それでも体は動かない。

「…うそつき」

仕方がない事。
分かっている。分かってはいるのだけれど。

「やくそく、したのに」

左手の小指を見つめ、唇を噛む。
昨日した約束を思い出す。この場所で、また明日と指切りをした。さようならの前に交わされる、おまじないのような約束。

膝に顔を埋めて目を閉じる。
今日はもう、ここにいよう。この場所で、日が暮れるまで眠る事にしよう。
そうすれば、寂しさを誤魔化せるから。
だから、


「しおん」

待ち焦がれた人の、声。
鼓膜を揺する、優しくて大好きな人の。決してここにいるはずのない。
驚いて顔を上げると、目の前には困ったように笑う待ち人の姿。
いつもと違い、寝巻きの姿。汗だくで、赤い顔で、荒く息をしていて。
気づいてしまえば、込み上げてくる涙を止める事など出来なかった。

「っ、なん、で…!」
「抜け出して、きた。しおん、泣いてる、って、思って。ごめん」
「ばかぁっ!ひさっ、めは、びょうにん、なのにっ。ねて、ないとっ、なのにぃっ!」
「ん。ごめん。だから、帰ろ?」

差し出される右手。その手もまた、熱く。
けれども、手を引く強さも優しさも、いつもと何一つ変わらずに。

「ごめっ、なさぃ。ごめんなさいっ。だからっ、ひさめ、しな、ないでっ。おいてかないでぇっ!」
「死なない。大丈夫。しおん、いい子。泣かないで」

しゃくり上げながら、彼の手を離さないよう必死で握り返していた。


「しおん」

分かれ道の手前。
さようならの前の、約束を交わす小指を差し出して。

「今日は、ごめん。ちゃんと、治すから。だから、また明日」
「っ!うん!また、あした。やくそく」

互いに絡めた小指。交わされた約束に、泣きながらも笑う。

また明日。

まるで魔法のように、未来を約束するこの言葉が、今はただ嬉しかった。



20240523 『また明日』

5/22/2024, 2:50:52 PM

青い空。風に揺れる木々。人の絶えた家。
水晶越しに景色を眺める。
赫い空。朽ちた枯木。人の形をしたナニカ。
眼下に広がる真実をただ眺めていた。


「世界とは、実に不思議なもので」

朗々と語る男を意に介さず、茶を啜る。
それを男が気にする様子はなく。元より一度話し出すと止まらない男の事だ、気づいてさえいないのかもしれないが。

「透明な鉱石《いし》一つを通し見るだけで、本当の姿を垣間見る事が出来るのですよ」

しかし、このままでは埒が明かぬ。聞きたい事があると訪ねて来たのは男の方だ。だというのに、この調子では夕刻まで本題に入る事がないかもしれない。
さてどうするかと、思案する視界の隅に水晶が映る。そういえば渡されたままであったと、徐にそれを掴むと男に向けて放り投げた。

「なっ!?ちょっ…!」

慌てて水晶を掴む男を眺めつつ茶菓子を摘めば、どこか恨めしげな視線が重なった。

「貴重なものなんですから。もっと丁寧に扱ってください!」
「おや、これは失礼しました。それで、ご用件は何でしょうか?」

貼り付けた笑みで返せば、何かを言いかけた男は結局何も言えずに口を閉ざす。当初の目的を思い出したのだろう。

「聞きたい事があるのです」

ことり、と机に置いたのは、先程の水晶。そして別のもう一つ。

「同じ水晶でありながら『視える』『視えない』の違いとは何でしょうか?それに、」

逡巡し、言い淀む。何を言うべきか、どう話すかを悩み、言葉にならない呻きが漏れた。

「…先日、隣村があった場所に行きました。流行病で人が絶え、廃村になったと聞きましたが、綺麗なものでしたよ。誰もいない事を除けば、ここと然程変わらない…変わらなかった。はずでした」

本題はこちらか。
視えるか否かはおそらく問題ではなく、視えてしまったモノが問題なのだろう。
もはや現世ではなくなった場所で、視えるモノなど碌なモノではない。

「あんな…」
「まずは、こちらの水晶に関してお答えいたしましょう」

男の続く言葉を遮り、水晶を手に取る。一目見れば分かりそうなものだろうに、とは思うがおくびにも出さない。

「簡単な事ですよ。純度が高く、澄んだもの程視えやすいというだけです。こちらのように混じり物が多いと、まず視えません」

混じり物により燻んだそれを手渡し、告げる。
正確には、他にも必要な要素があるのだが。こちらの話を疑う事なく聞き入る様子に、まあいいかと開き直った。

「そして、アナタ様が視たモノですが」
「あれが、世界の本当の姿なのでしょうか?」

恐る恐る問う内容に、吹き出しそうになるのを寸前で堪える。
揶揄いたくもなるが、それは次の機会でいいだろう。

「いいえ。あの村は常世と近くなってしまったのです。故に、表向きは変わらずともこうして透かし視るだけで、視えるモノが変わってしまう」
「常世、ですか。流行病で人が死に絶えたから死者の国が近づいてしまったのでしょうかね」

違う。
そも、あの村では流行病など起きてはいない。誰かが常世の門である雨龍の泉の堰を破り、水が現世の村まで流れてしまったからだ。常世の瘴気を孕んだ水に触れたがために、皆身が腐り死に絶えた。
違うのだが、訂正するのは煩わしい。故に、肯定も否定もせずに笑みを貼り付けた。

「あそこへは、もう近寄らない方が身のためですよ」
「そうですね。まだ、あちら側へ行く予定はないですから」

これ以上境界が曖昧にならぬよう、表向きはその身を案じて忠告すれば、男は神妙に頷く。
本当に単純な男である。その単純さに助かってはいるが。

「ありがとうございます。さすがは宮司様だ。何でも知り得ていらっしゃる」

得心が行ったように晴れやかな笑みを浮かべる男に、水晶を手渡す。
ふと、この単純な男を揶揄いたくなってしまった。次の機会で、とは思ったが少しくらいは良いだろう。

「そういえば、何故水晶が真実を視れるかご存じですか?」
「いいえ。何故ですか」

案の定、食いついてきた男に笑みが浮かぶ。

「透明だからですよ。何色にも染まらない純粋さで、すべてを透かすからです。それは時として、隠しておきたいモノですら暴いてしまう」
「隠しておきたい、もの」
「ところで、隣村が常世と近くなってしまった事で境界が曖昧になってしまっていましてね。最近は魑魅魍魎が辺りを跋扈しているのですよ。そのせいで、何人か妖に成り代わられてしまっているようで…さて、今その鉱石《いし》でワタクシを視ましたら、果たして本当に人の姿をしているのでしょうかね?」

固まってしまった男と視線を合わせ、妖艶に微笑む。
ごとり、と音を立て、イシが落ちた。



20240522 『透明』

5/20/2024, 2:43:37 PM

ひらり、ひらりと。
風に乗り、花弁が舞い踊る。
届かぬ想いを、望みを託され。行き場のない感情を乗せながら。
風の赴くまま、流れていく。


「郵便でェす」

誰にでもなく声をかけ、地に降りる。
カランコロンと一本歯下駄を鳴らしつつ、お目当ての場所へ。

「相変わらず、凄いねィ」

無数の風車が刺さる橘の巨木を見上げ、ほぅと息が漏れる。数を減らす事のない其れ等は、ある意味壮観ですらあるようで。

「また来たのか。閑人め」
「長サマの許可は取ってますよゥ。そんなに邪険にしなくてもいいじャあ、ありませんか」

背後の声を気にする事なく、取り出した巾着の口を開く。起こした風に中身を流せば、視界が極彩色に染まった。

「雑な仕事だ。これでは届くものも届かぬだろうに」
「大丈夫ですよゥ。子供騙しの呪いに縋るほど、焦がれた想いですからねェ。届けたい相手を間違う事はありません」
「そも、こんな無意味な労苦を行う意味がわからんな」

舞い上がる無数の花弁。誘われるように風車に触れ解けていく其れ等を見、此《コレ》を見下ろす声の主は無感情なままに呟いた。
これを無意味と断ずるとは常世に在るモノと現世に生きる者はやはり違うと、しみじみ思う。否、この男が特段に堅物なのかもしれないが。

「イヤですねェ。無意味と断じないでくださいな。其れ等はみィんな、“サヨナラ”と“逢いたい”の想いなんですから。風にも乗らない戯言も拾うほど此も節操なしじャあないですよゥ」

空になった巾着を弄びながら、くつくつ笑う。

「突然いつも通りが崩れて、お別れも出来なかった。この先をどうやって生きればいいのかわからない。苦しい。悲しい。寂しい。逢いたい。せめてさよならだけでも伝えたい…可愛い可愛い綺羅星達の望み。応えてあげないと」

返事は返せないけれど、さよならくらいは伝えてあげてもいいではないか。突然の死に別れに嘆く、数多の綺羅星達のせめてもの慰めになればいい。
ただでさえ刹那の生を燃やして駆け抜けているのだ。その輝きが少しでも曇らないよう、望みに応えるのが此の存在意義でもあるのだから。

「酔狂な事だ」
「綺羅星を娶るような、愚行を犯すモノと一緒にしないでほしいですねェ」

綺羅星は綺羅星だけで生きてほしい。その理を踏み越えた先にあるのは、破滅でしかないだろうに。
理を超えたモノ等を思い浮かべて、げんなりしながら戻りの準備をする。
見ればもう、片手で数え切れるほどにまで花片が解けてしまっていた。

「そろそろ戻りますねィ。それではご達者で」

最後の花片が解けたのを見届けて、男に背を向け翔び上がる。
風に乗れば常世は遥か下に。現世はすぐそこに。

「さァて、早く戻らないと」

何せ、綺羅星はすぐに消えてしまうのだから。しかも、ある日突然に消えてしまう綺羅星の何と多いことか。

一つ息を吐いて。

今この時も、想いを託され風に舞う花弁を拾い集めるために。まだ暗い空を駆け抜けた。



20240520 『突然の別れ』

5/19/2024, 2:07:04 PM

「おや、また来たの?」

こちらを一瞥し、読んでいた本を閉じる。
艶やかな緋色を纏うその妖は、いつもと変わらず気怠げだ。

「あなたも好きよねぇ。今日は何のお話を聞きに来たのかしら?」

心踊る大冒険の話。何処かの国の英雄の話。不思議な世界の不思議な話。
妖の話す物語は、いつもわくわくするものばかりだ。
けれども今日は、いつもとは違う話を聞きたかった。
例えば、

「恋物語」
「恋ぃ?」

よほど意外だったのか。信じられないものを見るように目を見張り、次いでにたりと弧を描いた。

「あの、野山を駆け回って、傷ばかり、作るような、じゃじゃ馬娘が、恋っ!…っく、ふふ」

心底おかしくて堪らないと口元を歪め、妖は笑う。
そんなにおかしいだろうか。
確かに今までは、外で色々な知らないものを見るのが好きだった自覚はある。けれど、まったく興味がないわけではないのに。ただ、少し外の世界への興味が強いだけで。

「少しは大人になったというわけかねぇ…あぁ、ほら。そんなに臍を曲げてないで、こっちへおいでなさい」

段々と気分が下降している事に気づいたらしい妖が、笑みを浮かべたまま手招きをする。
少しだけ反抗する気持ちはあるが、結局はその手に引かれて側に寄った。

「さぁて。恋といっても色々あるけど、何がいいかしらねぇ」
「…そんなにあるの?」
「えぇ、そうよ。初恋、恋愛、悲恋、失恋、色恋…はまだ早いけど、言葉だけでも数多ある。どれがお望み?」

抱き上げられて、妖の膝の上。
どれかと問われて悩むも、今日はいつもと違うものを。いつもは見向きもしないようなお話を。

「じゃあ、悲しい恋物語で」
「あらまぁ、今日は本当に可笑しいのねぇ」
「今日はいつもと違う話を聞きたいの」
「そうかしら?まるで恋でもしているみたい…それも、とびきり叶わないような恋を、ねぇ?」

腰を引き寄せられ、顎を掬われて視線が合わさる。逃げる事を許さない、強い鈍色に見透かされるようでとても落ち着かない。

「大事に箱にしまって鍵をかけて、閉じ込めて。ずうっと秘めたままでいるの。叶わないって決めつけて、可哀想に」

額に唇を触れさせて、妖は嗤う。愉しくて仕方がないというように。

「そんな可哀想な仔には、特別のお話をあげましょうか。遠い昔の、或いは未来の。人間と妖の哀れで滑稽な恋物語」


そうして、妖は語り出す。

手を繋ぐ二人の冒険譚を。
出会いと別れの中、紡がれる恋物語を。



20240519 『恋物語』

5/18/2024, 2:13:53 PM

遠くで神楽笛の音が聞こえる。
明日の祭りのために、大人達が準備を進めているのだろう。
あれからどれくらい時間が過ぎたのか。一向に訪れる事がない眠気に、段々に不安が募る。
明日は、大事な日なのに。

「ねむれないの?」

もぞもぞと何度目かの寝返りを打てば、隣の布団から声がかかる。
布団から顔だけを出し視線を向けると、同じように顔だけを出した幼馴染と目があった。どこか不安そうな表情が一瞬で笑顔になり、いそいそとこちらの布団に潜り込んでくる。

「私も一緒。明日の事、考えてた」

にこにこと笑みを浮かべながらも、その手は微かに震えていて。落ち着かせるようにその手を取り、引き寄せた。

「何で私達なんだろうね。何でいつも通りじゃ駄目なんだろう。何で、」
「大丈夫。今年もいつもと同じ。お祭りも、神楽舞も。今年選ばれたのが、たまたま俺達だっただけ」

だから大丈夫なのだと、自分自身にも言い聞かせるように。
怖がりな幼馴染の頭を撫でながら、大丈夫と繰り返せば、少しずつ落ち着いてきたようだった。

「ありがとう。うん、大丈夫だよね。大丈夫…ちゃんと踊れるようにもう寝ないと、ね」
「そうだね。怒られないようにしっかり寝ないと。おやすみ」
「うん。おやすみなさい」

おやすみと言いながらも、幼馴染は自分の布団に戻る気配はない。仕方がないと、彼女の頭の下に腕を差し入れた。伝わる体温が不安を溶かしていくようで、ほぅと息が漏れる。
そのまま目を閉じていれば、幼馴染も同じように眠りについたらしい。微かに聞こえる寝息に、閉じていた目を開けた。

「大丈夫。いつもと同じ。ただ、神楽を舞うのが俺達になっただけ。祭りを仕切るのが父さんになっただけ」

囁いて、眠る幼馴染の額に口付け、祈る。
不安なのはきっと、彼女よりも自分の方だった。

村が少しずつ変わっていく。
一年前に、妹が雨を降らせるようになってから。
いつの間にか父は村長よりも立場が上になり、妹の言葉が絶対になった。祭りは一族が執り行うようになり、代々受け継がれていたはずの神楽舞も、明日は巫女ではなく自分達が舞う事になった。
まるで、村全体が毒に侵されているようだ。ゆっくりと蝕み、気づいた時には戻れない。皆変わってしまった。父も母も、以前はあんな傲慢ではなかったはずなのに。
妹はもはや、何を考えているのかすら分からない。何を思い、自分達に神楽を舞わせるのか。そして何故、
幼馴染との婚約を、祭りの最後に行うようにと告げたのか。

分からない。何一つ。
けれど、

「明日、何があっても絶対に俺が守るから」

これはただの見栄だ。
幼馴染に対して自尊心ばかり高くなってしまった自分の、精一杯の悪足掻き。

穏やかに眠る幼馴染は知らない。
変わってしまった家族の事。明日の事。自分達の事。
何一つ、伝える事が出来なかった。
本当は泣き叫び、縋りたいと思っているなんて。逃げ出したいなんて。
助けて、だなんて。
手を引かれてあどけなく微笑う幼馴染には、言えるはずなんてないのだ。


神楽笛の音はまだ止まない。
夜闇は益々色を濃くして、村を静かに沈めていく。

朝はまだ来ない。




20240518 『真夜中』

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