膝を抱えて蹲る。
今日は一人。この秘密基地の中で一人きり。
風邪をひいたのだと聞いた。
熱が出て、寝込んでしまっているのだと。
だから、このまま待っていても誰もこない。
さて、これから何をしようか。
一人でも出来る事がいい。いつもよりも遠くへ冒険にでも出ようか。それとも、風邪に効く薬草でも探しに行こうか。
いっそ、鬼灯様に会いに行こうか。
ぐるぐると今日の予定を考えながら、それでも体は動かない。
「…うそつき」
仕方がない事。
分かっている。分かってはいるのだけれど。
「やくそく、したのに」
左手の小指を見つめ、唇を噛む。
昨日した約束を思い出す。この場所で、また明日と指切りをした。さようならの前に交わされる、おまじないのような約束。
膝に顔を埋めて目を閉じる。
今日はもう、ここにいよう。この場所で、日が暮れるまで眠る事にしよう。
そうすれば、寂しさを誤魔化せるから。
だから、
「しおん」
待ち焦がれた人の、声。
鼓膜を揺する、優しくて大好きな人の。決してここにいるはずのない。
驚いて顔を上げると、目の前には困ったように笑う待ち人の姿。
いつもと違い、寝巻きの姿。汗だくで、赤い顔で、荒く息をしていて。
気づいてしまえば、込み上げてくる涙を止める事など出来なかった。
「っ、なん、で…!」
「抜け出して、きた。しおん、泣いてる、って、思って。ごめん」
「ばかぁっ!ひさっ、めは、びょうにん、なのにっ。ねて、ないとっ、なのにぃっ!」
「ん。ごめん。だから、帰ろ?」
差し出される右手。その手もまた、熱く。
けれども、手を引く強さも優しさも、いつもと何一つ変わらずに。
「ごめっ、なさぃ。ごめんなさいっ。だからっ、ひさめ、しな、ないでっ。おいてかないでぇっ!」
「死なない。大丈夫。しおん、いい子。泣かないで」
しゃくり上げながら、彼の手を離さないよう必死で握り返していた。
「しおん」
分かれ道の手前。
さようならの前の、約束を交わす小指を差し出して。
「今日は、ごめん。ちゃんと、治すから。だから、また明日」
「っ!うん!また、あした。やくそく」
互いに絡めた小指。交わされた約束に、泣きながらも笑う。
また明日。
まるで魔法のように、未来を約束するこの言葉が、今はただ嬉しかった。
20240523 『また明日』
5/23/2024, 1:40:01 PM