sairo

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青い空。風に揺れる木々。人の絶えた家。
水晶越しに景色を眺める。
赫い空。朽ちた枯木。人の形をしたナニカ。
眼下に広がる真実をただ眺めていた。


「世界とは、実に不思議なもので」

朗々と語る男を意に介さず、茶を啜る。
それを男が気にする様子はなく。元より一度話し出すと止まらない男の事だ、気づいてさえいないのかもしれないが。

「透明な鉱石《いし》一つを通し見るだけで、本当の姿を垣間見る事が出来るのですよ」

しかし、このままでは埒が明かぬ。聞きたい事があると訪ねて来たのは男の方だ。だというのに、この調子では夕刻まで本題に入る事がないかもしれない。
さてどうするかと、思案する視界の隅に水晶が映る。そういえば渡されたままであったと、徐にそれを掴むと男に向けて放り投げた。

「なっ!?ちょっ…!」

慌てて水晶を掴む男を眺めつつ茶菓子を摘めば、どこか恨めしげな視線が重なった。

「貴重なものなんですから。もっと丁寧に扱ってください!」
「おや、これは失礼しました。それで、ご用件は何でしょうか?」

貼り付けた笑みで返せば、何かを言いかけた男は結局何も言えずに口を閉ざす。当初の目的を思い出したのだろう。

「聞きたい事があるのです」

ことり、と机に置いたのは、先程の水晶。そして別のもう一つ。

「同じ水晶でありながら『視える』『視えない』の違いとは何でしょうか?それに、」

逡巡し、言い淀む。何を言うべきか、どう話すかを悩み、言葉にならない呻きが漏れた。

「…先日、隣村があった場所に行きました。流行病で人が絶え、廃村になったと聞きましたが、綺麗なものでしたよ。誰もいない事を除けば、ここと然程変わらない…変わらなかった。はずでした」

本題はこちらか。
視えるか否かはおそらく問題ではなく、視えてしまったモノが問題なのだろう。
もはや現世ではなくなった場所で、視えるモノなど碌なモノではない。

「あんな…」
「まずは、こちらの水晶に関してお答えいたしましょう」

男の続く言葉を遮り、水晶を手に取る。一目見れば分かりそうなものだろうに、とは思うがおくびにも出さない。

「簡単な事ですよ。純度が高く、澄んだもの程視えやすいというだけです。こちらのように混じり物が多いと、まず視えません」

混じり物により燻んだそれを手渡し、告げる。
正確には、他にも必要な要素があるのだが。こちらの話を疑う事なく聞き入る様子に、まあいいかと開き直った。

「そして、アナタ様が視たモノですが」
「あれが、世界の本当の姿なのでしょうか?」

恐る恐る問う内容に、吹き出しそうになるのを寸前で堪える。
揶揄いたくもなるが、それは次の機会でいいだろう。

「いいえ。あの村は常世と近くなってしまったのです。故に、表向きは変わらずともこうして透かし視るだけで、視えるモノが変わってしまう」
「常世、ですか。流行病で人が死に絶えたから死者の国が近づいてしまったのでしょうかね」

違う。
そも、あの村では流行病など起きてはいない。誰かが常世の門である雨龍の泉の堰を破り、水が現世の村まで流れてしまったからだ。常世の瘴気を孕んだ水に触れたがために、皆身が腐り死に絶えた。
違うのだが、訂正するのは煩わしい。故に、肯定も否定もせずに笑みを貼り付けた。

「あそこへは、もう近寄らない方が身のためですよ」
「そうですね。まだ、あちら側へ行く予定はないですから」

これ以上境界が曖昧にならぬよう、表向きはその身を案じて忠告すれば、男は神妙に頷く。
本当に単純な男である。その単純さに助かってはいるが。

「ありがとうございます。さすがは宮司様だ。何でも知り得ていらっしゃる」

得心が行ったように晴れやかな笑みを浮かべる男に、水晶を手渡す。
ふと、この単純な男を揶揄いたくなってしまった。次の機会で、とは思ったが少しくらいは良いだろう。

「そういえば、何故水晶が真実を視れるかご存じですか?」
「いいえ。何故ですか」

案の定、食いついてきた男に笑みが浮かぶ。

「透明だからですよ。何色にも染まらない純粋さで、すべてを透かすからです。それは時として、隠しておきたいモノですら暴いてしまう」
「隠しておきたい、もの」
「ところで、隣村が常世と近くなってしまった事で境界が曖昧になってしまっていましてね。最近は魑魅魍魎が辺りを跋扈しているのですよ。そのせいで、何人か妖に成り代わられてしまっているようで…さて、今その鉱石《いし》でワタクシを視ましたら、果たして本当に人の姿をしているのでしょうかね?」

固まってしまった男と視線を合わせ、妖艶に微笑む。
ごとり、と音を立て、イシが落ちた。



20240522 『透明』

5/22/2024, 2:50:52 PM